長編 #2940の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ブラックライトに白い陰影。ひらめくストロボのなかでおまえはうねり、ゆらめき、 からだで叫ぶ。 舞台のトリにふさわしい豪奢さだった。 容貌はどちらかといえば純日本ふうだが、奔放にひるがえる裸体の動きと量感は圧 倒的なまでに裏街むけだ。 ゆらぐ音の重積のもと、無言の絶叫に男たちの視線が熱く、ねつく、からみつく。 第一のおまえは蛇。その白い肢体で男の理性にからみつき、しめあげ、どろどろにと ろけ崩れさす妖魅な生き物。 おれもまた目を瞠る。釘づけられた視線の先で激しくうごめく下世話な美の顕現が、 脚を蹴あげ、腕をふり、首ゆらめかせ、折れ落ちるまで背中を曲げる。 きらめきは、めくるめく光の洪水にまぎれてだれの目にもとまらなかった。おれ以 外の、だれの目にも。 ゆれ動く流し目の間に間に、ほんの瞬時うかんで消えた殺意の怜悧な輝きもまた。 気づかなければそこですべては終わっていただろう。 結果はおなじだが、結末ではなく、それが始まりだった。 場末の劇場。空虚にうらづけられた底なしの欲望に満々とみたされた、めくるめく 闇のなか。ステージの上の踊り子のあまりの妖しさ、美しさに惑うて、ひとりの男が、 昂揚のあまり心臓の動きをとめた。それが結果に対して下された診断。 現実はちがう。 むきだしの皮膚のどこに打ちこもうと瞬時にして鼓動を断ち切る猛毒はおそらく、 アマゾンの奥地で三年ほど前に、名もしれぬ昆虫の体液から発見・合成されて以来、 相当の重要人物を葬り去るためにのみ用いられてきた“ガラジェバの涙”にちがいあ るまい。痕跡をのこさぬ奇怪な性質は暗殺にはうってつけだが、頻用されないのはそ れがあまりにも稀少で高価だからだ。 国家元首のトップクラスに対してさえ使用をためらわせる特製の毒を惜しげもなく 投入してくるとなれば、このおれもたいしたものだとうぬぼれたくもなるが、どちら かというとそれだけ買った恨みが大きかったというところか。 いずれにせよ、勘にすくわれたおれが次にとった行動は、暗殺者を返り討ちにする ことだった。 裏口にたたずみ、ショーを終えて三々五々帰途につくうらぶれた天使たちの顔をひ とつひとつ見聞していく。田舎の温泉とはちがって、さすがに見るからに醜悪な婆ァ はいないが化粧の濃さや外国産の彫りの深さの奥には、あたりはばからぬ声高な笑声 にまぎらせた隠しようのない疲労が、どの顔にも重く、やるせなくよどんでいた。 十分待って、おれはタバコに火をつけた。 さらに五分、おまえはあらわれず、投げ捨てたタバコを踏み消すタイミングをねら ったようにして、かわりにいかり肩のごつい男があらわれる。三日でレスラーの道場 から逃げだしたたぐいの容貌だ。じろりとおれにむけられた一瞥に知性はかけらも見 あたらず、かわりに想像力欠如の残忍さがふんだんにぎらついている。 どうやら、踊り子にちょっかいを出そうと待ちうける変態のたぐいだと思われてい るようだ。 おれは男にむかってにたりと笑ってみせた。あやまりは訂正すべきだ。 多少の娯楽もかねて訂正を五分ほどですませ、おれは男に残っている踊り子の人数 をたずねた。一人。花束をわたしたいだけだから、安心して出てくるようにと伝言を 託して血まみれではいつくばる男を解放し、ふところに隠した血の花を咲かせるため の鋭利な道具の感触を楽しみながら、もう二分ほど待った。 不安げな様子であらわれた女は、おまえとは似ても似つかぬ小娘だった。若さのみ に保証された肉体だけがとりえの、とりたててどうということもない女。見覚えはあ った。おれがふらりと小屋に立ち寄った時に、ちょうどステージの上で大股おっぴろ げてた娘。 一万円札を握らせてから、ふっくらとした頬にそっと手をあてて「すまんな、人ち がいだった」と告げて背をむけた。 あ、待って、と女がいった。 無視して歩くおれの腕に、やや間をおいてたっぷりとした胸の感触とともに女の腕 がまきついてくる。 あんた、案外いい男ね、ひろしをのしたんだって、あいつ強いのよ、すごいわ、あ たし、ナオミっていうの、強い男は好きよ、ねえ、お酒おごってよ、いいことしてあ げる。 つづ゚けざまにたわごとをくりかえす女の空虚な饒舌にうんざりして腕をもぎ離そう と思い――ふとうかんだ疑問をそのまま口にしていた。トリを演じたあの女の素性。 そして、なぜその帰宅がおれの目にふれなかったのか。 「ああ、あの娘」 そっけない口調の底に、おまえに対するあからさまな敵意が見えかくれる。 「なんていったかしら。そう、エミ、本名かどうかなんて知らないわよ。まあ源氏名 でしょ。昨日きたばかりなの。冗談じゃないわ」 なにが冗談じゃないのかは説明しなかったが見当はつく。女は敵意にみちた目でお れをにらみつけ、あんたもあの娘にいかれたクチ? と、軽蔑したように吐き捨てた。 おれは答えず、あいまいに笑いながら肩をすくめてみせただけだった。 「どこから帰ったんだ?」 おれの問いに、女はいぶかしげに眉をひそめる。 「どこって、あたしとおなしよ。裏口から。見なかったの? あたしの前に二人組の ブラジル娘が帰ったでしょ? その前。あの女、焼き肉にさそってあげたってのに断 りやがって。きっとヒモつきよ。見なかったの? 眼鏡買ったほうがいいんじゃない? 案外似合いそう」 ありがとうよ、といっておれはぐいと女を抱きよせ、音をたてて唇を吸いながら思 いきり胸をもみしだいた。見ひらいた女の目がすぐにとろんと眠くなる。手をはなす と、うす汚れたビルの背中にもたれかかってアスファルトの歩道の上にへたりこんだ。 そのまま背をむけ、女をおきざりにして歩きだした。 欲情に惹起された期待が呆然へ、そして憎悪へと推移する表情の変化課程を髣髴さ せる間をおいて、このインポ、と罵声がおれの背中をたたいた。 エミ、仮におれはおまえの名前をそう決めた。標的にすこしでも具体性をもたせる ためだった。べつに具体性がない標的をねらうのが困難だというわけじゃない。舞台 の上からふりまかれていた、おまえのあの圧倒的な存在感が、奇妙なことに頭の内部 からきれいに欠落してしまったような異様な感覚があったからだ。帰宅の瞬間を目撃 していたはずなのに気づかなかったのもそれが原因かもしれない。 ストリップ小屋からはあの夜以来、エミの姿は見られなくなっていた。残されてい た連絡先も当然のようにでたらめだった上に、おれがインポでホモの強姦魔だという 噂まで流れていたらしい。最後のはナオミのしわざにちがいない。 あばずれ女のかわいらしいウソは放置したままでおれはストリップ小屋を後にし、 当てのない探索を開始した。一週間をへてなんの成果もないまま街をさまよい歩き、 そして声をかけられた。 深窓の令嬢、という言葉が、初めて現実感をともなって眼前に出現した。その衝撃 にまずおれの脳みそが回転をとめ――さらに、その女の顔がエミのそれと一致した時、 おれの思考は音をたてて崩壊していた。 それが第二のおまえ。 眼前で清楚に微笑むその女、おまえが帰宅する瞬間を、あの時おれはたしかに目に していた。目にしていながら気づかなかったのは、おまえが、そう、おれがいま目の 前にしているその女が、あのステージの上の“エミ”と同一人物であるとは思えなか ったからだ。 たしかに顔はおなじだった。 だが、発散している雰囲気がまるでちがった。舞台の上で激しく舞い踊る扇情的な 淫売の面影は、そこにはかけらも見いだせない。清楚でものしずかな、淡い青の路傍 の花を思わせる、はかなげに、いまにも消え入ってしまいそうな、淡く可憐な雰囲気 をもったおまえ。 たしかにおまえはあの時、ストリップ小屋の裏口から現れた。だがその時おれは、 何かの見まちがいだろうと頭から決めつけて瞬時に注意をそらし、つづいて出てくる 女たちに視線を移動させたのだった。 たしかに覚えている。はなはだしいのは、おなじ顔をたしかに目撃した上、それを ちゃんと記憶していながらいまのいままで気がつかなかったおれのバカさかげんだ。 それとも、女の変身の妙、とでもいえばいいのか? だが、その変容は化粧の有無 や服装、発散するオーラのあるなし等、程度のものでは説明のつけようがない。顔が おなじだけで、まるで別人だった。 エミ、と思わずおれが口にするのへ、おまえはスモークがかかった画面のように微 笑ってみせた。 「エミはいま、ここにはいません」
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