長編 #2878の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
4 仮面は剥がれた、が 久海寛−−表札にはそう彫り込みがあった。安物の表札だ。 二つの門柱の頂にあるバレーボール大の白色電球は、黒ずみ、ひびさえ入っ ている。夕闇の中、よく見ると、火山灰らしき粉も積もっていた。 女は指で灰にさわり、その先に付いた汚れを慌てて払った。 「汚いなあ」 つぶやいて、女は足早に玄関を目指し、指ではじくように呼び鈴を押した。 「早かったな」 扉が横に開き、男はぞんざいな調子で女を迎えた。流行遅れの色合いの服に しわが寄っている。 「どうなってんのよ、全く」 女−−森松由起はふてくされた気持ちを露にした。乱暴に靴を脱ぎ、家の中 に上がる。 テーブルには種類の違うグラスが二つ、並んでいた。隅には高そうな−−こ れだけは高そうな洋酒がある。 「ほんとにどうなってるの? 中川って人が逮捕されて終わるかと思ってたら、 アリバイができたとかで釈放されそうじゃないの」 いきなり、由起は始めた。 「あたしはあなたがあれだけ言うから、話に乗ったのよ。全く、とんでもない 嘘つきね」 「嘘つきはないだろう」 困ったような笑顔で、男−−久海は答えた。 「中也が釈放されたからって、私が捕まる訳じゃないんだ。ま、ちょっとあて が外れたがね」 「も一度確認しとくけど。警察にばれても、全部、あなたがやったことなんで すからね。あたしには関係ないんだから」 「分かってるさ。だが、心配しなくてもいい。ずっと一緒だ」 久海は酒を呷って、息をついた。呆れながら、由起は言う。 「そりゃあね、あのときはちょっとばかし感動したわ。次期社長さんが何もか も放り出して−−大金だけは抱えて−−、海の物とも山の物ともつかぬ素人女 優のあたしに言ってくれたんだもん。『何としても女優にしてやる。だから、 とにかく一緒に来てくれないか』ってね。憶えてる?」 「ああ」 舌が短くなったような、曖昧な返事だった。 「ずっと九州にいるつもりなの? そんなんじゃ、いつまで経っても、あたし の夢は叶わないじゃない」 「ずっといるつもりなんてないさ。今はまずい。ほとぼりが冷めてから、ここ を引き払うんだ」 「とてもじゃないけど、それまで耐えられそうもないわ。東京で独り暮らしさ せとくつもりなのかしら」 「金は送っているだろう。足りないんだったら増やす。遺産が入るはずだから な、『久海峻』の」 「お金だけじゃだめ。約束、果たしてくれないと」 「だからしばらく待ってくれ。頼むから」 哀願するような身ぶりから、久海は由起の方に手を掛けてきた。するりとか わす。 「口だけじゃなく、誠意を見せて」 「分かるだろう? 今、私が面だって動いたら、『久海寛』と君との関係が明 らかになる。警察が目を着けるかもしれない。奴らが調べれば、『久海峻』が 森松由起とつながっていたことも分かるかもしれない。そうなったら、やばい んだよ。もう少しだけ待ってくれ」 「しょうがないなあ。いい、絶対に約束は守ってよ。もし守らなかったら、私、 あなたがやったことをみんな喋ってやるから」 由起は、相手の反応を見てから、自分のグラスを一気に干した。 急に、乱暴なテンポでチャイムが鳴った。びくっとして、二人は顔を見合わ せ、玄関の方を振り返る。 「どうするの? もしも警察やマスコミだったら、隠れなきゃ」 「……大丈夫だ」 己に言い聞かせるかのごとく、久海は言い切った。 「まだおまえの顔は誰も知らない。例え見られても大丈夫なんだ」 久海はそれでも重たげな足取りで、玄関へ向かった。 由起が様子を窺っていると、そのやり取りが聞こえてきた。 「いつかの刑事さんでしたか。今日はまた大勢ですねえ」 「ええ。ちょっと応援を頼んでますので。あ、こちらは私の上司の有園警部。 こちらは今村警部。それからこちらのお二方は、もう知っていると思いますが」 「あ……あんた達、この間の」 「どうも。圭三のことでは世話になって」 「あんた達、警察の人間だったのか? 汚いぞ」 「とんでもない、違いますよ。そのような誤解は、僕にとっても警察にとって も迷惑この上ない」 そんなやり取りの後、夜の来訪者らはどかどかと上がり込んできた。 由起は身を固くした。とにかく警察関係者とは分かっている。ぼろを出さな いようにしなければ……。 「こんな時間に、何事ですか」 久海の方から口を開いた。 「こちらは……?」 伊集院と名乗った比較的若い刑事が、由起を手で示しながら言った。 「友人です。東京で知り合って、今日は遊びに来たのです」 「同席されてよろしいのですか? これからあまり面白くない話を始めるんで すが」 「事件のことでしょうが。あなた方の話はそれに決まっている。この人ならか まいません。事件のことだって開けっ広げに話していますから。なあ?」 「え、ええ」 不意に返事を求められ、少しどきりとした。いけない。私は女優なんだから。 演技をするのよ、演技を。 「本日はまず、こちらの流さんに話をしてもらいます」 伊集院刑事は、髪が長めの、目つきが鋭いがそれなりの男前を示した。 「さっきから気になってたんだが……。あんた、いったい、何者なんだ?」 久海は声音こそ物静かであるが、訝しい感情をストレートに表現している。 「探偵なんです。日野圭三の失踪について依頼を受けた探偵。中川太郎こと久 海中也氏に仕掛けられた罠−−火山灰の偽装を見破ったのが縁で、こうして捜 査の末席に加えてもらったのです」 言葉とは裏腹に、主役として話す流である。 「……火山灰の偽装とは?」 久海は、唾をごくりと飲み込んでから、固い口調で聞いた。 「中川氏の靴に入っていた火山灰、知っているでしょう? あれはなんの証拠 にもなりません。真犯人がこっそり、入れた物かもしれませんからね」 人間に心の顔という物があるとすれば、由起のそれは青くなっていたろう。 由起の本来の顔には、彼女の演技力のたまものか、ほとんど変化は出ていない が。 由起は思い出していた。鹿児島から火山灰の袋詰めが送られていて、それに 添えられていた久海の手紙を。手紙には、中川太郎という男の家に出向き、こ の火山灰をその男の靴に入れてくれとの指示があった。由起は化粧品セールス レディのふりをして、中川の家に行き、隙を見て火山灰を入れてきたのである。 いつかはばれるかもしれないと危惧していたものの、こんなにも早く気付か れるとは、由起には信じられなかった。目の前の男が、化け物に見えた。 「で、一から考えてみたところ、寛さん、あなたのアリバイが崩れてしまうこ とが判明してしまいましてね」 流は、『寛』にアクセントを置いた物腰である。 「ほう、そいつは困りましたな」 ひきつったような笑いを見せる久海。由起は、そんな演技ではばれてしまう のではないかと気が気でない。 「とりあえず、聞かせてもらえますか。新幹線やら特急やらを乗り継いでいた 私が、どうやって犯行時刻に現場に立てるのかを」 「いいでしょう」 探偵の流は、有園とかいう中年の刑事に合図を送ったようだ。有園刑事は白 いA4サイズの紙を取り出し、テーブルに置いた。 詳しくはそこにある通りですが、と前置きして、流はアリバイ破りをとうと うと喋り出した。由起は、アリバイトリックについては久海から詳しく聞いて いないので、どこまで見破られているのか分からなかった。だが、隣の久海の 表情が悪い方へどんどん変わっていくのを見ていると、相手の推測が的を射た ものなんだと思い知らされた。 「面白いお話ですな」 あまりに型にはまった久海の台詞に、由起は泣きたくなってきた。泣きなが ら笑い出してしまいたい。 「さらに言いますとね、入れ替わっていたらもっと都合のいいことが起きるん ですよ」 流は意味ありげに指を振った。 「入れ替わるって、誰と誰がだ?」 「あれ、久海さん? 入れ替わったのが人間だなんて、僕は一言も言ってませ ん。何故、分かったんですか?」 「っ……」 一瞬、詰まった久海。由起はもうだめだと感じ、無意識に顔を両手で覆いそ うになった。だが、寸前でそれだけはやめ、どうにか平静を繕う。 「……そんなことが証拠になるのか! 思い込みで反応しただけだよ! いい から話してみろ。聞いてやる、おまえの入れ替わり説を」 久海は開き直った態度に出た。辛くも窮地を逃れた観だ。 流の方はと言えば、にやりと笑ったように見えた。 「うーん、引っかかりませんか。じゃ、やむを得ない。話します。最初に、き っぱりと言っておきましょう。その人にとって精神的に悪いですから」 流はつうっと、視線を由起へと向けてきた。 「あの、私が何か」 演技をする由起。だけど、緊張のためか、いつもは「あたし」なのに「私」 と言ってしまった。 「久海峻さんには恋人というか愛人といいますか、若い女性がいました。一度、 誤認逮捕という失態をやらかした警察の皆さんが奮起したおかげで、意外と早 く裏の事情が明るみに出た訳だ。東京の劇団に『神の息吹』というのがありま す。そこの舞台や稽古に足繁く通っていた一人の男、それが久海峻だ。忙しい 彼が時間を割いて通っていたには理由があります。森松由起という女性がお目 当てだったんですね」 由起は絶句するしかなかった。これまでも知られているのなら、どうあがい ても無理ではないか? それでも彼女は、必死にどうすべきか考えた。 「あら、知ってたの」 ロングヘアを派手に手で払ってみせた。すましていても何にもならない。 「あなたが森松由起さんですね?」 「そうよ。峻とも付き合ってたわ。本気じゃなかったけど」 ちらと横目で久海−−久海峻の顔色を盗み見た。彼女の今の言葉に、少なか らずショックを受けているかどうか。 「それは話が早い。どうして寛さんの家に来ているんです?」 「悪い?」 堂々と言い放ってやった由起。ここは強気に出よう。 「愛する人を失って、双子の弟の寛さんにその影を求めて、何かいけませんか」 「別にいけないとは言ってませんよ。それが事実ならね。で、話の続きですが、 久海峻は劇団に多額の寄付をしていますね。それに、あなた個人にも相当な金 額・品物を貢いでいる。その内、自分個人の金だけでは足りなくなり、会社の 金に手を出した」 「さあね。事実、高い物を買ってもらったり、お金をもらったりはしたけど、 峻が会社のお金を横領していたかどうかまでは聞いていないわ」 「あなたが知ろうが知るまいが、関係ありません。金が消えたのは峻の仕業だ という痕跡が徐々に出てきています」 本当かどうか、探偵は言い切った。由起は沈黙を選択した。 「さあ、動機はもう充分ですね? 次にやり方だ。寛氏と入れ替わることを狙 った峻は、計画成功のために真っ先に取り除くべき障害の存在を知った。それ が日野圭三、久海寛氏の手伝いをしていたアルバイト学生です。彼がいては、 寛に成りすましても、すぐにばれてしまうでしょう。かと言って、日野をアル バイトからやめさせることもままならない。仕方なく、彼を殺す決心をした訳 です。 調べてみると、峻は二月末、二日間の休暇を取っていますね。何のための休 暇かは社のほとんど誰もが聞かされていないと答えてました。こんな大事な時 期に休暇とはどういうことだろう? でもまあ、どこにでも地獄耳の人はいる もんです。鹿児島行き飛行機のチケットを電話予約しているのを、ある人が聞 いていたんです。つまり、この休暇の間、久海峻は鹿児島に向かったことにな る。何のためか? もちろん、日野圭三を殺すためです。今村刑事、日野圭三 の死亡推定時刻との矛盾はないですね?」 流に呼びかけられた眼鏡の男は、不機嫌そうに、 「ああ」 と言っただけで、また静かになった。 −−続く
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