長編 #2903の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
君と共に館で 本山永矢 私が暇つぶしに顔を出すと、自称名探偵の明田耕五郎は、便箋を振り回しな がら叫んでいた。 「おお、横林君。見てくれ。こんな依頼を待っていたんだよ、僕は!」 「ずいぶんと嬉しそうじゃないか」 くしゃくしゃになった便箋を受け取りながら、私は応じた。そこには、毛筆 ワープロの文字がのたくっていた。 ジンキョウインケンショウ 「どれ……拝啓 明田耕五郎様。小生は神京院憲章という者です。明田様の名 探偵というお噂を耳にし、緊急の用件にて、一筆取りました」 読みながら、ワープロなのに一筆とはどういうことだ、と訝しく思った。 「……ことは急を要しますので、短刀直入に」 続きを読もうとしてすぐに引っかかる。『単刀直入』が『短刀直入』になっ ている。変換ミスなのだろう。かなりひどい辞書機能である。 「……お話しさせていただきます。小生、六十の齢を境に、瀬戸内の**島に 邸を建て、隠遁生活を送っております。此度、邸に旧知の者四人を招き、小生 の七十回目の誕生日を祝う宴を執り行うことと相成りました。 が、一週間前、不吉な手紙が邸に舞い込んできました。それには、宴の席で 小生を亡き者にするとだけ、記してあったのです。そのときは一笑に付したも のの、誕生日その日が近付くにつれ、じわじわと恐怖を感じるようになってき たのです。今では恐怖心が極みに達しております。何者がどのような理由から、 どんなやり方で小生を殺すのか、それが少しでも具体的に書いてあれば、これ ほど恐怖を感じはぬでしょう。しかし、何も分からず、ただ殺すと脅されるの は、己の中で悪い想像が雪だるまのごとく膨らんでいき、際限がないのです。 この底なしの恐怖から、小生を救い得るのは、小生の知る限り、あなた様し かおりません。何卒、この老体の願いを聞き入れていただけぬものか、ご一考 を仰ぐ次第でございます」 声に出して読んだのだが、現実の話とは思えなかった。戦後直後ならいざ知 らず、平成のこの世に、孤島に邸を建てて住む老人から毛筆ワープロで書かれ た依頼状が探偵の下に届くなぞ、信じられぬ出来事である。 「どうだね? 素晴らしいと思わないか!」 明田は嬉々としている。 「あ、ああ。素晴らしいと思うよ……」 私が曖昧に返事すると、彼は何度も大きくうなずいた。 「君もそう思うだろう? 僕がこれまで扱ってきたような市井のつまらぬ依頼 なんか、目じゃない。このいかにも本格然とした、古式ゆかしい設定にこそ、 僕のような名探偵が輝ける余地がある。そして孤島物・館物とくれば、そこで 起きる事件は決まっている」 「どんな事件だね?」 わざと私は聞いてやった。分からないふりをするのもワトソン役の務めだ。 「分からないのかね? 簡単よ、密室殺人だ」 「密室殺人……」 「この言葉に秘められた、甘美な、それでいて退廃的な香りが分かるかね? あるいは『密室』での『殺人』なんてあり得ないことは自明であるのに、ひょ っとしたら存在するのではないかという夢・希望を抱かせる……」 明田の演説はまだまだ続いたが、それだけでスペースを費やす訳にもいかな いので、一足飛びに場面を島へと移そう。 何故か、私は明田に付き添って島へと向かっていた。念のために言っておく が、私は探偵・明田の助手でも何でもない、一介の作家に過ぎないのだ。ワト ソン役ではあるが、いちいち明田に付き合う必然性はない。にもかかわらず、 何故か、私は島に向かっていたのである。 「あれが叔父の所有する島です」 ボートを操る青年−−えーっと、何という名前だっけ。叔父の神京院憲章と いう名に負けず劣らずややこしく。忘れてしまった。 「君、名前は何と言うんだった?」 青年は笑いもせずに答えた。 「天光寺一郎太です」 そうだ。テンコージ、イチロータ。そうだった。 ……天光寺青年は左手で前方を指差した。かすかに島影が確認できる。平ら かな土地が多い、小さな島のようだ。 「普段、島には君のおじさんの他には誰かいるのかい?」 さっきから気分のよさそうな明田が、天光寺に質問をした。 「身の回りの世話をしてもらっている、家政婦さんがいます」 「女の人? 名前は何というのだね」 「……知りません」 天光寺は、やや戸惑ったように答えた。 明田はちょいと眉を下げ、改めて口を開いた。 「知らない? どういうことかな?」 「聞いていないんです。恐らく、叔父も知らないでしょう」 「うーむ、どうなっておるんだ。……ま、よかろう。本格推理小説では、家政 婦のような読者の気が回らない人物が犯人であってはならない、と決まってい るからな」 「何か言いましたか?」 聞きとがめた天光寺が、顔を少し横に向けて聞いてくる。明田は適当にうな ずいてごまかした。神京院から、依頼の件並びに脅迫状が来たことは誰にも話 さないでくれと言われているのだ。明田と私は、神京院の新たな友人というこ とになっている。 「四人のお客さんとは、どんな方なのかね? 一人は天光寺君だと聞いたが」 「僕はただの遊び人でして、大学を出てからずーっとぶらぶらしています。ま あ、船舶免許はこうして取得しましたが」 天光寺はハンドルをぽんと叩き、さらに続けた。 「それで三人のお客さんですが、まず一人目はタマノミヤアキノリといいます。 どんな漢字を書くかというと、玉之宮昭典です」 天光寺は口で言っただけで、どんな漢字なのか書きはしなかった。それでも、 私達は『玉之宮昭典』という字面を、何故か思い浮かべることができた。 「叔父の旧くからのご友人で、詩人をなさってます。自称ですけれどね。生計 の方はご先祖様の遺産で充分だとか」 島には似た者ばかり集まるらしい。 「お二人目は姉小路麗花さんです」 少しばかり頬を赤くして、青年はアネヤコウジレイカと言った。 「元々、この方のお父上が、叔父と知り合いだったのですが、お父上の方はお 亡くなりになりまして……。その後も縁あってつき合いが続いている訳です。 あ、麗花さんはピアニストです」 今度は自称と付けなかったが、どうせ自称だろう。私はそう思った。思うぞ。 「最後に」 そう天光寺が言いかけたとき、船に振動があった。何ということ、登場人物 の紹介が終わる前に、船が島に到着してしまった。 「少し予定より早く着いてしまったようです。でも、気を取り直して……」 天光寺は船から降りずに、そのまま続けた。 「……最後に鈴木さとしさん。さとしは『賢い』と書きます」 がくっときた。四人目にきて鈴木とは、えらく大衆的ではないか。 「彼はギャンブラーです。主に競馬とパチンコで稼いでおり、相当、裕福な暮 らしを送っているはずです」 風が出てきて寒いせいか、天光寺は早口で言って、船からさっさと飛び出た。 慌てて私達も続いた。 館(神京院の言葉では邸)は、いかにも古典的ミステリーに出てきそうな洋 館だった。その前に立つなり、明田は楽しげな表情になって、叫んだ。 「これだ! これこそ僕が求めていた舞台! ここにこそ、名探偵の輝ける世 界がある。生きててよかったと感慨に浸れる雰囲気が……」 私と天光寺は、彼を放って館の中に入った。 「お待ちしておりました」 主たる神京院らしき人物が、いきなり出迎えてくれた。甥っ子との再会の挨 拶もそこそこに天光寺を追い払うと、私に話しかけてくる。 「あなただけが頼りです。どうか我が身を護ってください、明田さん」 「あの……私は明田ではありません」 私は老人の間違いを正した。 「え? では」 「私は明田の友人で作家の横林正年。明田なら、外で感慨にふけっています」 老人は外に飛び出し、 「明田さーん!」 と、力の限り叫びながら、まだ立ちすくんでいる我が友人に近付いていく。 明田はやっと自分を取り戻した様子で、神京院老人と握手した。 まずは、部屋に案内された。案内役は名前のない家政婦だ。整った顔立ちを しており、まだ若いが、中性的な印象を発散している。天光寺は、家政婦が女 だといっていたが、彼が勘違いしているだけかもしれない。ひょっとしたら男 かもしれない。私は後でこの話を客観描写を用いて小説化するときのことを考 え、家政婦に尋ねておくことにした。 「失礼ですが、あなたは女性でしょうか?」 「本当に失礼な質問ですね」 つんとしてから、家政婦はさらに言った。まだ『彼』『彼女』とは書けない。 「では、先にこちらの質問に答えてください。あなたは探偵役で、あなたは記 述者役なんでしょう?」 家政婦は明田、私の順に指差した。黙ってうなずく。 「それで……あなたのどちらかが犯人ということはないのですか?」 「は?」 「昔の推理小説にあったでしょう。探偵が犯人とか、記述者が犯人とか……」 「それでしたら、心配無用ですよ。私は真っ当な探偵であり、彼もまた真っ当 な記述者です」 快活に言った明田。 「本当に?」 家政婦は疑わしそうである。 「本当」 「信じられない、簡単にはね」 しょうがない。伝家の宝刀を抜くときが来たか。私は意を決して、 「作者の僕が言っているのだから、間違いない」 と言い、さらに原稿用紙を取り出すと、素早く、 『家政婦は、横林の言うことを素直に信じた』 と書いた。 すると、効果てき面。家政婦は従順な態度になった。 「分かりました。あなた達は信用できる。それで?」 「それでって、つまり、君の性別は」 「ああ、その話。あなたが作者なら、どうにでもできるんじゃないの? 矛盾 してるなあ」 「そこはそれ。いいから、答えてよ」 「男だとすると、ここのご主人はホモになっちゃうんじゃないの? やっぱり、 ここは女でしょう」 「了解。その線で行こう」 ごたごたしたが、家政婦は女となった。 さて、とうの昔に部屋の前に到着していた我々は、ようやく中に入った。 「これはまずいぞ!」 いきなり、明田が叫ぶ。お約束通り、私は大げさに応対してやる。 「何だ、明田。どうしたと言うんだ?」 「見たまえ、このドアを」 さっと人差し指を突き出し、ノブの辺りを示す明田。私と家政婦はオーバー アクションでそこを覗き込んだ。押しボタンが見えた。ただそれだけである。 「これがどうかしたのかい?」 「どうかしたじゃない。問題ですよ、これは! 考えてくれ、これから密室殺 人が起こるんだぞ。それなのに、このドアの鍵ときたら、内側からボタンを押 してそのまま閉めれば、施錠されてしまうタイプじゃないか! 密室の謎がな くなる。こんなこと、あってはならない」 興奮している明田は、頭をかきむしりながら部屋の中をぐるぐる動き回った。 まるで、難事件に直面しているかのようだ。 「いいじゃないか、明田。密室殺人が起こるのは部屋とは限らないぜ。風呂場 が密室におあつらえ向きかもしれないし、急に雪が降って、足跡なき密室がで きるかもしれない」 私は明田を落ち着かせようと、いい加減なことを言った。 幸い、明田はそれで納得したらしく、目を輝かせながら、顔を上げた。 「そうか。その線もあるな。ん、それでいこう」 「あの、お部屋に案内してから、少し、合間がある予定でしたが、時間を取り すぎてしまいました。これからすぐに食事です」 家政婦が、妙に冷静な声で言った。 「そうか。では、そこで登場人物の人間関係を探ることにしよう」 にこにこしながら明田は揉み手をしていた。 しかし……しかし、である。私達は食事にありつけなかった。それどころか、 起きるはずであった事件を体験することもできなかったのだ。 家政婦はよほど慌てて食事の準備に取りかかったのだろう。ふきこぼれが起 きたのか、それとも他の要因なのか知らないが、ガス爆発が起こり、館はあっ けなく崩壊してしまった次第である。 折角、キャラクター設定をしてやった神京院憲章、天光寺一郎太、玉之宮昭 典、姉小路麗花、鈴木賢らはどうなったのか、作者の私にも分からないままで ある。 最もくさっているのは、明田。ようやく訪れた、名探偵にふさわしい難事件 (らしき依頼)が、探偵らしいことを全くしない内に終結してしまったから、 それも当然であろう。 −−終わり −−−続く
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