長編 #2949の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
脳天気なセリフとともに、またもや小春が背中にのしかかってきた。むろん相手に しない。 おれは手近の小石をつかみ、穴に向けて落とそうと、奈落にむけて手をのばした。 引かれる、というよりは吸いこまれる感覚だった。巨大な掃除機の吸入口にものを つっこむあの感覚だ。しかも――あれとは比べものにならない激しさ! 頭に焦慮の血がのぼるより早く、おれは――否、おれたちは再度、落下していた。 ただし今度の落下は――障害物いっさいなし。 見えない虚空を永遠に降下するごとく、おれたちはただどこまでも落ちつづけた。 痛くはないが、精神衛生上はかえってよくなかっただろう。頼るもののいっさいな い恐怖が脳裏におしよせ、いつとも知れぬままおれは、完全に気を失っていた。 6 目をさましたときおれは、妙な寺にでもいる、と思った。 抹香くさかったのだ。 ちくしょう、辛気くせえ、だれだひとを寺になんぞつれこみやがったのは、と心中 毒づきつつ二日酔いそっくりにずきずきと痛む頭に手をやり、おそるおそる目を開く。 異様に高い天井があった。 薄暗くてよく見えないが、なにやら得体のしれないものが無数にぶら下げられてい る。和風の田舎家屋(ただし、けっこうな羽振りの)を思わせる雰囲気。 「おお、ひでえ気分だ」 朦朧とつぶやきながら半身を起こして首をふり――ようやくのことで自分のおかれ た境遇を思い出した。 正確にいえば、おかれているはずの境遇と、現実とのギャップとに思いいたった、 ということになる。 たしか、いや、まちがいない、おれは富士の樹海でUFOに追われて溶岩洞穴に落 ちた上、さらに得体のしれない暗黒の虚空をはてしなく落下して意識を失ったはずだ。 じゃ、この田舎家屋はいったいなんだ? 周囲を見まわしてみたが、板張りの床に、くたーと小春がいぎたなく寝こけている 以外に、とりたてて目立った家具調度の類さえなく、でかい家屋の真ん中に囲炉裏が 鎮座ましましているくらいがせいぜい特徴といえば特徴だ。 どうにも、なにがどうなってるんだかさっぱりつかめねえ。 しかたなしに、よっこら、せっ、と重ったるい腰をあげ、あーかったりいかったり いとひとり言で文句をならべ立てつつ屋外に出た。 断崖が目に入った。 垂直にかなり近い急な崖だ。ちょうどおれがたたずむ足場の、真正面にそそり立っ ている。ところどころから清水らしきものがわき出、一面を苔の濃密な緑がおおいつ くし、岩はだに寄生するようにいじけた形の奇妙な植物が繁茂している。 対面にあたるおれの立っている場所も、多少傾斜ぶりが緩やかなだけで基本的には 似たような急斜面だ。高台にへばりつくようにして設けられた空き地に民家は建てら れていて、岩と苔と奇怪な森林をぬうようにして、もうしわけ程度といった感じの踏 斜面と断崖とにはさまれた亀裂は、はるか下方までのびていた。どこまでつづいて るんだか、底の方は真っ暗でまったくさっぱりわからない。 おれは背筋をぶるると震わせ、ついで、肩をすくめてから頭上に視線を転じた。 空が見えた。 奇怪きわまりない空が。 切り取ったような丸い断崖の切れ端からのぞく空は、夜の暗黒でもなく、かといっ て青空とも異なっていた。しいていえば、曇天にいちばん近いだろうが、やはりそれ ともまるっきりちがっている。 一言でいえば、タール状の灰色の濁った液体をどろどろと流しこんだようなシロモ ノなのだ。 撹拌された原初の海が、はるか頭上にぶちまけられている、とでも云いかえること もできるかもしれない。 どちらにせよ、その正体がなんなのかはまったくさっぱり。ひとつだけ云えるのは、 どうやらここはやはり、地上ではなく落下した地下界のどこかであるらしい、という ことだろう。あんな空、どう考えたってまともなふつうの空じゃない。となりゃ、地 球に異変がおとずれたと考えるよりゃ、得体のしれない地下世界におれたちが迷いこ んでしまったのだと考えた方がまだ納得がいく。 「冗談じゃねえよ、ったくよ」 今日何度めかの同じセリフをくりかえし、すばやく四囲を見まわした。 踏みわけ道は見えるかぎりじゃ頭上、下方、各一本ずつ。常識的に考えるならとう ぜん、上を目ざすべきだろう。 はなはだ不景気な思いでおれは進路を決定すると、ふたたび田舎家屋の内部に踏み こんだ。 ぼえーとした顔の小春が、呆然とおれを見かえした。なかなかいいタイミングで目 「おい行くぞ。なんだかよくわからねえが、ここは絶対にまともな場所じゃねえ。と 「あん、タッちゃーん、あたしもうお腹すいたあ」 「るせえ、このバカ。食いもんなんざねえだろうがここにゃ。がまんしろがまん」 苦々しくおれが吐き捨てるや、脳天気娘はまたもや勝ちほこったような顔をしてへ っへっへーと胸をはり、 「食いもんならここにあるもんねーだ。見ろ」とヴィトンのバッグから板チョコをと りだしてみせた。「イエーイ、たべっこどうぶつもあるんだぜい」 「なんだおめえ。そんなもん、常時バッグにひそませてるから際限なくぶくぶくぶく ぶく太るんだろうが。まったく」 あきれ果てて吐き捨てる。 「あ、ひっどーい、あたし太ってなーい。そういうこと云うんだったら、タッちゃん にはあげないもんねだ。ふん」 「好きにしろ好きに。とっととしたくして出てこいよ。めんどうだからおいてっちま うぞまったく」 いい捨ててとっとと背をむけると小春は、あ、ああん、待っへようこの人へなし、 と口いっぱいにチョコレートをほおばりながらばたばたとせわしなくでかい尻をあげ た。 そんな小春の様子をろくにたしかめもせずにおれは、せまっ苦しく雑草だらけの小 道を、上にむかってたどりはじめた。 しばらくもいかないうちに、背後からおしころした声音で小春が、タッちゃん、タ ッちゃんたら、と何だか切迫した口調で呼びかけてくる。 うるせえないちいちこのバカは、と口中吐き捨てながらふりかえり―― 硬直した。 眼前に――仏像が浮遊していた。 否。 仏像ではない。印象がそっくりだったから勘違いしたのだ。 仏像だった方が、まだましだったかもしれない。 青白い顔に慈愛にみちた笑みをうかべる、性別不詳、四本腕の異様な人間が目の前 に浮かんでじーっと得体のしれない凝視をおれにむけて投げかけているのだ。 ひぐっ、と、こみあげた悲鳴は喉にかかって滞留し、なにもできずにただ立ちすく んだ。小春はといえば、五メートルぐらい距離をおいた後方で息をのむ態勢だ。 「な……な、なんですか、てめえは」 気がぬけることおびただしい問いかけを、仏像人間にむけて反射的に口にしていた。 うすく笑った慈顔は答えず、無言のままただ、ずい、と彼我のあいだの距離を一歩 ぶんほど、ちぢめてきた。 全長は人間とそれほどかわらぬ印象だが、聖者めいた片肩むきだしの薄ものの布き れをひっかけ、下半身は足までその奇妙な着衣にかくされてさだかではない。 そしてその奇怪な仏像人間は、足の見えない下半身部で薄ものを、ひらひらと見え ぬ微風にただよわせながら、ゆっくりと手をさしのべるようにして、おれを指さした。 「おまえは地上のものか」 男の声とも女の声とも判別しがたい、抑揚のない声音が無表情に問いかける。 「おっおう」 とおれは胸をはってみせた。たんなるやけくそだ。 「招かれたか。では来い」 短くいって、仏像人間は宙に浮いたままくるりと背をむけた。 なんだかさっぱりわからねえが、今だ、と思った。 おれも仏像人間にむけてくるりと背をむけ、全速力で疾走を開始した。 あがく両脚がぶざまに宙をけりつけるだけだった。 ひ、ひい、と我ながらぶざまきわまりない声をあげて頭上を見あげる。 仏像人間は、その華奢な腕にはまるで似あわぬ力強さで、軽々とおれの後ろえり首 「タッちゃあん」 情けない声で見あげる小春にむけて、おれは肩をすくめてみせた。ほかにどうしよ うがあるってんだ? え? ネコみたいにえり首つるしあげられたままの、きわめてみっともない姿勢で情けな さをかみしめるおれと、遠まきにそれを眺めやりつつ、時おり情けない声をおれにむ かってかけながら後を追う小春がつれていかれたのは――さらに下方の、峻厳な滝が つごう五本ほど、ごうごうと音を立てて流れ落ちる斜面の一角の、寺院じみた建物の 内部だった。 外観からは想像もつかないほど巨大な内部には、一見ロウソクめいた淡い光が一面 にみちあふれていた。 が、その光をよく見てみると、ロウソクではなく何か奇妙なおれ曲がり方をした小 枝のようなものの先に灯る、蛍火のような正体不明の燐光だった。 ほかに板張りの壁のあちこちに、どこか仏像を思わせる、それでいて厳粛さとはほ ど遠い不気味な印象をただよわせた奇怪な像や彫刻が、異様な圧力をその視線にこめ ておれたちを見くだすように眺めおろしていた。 すべるように音もなく滑空していた仏像人間は、広大な部屋の中ほどで、つ、と高 度をさげると、割れものをでもあつかうようにやんわりと、おれを床の上におろした。 そして青白い影はそれ自身淡く発光しながら、板張りの床にぺったりと腰をおろし て呆然と見あげるおれたちにはいっさいの関心をなくしてでもしまったかのように、 無数の野太い支柱の間をぬって幻のごとくただよいながら、奥部に広がる底なしの暗 闇にむかって消えていった。 「おい……おい! お客さんほっぽってどこ消えるんだよ」 途方にくれて呼びかけてみたが、無数の灯火のむこうに底なし穴のように広がる闇 の奥には、応えの返る気配ひとつない。 「どおなってんのよう、いったいさあ。え?」 ことさらにあばずれた口調を強調して小春が云った。おれをにらみつけながら、ご ていねいに腕まで組んでやがる。 「おれが知るかくそ」 ふてくされて答えつつ、やけくそ気味にどっかりとあぐらをかいた。 「おーい、茶はまだか!」 皮肉をこめて闇奥に呼びかけるが、とうぜんのように無反応だ。 「……逃げた方がよくない?」 憮然とした表情で四周を眺めわたしながら小春が云うのへ、 「かもな」 これまたふてくされたような口調でおれは云ったが、腰をあげようとはしなかった。 宙を滑空する仏像人間とチェイスをやらかして勝てる自信がまるでなかった、とい うのも理由のひとつだ。 が、それよりはむしろ、地底の寺院に澄む四本腕の妖怪人間が、いったいおれたち をどう遇しようってのか、いささかならず興味があったのだ。 これまでのあつかいからして、さほどひどい目にあわせようってわけでもないらし いという、はなはだ根拠薄弱な計算もあった。 だが不気味きわまりないのもまた事実だ。この先、こんなふうに逃げ出せるチャン スがふたたびおとずれるかどうかもわからない。一種の、賭だ。それももしかしたら、 かなりヤバい種類の。 ほどもなく闇奥から青白い光が、こんどは合計三体、音もなく近づいてきた。 さっきの仏像人間と似たりよったりで区別がつかない。同一人物が三人のうちに含 まれているのかどうかもあやふやだった。どいつもこいつも、おそろいの薄ものの布 きれを体にまとい奇妙に仏像じみたしぐさで宙に直立しつつ、どこかうつろな慈顔で ひとを見くだすように眺めおろしている。 やっぱりどの一人も、妙な布きれの着衣に隠れて脚部は見えていない。最初のヤツ と遭遇してからごく短い時間しか経過してはいないが、歩いている姿を見せないとこ ろからすると――足自体が退化だかなんだかの影響で、なくなっちまったのかもしれ ない。あるいは――三本目と四本目の腕が、もとの脚だったのか。 「お客様をほうったらかして、どこ行ってやがったんだこのバカどもが」 頬づえをついたまま思いきり顔をしかめて憎まれ口をたたいてやった。小春は小春 で、いかにもだらしなく横ずわりの姿勢で、うさんくさげな視線を頭上にむけている。 が、仏像人間どもはおれたちの粗野な態度などまるで気にするふうもなく、 「地上人よ、おまえたちを招いた精霊たちはどこにいる」 などとわけのわからぬことを問うてきた。 おれも小春も、同じように眉根をよせて唇をへの字に歪めた。ながいこと一緒に暮 らしてると、しぐさまで似てくるってのはほんとうだ。 「なんのこった。精霊だ? なモンが実在するわきゃねえだろうがバカどもが。アホ じゃねえのか、おまえら」 四本腕で宙に浮く蒼白の妖怪人間どもを前にして、精だの霊だのの実在について議 論するのも異様だが、どうにも与太話をきかされる気分にしかならないのだからしか が、仏像どもは慈顔にいささかの曇りも見せず、ただちらりと互いの顔を見あわせ ただけでふたたびおれたちにむき直り、 「ではおまえたちは、招かれたのではなく迷い人だな」 左側のヤツが、やさしげにそう云った。 「なんのこったか、さっぱりわけがわからんぞ。説明しろこの化物どもめが。まった く、次から次へと非常識な目にあわせやがって、いい加減にしろってんだ」 が、おれの理不尽な苦情は頭から無視して、今度は右側の仏像人間が口を開いた。 「だがこの者たち、なかなかのチカラをたくわえている。大いなるものに捧げるに、 まったく不足はない」 げ、と、おれたちは目をむいた。捧げるだ? 「では黄泉へと導くか」真ん中のヤツが、淡々とした口調で云った。「容れられずと も、べつに支障はない」 そして、まるであやつり人形か何かのように三人同時にうなずいた。
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