長編 #2950の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
おいおい、いったい何の話だこら、と色めきたって腰を浮かせたおれなど頭から無 視して、 「まずはその娘から」 左側の仏像が淡く微笑みながら小春を指さした。 「ちょ、ちょ、ちょ」と、にわかにあわあわしながら小春はいざった。「何よ、あた しが超美少女だからって。きゃあ、痴漢」 云いざま、くるりと背をむけて、あっという間に入口をくぐった。おお速い。 が、おれの感嘆などどこ吹く風とでもいいたげに、左側にただよっていた仏像人間 はゆらりとゆらめくや、ふたたび音もなく滑空して門をくぐった。 たいした速度を出している、とも思えない様子だったが、一分と経たないうちにバ タバタと盛大に暴れまくる小春のえり首をつかんで、いとも軽々と戻ってきた。 きい、離してよ痴漢、ヘンタイ、おんおんおんと、わめきまくり暴れまくるのをも のともせずもとの位置におさまるや、三人はいっせいにくるりとおれに背をむける。 「おい待てこら」 叫びざますばやく身を起こして走りより、小春を抱えた妖怪人間の衣服の裾をとら えた。 慈顔が三つ、ふりむいた。 おだやかに微笑んだまま。 憎悪に牙をむかれるよりも数倍、不気味で怖ぞ気をさそう。が、とりあえず内心の おびえはムリヤリおしこめ、化物の胴部目がけて蹴りをくれてやった。 が――攻撃は赤子をあしらうごとく退けられた。すう、と、わきからわりこんでき た一体が、祈りでもこめるように優雅な手つきで、おれの蹴りをふわりと押しとどめ てしまったのだ。 「おまえはもう少し待っていなさい」 子どもにいいきかせるような口調で云いながら、おれの胸にむけて繊細な手のひら をつい、とのばした。 弾き飛ばされでもするか、と目を閉じかけた。 意外な展開になった。 華奢な蒼白の手がおれの胸に触れたか触れないか、というタイミングで――おれで はなく、攻撃をしかけてきたはずの仏像人間の方が、爆発にでも遭ったように弾け飛 んだ。 板張りの床に叩きつけられた化物は、まさに爆風をでもくらったかのように身にま とった薄ものをズタボロにし、慈顔以外のいかなる表情もうかべなかったその顔を、 まぎれもない苦痛に、みにくく、情けなく歪めてうめいた。 が、さらにグロテスクな光景がおれの前にひろがっていた。 ズタボロに裂けた衣服の狭間からのぞくヤツの下半身には、本当に脚部が欠落して いたのだ。 のみならず、ぶよぶよと膨張したように奇怪にふくらんだ下腹部は、水袋のように 青白く、まるで――そう、まるで芋虫かなにかの腹部のようにぶよぶよとした感じで、 先細りになっていた。 そしてさらには――先細りになった下腹部のその先端に――針のような、異様に退 化し、そしてデフォルメされた――そう、亀頭らしき形のものが、ひくひくと脈うっ ているのだ。 「なによう、これえ」 あらちっちゃい、くらい云いかねないはずの小春の声がいかにも情けなくふるえて いたのも、この場合はまったくもっともな反応だといえよう。 その小春を、左側に浮遊していた仏像人間はふいに、まるで興味を失った玩具をで も投げ捨てる子どものようにして、どさりと放り出した。 「おまえ、何者だ」 もうひとりの方の妖怪が、あいかわらずの慈愛にみちた薄笑いをうかべたまま、そ う問うた。 「おれァ、峠達彦さまよ」 云って、ふんぬと胸をはった。むろん、たんなるハッタリだ。 「この男、大いなるものの――」 左側の化物が、やはり慈顔をうかべたまま口にしかけた――そのときだった。 7 「イヒカ、退け!」 凛とした叫びがおれたちの背後から、よどんだ闇を切り裂くようにして響きわたっ た。 おれがふりかえるのとほとんど同時に、淡い外光を切り取った門柱の間に、小柄だ が量感のあるプロポーションがさっそうと現れた。 間をおかず、さらにふたつのシルエット――こちらはあきらかに野郎のそれだ。景 清と鏑丸だろう。ちっ。 先頭の小柄な影が、ずいと確信にみちた足どりで歩を踏み出し、燐光のただ中で仏 像人間どもにむけ、ぴたりと指をつきつける。 「王国の簒奪者たちにダルガのシャクティをわたしはせぬ! 退がれ、化生のものど も!」 宣告した。 「尚美かよ……」 危地におとずれた援軍を迎えるにはいささか気がぬけすぎた口調だが、やはり呆然 とせずにはいられない。 イヒカ、王国、ダルガのシャクティ――敵だか味方だかはまるでさっぱりだが、や はりまちがいなく尚美もまたこの奇怪な地下世界とは、ただならぬつながりを持って いるようだ。 それでもなお純粋に目をひきつけてやまない、フェロモンのむせかえるような容貌 から――おれはムリヤリ視線をひきはがし、対峙する仏像人間に目をむける。 あくまで慈愛にみちて、痴呆のそれにさえ見えかねない微笑はそのまま、衣装をボ ロきれにされた一体も含めた妖怪たちは、ふたたび宙に遊弋する形で尚美たち新来者 に、正体のしれない視線をすえていた。 それが異様な笑顔を顔面にはりつけたまま――ゆらりと蠢いた。 つ、とすべるように三方向に分散し、幻のような所作で侵入者たちにむけて滑空す る。 受ける側も、三人。どうするのかと目を見はったが、尚美たちは薄笑いを唇のはし にへばりつけたまま、腕組みをして化物どもの強襲を眺めあげているだけだ。 おい大丈夫かよ、と喉まで出かかった言葉が形になるより速く、しずしずと宙をす べっていた妖怪人間どもがいっせいに殺到した。 つづくできごとは、戦闘やら暴力やらとはかけ離れた印象があった。 優美な舞い、とでも形容した方がいかにもふさわしい。 迎えうつ三者三様に余裕と自信にみちた所作で地を這い宙に舞い、奇怪な青白い四 本の腕の強襲をかいくぐりながら――あるいは仏像じみた顔面に、あるいは芋虫の腹 部を思わせるやわらかな下半身に、しなやかで、なおかつ容赦のない打擲を、まるで 吸いこまれるようにして叩きこんだのだ。 「すげ……」 思わずもらした感嘆のセリフのわきで、 「タッちゃん……。タッちゃん、てばあ」 まったく場違いな、不安と困惑にみちた口調が、やや離れた位置から弱々しく、だ が執拗におれに呼びかけてきた。むろん小春だ。 まったくこんな時まで、えいやかましい。 と心地よい催眠術からムリヤリひきずり出される気分でふりかえる。 堂奥の薄闇のてまえで、でかい尻をぺたりとついた小春が魂をぬかれたような顔つ きでおれを眺めやっていた。 「なんだ、いったい」 宙をすべる仏像どもと尚美たちとの戦闘がなおも優雅につづいているのをわきに見 やりつつ、いらだちもあらわに歩を踏みだした。 「見てよこれ。あたしもうやだあ」 鼻にかかった泣き言を口にしながら小春は、奥に広がる暗闇を指さしてみせた。 なんでえいちいち、ったくよ、と、あからさまに迷惑がりつつ白いぷくぷくした指 先がさし示す闇にむけて目を細め―― さらに深く、眉間にしわをよせるハメになった。 「なんだこりゃあ――」 すっとんきょうにつぶやきつつ、眼前の闇にむけて手をのばしてみた。 闇だった。 比喩とか、印象とかじゃない。 まさに言葉どおりの暗黒が、あんぐりと口を開いているのだ。 燐光がとぎれているせいで建物奥部が闇に隠されているのだ、と常識的に漠然と決 めつけていたのだが、どうやらまるでちがっていたらしい。 ためしに、漆黒にのまれた床の延長部分に手をのばしてみた。 なにもない。すかすかの――空間が、そこにうつろに広がっているだけだ。 「どうなってやがる、こりゃ……」 薄気味悪さに背筋をふるわせながらつぶやいた。 追いうちをかけようとでもいうように小春は――さらに奥の、下方向の闇の彼方を 指さしながら呆然とした口調で、つづけた。 「あれはいったい……なんなのよう……」 なんなのよう、などと訊かれても困るようなシロモノが、闇黒のはるか彼方にぼん やりと、うかびあがっていた。 あえて形容するならば、底なしの闇の深淵に口をひらいた、灼熱の亀裂――とでも なるだろうか。 あまりにも遠く、あまりにも朦朧としていてまるでさだかではないが、はるか地底 を、燐光を放ちながらゆっくりと移動する地虫の類にも見える。いずれにせよ――な にかとてつもなく尋常ならざるものであることはまちがいない。 富士の地下とおぼしいおれたちのいる場所から、さらに下方に位置するその燐光は、 あるいはおれたちの足下を熱く重く循環するマグマの流れの類なのか。 「蛇みたい……」 呆然とした口調で、それでいてどこかうっとりとしたような恍惚とした響きを内包 させながら、小春がつぶやいた。 至言だった。小春にしては、まことに的を射た表現だ。そのぼんやりとした光の帯 は、まさに地の底を長く、遠くうねり這う巨大で不吉な蛇体そのものだった。 「ねえタッちゃん、もしかするとあれ――」 なおも陶然とした口調で小春がなにか云いかけた、その時―― 「峠達彦! なにを遊んでるのよ! 脱出の用意!」 鞭のように激烈な口調で、尚美の叱責がおれたちの背中にあびせかけられた。 小春があからさまに眉根にしわをよせる。 おれはといえば、たぶん惚けたようなまぬけ面をさらしていたことだろう。 はっとわれに返り、闇の底を無言でうねくる、遠い光の帯にむけて、なおも魅かれ てやまない一瞥をくれた後、 「うし、いくぞ」 まずは自分自身の後ろ髪を断ち切るために、短く云い放って立ち上がった。 堂内で奇怪な妖怪人間どもは、それぞれに床上に横たわってひくひくと、その異様 な下半身を痙攣させていた。もっとも不気味なのは、三人が三人とも、あの聖者の微 笑を頬に刻みこんだままという点だが――とりあえず戦闘不能状態におちいってはい るようだ。 「急げ」 小春に声をかけつつおれは、仏像どもの間隙をぬって入口にむかった。 「えい、この変態」 云って仏像人間の腹を蹴りつける小春にむかって、よけいなマネしてねえで、とっ とと来い、とわめきかけ―― おれたちは背筋をふるわせた。 小春が蹴りつけた一体が、ついで残りの二体もつぎつぎに、むくりと起きあがるや ふたたびふわりと宙に浮き――口端から血筋をたらしたままにこやかに微笑みつつ、 ゆらゆらと再度強襲をかけてきたからだ。 「バカ、この、逃げるぞ、おい」 いわずもがなのおれの叱責をおきざりにするようにして、 「ひいい助けてえ」 どどどと真っ先に小春が入口をくぐった。あわてて後を追うおれを、逃亡の先に立 って待つ形の尚美たちがあきれたような目つきで眺めやっている。くそ。 矩形の光の門をくぐって外界にまろび出た。あいかわらずの薄暗闇だが、堂内の異 様な圧迫感から解放されたせいかひどく明るい場所に出たような気がした。 寸時、周囲を見まわす。頭上にのびるつづら折りの道を目ざして走りかけ――たた らを踏んだ。 はるか頭上に、どうやら妖怪どもと同じ種類らしい蒼白の燐光を放つ、長円形の物 体が、音もなく降下してくるのが見えたのだ。 「くそ、また水曜スペシャルか」 口にした言葉が泣き言の響きを内包していた。自らの口調に情けなさが助長される。 救ってくれたのは、やはり背後から発せられた尚美の、確信にみちた指示だった。 ただし同時に、困惑と怯懦をも惹起した。 「飛びこむのよ!」 たしかに、そう云ったのだ。 はあ、とまぬけ面でおれが問いかえしかける機先を制するように、景清と鏑丸の二 人組が、どうどうと音を立てて真白く崩れゆく大瀑布の一本目がけて、小気味いいほ どためらいなく飛びこんでいくのが見えた。 おれも小春も、同じ顔をしていただろう。すなわち、ぽかんと大口ひらいたバカ面 を。 「飛びこんで! はやく!」 じれたような口調でいうが速いか、尚美はすばやくおれの背後にまわりこみ――ま ったく容赦のない蹴りの一撃をくらわせてくれた。 おいちょっと、かんべんしてくれよ、と空中で口にした言葉は語尾に進行するにし たがい切迫し、みるみる眼前にせりあがってきた荒れさわぐ水面が氷結した衝撃を頭 から全身にくらわせた。 刺すように冷たい水塊が逆まきおしよせ、パニックに目をむきながら狂ったように あがきまくった。 ぐるぐるまわるだけだった。 大気を求めてしゃにむに上昇し、だしぬけにがぼりと水を割った。あいもかわらず 狂ったように手足をもがきながら、内臓までせり出してきそうな勢いで咳きこんだ。 ようよう人心地ついた、と自覚したのは、かたわらに小春が、やはりげぼげぼと情 けない顔つきで苦しみもがいているのと目をあわせてからだ。ほぼ同時に、 「峠達彦! 峠達彦!」 あいかわらず他人行儀なフルネームの呼びかけが、かなり切迫した響きをともなっ て叫びかけているのにようやく気づいた。
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