長編 #2849の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
13 いまや記念館の屋上は、不可視の強烈な嵐が席巻していた。物理的には、なま暖か い夏の夜風がそよいでいるだけにすぎないのだが、屋上にいる人間の神経は絶え間な い異質な波動にさらされ、少しずつダメージを受けつつあった。それは極度に暴力的 な人間や、飢えた肉食獣が発する直線的な殺気のように肉体的な危険を感じさせる類 のものではなく、むしろ緩やかなカーヴを描く細い流れであった。しかし、その流れ が暗示しているのは、地球を支配した人類に対する何千年、何万年にも及ぶ、宇宙の 深淵のように底知れぬ憎悪だった。神々との対話が可能であった古代人や、自然や宇 宙への畏怖を心から消したことのないワイズマン(賢者)であるならともかく、文明 の庇護のもとに育った現代人類は、このような異質な憎悪に対する抵抗力をもはや有 していない。 邪狩教団の団員が最初に受ける訓練の一つが、このような邪力に拮抗する精神力を 養うことである。カインのような<巫女>一族は、先天的にある程度抵抗力を有して いて、邪狩教団が<従者>による<旧支配者>復活の企てをことごとく排除してきた 理由はそれである。 だが、千年期の終末が近付くにつれ、<従者>の力は増大し、より狡猾に、より慎 重になっていた。これまでのところ、邪狩教団の持つCIAも蒼白になるほどの情報 力で、<従者>の試みをかろうじて封じてはきた。だが、いつか、世界のどこかで、 力のある<従者>が<旧支配者>復活を達成してしまうかもしれない可能性は、年々 高くなっている。 コズミックパワー さすがの<巫女>も、<旧支配者>と呼ばれる古き神々の宇宙的な力には太刀打ち することができない。ミレニアム・プランは、そのような最悪の事態に備える保険で ある。邪狩教団としては、阻まれるわけにはいかない。 実川教授は、必死で精神の動揺に耐えながら、そのようなことを考えていた。魔法 陣は、<暗黒の碑>からの黒い霧でほとんど見えなくなっている。その中央の亀裂は それ以上広がる様子こそないが、小さくなる様子もない。 唐突に、全く唐突にマーシュの詠唱が止んだ。 「……準備はできた……」マーシュは両生類の口をぱっくりと開けて言った。「お い、お前。こちらへ来るのだ……」 マーシュが水掻きの生えた指で示したのは、3人の女子学生のうちの一人だった。 ほとんど発狂寸前の女子学生は、自分が選ばれたのを知ると、高い悲鳴を上げて後ず さった。その背中を、後ろにいた男が乱暴に突き飛ばした。両手を縛られたまま、女 子学生は、よろめくようにマーシュの前に進み出た。 「……そこの亀裂の上に、脚を広げて立て……」マーシュは命じた。 「な……にを」教授は声を絞り出した。「する……き……だ」 「……我らの主君が試される……」マーシュはそれだけ言った。そして、恐怖に震 えている女子学生の、縛られた手首を掴むと、放り投げるように亀裂の上に立たせた。 すかさず、両側から2人の男が足首を広げ、裸の下半身が亀裂の真上に位置するよう に押さえ付けた。哀れな犠牲者は、失神寸前だったが、マーシュは彼女の両手首を吊 り上げるように掴んだまま放さなかった。 「くとぅるふ・ふたぐん!」マーシュは叫んだ。「うざ・い・えい・うざ・い・え い・じゅは・すろ・ふぁむ・ど・ろ・んがん!」 呪文が終わらないうちに、黒い亀裂から蒸気のようなものが噴き出した。亀裂と現 実の空間との境界に青白いプラズマが走る。教授が目を凝らした途端、それは起こっ た。 びゅっ! 亀裂から何か細長い触手のようなものが飛び出した。全体に黒く短い剛毛がびっし りと生えた、くすんだ紫と土色の腸のように見えた。先端は卵型に膨らんでいる。 教授の目が捉えたのは、それだけだった。触手は女子学生の右脚にからみつくと、 驚くべきスピードで、ずるずると這いあがった。まだ10代だと思われる女子学生は ショックで声も出ない。触手は何かに惹かれるように、まっすぐ下腹部の翳りを目指 していて、すぐにその部分に到達した。 次の瞬間、触手が、汗に濡れた恥毛の奥の生殖器にずぶりともぐり込んだ。 「あああああ!」犠牲者が絶叫した。「ああああああああ!」 彼女の白い太腿の内側に鮮血が伝った。触手はさらに奥深く侵入していく。 「や……めろ!」教授は叫んだ。「やめて……くれ……たの……む!」 <従者>に、人間の種の保存本能が生み出す良心や同情などは通用しない。教授は それを十分に理解しているはずだったが、目の前で展開される残虐な光景には耐えら れなかった。<暗黒の碑>と魔法陣からの邪力で、体力を奪われていなければ、後先 を考えずにマーシュに飛びかかっていたに違いない。教授ほど強い神経を持っていな い助手の道代は、とっくに意識を失ってぐったりと教授にもたれかかっている。 ジヒョンもさすがに、この光景には辟易したらしく、細く整った顔をしかめて犠牲 者が絶叫するのを眺めていた。もっとも、このテロリストの女性は、特別の訓練を積 んでいるのか、それとも並外れて強靭な精神を持っているのか、教授や道代ほど、邪 力の影響を被ってはいなかった。 マーシュは両生類の両眼を大きく見開き、冷酷に犠牲者を鑑賞していた。ぱっくり と開いた巨大な口の周りを、二股に別れた長い舌がべろりと嘗めた。 犠牲者は絶叫を続けていた。声が枯れても、笛の鳴るようなか細い声になっても、 口だけは大きく開かれたままだった。両眼からは涙が流れ、全身が小刻みに痙攣して いる。 耐え難い悲鳴が止んだ。女子学生は、両目と口を張り裂けんばかりに見開き、絶叫 の形のままピタリと静止した。 ----死んだか?教授はそう考えた。 ぼん! 短い破裂音とともに、犠牲者の腰から下が内側から爆発した。無数の肉片と骨の破 片、それに鮮血が周囲にまき散らされた。マーシュが手首を放しても、上半身はその まま空中にとどまったまま落下しようとしなかった。 教授は嘔吐感が喉を突き上げてくるのを感じ、必死でこらえた。その瞬間、犠牲者 の胸部が破裂した。頚部の筋肉が引き裂け、犠牲者の首が下に落ちて転がった。血煙 の中、触手が素早く亀裂に戻っていくのを、現実逃避しようとするまぶたの下から、 教授ははっきりと見た。 「……お気に召さなかったようだ……」マーシュは何の感興も示さずに命じた。「 ……次だ……」 残った2人の女子学生のうちの片方が前に出された。すでに半ば以上、正気を失っ ているらしく、目の焦点が定まっていない。 弱々しい悲鳴、そして魂が吹き飛ぶような絶叫が繰り返された。もはや正視に耐え 難く、教授は顔をそむけていた。なろうことなら、聴覚と嗅覚も封じてしまいたいぐ らいだった。 再び犠牲者の肉体が四散する鈍い炸裂音が教授の耳に届いた。続いて、マーシュの 陰鬱な声が告げる。 「……これもお気に召さなかったか……次だ……」 怒りが恐怖を克服した。教授は目を開いて怒号した。 「やめろ!もうやめろ!何人殺せば気が済むのだ!」 「……こいつら……」マーシュは教授の怒りなど歯牙にもかけずに言った。「…… 慎重に選んだつもりだったが……処女ではなかったようだな……これでは、我が主君 の母体にふさわしくない……」 「化け物め!」教授は吐き捨てた。 「……急がねばならぬ……」マーシュは最後の一人を立たせた。「……星辰がこの 位置にあるのも長くはない……」 3人目の女子学生は意識を失ったまま、異なる次元からの触手に捧げられた。そし て、幸運にも肉体が四散するまで瞼は閉じられたままだった。 「……何ということだ……」マーシュの口から怒りの声が発せられた。「……3人 のうち、一人も純潔を保った娘がおらんとは……」 教授はとりあえずマーシュの目的が妨げられたのを知って、微かな安堵のため息を ついた。だが、その安心感は1秒も続かなかった。マーシュの次の言葉を耳にした瞬 間、教授の全身の血が凍りついた。 「……では、その娘で試すことにしよう……」 そう言ったマーシュの指と視線は、教授がしっかり抱きかかえている金納道代に向 けられていた。 3階に敵の姿は見えなかった。もともと十数人しかいないテロリスト達は、玲子た ちによって、かなりその数を減じているはずである。いかに最重要拠点といえども、 各階に充分な人数を振り分けるほど、残ってはいないはずだった。 イーヴルアイズ 玲子が----そしておそらくカインも----懸念していたことは、ジヒョンの邪 眼 によって操り人形と化した学生たちを、大量に各階に配置させる作戦を取られること だった。広いとはいえない階段を、何十人もの罪のない学生たちによって塞がれたら 強制排除することもできない。だが、今も突入を試みているであろう機動隊員にぶつ けた人数で限界だったのか、記念館には学生たちの姿は見えなかった。 先ほどの絶叫が気になってはいたが、玲子は慎重に階段を昇った。邪悪な瘴気は、 ますます強くなっており、プラーナを発したところで乱反射してしまうだろう。これ ほどまでに強い邪力をどうやれば生み出せるのか、玲子にはさっぱり分からない。明 らかに、単体の<従者>が源ではありえない。もっと別の何かである。カインは感情 を消失したような無機質な表情で玲子の後についているが、その瞳には隠しきれない 焦燥感が色濃く宿っていた。 カインが気付いていないか、気にも止めていないことで、玲子が焦っている理由が もう一つあった。ジャスミンの率いるチームの行方である。これが普通の軍隊の普通 の一部隊であれば、敵のトラップかアンブッシュにかかって全滅したと思うところで ある。しかし、タイラント長官は、「活動は続けているが、応答できない」ような状 況にジャスミンチームが陥っている、と推測したのだ。玲子にしても、ジャスミンが テロリストとの戦いにむざむざ遅れを取るとは考えていない。確かに、公園の散歩と いかないのは間違いないが、それにしても通信を受けて、「ただ今、交戦中!」と喚 くぐらいの余裕もない戦闘状態に突入するはめになるとは思えない。玲子の知るジャ スミンは、そんな凡庸な指揮官ではない。それは、侵入したから現在までのジャスミ ンチームの行動からも証明されている。 玲子は4階に達した。後方をカバーする形で追随していたカインも、一歩遅れて続 く。屋上から伝わってくる邪力がビリビリと全身を叩く。並の人間が玲子達の位置に いたら、たちまち失神するか、耐え難い恐怖を感じて震え上がってしまうだろう。 「!」 不意に玲子の第六感を何かが刺激した。屋上への階段を昇りかけていた玲子は、身 をひるがえして壁を背に身構えた。カインも不審そうな顔で、反対側の壁に身を寄せ ている。 玲子は4階の廊下に注意を集中した。廊下の両側は、資料保管室や器材室、それに 倉庫になっていて、教授も学生も事務員も用がない限り、4階へは上がってこない。 夜中に警備員が2回、巡回に来るだけで、人間が常駐すべき部屋はない。にもかかわ らず、玲子は誰かが潜んでいる気配を強く感じた。 カインの視線を捉えると、少年はゆっくりと頷いた。玲子は照明が消えている廊下 の状態を探るために、そっと顔を動かした。 その時、屋上から女性の絶叫が届いた。 それに反応した気配が、5、6カ所で沸き起こった。玲子とカインはその機を逃さ ず廊下に飛び出した。それぞれが手近の目標に突進する。 ----テロリストじゃない。玲子は目標までの数秒を進む間に考えた。ジャスミンた ちでもない。どちらも、こんな間抜けじゃない! では、何者だろう、という点に思考が及んだとき、玲子は目標に達したため、それ を突き詰める時間がなくなってしまった。そこは、「第一資料室」とプレートの出た ドアの前である。玲子は反対側の壁を蹴って、その反動でドアを一気に蹴り破った。 薄い木製のドアは細片と化して、向こう側にいた人間もろとも室内に吹き飛んだ。 転がり込むように室内に飛び込んだ玲子は、きちんと整理されて分類されているら しい書棚にぶつかりそうになった。敏捷な動作で身体をひねると、玲子は起きあがろ うとしている人影に突進し、正確に横隔膜を蹴りつけた。相手は一声呻くと失神した。 頭痛のように押し寄せる邪力の波動に悩まされながら、玲子は相手の胸ぐらを捕ま えるとぐいと引き寄せた。 「あ!」 驚きの叫びが、玲子の口から発せられた。その男は、ジャスミンチームの一人、つ まり邪狩教団の戦闘要員であることを示す軍服を着ていた。 「ハミングバード!」 低い声とともに、カインの姿が入り口に出現した。玲子は口を開いたが、カインは それを押し止めた。 「ここを出るんだ!急げ!」 「カイン、ジャスミンの……」玲子は急いでドアから飛び出しながら言いかけた。 「わかってる」カインは周囲に鋭い刃物のような視線を投げつけながら答えた。「 コントロールされてる。応答できないわけだ」 「ジャスミンは?」 「わからない。2人倒したがいなかった」カインは階段へと急いだ。「時間を無駄 にした。急いで屋上に行かなくては。何か恐ろしいことが起こるような予感がする」 玲子とカインは屋上への階段を昇り始めた。今度はカインが先に進んでいる。少年 の右手は剣の柄に置かれていた。 踊り場まで数段という時、屋上から三度目の絶叫が響いた。玲子は反射的にメダリ オンを握ったが、カインは眉ひとつ動かさず足を進めている。玲子の心の中の焦燥感 が高まったが、カインを見習って冷静さを維持した。 カインが踊り場に足をかけた瞬間、上からものすごいスピードでナイフがきらめい て少年に襲いかかった。カインは電光のように剣を抜いて防御した。2つの刃のぶつ かり合う音が、乾いた鈴の音のように階段に響きわたる。カインは後方に短く跳躍し て、壁に背をつけた。敵はカインにも劣らぬスピードで距離を詰め、ナイフで襲いか かった。 カインは首を軽くめぐらすことで敵の攻撃を回避し、ゆらりと身体を動かした。剣 が弧を描いて、無防備になった敵の背中に走る。 次の瞬間、玲子は驚愕の叫びを発した。カインの脇腹にナイフが音もなく滑り込ん だのである。同時にカインの剣は、敵のもう一本のナイフで受けとめられ、空しい音 を響かせただけだった。カインは苦痛の呻きを発しながら身体をひねると、敵の腹に 蹴りを叩きこんだが、スピードも威力も欠けていた。敵は易々とそれをよけると、ナ イフを引き抜きざま飛ぶように離れた。 その顔が、屋上から気まぐれに差し込む月光を横切り、玲子の瞳に敵の褐色の顔が くっきりと焼きつけられた。記憶の最上層にある顔が一致し、玲子の口から無意識の うちにその固有名詞が洩れた。 「ジャスミン!」
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