長編 #2876の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
宿に到着すると、流は部屋に行かず、先に電話に飛びついた。 十五分近くしてから、彼は部屋にやって来た。 「急ぎの電話があったのなら、途中、車を停めたのに」 湯呑みにお茶を煎れ、流の前に押し出してやる。 流は両手を湯呑みに当ててから、ゆっくりと口を開いた。 「急ぎの電話じゃなかったさ。いや、早い方がいいのはいいのだが、落ち着い て話したかったものだから」 「そもそも、どこに電話を? 日野夫人か?」 「いや、依頼者に報告すべきことはまだない。もしあったとすれば、それは悪 い知らせばかりになるだろうがね。……実は、警察に」 「吉田刑事か」 東京で顔見知りの警部の名を挙げた。うなずく流。 「そうだ。本来なら鹿児島県警に尋ねたいところだが、一介の探偵が聞いても まともに相手してくれないだろう。だから彼を介すことにしたんだ。日野圭三 が、久海峻の事件に関係しているかもしれないとね。捜索願いは日野夫人から 出ているのだから、吉田刑事の力添えで、こちらの警察が力を入れてくれれば 何か出るかもしれない」 「なるほど」 「次に、鹿児島県警へ話を通してくれるように、吉田刑事に頼んでおいた。つ まり、直接捜査陣と会って、久海峻の事件について詳しいことを知りたいとね。 難しそうな返事しかよこさなかったけど、何とかなるだろう」 そいつはかなり無理があるのではないかと、私は感じた。流はさほど心配し ていないように、さらに続けた。 「それにね、つきはこちらにあると確信したよ。吉田刑事、久海峻殺しの件で、 鹿児島県警から捜査協力を求められていたらしい。今、逮捕されている中川太 郎のアリバイ調べなんかをしたのは吉田刑事達だそうだ」 「ついてるとばかりは言えないだろう。君は中川の犯行じゃないと信じてくれ てるんだろう? だったら、警察と真っ向から対立する。中川逮捕の証拠を掴 んだのも、吉田刑事達ということになるし」 私は不安に駆られていた。特に中川と親しかった訳ではないが、新婚で楽し そうにしていた彼と奥さん−−確か祐子さんとか言った−−を見ているだけに、 彼が犯人とは到底、考えられない。 「僕は中川氏が犯人でないと思い込んではいない。もちろん、犯人だと思って いるのでもない。正しく、事件像を把握したいだけさ」 お茶を飲み干すと、流はこちらの目を見つめてきた。 「最初にはっきりさせたい。中川氏が久海峻を殺す動機はあるのかい?」 「断言はできないが……」 私はここ数日のことを思い出していた。 「彼は金が必要だったらしい。いや、今も必要としているかもしれない。僕だ けじゃなく、作家仲間に借金を申し込んでいたからね」 「何の金か分かるかい?」 「いや、教えてくれなかった。言えば大げさになって、久海の家に伝わってし まうからとか何とかと言っていたな」 「久海の家から金をもらいたくなかったんだ。助けられると借りを作ることに なるから」 「それだからと言って、兄の峻を殺すかね?」 「心理的には不自然だ。久海の本家から金をもらいたくないのなら、それは遺 産の形でも同じはずなんだから。だが、全くないとも言い切れない」 「少なくとも、警察にとって、動機は充分ということか」 「その上、証拠が出てくればね。今は逮捕されても仕方ない面があるかもしれ ない。もちろん、警察の仕組みにも問題があるのだが」 流はさらに続ける素振りを見せたが、不意に首を振って中断した。 「今は、こんなことを論じている場合ではなかったな。吉田刑事に、中川氏の アリバイについて、それに証拠の火山灰についても聞いてみたんだ。アリバイ はない。犯行のあった日、彼はホテルでカンヅメしていた−−と言っていたの が嘘で、実は抜け出していたそうだ。それがまずかったらしいね、疑惑を持た れるきっかけになった。飛行機を使えば犯行可能となった。 火山灰の方は、犯行の日、確かに桜島は噴火していた。派手に灰も降ったよ うだ。風があったため、降灰範囲も広かった。これらの条件から、犯人の靴に 火山灰が入り込んでおかしくない」 「そのようだな」 仕方なしに、私は承伏した。が、流はすぐに言葉を続けた。 「だが、靴に火山灰が入っていたからと言って、犯人扱いできるだろうか?」 「そりゃあ、ただ入っていただけなら犯人扱いはおかしい。でも、鹿児島に行 ったことがないと中川は主張していたんだろ? だったら、そう扱われても」 「考えるんだ。火山灰は持ち運び可能なんだよ。運んできて、鹿児島に行った ことのない人の靴に入れるぐらい、楽にできる」 頭の中のもやもやが晴れた気がした。こんな単純なことに気付かないとは、 どうかしていた。深刻に受け止めすぎて、全体が見えなかったらしい。流のよ うに全体を見つめ、可能なところは抽象化して考えれば簡単なことなのだ。 「そのこと、吉田刑事に言ってくれたのか?」 「はっきりとは言えなかった。さっき、君が指摘したような事情があるからね。 でも、それとなくほのめかしはしておいたよ」 そうして、私を元気づけるかのように笑顔を見せる流。 「さあ、これで中川氏だけを容疑者扱いする理由はなくなったも同然だ。まっ さらな状態で挑もう。明日はこちらの警察と直接対決になるかもしれない。そ れには体力をつけとかないとね」 流は時計を手で示した。夕食時だった。 翌朝、出かける前の情報収集とばかりに、私と流は部屋でテレビを見ていた。 ニュースだけでなく、ワイドショーの類を全部見るつもりだ。が、中川が逮捕 されたことを改めて取り上げている以外、目新しい話は聞けなかった。動機に ついては、やはり金とされていた。その用途だが、彼の一歳になる子供が心臓 の病気で、その手術費用が必要だったと報じられた。そんな事情なら、あのと き言ってくれていいのに。私はそんな思いを抱いた。と同時に、わずか一日足 らずで中川が秘密にしていたプライベートを暴き、それを平気で公表、コメン トしているマスコミが改めて忌々しく思える。 大方、番組も終わりかけ、もう出かけようとテレビを消そうとした折−−。 <あ、ここで只今入りましたニュースです> 若い女性アナウンサーが、言葉を詰まらせながら始めた。 <ヒサミ物産専務殺害事件で、新たな展開がありました。昨日逮捕された中川 太郎、本名・久海中也氏にアリバイが成立した模様です。繰り返します、昨日 逮捕された作家の中川太郎氏にアリバイが成立した模様です。このニュースに ついては詳しいことが入り次第、随時、お伝えします。> やった! 私は思わず、叫んでいた。 「どうやら、いい方向に風向きが変わったらしい」 流は満足そうに言って、拳を握った。 「これでやりやすくなる。行こう」 「どこから手を着ける気だい?」 私は興奮したまま返事する。 「まずは東京へ電話だ。こうなれば、何としてでも吉田刑事に話を通してもら わなきゃならない」 流は電話を掛けに行くと告げ、部屋を飛び出していった。 その間、私は続報が入らぬかと、テレビにかじりつく。だが、流が戻るまで の二十分間、新しい臨時ニュースはとうとうなかった。 部屋に戻った流が、指でOKの格好を作っているのが目に入った。 「話がついたそうだ。話を聞きにこっちの警察に出向ける」 「そうか」 「と言うのも、日野圭三が久海峻事件に関連している可能性が出てきたからな んだ。タイミングがよかったせいもあるが、日野圭三の居場所がはっきりして ね」 「え? どこにいたんだ?」 「……彼は遺体となっていた」 一瞬、悔しそうな表情を流は見せた。 「死んでいたのか……」 何となく肌で感じとっていたのだろうか。私は日野圭三の死を聞かされても、 さほど驚かなかった。 「それで、どこで見つかったんだい」 「こちらのとある港で、三月半ば頃に発見されたそうだ。死後一週間から十日 ほど経っており、死因は溺死。殺人である線が濃い」 「それで犯人は……」 「もちろん、捕まっていない。身元が判明したばかりらしい」 流はそれから手帳を開いて、何かを確認した。 「担当しているのは今村という名の刑事だそうだ。久海峻殺害事件の方は、有 園という人が主任らしい。こちらは吉田刑事と親しく、今度の事件でも協力し ていたのだから、スムースに行くだろう。十一時三十分に、時間を取ってもら ったから、まだだいぶある」 時計で確認すると、一時間半ほどの余裕があると分かった。 「そうだ、流。圭三の死を、依頼者の日野夫人に伝えないと」 私はここに来たそもそものきっかけを思い出した。流は難しそうな顔になっ ていた。 「そうなんだ……。気が重くてね。一応、吉田刑事からは、僕が直接伝えても かまわないとの許可を得たんだ。でも、遅かれ早かれ向こうの警察が伝えに行 くことになっている」 「二度も知らせる必要はない、ということか」 「そういう考えもあるのだが、逆に、警察が来ることをあらかじめ伝えておく べきかとも思えてね。正直、迷っている」 「依頼を引き受けた探偵ならば、一刻も早く報告する義務があるんじゃないか」 私が後押しするように助言すると、流は黙って立ち上がった。部屋を出、ド アを閉めるときに、 「知らせてくるよ」 と、低い声で言った。 十一時二十五分、私と流は指定された警察署に到着した。滅多に警察署内の 駐車場に車を停めることはない。それに下手なハンドルさばきはできないと思 うと、体が固くなってしまう。 どうにか駐車に成功して、建物の中に入ると、案の定、しばらくお待ちくだ さいとのことだった。 平たいソファに座って、中を見渡す。西郷さんの似顔絵があったり、桜島の ポスターが張ってあったりと、そこそこ郷土色は出ているものの、所詮は警察 署。どこも似たような殺風景さだ。 「日野夫人から、新しい依頼をもらえたのは、僕にとってよかった」 流は、大きなガラスから差し込む光に、まぶしそうに目を細めながら言った。 日野圭三の死を、流が電話でその母親に伝えたところ、最初は信じてもらえ なかったそうである。次に怒り出し、取り乱し、泣き崩れた……。流は必死に 言葉をかけ、警察が来るでしょうが、気をしっかり持ってくださいと言った。 すると、流の評判をよほど耳にしているらしい日野夫人は、息子を殺した犯人 を見つけてくれと言い出したのだ。 「依頼があれば、警察に対しても少しは強く出られる」 そんな流の言葉が聞こえたのか、真ん前のカウンターに座る男が、じろりと こちらを一瞥してきた。 十一時四十五分をわずかに過ぎたところで、ようやくお声がかかった。 「お待たせしました。私が有園です」 変わっているが心地よいイントネーション。地元出身らしい有園刑事は、眉 が太く、見た目の年齢に比べて、立派な体格をしていた。もう少し背があって 太っていれば、西郷隆盛に似るかもしれない。 「流さんはどちらです?」 言われて、私達は順次、自己紹介をした。そして強く握手をする。 「吉田さんから聞いております。なんでも、探偵さんと作家さんだそうですな。 ぜひとも、今度の事件にもお力添えをお願いします。あとから、日野圭三さん ですか、その人の事件に携わっている今村刑事もここに来てくれますから」 真剣な表情の有園刑事。どうやら、お世辞でも嫌みでもなく、本当に流を頼 っているらしい。 流も、初対面の刑事がこうも下手に出てくるとは予想外だったらしく、かな り戸惑った様子だ。 「僕の力の及ぶ限りは、協力したいと思っています。彼の友人の命運もかかっ ていますし」 私の方を示しながら、流は続けた。途端に、有園刑事は渋い顔になる。 「ああ、昨日のあれは失敗でした。大失敗だ。伊集院ちゅう若いのを東京にや って、事情聴取に当たらせとったんですが、えらい恥をかかせてしまった。中 川氏の友人でしたか、平野さんは。私、謝ります」 頑丈な体躯を丸めておじぎする刑事。私も戸惑ってしまう羽目となった。 それから我々三人は、個室に移動した。やや手狭だが、清潔な部屋だ。取調 室ではないらしい。 「確認しておきたいのですが」 ようやくいつものペースを取り戻したか、流が口を差し挟んだ。 −−続く
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