長編 #2814の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
真顔で云った。もっとも嘴のはえた異顔、表情は目で読むしかない。 だからバラムがその奇襲をやり過ごすことができたのは、まったくの勘によるも のでしかなかった。 ご、とかがめた頭上を鉈のように切り裂いた拳の軌跡は、そのまま降下に移行し て逃げるバラムを追撃する。 意識して、というよりはほとんど結果的に、斜面を下方にころげ落ちることでか ろうじて連撃を免れた。 凶猛にむき出されたファジル・ハーンの歯の間から、盛大にしぶいた血塊が喉く びから裸の胸までをどす黒く染めていた。炎状の入墨と逆立つ黒髪、そして何より も巨鳥のごとく広げられた四肢とが青い燐光を背に宙におどりあがる。 とっさに銃をかまえようとしたマリッドの手もとを、またたく間に眼前に移動し ていた老ウェイレンがやんわりと、抑えた。 動作の唐突さとその雰囲気との落差に、マリッドは呆然とウェイレンを見かえす。 枯れた雰囲気を放つ小柄な異星人が、嘴の端を歪めて声もなく笑った。 ――否。 声は、立てられていたのかもしれない。 ラトアト・ラ人の音声催眠技術は、ひとつの文化体系にまで発展している。とう ぜんその目的や用途にあわせてその種類も芸術、あるいは武道のごとく細分化され ている。 ラベナドの空中庭園での集団催眠の場合とはちがって今度は、おそらくは人間の 可聴域からはずれた音声をその喉から発したのだろう。だれひとり、それらしき音 を耳にした覚えもないままに、マリッドのみならず、ぽちゃぽちゃとした手に遅れ ばせながらあわてて銃を手にしたジョルダン・ウシャル、含み針を口にして臨戦態 勢のマダム・ブラッド、そして転がりながらも銃をぬき、肉迫するファジル・ハー ンのシルエットをとらえかけていたバラムまでもが――瞬時、麻痺したようにいち ように全身脱力させつつ、いっさいの動作を凍結させていた。 三者三様に手にした銃は、すべてぽろりと地に落ちていた。 ついでのように、がくりとファジル・ハーンが小さく膝をついたことが唯一、バ ラムにとっての僥倖だった。それがなければバラムは、ハーンの獰悪な横薙ぎの強 襲に紙のように引き裂かれていたにちがいない。 瞬時の空白に、ころがり落ちる姿勢で宙に浮いたまま、バラムはすばやく四囲の 状況を見てとった。 背後に野太い樹幹が、迫っていた。叩きつけられれば衝撃に、さらに行動を阻害 されるだろう。 そしてファジル・ハーンは、いちはやくウェイレンの呪縛から逃れて、体勢を立 てなおしつつある。さらに、その胸を穿ったはずの三つの銃痕は、すでにふさがり つつあるらしい。 「くそが」 毒づき、同時に、自分の肉体もまた呪縛から解き放たれていることに気がついた。 とっさに宙で身をひねり、足下から迫る樹幹に沈んだ。脚部のバネで衝撃を吸収 し、そのまま勢いにかえて放たれる矢のように飛んだ。 肩口からハーンの胸もとに飛びこみ、そのまま背後の地面に叩きつけた。衝撃と 反動で前後にわかれ、バラムはふたたび転がり落ちるところをかろうじて踏みとど まった。 が――ハーンの方が速かった。地に伏した体のバラムに比して、もうひとりの強 化人間はすでに体勢を整え終えていた。その顔貌にも、苦痛などかけらも見あたら ない。 バラムにしても、通常の人間とは比べものにならぬほどの治癒力と回復力を与え られている。が、絶頂時にさえ、いま目撃したファジル・ハーンのそれとはまるで 比較にならなかった。胸部に銃撃を受けて、数分と経たぬうちに傷口さえふさがり 始めてしまうなど、まったく尋常ではない。 ようやく身を起こしかけたとき、眼前に黒い疾風が迫っていた。 砲弾を真正面からぶちこまれたような衝撃とともにバラムは跳ね飛ばされ、強烈 に地に叩きつけられた。二度、三度としたたかに打ちすえられ、樹木の根もとに背 中を打たれてようやく停止したときは、激痛に目を開くことさえできなかった。 いましも破裂しそうに獰猛な無力感とともに、バラムは最後の一撃を待った。反 撃する体力は残っていない。相打ちにもちこむことさえできず、ただ待つだけしか できることはなかった。 が、爆発するような鬼気が眼前に迫ったか、と思った瞬間―― 「ハリ!」 老ウェイレンの声が、狂おしく迫る鬼気をぴたりと静止させた。 「ウシャルを頼む」 叫びに、ハーンが躊躇したのはほんの一瞬だった。 炎のように噴きつけていた凶悪な気がふいに四散し――バラムの鼻先をピンと弾 いて、ハーンは後退した。 おそらくはバラムの肉体が不調を示していなければ、とどめの一撃を加えてから ウシャル追撃に移行したはずだ。つまり――見くびられたわけだ。 目を見ひらき、眉根をよせた。 安堵よりは怒気が、膨れ上がった。 が、その怒気は力ではなく激痛を、バラムの体内に爆発させただけだった。 ぶざまに両肩をおおった姿勢で、うめき声をもらしながらバラムは身を丸めた。 丸めながら、狂おしく渇えた両の眼を見ひらき、仇敵の姿を追った。 マリッドは――マダム・ブラッドとともに老ウェイレンと対峙していた。銃はと りおとしたままなのか、素手でつぎつぎにくりだされる銀針を払いつつ、樹間に目 まぐるしく戦場を移動させていく。 ウェイレンにしても、マリッドひとりならもう少し余裕のある対応ができたかも しれない。が、逆方向から呵責なく含み針の噴射を浴びせかけるマダム・ブラッド に退路をはばまれ、苦戦の体だった。 ジョルダン・ウシャルと二人の小姓は、戦場を大きく迂回して青い闇の奥底に身 を隠しつつ、よたよたとおぼつかぬ足どりで下降をつづける。 その眼前に――ぴたりと、銃口がおしつけられた。 血にまみれた異相が、燃え盛る炎のような双眸をウシャルにすえる。 バラムはちらりと四囲に視線を走らせ、先刻ウェイレンの音術にとり落としたま まのはずのハンドガンが消失していることに気づいた。 いうまでもあるまい。ファジル・ハーンが、バラムのまるで気づかぬうちにひろ っていったというわけだ。 「くそ! カフラ。カフラ!」 耳ざわりにわめくウシャルの声に、ウェイレンを追いつめつつあったマダム・ブ ラッドが攻撃の動作を中止した。 「動くな、カフラ・ウシャル」 恫喝するでもない淡々とした声音で、ハリ・ファジル・ハーンが宣告した。「ト リガーをひけば、この男の頭は粉微塵だ」 いわれるまでもなく、マダム・ブラッドはなすすべもなく立ちすくんだ。 即席とはいえ相棒を失ったマリッドの左脚に、ウェイレンの銀針が音もなく深々 と、突き立てられた。 苦鳴をおしころしつつ、追撃を逃れるために闇雲に飛んだ。 銀光が青い闇を薙ぎ、繊手にはじき飛ばされる。 そしてマリッドの小柄な肢体は、宙に舞った。 「マリッ……!」 断ち切られたバラムの叫びは闇に吸われ、とぎれた断崖から踊りあがった肢体は 青い微光を背に瞬時、空中に静止した後――下方へと消えた。 「シギム――」 ナルド・シャス、とつづけるより速く、炸裂する激痛とともに超知覚へと移行し た。 ぎしぎしと、体中のあらゆる接合部が音を立てて崩壊していくような錯覚がバラ ムをとらえた。 錯覚ではなかったかもしれない。 肉体は痛覚の集積物と堕し、バラムを凶悪に責め苛む獰猛な獄吏と化した。 それでも、地を蹴った。 強化された皮膚を烈風と塵芥が散弾銃のように叩き、地獄の底から噴き上げてく る憎悪に充ちた轟音がどろどろと流れ過ぎた。 痛覚を無視して大樹を薙ぎたおす勢いで疾走し、絶壁の端に立った。 宙に舞うマリッドに手をさしのべた。 まるで届かない。 奥歯をかみしめ、勢いよく地を蹴りつけた。 踊りあがるより速く、襟首をつかまれていた。 前下方を志向するヴェクトルを強引に引き戻され、バラムは背中から地に叩きつ けられた。 歯をむき出して、上体を起こす。 イムジェの青い半円を背に、彫像のようなシルエットが腕組みをしてバラムを見 下していた。 「どけ、ハリ・ファジル・ハーン!」 叫び、絶望とともに自覚した。 超知覚はまたもや、気づかぬうちに去っていた。 「もう一度だ」 低く、底冷えするような口調で、ファジル・ハーンが口にした。 応えるように歯をむき出し、シギム、と唱えた。 暴発する痛覚が、今度は容赦なくバラムの視界から光を奪った。 平衡感覚が失せ、ぐらりとよろめき、そしてそのまま漆黒の無意識へと沈みこん でいった。 19.ジョシュアーンの秘法 「――などはべつにどこでもかまわない、と私は推測している。イムジェフィフタ スを選んだのは、時期的にもっとも近いうちに条件が満たされる場所だったからだ」 白濁した意識の底で、苦痛を裂いて最初に意味を持ちはじめたのは、聞き覚えの ある声で語られる言葉だった。 奇妙な残響をともなって朗々と演ぜられる声の主は――シャルカーン・バールカ イベル。 「ハレ・ガラバティの祝祭の夜、このイムジェフィフタスには力が満ちる。その力 は、目にも見えず音にもならない。既成のいかなる機器も、その作用のすべてを感 知することはできない。唯一、鋭敏な生物の直感的知覚のみがそれを感ずることが できるものだ。紫雲晶でいう“気”の概念が、この力をもっとも的確に表現してい ると私は考えている」 バラムは用心深く体内を意識でまさぐった。 頭蓋内部で盛大にトレモロが鳴り響いている。激痛はあいかわらず縦横に体中を かけめぐり、加えてひどい不快感が脳内にいすわって思考を妨げていた。 「おまえらいったい――」 耳ざわりな声が、苦々しげに云うのが聞こえてきた。ジョルダン・ウシャルだ。 「いったいおまえらは――アムルタート舞踏教団てのは、何なんだ」 短く、涼しげな笑声があがった。嘲笑か、あるいはべつの種類の笑いなのかは判 然としない。 「わが教団の創始者は」 バールカイベルの声が、誇りに満ちた響きとともに宣言した。「マフディ・サー バー。カリアッハ・ヴェーラの発見者、マフディ・サーバーだ」 「パトリック・サーバー……?」 弱々しく訊きかえしたのは、カフラ・ウシャルらしい。「抗老化剤カリアッハ・ ヴェーラの……?」 目を閉じたまま聞き耳を立てていたバラムもまた、驚愕に思わず目を見ひらいて いた。 あいかわらず周囲には青い闇が満ち、ひととおりはあたりの様子も見わたせた。 すり鉢状の谷に囲まれた、ほぼ真円に近いと思われる荒地の底に、バラムは横たわ っていた。 円の真ん中に、中点を間にしてバールカイベルとスペーサーのヨーリク、ハリ・ ファジル・ハーン、そしてその他、フードつきの長衣に身をつつんだ教団員と思わ れる数人。 そして、それに対峙するようにしてたたずむジョルダン、カフラのウシャル夫妻 と、影のようによりそう二人の小姓。 バールカイベルの背後に、やや距離をおいて森林の間からのぞく屋根には見おぼ えがあった。地下洞窟の牢から脱出した時に目にした、古びた廃寺の屋根だ。 「生化学の大家が創始したのが、怪しげな教団だ?」疑わしげな声で訊いたのは、 むろんジョルダン・ウシャルだ。「そんな眉唾な話があるかい」 バラムもまた同意見だった。現在でも希少かつ高価で、余人にはまず手に入れる ことのできない抗老化剤カリアッハ・ヴェーラが発見されたのはほぼ二百年前。そ れから一世紀を生きて二百歳の往生をとげたといわれるパトリック・サーバーはそ れ以前も以後も、数々の生化学的発見や成果を残している。晩年は隠遁生活に入っ ていたらしいが、およそ怪しげな宗教団体の創始者とはかけ離れたイメージの人物 だ。 が、バールカイベルにかわって口を開いたヨーリクが、重力の拷問に息を切らし ながらも熱を帯びた口調で否定した。 「偉大なるマフディ・サーバーは生命の神秘に深くわけいるほどに、そこに深甚な る神の秘蹟が隠されていることに確信を抱くようになられたのだ。そしておまえた ちのような、凡俗な精神には思いもよらぬ真理に到達され、そして永遠の追求をわ れらに課して深淵へと旅立たれた。マフディ・サーバーは史上もっとも偉大なる、 真理への到達者にほかならない」 熱弁をふるうヨーリクの側で、バールカイベルがひそかに冷笑を浮かべていると ころを見ると、この教団の統治者自身はその言をさほど信じてはいないらしい。 が、パトリック・サーバーが舞踏教団の創始者である、と誇りに満ちた口調で口 にしたのもまた、まぎれもなくシャルカーン・バールカイベルだった。 「マフディ・サーバーはその死の直前まで、数々の秘法をわれわれに伝授していっ た。わが教団に冠せられた舞踏の文字も、その名残のひとつだ。肉体を効果的に動 かし、不可知のエネルギーをめぐらせて気力・体力を充実させ、ひいては死と病と 老化とを遠ざける――その一連の動作を舞踏という形で整えたのだ。副次的にそれ は、さまざまな格闘の素養を助長する効果をもともなっていたが」 つじつまはあっている、とバラムは考えた。 強化人間という構想の下となった、紫雲晶神秘学の根幹をなす“気”の哲学に通 底する考え方だ。一方は、肉体的能力の向上のみを目的として異形の超人を生んだ。 そしてもう一方、不老不死の神仙を目ざして理論と実践を展開していった姿が、こ のアムルタート舞踏教団、というわけなのだろう。 「てこたつまり」と、喉から涎をたらしそうな露骨な口調で、ウシャルが問うた。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE