長編 #2960の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「人類の。そして世界の」 眼前まで降下しかかった仏像人間のひとりが、真顔でおれを見やりながらそう口に したのだ。 そしてべつの一体が、補足するようにして云った。 「大いなるものの、復活だ」 と。 意味を問いただす間もなく、イヒカたちの一群が獲物に群がる狼のように、景清に むけて音もなく殺到しはじめた。 身軽く対抗するのもむなしく、あっという間に景清は黒だかりの仏像人間にもみく ちゃにされた。 鏑丸が低くうめいて身をかがめ、突進の体勢をとったときにはもう、手遅れだった。 人山――訂正、仏像人間山を構成していたイヒカたちは、ふいに潮がひくようにし てつぎつぎにふたたび宙にうきあがり―― そのうちの二人が、まるで贖罪の十字架にかけられた救世主のように無力にうなだ れた景清を、ぶら下げていた。 「生け贄にする気か!」 鏑丸が叫ぶのへ、もよりのイヒカの一人がおごそかに、首を左右にふってみせた。 「捧げるのは、うばわれ、喪われていた大いなるものの生命力だ」 恍惚とした口調で、そう云った。 その間にも、翻訳不能の得体のしれない言語による奇妙に念仏めいた呪文は、とぎ れることなくつづいていた。いまやほぼ地上近くまで降下してきた無数のイヒカども の口をついて出るそれは、荘厳で圧倒的な、広大な合唱となって地下世界に響きわた 「大いなるものに」と、左右から景清をささえた二人が、その合唱を圧するようにし て声高に口にした。「われらが祈りと、生命力を――」 云いおえるのを待たず、ぐったりと力なくうなだれていた景清がふいに、ぎらりと 目をむいた。 たれさがっていた長い右足が、いきおいよく右側の化物の腹に蹴あげられた。 相当の威力がこもっていたらしい。蹴りを喰らった仏像人間は、微笑みをうかべた ままげぼ、と血を吐き、つかんでいた景清の手から手を離していた。 ニイ、とたまらぬ笑いの形に口もとを歪めつつ、景清はつづいてもう片方の仏像人 間に視線をさだめた。 その瞬間―― ――ラストチャンスじゃねえか! ふと、おれの胸のうちで、直感が声高にそう叫びあげた。 躊躇したのはほんの一瞬。 ほとんど反射的に、おれは走りだしていた。 圧倒的に力をうばいとっていた苦痛も、今ではやや薄らいできている。おれは呆然 とたたずむ鏑丸の巨体を尻目に全力疾走し―― そして、跳んだ。 宙につるしあげられた、景清にむけて。 たれさがった景清の右手首を、左手でぐいとつかんだ。 攻撃態勢に入りつつあった景清が、ぎょっとしたようにおれに視線を転じた。 獰猛な笑いを投げかけながらおれは、跳躍した際のいきおいのままに右足を、思い きり蹴りあげた。 一瞬前に景清自身が見せた蹴りの、応用だった。 ただし、的は景清の場合よりも上にあった。 腹ではなく、景清の右肩に。 とどくか、という懸念がうかぶよりも先に、尖った靴先が小気味よくヤツの肩口に くいこんでいた。 よくもまあこれだけ足があがったもんだ、と自分でも唖然としつつ喝采した。 景清のスカしたツラが苦痛に歪み――握りしめた右拳が、反射的にひらいた。 そしてその中から――鈍い輝きを放つ固まりが、ころがり落ちた。 いうまでもあるまい。“ダルガの心臓”だ。 瞬間、景清の手首をはなし、頭から落下しながらおれは“心臓”をしっかりと掌中 に握りしめていた。 へ、と勝ちほこった笑みに口もと歪ませて落下しつつ周囲を見やり―― 眉をひそめる。 いまや天地逆をむいたおれの視界の中で、遊弋する無数の仏像人間どもがひとりの こらず、奇妙なポーズをとってやがるのだ。 四本の腕をそれぞれ前後左右に水平にひらき、大地にむけてハンドパワーをでもそ そぎこむかのように手のひらを広げたその奇怪な姿勢の意味は――すぐに判明した。 迫りくる頭上にひろがる泥漠の色が、ふいにかわったのだ。 同時に、だれひとり声をあげる間もなく、ずぼりと音を立ててのみこまれていた。 瞬時に黄褐色へと変化した泥漠の中に。 ――否。 それをもはや泥漠と呼ぶわけにはいくまい。 粘液質にどろどろとうねくるそれはまさに、広大にして果てしれない黄色い海―― 黄泉に、ほかならなかったのだから。 冗談じゃねえ、と背筋をふるわせるより速く、おれは頭からうねくるゼリーの海へ とつっこんでいた。 あっという間もなくおれの身体は、ずぶずぶとおしよせる異様な感触の液体にのみ こまれた。 歯をくいしばりつつめちゃめちゃに手足をかいて浮上しようともがいたが、これほ ど粘液質の溜まりでありながら抵抗感がまるで感じられず、一向に水面に出ない。 目をひらいた。 海面はおどろくほど遠い場所にあった。たったあれだけの時間でおれは、ずいぶん 深く沈んでいたらしい。 まるで――ひきよせられでもしたかのように。 それはほかの連中にしても同様だった。 尚美も、鏑丸も、それぞれ狂ったようないきおいで手足をかいていたが、ずぶずぶ と海底にひきよせよれるようにしてみるみる沈んでいくのがはっきりと見えた。 ようやくのことで正気づいたらしい小春が、仰天して目をむき、バカみたいに手足 をバタバタさせている滑稽な姿も目についた。 いまやほとんど裸同然に着崩れた篭女も、まったく同じく海底にむけて、沈みつづ けていた。 その白いうなじから、朱い筋が煙のように幾条もたち昇っている。 黄色い海に身をあらわれて褐色の肌をふたたびあらわした片腕のドゥルガスは、反 対側の肩口にかみついていた。どうやら、篭女の首すじの肉をごっそりと噛みやぶっ てしまったらしい。 息をつめつつ頭上に視線を戻し――つぎつぎに海面を割って、イヒカどもがその醜 悪な下半身から飛びこんでくるのを目撃した。 化物どもが、と心中吐き捨て、下方に視線を移す。 黄色い粘液は果てしなく深く、濃密な暗黒にのみこまれていた。 その暗黒の中のあちこちに、なおも深く底のしれない穴でも開いているようにして、 いくつもの、いくつもの黒い球がシミのようにただよっていた。 そして――無数のシミを擁する、口をひらいた特大の底なし穴のように広がる暗黒 のさらにはるか彼方に――あの、イヒカの宮で幻視した、長大なうねくる輝きを見た。 ゆらめきうねるマグマの大河。 あるいは、巨大な身体をもてあました炎の大蛇。 そしてまた――大地の底を引き裂きひらいた、悪夢のような異界への入口。 とつぜん、おれは熱病にでもかかったかのようにぶるぶると、盛大に全身をふるわ せていた。 地の底に燃える暗い、壮大な炎の輝きを目にしているうちに、身体の芯からどす黒 い、底しれないなにかが、じわじわとわき出してきたからだった。 悪寒、不安、絶望、恐怖――どんな言葉でもいい。どんな言葉でも云いあらわせな い。あらゆる否定的な感情が、どれだけ蛇口をひねろうとまるで無頓着にあふれ出る ようにして――おさえようもなく、後から後からかぎりなく、わき出してとまらない のだ。 その、みぞおちからどくどくとあふれ出る、地獄の溶岩のような恐怖の源が、はる か彼方に横たわる巨大な存在のせいであることは明白だった。 その正体がなんなのかなど、このおれになどわかるはずもない。 理解できたのは――イヒカどもが“大いなるもの”と呼び――そしてドゥルガスが、 尚美が、また篭女が、ダルガと呼んでいた恐怖すべき存在がそれである、ということ だった。 世界を蹂躙し破壊しつくし、アスラと、そしていにしえの超古代文明をきずきあげ たかつての人類すべてを、地獄絵図とその後につづくおそるべき凋落へとおとしいれ た暴虐なる神――ダルガだ。 16 「ダルガとは地球そのものだ、ととなえた予言者もいたそうよ」 と尚美は語った。 それゆえ、創造神、すべてを産み出す地母神として崇められてもいたのだと。 だが限定された偶然のような諸条件のもとに、脆弱なつかのまの生を泡沫のように うつろわせていく人類にとってそれは――あまりにも強大な潜在力を内包したその存 在は、あきらかに災いをもたらす破壊神にほかならなかった。 まして、一度世界を崩壊させているならば。 ――繁栄を謳歌する超古代人への翳りは、アスラの一人の簡潔な予言からはじまっ たという。 ダルガが世界をむさぼり喰うだろうという、終末の予言から。 ダルガというのはそもそも、邪悪で強大な力をさす超古代語だそうだ。あるいは凶 悪なる龍神をさすともいう。 このダルガという言葉も、現代にその名残をとどめている。すなわち、インド神話 においてはドゥルガー。シヴァとかいう凶猛な破壊神、英雄神の妃のひとり(!)で、 別名を「近づきがたい女神」、あるいはまた「宇宙の母」などともいうのだそうだ。 この女神を崇拝する連中はシャクティ派、と呼ばれているらしい。 例の「性力」のシャクティだ。 「宇宙の母」などとも呼ばれていることからも察することができるように、ヒンドゥ ー教ではこの女神は、人類に豊饒を約束する地母神的な地位に祭られている。シャク ティなども一般には女性的な、万物を産みだす創造の能力として認識されているらし い。 だが、古代の予言者が幻視したダルガは、あきらかに男性的で破壊的な性格をもっ た、盲目の狂える邪神であった。 ドゥルガーとおなじく、古代の残滓としての単語がもうひとつ残っている。 すなわち――ドラゴン。 こちらはまさに、龍であり破壊の象徴だ。本質的特徴はこちらの言葉のイメージに、 より多く残されているのかもしれない。ただし――スケールがちがう。 ダルガが吼えれば山は火を噴き、ダルガが身じろげば大地は崩れ、その尾のひとふ りで洪水がおきる。暴龍と化して地をゆけば世界をさえ震撼させ、あるいは地球を砕 くことさえできるほどの力を内包した、大いなる存在だったのだ。 まさに地球そのもの、といっていいだろう。 いうまでもなくそのような存在が動き出してしまっては、栄華のきわみを享受する 人類にとってはたいへん都合が悪い。そこでアスラたちは、予言者の導くところにし たがいこの暴神を封じこめることにした。 が、前にも語ったとおり、ここで齟齬が生じたのだ。 ダルガを畏れ、封じることに専念しようとするものと、ダルガのもつ圧倒的な力を 利用すべきだと主張するものとの間に。 思惑がからみあい輻輳して、事態を複雑かつ不安定な方向におし流してしまうのは、 いまも昔もかわらない人類特有の愚かさらしい。二派は複雑に分裂増殖しながら憎し みあい争い、予言者の予言どおりダルガは地上に暴虐の嵐を見まうこととなった。 洪水伝説だ。 世界はあらがうことあたわぬ荒ぶる力に翻弄され、地は崩れ天は逆まき、津波が地 球上のありとあらゆる場所を獰猛にあらった。文明はのみこまれて海の底に消え、繁 栄を謳歌していた人びとは死に絶え、なにもかもが崩壊の牙にのみこまれた。 アスラたちはかろうじてダルガの暴走を抑え、地球の崩壊だけはくいとめることが できたが、築きあげてきたすべてのものはすでに完膚なきまでにたたきつぶされ、喪 われてしまっていた。 やがて滅びの名残も失せ、栄光の記憶もなくしたまま、人類は新たな文明をおこし 今日をむかえる。 だがダルガは滅びてはいない。眠っているだけなのだ。 そしてその封印の鍵が、今でも残されていたのだ。 ベンガルの奥地の、閉鎖的な村の守護神として。 「それが“ダルガの心臓”ってわけか」 おれの質問に尚美はうなずき、そしてつづけたのだ。 「“心臓”の正体がなんなのかはドゥルガス――あのインド人たちにも、そしてわた したちにもわからない。たぶん、いま生き残っている人類のなかにそれを知っている 者はどこにもいないと思う。ただ、それはダルガを封印する鍵であり、したがって― ―その封印を解放する鍵でもあるのよ。もっともドゥルガスにとってはそんなことは どうでもいいことではあるけれどね。彼らにとって“心臓”は、あくまでも力を秘め た村の守護神でしかないわけだから。そしてそれがダルガの一部である以上、実際に なんらかの特殊な力を村人たちに与えてもいたのかもしれない。ともかくドゥルガス は特殊な能力をもち、その能力を駆使して長いあいだ、外部からの影響を排除し、そ の閉鎖性を保ちつづけてきた。“ダルガの心臓”を中心として、ね」 その閉鎖された平和を破ったのが芦屋の人間なのだと尚美はいった。 “心臓”に関する伝説は芦屋にも安倍にも残されていて、それがインドの、おそらく ベンガル地方のどこかに存在するらしいということもわかっていた。それぞれがいに しえの強大な力を手中におさめることを夢見て、幾度となく探索におもむいてもきた らしい。 が、派遣された探索者は、あるいはなんの成果もなくむなしく帰還し、そしてある いは生死もわからぬままその消息を断った。“心臓”を手にした者は皆無だった。― ―ごく最近までは。 「たぶん、ドゥルガスの村までさぐりあてた者はすくなくないと思うわ。でも、ドゥ ルガスの目をかすめて“心臓”を手に入れることのできる者はいままでひとりもいな かった、ということだろうと思う。それほどドゥルガスは剣呑で、人間離れした連中 だったってことは――あなたも目のあたりにしているからよくわかっているはずよね」 「ああ」とおれは憂鬱にうなずき、そして背筋をふるわせたのだ。「あの、芦屋の篭 女も、な」 「そのとおりよ」と尚美は暗い顔でうなずいた。「ここ何年かで、芦屋にも、そして あたしたちの間にも、異様なほどの能力者が目だつようになってきているの。おそら
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