長編 #2841の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
5 ジヒョンは教授との会見がすむと、すぐに部下の一人を呼んだ。 「クライアント達はどうしてる?」 「さあ?」浅黒い肌の部下は肩をすくめた。「4人ともどこかへ行ったまま戻って きませんが」 ジヒョンは一瞬、形のよい眉をひそめたが、すぐに頷いた。 「まあいいわ。どうせ、後1時間もすれば戻ってくるだろう。彼らには彼らなりの 準備があるのだろうし。一応、全員に伝えておけ。どこをうろついているかわからな いから注意しろってね。警察の方は?」 「さっきから、一人うるさく電話をかけてくるヤツがいます。何とかいう警部らし いんですが。どうしましょう?無視しますか?」 「いや、そろそろ何か言ってやらないと、焦ってバカなことをするかもしれないか らね」ジヒョンは薄く笑った。「適当に要求を伝えてやろう。いずれは突入してくる だろうけど、どうせなら真夜中すぎにしてもらいたいわね。次に連絡があったら、私 に回しなさい。それから、もう一つの方は?」 「トラップを避けて、グラウンドを突っ切ろうとした2人組を、ミワが発見して狙 撃しました。ですが、逃げられたそうです」 「ほう」ジヒョンは感心した。「ミワの狙撃をかわすとは、なかなかやるじゃない の。さすがは邪狩教団ね」 「ただ、その二人がオキーフたちを倒したのではなさそうですが」部下の男は、ジ ヒョンほど余裕を持っているわけではなかった。「そちらは、もう少し人数が多いよ うです。確認はとれていませんが」 「二手に分かれて潜入したわけか」ジヒョンは廊下を歩きながら言った。「どっち かが囮になって、こっちの戦力を分散させようってのね。いずれにしても、狙いは、 あの教授だ。こっちが動く必要はない」 プルルルル。軽やかな電子音が鳴った。部下の男はすぐに応答し、二言三言、言葉 を交わすとジヒョンに顔を向けた。 「例の警察の責任者です」 ジヒョンは頷いて、通信機を耳にあてた。 「ハロー?」 『警視庁の皆川だ』太い男の声が言った。『私は、その、そちらのグループのリー ダーにコールしたのだが』 「私が一応リーダーよ、ミスター」ジヒョンは怒りの色も見せずに、明瞭な日本語 で答えた。「ジヒョンというのだけど、耳にしたことはないかしら?」 はっきりと息を呑む気配が伝わってきた。 『君があのチェ・ジヒョンか?』慎重な口調で皆川は訊いた。 「そう言ったでしょ、ミスター・ミナガワ。あなたの所属と階級を知りたいわね」 『警視庁公安部第一課長だ』ぶっきらぼうに皆川は答えた。 「警視庁公安部第一課ね」ジヒョンは楽しそうに繰り返した。「日本のカウンター テロ部門のひとつね。それにしても、公安部というのは、普段滅多に表に出ないので はなかったの?」 『そちらの要求を伝えてもらいたい』皆川はジヒョンの質問には答えずに言った。 『ある程度の要求には応じる用意がある』 「今はまだ何も要求するつもりはないわ」ジヒョンは簡潔に答えた。 『しかし、そちらもいつまでもそうしているわけにもいかないだろう。いつかは出 ていかなくてはならないはずだ。時間が経てば、君たちの要求が何であれ、通りにく くなることは間違いない』 「余計なお世話よ、それは。じゃあ、お言葉に甘えて要求を一つ伝えましょうか」 『言ってくれ』 「テレビカメラとカメラマンを載せたヘリを一機用意しなさい。全国ネットのTV 局のどれかに許可を出して、この大学の上空を飛ばせるのよ。当然、全ての映像は、 生中継で全国に放送すること」 『何だって?』皆川の当惑した声が返った。『何のために?』 「ヘリの周波数は8MHzに合わせておきなさい。上に来たら、こちらから指示を 出すから。言うまでもないけど、こちらの指示に従わない飛行をしたら、人質の10 人を無差別に射殺するわよ。わかったわね?」 『わ、わかった。1時間以内に飛ばせるだろう。だが、何のために……』 「飛べばわかるわよ」ジヒョンは皆川の声を遮った。「言うとおりにすれば、人質 の中から、女性と老人の半分を解放してあげるわ。では、また」 ジヒョンは無造作に通信を切ると、部下の男を振り返った。 「人質の中から、7人を選んでサークル棟の屋上に上げなさい」冷たい笑みととも に命じる。「生意気そうな男子学生がいいわね。髪の毛を染めてるようなヤツとか、 学生服を着ている応援団なんかを選ぶのよ」 「わかりました。すぐに」 部下の男は一礼すると、駆け出そうとした。だが、不意に息を呑むと足を止めた。 「……チェ・ジヒョン……」金属を擦り合わせるような声が響いた。 同時に狭い廊下にむっとする臭気が発生した。魚介類が腐敗したときの臭気を数倍 強烈にしたような嘔吐感を誘う臭いである。だが、それは一瞬で幻のように消え去っ た。まるで臭気が物理的な要素ではなく、心理的な要素を持つかのようだった。ジヒ ョンの部下は嫌悪の表情をきらめかせたが、そのまま何も言わずに立ち去った。 部下よりも数瞬早く、その気配に気付いていたジヒョンは慌てることなく振り返っ た。 「どちらにいらしたの?ミスター・マーシュ」 「……お前の知ったことではない……」声と同時に、4人の人影が廊下の暗がりか ら姿を現した。全員がきちんとした上質の英国製のスーツに身を固めているが、うつ むいているわけでもないのに、彼らの顔の輪郭ははっきりしなかった。熱帯夜になり そうだというのに厚い革の手袋をぴったりはめている。 先頭の男は、目じりと頬にしわが目立つほどなので初老という年齢を過ぎているに 違いないが、その動きに緩慢なところは少しもなく、それどころか機敏な印象すら受 ける。ジヒョンがこのマーシュと名乗る老人と契約を交わしたのは2カ月前だが、そ の間にそれとなく試したところ、この印象は事実であることが判明した。 「……邪狩教団の侵入を許したそうだな……」 「耳が早いこと」ジヒョンは呟き、それから笑顔を作った。「ええ。それがどうか しまして?」 「……我らの計画に障害をもたらすことにならないであろうな……」 「ご心配なく。銃で戦える相手ならば、私の手に負えない相手など地上に存在しま せんわ」 老人は黙ってジヒョンを見たが、すぐに頷いた。 「……よかろう。契約した以上はお前に任せることにしよう。だが、早めに排除し てもらいたいものだ……」 「わかっていますわ」 「……もう一つの件だが……」マーシュは続けた。「……例の教授はどうなったの だ?あの男の存在は計画に欠くことができないのだ……」 「それも手を打ってあるわ。あの頑固な男の知性がそのまま必要でなければ、話は もっと簡単だったんだけどね」ジヒョンは肩をすくめた。 「……痴呆状態になった教授など役に立たないぞ……」マーシュの重い声が、警告 するような響きを帯びた。 「だから手間のかかる方法でやってるわよ」ジヒョンは相手をにらみ返した。「そ ちらこそ、その辺を歩き回って邪狩教団に見つからないようにして欲しいわね。報酬 の半分はまだ払ってもらってないんだから」 「……父なるダゴンにかけて、我らは約定を違えることをしない……」 「そう願いたいわね」ジヒョンは頷き、付け加えた。「お互いのためにね」 マーシュは無言で頷き返すと、不意に身を翻してジヒョンに背を向けた。背後にい た3人の男たちがさっと道を開き、その後に続く。 その後ろ姿を見送りながら、ジヒョンは背中に流れる冷たい汗を感じ、そっと息を はいた。 「そのまま私のことを血と金に飢えた愚か者だと思っていてもらいたいわね」ジヒ ョンは、マーシュ達が声の届かない場所へ行ってしまったのを確かめてから呟いた。 カインが意識を取り戻すまでに、30分以上かかった。玲子自身も多少、疲労を感 じ始めていたところだった。休むことなくカインの身体にプラーナを送り続けたから である。 玲子が自らプラーナと呼ぶ力は、一種の生体エネルギーのようなものである。地球 の生きとし生けるもの全てが共通してもつエネルギーである、ということは重要では ない。それを使いこなす資質が重要なのだ。そして、玲子はその資質に恵まれた希有 な人間であった。もっとも、その正確な正体は玲子自身にもわからない。ESPなど でないことは、ずっと以前に教団の研究者が断言した。 「言うなれば」玲子を調べた初老の研究者は諦めた口調で告げた。「君の生命その ものがエネルギーとなって放出されているようなものなんだろうな。例えば、人間が 常に体内に微弱な電流を発生させているように。といっても、君のプラーナはそうい った化学的な要因とは無縁なんだが」 「生体エネルギーですか?」玲子は訊いた。 「何と呼んでもかまわんよ。どうせ、今の科学じゃ何も分からんのだから。ただ、 残念なのはその力が<従者>に対して、直接の攻撃力を持たないということだな」 「<巫女>の一族のように?」 「そう。君のプラーナは、君自身の神経系を加速したり、君以外の人間の代謝系に 影響を及ぼすことができる。だが、<従者>が持っている肉体はダーウィンが見たら 卒倒するような代物だからな。肉体を備えている場合は、だが。プラーナはまず間違 いなく<従者>には通用しないと思う。実戦で試そうなどと思わないことだ……」 今、プラーナは玲子を中心に、立体的な蜘蛛の巣のように四方八方に張られていた。 その一本一本がパッシヴソナーのような役割を果たしている。<従者>やその使い魔 が発する瘴気が触れれば、瞬時に玲子はそれを知ることができる。もちろん、これは 長い訓練の末、獲得したものである。 その一方で、玲子は眠りこんでしまったカインの生命力を呼び覚ますべく、全力を 注いでもいた。本来ならば、<巫女>の一族は常人とは比較にならないほどの回復力 を有しているのだが、カインの受けた一撃はその限界を超えてしまったらしい。確か に胸に風穴を開けられて、なおも平然と歩いているようならば人間ではない。 カインの覚醒の徴候は、まず固く閉じられていた瞼に顕れた。長いまつげがピクピ クと数度動き、ついでゆっくりと瞼が開いた。一瞬宙をさまよった視線は、すぐに上 から覗き込んでいる玲子のそれと絡み合った。 「すまない、ハミングバード」予想外にはっきりした声が唇から洩れ、玲子は安堵 のため息をついた。 垂れていたカインの手が上がり、傷口を包んでいる玲子の手に重ねられた。玲子は 暖かく優しい波紋が発せられるのを感じ、束の間うっとりとそれに身を委ねた。カイ ンが自分自身の治癒能力を発揮しているのだ。自分の手が邪魔になるような気がして 玲子は手をどけようとしたが、カインはそれを許さなかった。玲子は性的な恍惚感に も似た、安らかな気分をゆっくりと味わうことになった。 しばらくして、カインは慎重に身体を起こした。玲子は少し名残惜しいような気分 を感じながら、少年の細い身体が離れていくのを助けた。 「大丈夫?」 「もう大丈夫だ」カインは軽く胸を撫でながら言った。「ありがとう、ハミングバ ード。借りができたな」 「いいえ、借りなんかないわ」玲子は怒ったように首を振った。「つまらないこと を言わないで」 カインは頷いて、辺りを見回した。 「撃たれたんだな」 「ええ。大丈夫。この場所は死角よ」そう言ってから玲子は急に不安に襲われた。 「でも、ひょっとして仕事を完成させに来るかもしれないわ」 「移動しよう」カインは立ち上がった。「すぐにだ」 「了解」玲子も立ち上がった。「動ける……みたいね、その様子だと?」 「ああ」カインはちらりと負傷した部分を示した。白い肌の上に、わずかな赤い痕 が残っている。被弾した証は、それだけだった。 「でも、どうする?」玲子は訊いた。「予定通り、イベント・ホールを目指す?そ れとも?」 「そうだな」カインは少し考えて言った。「ジャスミンチームの方はどうなってる んだ?」 「ああ、そうね。忘れてた」玲子は通信機のスイッチを入れた。だが、腕を口元に 持ってくる前に、頭上から叩きつけられるような爆音が轟いたため、驚いて空を仰ぎ 見た。 「ヘリだわ!」玲子は目撃したものを口にした。「テロリスト達が飛行を禁止した はずなのに!」 一機のヘリが真っ直ぐにキャンパスの上空を通過していった。かなり低速で飛行し ていて、ゆっくりと旋回しながら再び戻って来た。 「機体にテレビ局のマークらしいものが描いてある」カインがヘリを見ながら言っ た。「カメラ機材も見えるぞ」 「ほんとだわ」玲子は唖然となった。「テレビ局が業を煮やして、強硬手段に出た のかしら?でも、それなら警察が制止するはずだけど」 ヘリは目的が定まっていないかのように、旋回を繰り返すだけだったが、不意にそ れをやめると、一直線に飛び始めた。機種は真っ直ぐ第二サークル棟を向いている。 玲子達が侵入した場所の近くである。漠然とした不安を感じながら、そちらを見た玲 子は思わず声を上げそうになった。5階建てのサークル棟の屋上に、幾つかの人影が 見えたからだ。同時に前置き抜きでイアピースに通信が飛び込んできた。
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