長編 #2865の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「もういいだろう」 別なところから声が聞こえた。 「その話は、おれも聞きたいんだ」 高志だ。 いつものようにボタンを外した学生服姿で立っている。 「柴田くん、離していいよ。こんどはおれが話を聞くから」 ふらふらと体を起こした。張りつめた緊張感がとけると、急に体中が痛くなってき て、ぼくはうめき声をあげてふたたびうずくまった。 なんとか顔を上げると、高志と矢部は三メートルほどを隔てて、向かい合っている。 街路灯の銀色の光が、濡らすように二人を照らす。 「翔子になにをした」 「おまえらには関係ないだろう」 「ゆうべ、翔子が睡眠薬をのんで自殺しようとしたことを知っているか」 高志は低く言った。 矢部のにやついた顔がにわかにこわばる。 「うそだ……」 「翔子は、まだ意識が戻らない」 高志がゆっくり間合いを詰める。 「おれのせいじゃない」 すでに気持ちの上で勝負はついている。 矢部はおびえていた。追いつめられたように、右こぶしを高志の顎に向かって突き 出す。 ぼくの目にも力の差は歴然としていた。 高志はなんなく手首をとらえ、右手を脇の下に差し込みながら体をひねり、腰の上 に相手の体を跳ね上げた。 矢部の両脚がそろったまま宙に円弧を描き、背中から石畳の上に落ちた。 高志がかがみ込んで、矢部の襟をつかんで引き起こす。 吊り上げられるようにして、のろのろと立ち上がった矢部の目が一瞬光ったように 見えた。 蹴られるぞ。 思わず声を上げそうになった。 しかしそれは高志の計算の内だったのだ。矢部が膝蹴りを狙って右のかかとを浮か せるのを待っていたかのように、高志の右足が矢部の左くるぶしを外側から一気に薙 いだ。 矢部の体は時計の針のように回転し、空中で水平になって、左肩から石畳に墜落し た。 いやな音が聞こえたような気がした。 矢部は右手で左肩を押さえたままうずくまり、息が詰まったようなうめき声をあげ ている。 「言えよ」 高志が矢部の上におおいかぶさるようにかがんで、また襟をつかんだ。 矢部の左腕はだらりと下がったまま動かない。 「ちくしょう」 矢部は歯を食いしばって最後の抵抗をしたが、肩を揺り動かされると悲鳴を上げた。 「翔子に何があったんだ。知っているんだろう」 高志は矢部の垂れ下がった左肘をつかんで引き上げた。 「やめてくれ。骨が折れたみたいなんだ」 矢部の悲鳴が泣き声のようになる。高志が引き上げた腕を揺すった。 ぼくは気分が悪くなった。 「去年の夏休みだ……」 矢部が息も絶え絶えのような声を出した。 「夏休みにどうしたんだ」 「あいつ、高校生のやつらにまわされたんだ」 高志の顔色が変わった。 「でたらめを言うな」 高志は矢部の腕を離し、襟首をつかみなおす。 矢部はやっと自由になった左腕を右手で抱きかかえるように支えた。 「ほんとうだ。卒業式があった日の夜、高校生の暴走の連中に聞いたんだ」 高志はものすごい形相で矢部をにらみつけている。 「新宿のスナックでそいつらが、去年の夏休みに中二の女をまわした話をしていたん だ。うちの学校の名前が出たんで、確かめたら翔子のことだった」 ぼくはそのとき『まわす』と言う言葉を知らなかった。矢部の話の中には、ぼくが 聞いたことのない言葉がいくつも出てきた。しかし、翔子がどんな目にあったのかは はっきりとわかった。 翔子はあの家出の夜、新宿をひとりでふらついていて、高校生の三人に呼び止めら れた。誘われるままにどこかのスナックに入った。すこし酒も飲まされたらしい。 おそくなって、翔子はもう家に帰ると言った。そいつらは家まで送るといって、バ イクの後ろに彼女を乗せた。翔子は、そのまま大久保か中野あたりの倉庫に連れ込ま れた。 翔子が解放されたのは翌朝になってからだった。 それから家に戻るまでの半日、翔子は傷ついた心と体を抱えて、どこでなにをして いたのだろう。 街の片隅をひとりでさまよっていたのか。 どこかの公園のベンチにうずくまっていたのか。 誰もいない家に戻った翔子は、ひとりシャワーを浴びて、毛布にくるまっていたの だ。 「それを知って、おまえは何をした」 高志は矢部の襟首をつかんで激しく揺さぶった。 「おれと付き合わないと、学校にバラすと言った」 しばらくためらったあと、矢部が言った。 「江藤と久保井も知っているんだな」 高志の声が怒りにふるえている。 「翔子がなかなか言うことをきかないから、あの二人を使って揺さぶりをかけた。本 当に言いふらすぞと脅したら、やっと出てきた」 何も知らなかった。 ぼくが初めてのデートで有頂天になっていたとき、翔子は笑顔の後ろで、そんな辛 い決心をしていたんだ。 「体育館に連れ込んだんだな」 「おれは最後まではやっちゃいない。その前に江藤たちが柴田を連れてきた。柴田が 出て行ったあと、翔子は急に大声で暴れだして、手がつけられなくなった。誰かが来 そうな気がして、おれたちはなにもしないで出てきたんだ。本当だ」 「おまえってやつは……」 高志が矢部の襟首を捻り上げて、石畳の上にたたきつけた。 矢部はうめき声を上げ、左肩を押さえて、うずくまる。 それをふたたび吊し上げるように引き起こして、投げつける。 痙攣を起こしたように震えだした矢部を、また引きずり起こそうとする。 「もういいよ」 ぼくは立ち上がって高志の腕を押さえた。 「帰ろう」 高志は驚いたように動きを止め、ぼくを振り返る。 「ああ」 やっと我にかえったような表情になって、襟をつかんだ手を離した。 「もしこのことが他に広まったら、ただではおかないからな。江藤と久保井にもよく 言っておけよ」 高志は、地面にうずくまった矢部を見おろしながら言った。 ぼくたちはもう二度と矢部の方を見ることなく、神社の境内を出た。 止めてあった自転車のところまで来たとき、高志がぼくの肩をたたいた。 「翔子が目を覚ましたよ。さっきおふくろさんからうちに電話があった。もうだいじ ょうだ」 ぼくは高志の顔を見たまましばらく声が出なかった。 「ああ、よかった……」 夜空を仰いでやっと言った。 「そのことを伝えようと、きみのうちに電話をしたんだ。そうしたら、きみは九時ご ろ急用があるからと言って、飛び出していったと言うだろう。きっとここだと思った。 おれも明日はあいつから聞き出そうと思っていたんだけど、先を越されたな」 高志がようやく笑顔を見せた。 「また助けてもらった」 ぼくは苦笑いをした。 「たいしたもんだよ。ただの秀才にしておくのはもったいない」 「なんだよ、それ」 二人で声を出して笑った。 それからぼくたちは何も言わずに自転車を押しながら歩き続けた。 いつもの交差点が近づいたとき、ぼくが言った。 「浅井さん、だいじょうぶだよね」 体のことではない。 「ああ、あいつのことだ。きっと乗り越えていけるさ」 ぼくたちは片手を上げて別れた。 明日は面会ができるだろう。 時計を見た。明日ではない。もう今日だ。 面会時間になったら一番で会いに行こう。
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