長編 #2842の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
6 『……そのままホバリングを続けて。カメラを屋上に向けて中継を開始しなさい。 こっちでもテレビを見てるから、ごまかしてもダメよ』 『了解。ホバリングを続ける。10秒後にキューを出す』 玲子のイアピースに入ってくる音声は、どうやらテロリスト側とヘリとの交信を中 継しているらしかった。タイラント長官かジャスミンがやっているのだろう。テロリ スト側の声は、明晰な日本語を話す女性で、これが例のレッドアイズ・ジヒョンであ るらしい。 ヘリが発する大型の探照灯が撮影のためにか屋上を照らしている。今夜はほとんど 風らしい風がなく、ヘリのパイロットも機体を安定させるのに、それほど苦労してい ないようだった。おかげで、玲子たちも苦労せず屋上の状況を見ることができた。 男子学生が7人、屋上のフェンスにへばりつくように立っている。はっきりとは見 えないが、その後ろには数人のテロリストが銃を構えているらしい。気の毒な学生達 は、膝が笑いそうになるのを必死でフェンスにしがみつくことで支えているようだ。 「何をするつもりかしら」玲子は呟いた。その時、ジヒョンの声が入った。 『警察関係者に告げる』音声にヘリの爆音は混じっていないから、ジヒョン自身は 屋上にはいないのだろう。『我々は、我々の崇高な政治目的のために、この大学全体 を占拠した。これから警察関係者および日本政府に対して、我々の要求を伝える。 一つ。全世界において不名誉な囚人として収監されている革命に命をかける同志達 を12時間以内に釈放すること。同志達のリストは後で述べる。 二つ。24時間以内に、全世界で稼働中の原子力発電所および再処理施設を停止す ること。対象とする施設のリストは後ほど述べる。 三つ。全世界の核兵器保有国家の元首は、24時間以内に戦略核、戦術核、原潜を 含む全ての核戦力の撤廃を、国連を通じて世界中に宣言すること。 四つ。全世界の軍需産業の経営者および責任者は、24時間以内に全ての兵器の生 産ラインを停止し、その様子をマスメディアに放映させること。 五つ。第二次世界大戦以後の国際紛争に関わった全ての国家は、等しく5000万 ドルを第三世界の難民救済基金として供出すること。国連は専任機関を設けてその基 金をプールし、責任を持って難民を救済すること。基金の使途明細はリアルタイムで 世界に発表すること。 六つ。国連は地球規模での環境保護条約を制定し、全ての加盟国は同条約に調印す ること。新条約には、効果的な環境保護を実現できるような要項を盛り込むこと。違 反国家には厳格な罰則を適用すること。 では、リストを読み上げる。釈放を要求する同志達の名は以下の通り。アラブ解放 戦線のイブン・ジェイク、パキスタン解放戦線のバハム・ラシッド、IRAのケヴィ ン・バック・カーライル……』 ジヒョンの声明は、それから20分あまりも続いた。玲子は少し意外さを禁じ得な かったが終わるまでは黙っていようと思い、口をつぐんでいた。カインはというと、 アルコール依存症の人間が、飲酒の害について説教でも受けているような顔をしてい る。 この声明は、リアルタイムで日本中、いや世界中に中継されていることだろう。一 見、世界平和に多大な貢献をするかのようなジヒョンの要求を耳にして、テレビを見 ている世界中の市民はどんな思いなのだろう、と玲子は考えた。画面に映るのは、吹 きさらしの屋上で立たされている7人の男子学生という面白味のない光景だが、バッ クに流れる冷たい感じの女性の声の内容は面白味がないどころではないはずである。 もちろん玲子は、ジヒョンが本気で声明を出しているなどとは一瞬たりとも考えて いなかった。それはカインにしても同じに違いない。世界を股にかけた女テロリスト が、突然人類愛に目覚めたということもないとは言えないが、<従者>が関係してい る以上、それは絶対にあり得ないことなのだ。 だとすると、ジヒョンの、ひいては<従者>の目的は時間稼ぎに他ならない。いか なる理由でか、大学を占拠した<従者>は、一定の時間まで機動隊が強硬手段に出る ことを何としても避けたいのである。それは、排除する自信がないからではなく、別 の理由によるのだろう。 だが、玲子とカインの当面の目的は、その理由を探ることではなく、実川教授と助 手を救出することである。 『さて、ここで一つ我々が目的を完遂するまで、ここで安全を確保できる保障を求 めたいと思う』ようやくリストを読み終えると、ジヒョンは少し声の調子を変えた。 『警視庁公安部の皆川課長、聞いているわね?答えて』 しばらく沈黙があり、やがて渋々といった感じの声が聞こえた。 『公安部の皆川だ』こんな形で紹介されて怒りを禁じ得ないに違いない。皆川の声 には怒りが含まれている。 『私の要求は聞いてもらえたわね?』 『確かに聞いた。ただちに政府は緊急協議に入るだろうから……』 『当たり前よ』ジヒョンは容赦なく皆川を遮った。『私はそんなことを訊いている のではないの。今、この学校の周りを機動隊員が包囲しているわね』 『それがどうかしたかね』 『包囲を解いてちょうだい』ジヒョンは軽い口調で言った。『今すぐ。全員よ』 皆川が絶句する気配が、はっきりと伝わってきた。ジヒョンと2人で通信をしてい るのなら、皆川は直ちに拒否したに違いない。少なくとも、最初は拒否して、交渉の 糸口としただろう。だが、テレビカメラを通じて、世界中の人間が注目していること を思えば、うっかりしたことは口にできない。 『無理を言わないでくれ』やがて弱々しい皆川の声が流れた。『それはできない。 そちらに人質が捕らわれている以上不可能だ』 『私は冗談を言っているわけではないのよ』と冷ややかなジヒョンの声。 『私の一存では返答できないのだ』 『そうなの?』ジヒョンの声は無感動に告げた。『では、これでどうかしら』 突然、立て続けに銃声が轟き、玲子は文字どおり飛び上がった。反射的に植え込み を飛び出そうとしたが、カインが腕をつかんで引き戻した。 「あいつら、人質を撃ったわ!」玲子は怒りをカインにぶつけた。「無抵抗の人質 を射殺したのよ!」 「わかってるよ、ハミングバード」カインは玲子の千倍も冷静だった。「だけど、 君が飛び出しても何にもならない。落ちつけよ」 玲子は険悪な表情でカインをにらんだが、すぐに元の位置に戻った。 「ときどき、あんたを殺してやりたくなるわよ、カイン」 カインは肩をすくめただけで何も言わなかった。 『……死んだわよ』ジヒョンの声が言っていた。『これで本気だってことが分かっ たでしょう』 『わかった』皆川が震える声で答える。『包囲は解く。だが、上を説得する時間を くれ。1時間、いや30分でいい』 皆川の声が消えないうちに、再び銃声が轟いた。玲子とカインの位置からは、2人 の学生が同時に頭部を吹き飛ばされ、フェンスにしがみついたまま絶命したのが、は っきりと見えた。 ネゴ 『つまらない時間稼ぎはやめにしなさいよ』ジヒョンが告げた。『交渉には応じな い。5分以内に機動隊員の引き揚げを開始しなければ、次の犠牲者が出るわよ』 『わかった』もはや相手のペースに合わせるしかないと知ったらしい皆川は、余計 な言葉を発するのをやめた。『ただちに包囲を解く。だから、屋上の人質を中に入れ てくれ』 三度、銃声が轟き、二人の学生が無惨に射殺された。屋上から血の雨が降り、下の アスファルトを叩いた。 『まだ立場がわかっていないようね』怒りより不気味な、落ち着いた口調でジヒョ ンが言った。『そっちは要求など何もできないのよ、ミスター・ミナガワ』 皆川課長とやらも気の毒に、と玲子は考えた。思考を殺された犠牲者から他に向け ておかなければ、怒りで我を忘れてしまいそうなのだ。 外からパトカーのサイレンがいくつも響き始めた。機動隊が包囲を解いて、撤退す る----あるいは撤退するふりをする----ために道を確保しているのだろう。 『よろしい』ジヒョンは満足そうに言った。『先の要求に対する日本政府の回答が 4時間以内に届かなければ、5分ごとに2人ずつの人質を処刑するからね』 『わかった』呆けたような皆川の声が答えた。 『もう、ヘリを返してもいいわよ。だけど、いつでも飛べるように待機はさせてお きなさい。それでは4時間後に』 通信が切れる音がして、かわりにジャスミンの声が入ってきた。 『ハミングバード?』ジャスミンの声に緊張が感じられた。『聞いていたか?』 「ええ、はっきりね。人質が殺されるのを見たわ」玲子は抑えた口調で答えた。「 どうするんですか?」 『どうもこうもない。作戦に変更はないぞ。速やかに教授と助手を救出して、脱出 するんだ』 玲子は沈黙した。 『ハミングバード、お前の気持ちはわかる』ジャスミンはなだめるように続けた。 『おれだって、あいつらを皆殺しにしてやりたい。だが、はっきり言ってそれは教団 の任務じゃない。日本の司法関係者の仕事だ』 「警察なんかに何ができるもんですか!」吐き捨てるように玲子は叫んだ。辺りに 響きわたるほど大声ではなかったが。 『わかってるさ、そんなこと』ジャスミンの声も鋭さを増した。『だが、テロリス ト達と戦うなら、ほぼ一瞬で殲滅させなくてはならん。同時に構内の各所に設置され たトラップを解除してだ。さもないと、パニックに陥った人質が四方八方に逃げ出し て、次々に対人地雷に引き裂かれる結果になる』 「……」 『それを防ぐには、少なくとも一個大隊ぐらいの統制が取れた部隊が必要だ。しか し我々の手元には一個小隊しかない。これでは、テロリストの殲滅も、人質の誘導も どちらもできはしない』 「増援を送ってもらえば……」 『そんな大部隊が隠密行動を取れると思うのか。この人数だから、目立たずに行動 できるんだ。もし、ジヒョンが大部隊の侵入を知れば、たちまち人質を殺し始めるか もしれん』 「でも……」 『頭を冷やせ、ハミングバード』ジャスミンは少し口調を緩めた。『ジヒョンがあ あいう行動を取ったのはなんのためだ。何だかわからんが、教授と<従者>に関係し た何かを行うためだろうが。こっちが教授を確保して脱出させれば、ジヒョンがここ にいる理由はなくなる』 「でも」玲子は反論した。「私たちが教授を救出した後で、人質を盾に教授の返還 を迫ってきたらどうするんです?」 『そんなことはしないだろう。表向きは、ジヒョンの目的は、さっきテレビを通じ て世界中に発表した愚にもつかない声明なんだからな。教授の返還を迫ったりしたら それがデタラメだということが分かってしまう』 完全に納得したわけではなかったが、玲子は渋々頷いた。 「わかりました」 『よし。そっちの状況は?』 「カインが撃たれました。重傷ですが、回復しました」玲子は告げた。「屋上に狙 撃兵が配置されてますね」 『早くそれを言わないか。場所は?』ジャスミンが厳しい声で訊いた。敵地を進む 兵士にとって狙撃兵は最も恐ろしい存在である。 「フォックストロット8あたりだと思いますが、確認はできていません」玲子は報 告してから訊いた。「そちらは?」 『敵のテロリストを2人制圧した。尋問はできなかった。こっちの被害はなし』 「了解。また連絡します。ハミングバードより以上」 玲子は通信を切ると、カインを見た。カインは体力の回復を急ぐようにゆっくりと 深呼吸していたが、玲子の問いかけるような視線に答えて口を開いた。 「もう、動ける。進もう。かなり時間を無駄にした」 その口調には虚勢を張っているようなところは無かったから、玲子は少し安心した。 「OK、じゃあ行きましょう。イベント・ホールはすぐそこよ」 2人が歩き出そうとしたとき、新たな通信が入った。 「ハミングバードです」 『タイラントだ。敵の意図が判明した』
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