長編 #2847の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
11 「はじまった!」玲子は遠くから聞こえてくる銃声やら爆発音やらに耳を澄ませた。 「予定より早いわ」 玲子の腕時計のカウントダウンは、6'42"15 を刻んでいた。 「これで少しでも多くの敵が、そっちへ流れてくれるといいんだが」カインは独り 言のように呟いた。 玲子とカインは、記念館へ40メートルの位置まで接近していた。ここへ到達する まで10以上のトラップを迂回してきた。どれも引っかかれば数千のベアリングを身 体全体で受けとめることになる凶悪なトラップばかりである。仕掛け自体は、単純な ワイヤートラップの組み合わせなので、時間をかければ解除できないことはないが、 もちろん玲子達に余分な時間など与えられていなかった。 「仕掛けたやつの性格がばっちり反映されてるわね」玲子はトラップを調べたとき 腹立たしげに罵った。「あの冷酷女に決まってるわ。サディストの変態め」 トラップは普通に人間が歩けるような場所には例外なく仕掛けられていた。ジヒョ ンが抜け目のない兵士であることは玲子もカインも認めざるを得なかった。 「ハミングバード」カインが小声で玲子を呼んだ。「人の気配がする」 「え?」 玲子は呼吸を整え、周囲にプラーナを発してみた。途端に息を呑む。20以上の人 間が周囲の植え込みや木々の陰に潜んでいる。<従者>や、その配下であれば、必ず 発している瘴気で受動的に探知できるのだが、普通の人間では能動的にプラーナで探 らないとどうにもならない。訓練を積んだおかげで、玲子もある程度は「気配」を読 むことはできるが、やはりカインやジャスミンにはかなわないのだ。特に殺気を発し ない相手ではどうしようもない。 「人間よ」玲子は囁いた。「それもテロリストじゃないわ」 「学生たちだ」カインは囁き返した。「あの女の邪眼でコントロールされている」 少年が剣を抜いたのを目にして、玲子は慌てて注意した。 「殺さないでよ」 「できるだけそうするよ」カインはちらりと皮肉な笑みを見せた。「もっとも、向 こうは殺すつもりらしいぞ」 玲子は硬い表情で頷いた。資料によると、ジヒョンがどこから部下を調達している のかは謎だったのだが、今、その回答を得たと思ったのだ。おそらく数人の信頼でき る部下は別にして、大部分は現地で調達するのだろう。邪眼を使ってコントロールす れば、大して手間もかからず、しかも忠実なテロリストが大量生産できる。 木の陰から、学生たちが姿を現した。表情は一様にうつろで、知性のかけらも感じ られない。誰であれ、記念館に接近する者を阻止せよ、と命令されており、それ以外 のことは何も考えられないに違いない。 「左側の3人、赤いジャケットとチェックのジャケット、それにパーマのやつは、 君が突破してくれ、ハミングバード」カインはゆっくりと移動しながら言った。「ぼ くは中央の4人を倒す。それで包囲に穴が開くから一気に駆け抜けるんだ」 「右にトラップがあるわよ」気付いているだろうとは思ったが、一応玲子は注意を 喚起した。 「ああ。あいつらを突き飛ばすとき、右側は避けるようにしないとな」少年はにこ りともしないで答えた。「巻き添えで破片など浴びてはたまらん」 ため息を一つついてカインから視線を戻し、前触れなしに玲子は跳躍した。音もな く接近した大柄な男子学生をかわすためである。玲子はしなやかな身体を思いきり反 らせて背面飛びの要領で学生の頭上を飛び越すと、すれちがいざま手をのばして相手 の首筋に触れた。一瞬の接触で男一人を失神させるに足るプラーナに神経を直撃され た学生は、うめき声一つ立てずに白目をむいて地面に倒れた。 「まずひとり!」 着地した玲子に向かって2人の学生が突進してくる。相撲取りのような肥満体と、 対照的にガリガリに痩せた男である。 玲子の身体がふわりと宙に舞った。空中で身体をひねり、体重の乗った回し蹴りを 痩せ男の方に叩き込む。男はあっさりと吹っ飛び、肥満体の足元に転がった。肥満体 の足がそれにからまり、バランスを崩した巨体がぐらりと倒れかかる。玲子は素早く その背中を突き、同時にプラーナを叩きつけた。地面に到着する前に、肥満男は意識 を失っていた。 「ノルマ終了っと」 玲子はカインの姿を求めて振り向いた。その視界の端で何かがキラリと光った。 反射的に地面に身を投げた玲子の頭上の空間を、数発の灼けた弾丸が薄切りにして いった。玲子はメダリオンを取り出し、そのまま地面を転がった。 銃声は聞こえなかった。つまり、サイレンサーを装着した銃を持ったテロリストが 学生たちを盾に隠れているのだ。 「カイン!」玲子は警告の叫びを発した。 途端に銃火が襲いかかり、地面が爆発したように弾けた。玲子が動き続けていなけ れば、何発かは命中していたに違いない。 「く!」玲子はバネのように身体を跳ね上がらせると、たった今銃弾が飛来した方 向に注意を向けた。だが、銃器を持った人間は探知できなかった。瞬時に移動して、 位置を特定させるのを避けたのだろう。 のんびり敵の居所を探知しているヒマはない。玲子は再び跳躍すると、身体を隠せ るぐらいの大木の陰に飛び込んだ。その残像を追うように弾丸が撃ち込まれる。幹の 表面から拳ほどの塊が削り取られたが、玲子までは及ばなかった。 「ハミングバード!」カインが叫んだ。「見るな!」 反射的に玲子は地面に身を投げ、カインの声の方向から顔をそむけた。数瞬の間を おいて、すさまじい爆発音が辺りを揺るがせた。トラップの一つに連動した対人地雷 が作動したのである。 何故カインがトラップを作動させたのか、その理由を爆発の閃光と同時に玲子は悟 った。一瞬、光が周囲の全てを照らし、あらゆる物体の影をくっきりと浮かび上がら せた。ほとんどの像が静止している中で、ただ一つ動いている影がある。 爆風に背中を押されるようにして、玲子はその影を目指して飛び上がった。大木を 背にしているし、距離が離れているせいで破片を受ける心配はなかった。対人地雷は 地面と水平ではなく、斜め上方に破片とベアリングをばらまくようにセットされてい たのだ。 対人地雷の爆発は短く、すぐに周囲は闇に呑み込まれた。だが、玲子の瞳には、た った今目にした影の位置が正確に刻み込まれていた。1秒で距離をつめ、相手が銃口 を上げる前に、メダリオンを至近距離から叩きつける。テロリストの手首をもぎ取る ような勢いでヒットしたメダリオンは、相手が握っていたサブマシンガンを弾き飛ば した。 テロリストは良く訓練された兵士らしく、間髪を入れずハンドガンを抜いた。玲子 は風に舞う木の葉のような軽やかさで重心を移すと、敵の射線から逃れ、同時に残像 すら残さぬ勢いで右足を舞わせた。つま先が正確に顎の先端をかすめ、テロリストの 身体がぐらりと揺れた。おそらく激しい脳震盪を起こしながらも、テロリストはなお も銃口を向けようとしたが、玲子は軽い手刀の一撃でそれを叩き落とした。 いつの間にかカインが近付いていた。少年が声をかけなければ、玲子は反射的に攻 撃してしまったに違いない。 「大丈夫か?」 玲子は振り向いて笑ってみせた。 「そっちこそ、大丈夫?」 「時間は?」 玲子は右手を持ち上げた。02'18"52。 「後、2分」玲子は意識を失って倒れているテロリストを見た。「こいつ、どうし よう?」 「殺してしまえよ」カインは平然と答えた。「目を覚まして、他の人間に害をなさ ないうちに」 「あんたって血に飢えたケダモノみたいね」玲子はカインを睨んだ。「後、1日は 目を覚まさないわ。それまでには、この事件もカタがついてるでしょうから、このま ま放っておきましょう」 カインは、甘いな、とでも言いたそうな視線を向けたが、反論しようとはしなかっ た。玲子に同意したというよりは、もともと戦闘能力を失ったテロリストなどに大し た関心も持たなかったのだろう。 「急ごう」カインはそれだけを口にした。 玲子も頷いた。そろそろジャスミン・チームが記念館に攻撃を開始する時間が迫っ ている。もっとも、彼らが玲子達と同じような罠にはまって足止めを食っていなけれ ばのことだが。 「終わった」敗北感を全身で表しながら、実川教授は暗い口調で告げた。「最後の ジョブが走っている」 教授を監視していたマーシュ一族の男はディスプレイを見た。男の前のディスプレ イに表示されたメッセージが、教授の言葉が正しさを証明していた。 「ジョブエンドまでどれぐらいだ?」平板な声で男は訊いた。教授は肩をすくめて 答えた。 「オリジナルデータが60万レコード、コンバートのリザルトデータが、その2倍、 補正データが45万レコード。それら全てにダブルチェックをかけて、インデックス をセットし、マッチングしてから、最終的なトランスレイションに入る。順調にいけ ば15、6分だろう」 男は頷くと、立ち上がりマシンルームを出ていった。マーシュへ報告に行くのだろ う。 実川教授は腕組みをして壁にもたれているジヒョンを見た。視線に気付いたジヒョ ンは顔を上げて問いかけた。 「何か?教授」 「聞いてくれ」教授は真剣な顔で囁くように言った。「あんたには分からないだろ うが、あいつらにこのプログラムを使わせてはいかんのだ。日本だけではない。世界 中に暗黒の邪神が君臨することになる。世界中がナチスの強制収容所のようになるん だ。あんただって、その中の一人にすぎなくなるんだぞ」 ジヒョンは少しも感銘を受けた様子を見せなかった。 「さっきから同じことばかり言ってるわよ、教授」ジヒョンは退屈そうに答えた。 「何度も言うようだけど、私は人類がどうなろうと知ったことじゃないのよ。ありも しない人類愛なんてものを、私に期待しても無駄よ。忘れているかもしれないから言 っておくけど、私はテロリストなのよ」 「は!」教授は嘲笑した。「今の世界が崩壊したら、誰に対してテロを行うつもり なのだ?」 「そうなったら引退してバラでも育てるわよ」おもしろくもなさそうに答えると、 ジヒョンは壁から身を起こした。「それともブドウでも栽培するとかね」 教授は失望して顔を伏せた。助手の道代が不安そうに寄り添った。 男が戻ってきた。サングラスの奥から教授とジヒョンを交互に見やりながら、顎を しゃくった。 「来い。マーシュ様がお呼びだ」 「もう我々に用はないはずだ」教授は憎悪を含んだ視線を返した。「解放しろ。や ることは全てやったのだ」 「来い」男は何も聞こえなかったかのように繰り返した。 「教授」ジヒョンが呼びかけた。「おとなしくついていった方がいいわよ」 渋々、教授は立ち上がった。道代の手を握り、無言でドアに向かう。 「どこへ行くの?」ジヒョンが訊いた。 「屋上だ」男は短く答えると、先に立って階段の方へ歩き出した。 「屋上で何があるのかしら?」ジヒョンは教授たちを促しながら質問を続けた。 「儀式だ」 教授の顔が蒼白になった。 「今、やるつもりか?」震える声で教授は男を詰問した。「何を召喚するつもりな んだ?クトゥルフか?ヨグ=ソトホートか?それともガタノトーアか?」 「偉大なる我らの神々の名を、軽々しく口にすることは許さん」氷のように冷たい 口調で男は答えた。「黙って歩け」 実川教授は口を閉じた。熱にうかされたようにギラギラ光る瞳で男の背を睨む。 「やめなさい、教授」ジヒョンが口を挟んだ。「バカな真似をすると、この子を撃 ち殺すわよ」 教授は英語とドイツ語でジヒョンを罵ったが、隙をみて男に飛びかかろうとする試 みは放棄したらしかった。肩を落とした教授を、道代が心配そうに見た。道代は、男 やジヒョンを恐れる以上に、教授を心配しているようだった。 やがて一行は屋上に出た。屋上に通じるドアは、普段は施錠されていて立入禁止に なっているのだが、今は開いている。ドアノブを破壊したらしい。 マーシュが待っていた。 「……実川教授、お前の協力のおかげで……」マーシュはわずかに興奮を感じさせ るような声で言った。「……全ての準備が整った。これから古の魔術を行うが……お 前にも臨席の栄を与えてやる……」 教授はマーシュを睨み付け、それからその背後へと視線を走らせた。 屋上には、何の訓練も受けていない道代にさえ感じとれるほど、邪悪な空気が満ち ていた。悪臭を放つ赤黒い液体で、2重の同心円を中心にした魔法陣が描かれ、その 中は、得体の知れない言語の得体の知れない文字で埋まっている。魔法陣の外側に、 一台のワークステーションが置かれ、電源ケーブルとツイストペアケーブルがドアの 方にのびていた。 そして、魔法陣の中央には、強烈な邪力を放つ物体が置かれていた。宇宙の深淵を 映し出しているような漆黒の円柱。<暗黒の碑>である。 畏れと好奇心から、教授の視線は<暗黒の碑>に引き寄せられた。教授は邪狩教団 の団員ではないが、<旧支配者>と<従者>の研究に関しては、教団の研究員も一目 置くほどである。破壊されたと信じられている<暗黒の碑>に興味を持つのも当然だ った。 不意に遠くから銃声と爆発音が届き、教授はそちらを見た。 「機動隊が突入したのよ」教授が口を開く前にジヒョンが機先を制した。「大丈夫 よ。ここまで到達できっこないから」 そのとき、ワークステーションから、軽やかな電子音が響いた。教授はそれが何を 告知するサインであるか知っていた。 「……終わったようじゃな……」マーシュは満足そうにつぶやいた。「……いよい よ時が至った……」 次の瞬間、教授と道代、そして剛胆なジヒョンでさえ、予期せぬ驚きに身をすくめ た。マーシュの口から、この世のものとは思えぬほど甲高い哄笑が響きわたったので ある。
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