長編 #3006の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
4 「何だ、お前は?」ジャムグは噛みつくように訊いた。 「ただの通りがかりだ。第3級の悪霊を使えるのはマシャの認可証を持っている 者だけだが」赤毛の女はじろりとジャムグに視線を放った。「持っているのか?」 「お前の知ったことか。おれは忙しいんだ。とっとと消えてしまえ」 ミリュドフは必死で声を絞り出した。 「た、助けて!お願い、助けて!」 「と、言っているぞ?」赤毛の女はミリュドフを見ながら言った。「どう見ても 楽しんでいるようには見えないのだが?」 「お前の知ったことじゃないと言ってるだろうが!」ジャムグはミリュドフから 離れると、つかつかと赤毛の女に近づいていったが、急にその足が停止した。「お 前、どうやってここに来た?」 返ってきた答えは簡潔だった。 「歩いてだが」 「そうじゃねえ!階段の上と下には、見張りを置いておいたはずだ!そいつらに 会わなかったのか?」 「おお、そういえば、私が階段を登ろうとするのを邪魔した奴等がいた」赤毛の 女は薄く笑った。「おぬしの知り合いだったか?」 「おれの部下だ!」ジャムグは声を荒げて詰問した。「どうしたんだ、そいつら を!?」 「気絶している」 またもや簡潔な答えが返り、ジャムグは逆上した。 「何のつもりだ、貴様。おれの邪魔をするつもりなら、ただじゃすまんぞ!」 「どう、ただではすまんのかな?」からかうように赤毛は訊いた。 「おい、こいつを何とかしろ!」ジャムグはミリュドフに駆け寄ると、その背後 に回り、両腕を押さえつけた。「こっちはおれが押さえておく。そのバカものに思 い知らせてやれ」 マントの男は無表情に頷くと、赤毛の女の方を見た。同時にミリュドフは、身体 の自由を奪っていた力が弱まるのを感じた。だが、憑依した淫魔のせいで、手足を 支配権は奪われたままだった。しかも、ジャムグが後ろから、羽交い締めにしてい るため、結局身動きがとれないことには変わりなかった。 「殺さずに捕まえろ」ジャムグはミリュドフの耳元で喚いた。腐った卵のような 臭いが押し寄せ、ミリュドフはほとんど窒息しそうになった。「そいつもひん剥い て、こいつと絡ませて楽しんでやる」 赤毛の女は不快そうに眉をひそめただけで何も言わなかった。マントの男は素早 く印を切ると、呪文を唱えた。 シュルッ! 空気を切る音が響きわたり、マントの男の身体から数十匹の生き物が飛び出した。 羽の生えた魚らしい。顔の半分がぼっかりと開いた口になっていて、ぞっとするよ うな細い歯がずらりと並んでいる。飛ぶというより、滑空するように赤毛の女に向 かっていく。 だが、赤毛の女の行動は素早かった。たった一言呪文を唱えると、どこからとも なく抜いた細身の剣を構え、優雅ともいえる動作で一閃させた。陽炎のように空気 が歪み、不可視だが存在感のある力が飛来する使い魔どもに叩きつけられた。 声にならない叫びを発して、マントの男は前方につんのめった。重みのある空気 の鞭の一本が片足を薙ぎ払ったのである。 「お、お前」ジャムグが青ざめた。「協会の者か?」 「いーや、自由の身分だ。もっとも」赤毛の女は息も乱さずに答えた。「魔法を なりわいとしているには違いないがな」 「やってしまえ!構わないから殺してしまえ!」ジャムグは喚いたが、マントの 男はゆっくりと立ち上がっただけで、魔法を使おうとはしなかった。 「何をしている!さっさとこいつを殺してしまえ!」 「私の手には負えません」初めてマントの男が言葉を発した。「力が違いすぎま す」 「な……!」ジャムグは天と地が逆転した光景を見ているような顔をした。「な んだと!おれの命令がきけないのか!」 「やってもムダだと申し上げているのです。この女の力は、私などより遥かに上 です。あなたにはお分かりにならないかも知れませんが……」 「賢明だ」赤毛の女が鷹揚に頷いて進み出た。「おぬしも、こいつを見習ったら どうなのだ?」 ジャムグの顔に追いつめられた獲物のような表情が浮かんだ。だが、まだ逆転を 狙っていることは次の行動で明らかとなった。ミリュドフの裸体を勢いよく赤毛の 女の方へ突き飛ばして、相手からの死角を作りだし、同時に腰のベルトに刺したナ イフを抜き払う。動作は目に止まらないほど素早く、少なくともナイフに関しては 熟達していることは明らかだった。 「死ね!」 ミリュドフを抱きとめた赤毛の女は、全てを予期していたかのように半歩だけ身 体をずらして、ジャムグのナイフをぎりぎりで避けた。慌てる素振りを全く見せず に数語からなる呪文を呟く。 身体をひねって再度ナイフを閃かせようとしたジャムグが、突然奇声を発して、 バランスを崩した。ミリュドフは思わずそちらを見て、ジャムグがつかんでいるナ イフが何かの生き物に変化しているのを知った。固い頭と突き出した顎、鱗の生え た手足と長い胴。ヘビとトカゲを融合させたような生き物である。 「ひゃ、ひゃあ!」ジャムグは必死で手を振り回して、その奇怪な生き物を捨て ようとしていた。「とってくれ!とってくれ!」 赤毛の女の表情は仕掛けた悪戯が見事に成功したのを楽しむ子供のようだった。 人の悪い笑みを浮かべながら手を一振りしながら呪文を唱える。とたんにジャムグ の手の中から生き物は消え、ナイフだけが残っていた。 「さあ、これで見逃してやる。さっさと消えるがいい」赤毛の女が宣告した。「 まだやりたいのなら、それでも構わないぞ。それから、そこの魔法使い、この娘に 憑依している悪霊を引き上げろ」 マントの男は慌てて呪文を唱えた。ミリュドフは、ようやく自分の身体が解放さ れるのを感じ、急いで服を拾って身につけ始めた。 ジャムグは屈辱と恐怖の混じった表情で、赤毛の女とミリュドフの両方を見てい たが、醜く険悪な表情でペッと唾を吐くと、のろのろと立ち上がった。 「覚えてやがれ」低い声で吐き捨てる。「いつか二人まとめて、ずたずたにして やるからな」 ミリュドフの心が急速に怒色で染まった。つかつかと進み出る。ジャムグが何か 言おうとする前に、小さく固めた拳を渾身の力をこめて顔面に叩きこんだ。いやな 音を立てて、鼻が潰れ、血が噴き出した。 ジャムグは苦痛のうめき声をあげて、よろよろと後退した。ミリュドフはすかさ ず2発目を放ったが、今度はよけられた。が、それは偽装攻撃で、次の瞬間、長い 足を遠慮なしに相手の股間に叩きつけていた。 「うぎゃああ!」みっともない悲鳴を上げて、ジャムグは石段の上に転がった。 ミリュドフはお構いなしに、相手の脇腹を力一杯蹴りつけた。続いて、顔面、腹、 腰、脚と全身に容赦ない蹴りを浴びせかける。すっかり最初の勢いを失ったジャム グは弱々しく呻きながら地面を転がっていた。 「このっ!このっ!このっ!このっ!」 「もうそれぐらいにしておいてやれ」落ち着いた声と共に腕をつかまれ、ミリュ ドフはようやく我に返った。「殺して罪に問われてもつまらぬぞ」 ミリュドフは荒い息をつきながら、地面で呻いているジャムグを見た。またもや ムカムカと怒りが甦ってきたが、殺人的な衝動は去っていた。それでも怒りの余波 にとらわれ、最後に思いっきり背中を蹴りつけた。 「ふん!」 赤毛の女は苦笑しながら、マントの男に声をかけた。 「おい、お前の雇い主をさっさとここから連れていけ。あまり、つまらないこと に魔法を浪費するなよ」 マントの男は尊敬をこめて一礼すると、身体を起こす元気もなさそうなジャムグ の身体をかついだ。そして、魔法使いどうしにしか分からない言葉で何かつぶやく と、そのまま足早に石段を降りていった。 「怪我はなかったか?」 優しい声に訊かれて、ミリュドフは見知らぬ救援者に礼も述べていないことに気 付いた。慌てて振り向いて、相手の顔を見ながら礼の言葉を発する。 「あ、あの。ありがとうございました。危ないところを助けていただいて」 「なに、気にすることはない。いい退屈しのぎになった」そう言って赤毛の女は 穏やかな笑みを浮かべた。 ミリュドフは礼の言葉を続けようとしたが、突然、失語症に襲われたように言葉 がでてこなくなってしまった。心臓が急速に拍動を早め、手のひらが汗ばむのが分 かった。 ----あ、あら。あたし、どうしちゃったの!?ミリュドフは恐慌に襲われた。 「どうした?気分でも悪いのか?」笑いながら赤毛の女が訊いたが、ミリュドフ はぼんやりと相手の顔を見つめるだけで答えることができなかった。 ----やだ、何なの?胸が苦しい……顔が熱い…… ようやくミリュドフは口を開いた。唇と同じように震えるか細い声が洩れる。 「あ、あたしは、ミリュドフといいます」ミリュドフは相手の目をまっすぐ覗き 込んだ。「お名前を教えていただけませんか?」 「自由魔法使いパウレン」赤毛の女は名乗った。夕陽の最後の光が、ネイガーベ ンの石造りの街並みを風のように通り過ぎ、次第に消えつつあった…… あれは恋なんかじゃなかった、とミリュドフはその後、何度も自分に言い聞かせ ようとした。うぶな処女でもあるまいし、娼婦が一目惚れなどしては笑いものであ る。しかも、相手は男っぽい言葉遣いであるとはいえ、れっきとした女性なのだ。 危機から救ってもらった相手に感謝の気持ちを抱き、なおかつ、その勇気と行動力 と正義感を尊敬しているだけに違いない。 だが、百もの理由を考えついても、パウレンの姿を思い浮かべる度に、それらは たちまち霧のように消え去ってしまうのだった。 パウレンは薬草や魔石を仕入れるために、6日の予定でネイガーベンに滞在して いるところだった。その6日間、ミリュドフは仕事を早めに切り上げては、パウレ ンの泊まっている宿へ足しげく通った。両手に花や宝石や料理を抱えて。明敏なパ ウレンがミリュドフの心に気付かなかったはずはないが、受け入れるでもなく、突 き放すでもない距離を保ち続けた。何度かミリュドフは、溢れる想いを抑えきれず にパウレンの身体を求めたが、その度に冗談に紛らわされてしまった。それ以上の 行動に出て嫌われては、とミリュドフも完全に我を忘れることはなかったものの、 それはますます愛熱を高めることになった。 パウレンがネイガーベンを去る日、ミリュドフは涙を浮かべて街の外まで見送っ た。いつまでもローブにすがりついて泣きじゃくるミリュドフの手をそっと握って パウレンは静かな声で再会を約束した。 「きっとですよ」ミリュドフはぎゅっと手を握ったまま哀願した。「絶対に、ま た会いに来てくださいよ!もし、あたしでできることがあれば何でもしますから」 「そうするとも」パウレンは優しくミリュドフの肩を叩いた。「おぬしの力を借 りることもあるやもしれぬ。その時は、よろしく頼む」 「あなたのためなら命すら惜しくはないわ、パウレン」ミリュドフは真剣な顔で 答えた。「本当よ」 パウレンは少し困ったような顔で笑い、もう一度ミリュドフの肩を叩いた。 やがて年月が光のように過ぎ去り、パウレンは自由魔法使いとして修行を重ね、 ミリュドフは現役を退いて、自分の娼婦館を建てることができた。時には、パウレ ンがネイガーベンで用事を片づけるついでに、ミリュドフを訪ねることもあった。 そして、ミリュドフが恋だと思ったものは、時を経て次第に厚い友情へと変化して いった。だが、パウレンのためなら命すら投げ出せる、と言ったことを忘れはしな かったし、その想いは今も変わらない。 ミリュドフの秘めたる想いを知るのは、パウレンを除けば、年齢の離れた友人で あるザルパニエだけだった。二人はパウレンが現役で客を取っていた頃からの友人 で、互いに何度も助け合ってきた仲だった。それだからこそ、ザルパニエは、一つ 間違えば背任行為に問われかねない危険を省みず、パウレンのことをミリュドフに 知らせてくれたのだろう。考える時間を与えるために。もし、委員会の席で唐突に パウレンの名前を耳にしたならば、おそらく感情が理性を圧してしまっただろうか ら。そうなればパウレンを救うどころか、ミリュドフ自身が評議会委員としての是 非を問われることになりかねないであろう。 そう、ミリュドフの心は決まっていた。たとえ相手が魔法使い協会であろうと、 パウレンを捕らえさせたりしない。その決意は固かった。だが、現実問題として、 どうやってパウレンを守ればいいのか、という自問に対する答えを見つけるのは非 常に困難である。ミリュドフの最初の敵は、ザルパニエ以外の評議会委員たちにな るはずだった。
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