長編 #2813の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
こめかみに当てた指を愛撫するようにやさしくすべらせ、そしてうなずいた。 ふん、と力なく鼻を鳴らして、バラムは目を伏せた。 「そうかい」 「まだ確定したわけじゃないけど」 とりなす風でもなく、ただ事実をならべ立てる口調で淡々と、マリッドは云った。 「処置の終了から数えると標準時で五年近く経過しているわ。微調整と診断の時以 外に手は加わっていないらしいし、本人からも何の変調の訴えも入っていない。実 をいうとね、バラム。あんたと噛みあわせようって意見が出た理由は、最終判定と ともに、前任者たちが残した失敗作の抹殺、って意味が大きかったそうよ」 「前任者か」 バラムもまた、感情をまじえぬ口調で答える。「皆殺しにしたつもりだったんだ がな。すくなくとも、あのプロジェクトに関わった奴らは、確実に、よ」 「ほとんど死んでたって話よ。でもデータは、断片的にだけどかなりあちこちに残 っていたらしいし――何より“フィスツ”という組織はあんたが考えているほど小 さくも、単純な組織でもないのよ。――といっても、わたしがあんた以上に“フィ スツ”のことを知っているってわけじゃないけどね」 バラムは目を閉じ、それきり長いあいだ黙りこんだ。 そしてやがて、ふいに云った。 「行こう」 と。 目を閉じたまま、うなるようにそう云ったバラムに向けて、マリッドは静かに訊 き返した。 「行くって、どこへ?」 「どこでもいい。ウシャルもアムルタートも“フィスツ”も、だれの手もとどかな いどこかへ、よ。もちろん、チェンランもいっしょでいい」 マリッドは眉根をよせ、そして奇妙な形に表情を歪めた。 それから、かすかに笑いながら首を左右にふった。 「ダメよ、バラム。チェンランはダメ。彼、ヤワだから逃亡生活なんかムリだわ。 それに――どこへ逃げようと、かならず“フィスツ”は追いついてくるわ」 そして遠い目をして、どこへ逃げようとね、と、つぶやくようにしてつけ加えた。 「なら」云って、バラムは静かに目を見ひらいた。「おれが“フィスツ”をつぶし てやるよ。もう一度、な」 「もう殺し屋稼業には飽きたんじゃなかったの」 マリッドの問いに、バラムはフン、と鼻をならしただけだった。 そしてまた、眠るように沈黙した。 が、その沈黙は先までの静けさとはちがっていた。 目を閉じ、マリッドの膝枕に頭をあずけたまま、バラムは右の拳を、ついで、左 の拳を、ゆっくりと、まるで機械仕掛けのように正確で単調な動作で、開閉をくり かえしはじめていた。 遠い景色を眺めやるような目で静かに見まもるマリッドの前でバラムは、長いあ いだ反復をくりかえし、やがて――ふいに、なんの前触れもなく起きあがった。 拳の開閉と上腕の上げ下げをくりかえしたまま、半身を起こした姿勢で脚部を曲 げ伸ばし、上体をひねり、さぐるように肉体を動かしたあげく、やはり機械運動の 単調さでストレッチめいた動作をはじめた。 黙々と肉体を動かすバラムを、マリッドは無言で見ているだけだった。 やがて、狭い室内に汗まみれの獣臭がぶあつく立ちこめるころ、バラムとマリッ ドを外界から閉め出していた重い鉄扉が、耳ざわりな音を立ててひきあけられた。 18.青い闇の底 バラムを捕獲したにやけ面が顔をのぞかせた。 汗まみれでたたずんで静かに見かえすバラムに、あからさまな嘲笑を投げかける。 「出ろよ。シャルカーンが、おまえらに会いたい、とよ」 顎をしゃくってみせた。 バラムはつい、と立つ位置をずらして扉の外を確認した。相棒の牙男が扉脇を固 めている。が、こちらも頭から油断した体だ。 「はやくしろよ」 にやけ面が苛立たしげに云うのへ、マリッドが面倒くさげに立ちあがった。 瞬時、二人の注意がマリッドにそれたのを見てとって、バラムは音もなく移動し た。 眼前に迫った異物を、丸太のような脚、と認識する間もなく、にやけ面は弾け飛 んでいた。 お、と、寸秒の間なにが起きたのか理解できずに、牙男は呆然と目をむいた。 放心から立ちなおったときは、すでに遅かった。 下方から、えぐるように迫りあがる無骨な拳に顎を砕かれ、宙に浮いて瞬時静止 した後、牙男はなだれのように崩れ落ちた。 鉄扉の端から顔をのぞかせてすばやく左右に視線を走らせると、バラムは牙男を 足から無造作に室内にひきずりこんでにやけ面の隣に仲良く横たわらせ、無言でマ リッドをうながした。 気絶した二人からハンドガンを奪うと、岩塊をそのままくり抜いたような無骨き わまりない鍾乳洞を二人はすばやく、足音をしのばせたまま上へ上へと移動した。 途中、見張りらしき男を二人見つけて、共同で強襲した。 バラムが一人の頚をへし折る。もう一人は、腹部にマリッドの爪先を叩きこまれ て低くうめきながら上体を倒しかけるところを、強化人間の手が頚部を鷲づかみに して支えた。 「わめいたり暴れたりしたら、即座に頚をへし折るぞ」 もがきまわろうとする機先を制するように、低く、淡々とした調子で背後からさ さやかれて、見張りは抵抗を断念した。 いい子だ、とバラムはやさしげに云い、ついで出口への道順を問い正す。 震え声、荒い息をつきながらの説明を聞き終えると、ほんの一瞬、マリッドと視 線を交わしあってから延髄を叩いて昏倒させ、二人だけで前進を再開した。 胎内めぐりはさほど長くはつづかず、思ったよりはいくぶん早く、地上の微光が 見えた。頭上七十度、ほとんど垂直の壁に近い洞に固定された鉄の階段を昇ると、 木造の建物の裏手に出た。 吐き出す息は、青白く凍てついていた。氷点下の刺すような冷気を染めるおぼろ な光は、頭上の半分ほどを占拠した巨大惑星イムジェの半身が放つ反射光だ。 青い闇の底で、影までも青く染めながら二人は用心深い足どりで建物をまわり、 所在なげにたたずむ見張りを迂回、正門らしき厳粛なたたずまいの山門をくぐった。 フライアか、もしくは足になりそうなものをさがした。古び、崩れかけた建物― ―おそらくは廃寺か何かの類だろう――の裏手に三機のフライアを見つけたが、気 づかれずに盗み出すのは不可能だった。 「歩いて降りるぞ」 小気味よく逡巡を断ち切ってバラムが云うのへ、 「ピクニックなら、昼間の方がよかったわね」 さもおかしい、とでも云いたげな口調でマリッドが応ずる。 崩れかけた石段をたどって、短く声をかけあいながら山を降った。 十五日つづく夜と、位置も大きさもかえない主惑星とが、下山に永遠の彩りをそ えていた。とぎれがちの獣道と鬱蒼と生い茂る樹木雑草、遠ざかっては近づき、そ してまた遠ざかるせせらぎの音。外気の冷たさと熱をもった肌とが、重く緩慢に蓄 積した疲労に便乗して、気怠く逃亡者たちを責めたてる。 「バラム」 と、荒い息をついてマリッドが問いかけたのは、虫が知らせたからかもしれない。 「強化知覚はどうなの?」 およそ場違いなセリフに、バラムはうつろにふりかえった。質問に答えるか、そ れともその前に問いかけの真意を正すかで逡巡しているすきに――死神は余裕たっ ぷりで追いついていた。 「くそ、どいてろ」 うめくように口にするより速く、バラムはマリッドをおし退けて折り重なった樹 間を疾走しはじめた。 青白く浮かびあがる炎の入墨よりも、その全身が発散する燃えるような鬼気こそ が、疲れはてたバラムの目を覚まさせたのかもしれない。 いつから追跡されていたのか、とバラムは考え、ぞっと背すじを震わせた。 原初的な力に満ちあふれた肉体が、おぼろな青い闇に溶けるようにして消えた。 奥歯をかみしめつつ、バラムは唱えた。 「シギム・ナルド・シャス」 刺すような、爆発するようなあの激痛は、今回はおとずれなかった。だからとい って、幸いにして、とつけ加えるわけにはいかない。 知覚の移行も、肉体の追随も、いっこうに訪れはしなかった。 くそが、と、泣きたい気分で毒づく腹部に、強烈な痛撃が叩きあげられた。 喉を鳴らしながら、せり上がる悪寒とともにむき出した目に、奇怪な隈取りに飾 られた無骨な仏頂面がずい、と顔をよせる。 「どうした」ハリ・ファジル・ハーンはいかにも不興げに問うた。「ぶち壊れちま ったのか」 苦鳴に乗せて血まじりの涎が地面にしたたった。むろん、答えどころか問いかけ られた質問までも、苦痛の霧の彼方に置き去りにされたままだ。 「ちくしょうめが」火焔に彩られた鼻の頭に、盛大に皺がよせられた。「はりあい のねえ」 うめきながら崩れ落ちようとする身体を、喉くびをしめ上げるようにして片手で 持ち上げた。 「死ね」 宣告は、閃光に断ち切られた。 胸わきをかすめ過ぎた凶悪な光条に、ファジル・ハーンはバラムを放り出しざま すばやく対応した。樹陰に身を隠しざま強化知覚へと移行する。 あとはたやすいはずだった。 常人の目には消失したとしか思えぬスピードで移動して、狙撃者をすみやかに行 動不能におちいらせればいい。 鼻歌まじりに消化可能のはずの指針は、半分ほども達成されなかった。 のびる光条がファジル・ハーンの移動速度に追いつききれていないのは、まった く当然の現象だ。が、視覚で追うことさえ不可能なはずの強化人間の移動速度に、 追い切れぬとはいえ確実に銃口を移動させているマリッドの動作は、どう考えても 尋常ではない。 バラムや、ファジル・ハーンの神速に達してはいないことは明白だった。 だからといって、常人があの動きを見せられるとは考えられない。 ぎ、と歯をむき出して走るハーンの眼前でゆっくりと、銃口と、そしてマリッド の視線が着実に追跡してくる。 それが、徐々に追いついてきた。 速度なら、ハーンの方が圧倒的に速い。 だが移動距離の点でマリッドの方が断然有利だった。体側から中心へ、銃を手に した腕を動かすだけなのだ。 獰猛に歯をむき出しにしながらファジル・ハーンは地を蹴ってビームの強襲をか わし、樹間をすばやく移動してから強化知覚を解いた。 「きさま、量産品か?」問うた。「見とどけに来たんだろう? 旧型の、最期を」 それがどうして、とは問わなかった。ハリ・ファジル・ハーンは、疑問を抱いて もそれをそのまま放置できた。放置したまま対処し、その後に疑問が解消されるな ら解消する。できなければそれでも満足できる。そういう性格だった。ただ眼前に 現出する状況に、まさに獣のように対処していくだけなのだ。 だが、 「ちがうわよ」 出しぬけに眼前に現れた美貌と、そしてポイントされた銃口とに、飛びあがるほ ど驚かされていた。 重い音とともに、背にしていた樹木に焼けこげた穴が穿たれた。間一髪だ。が― ―次も間一髪で避けられるとは限らなかった。 「あたし、あんたより早く強化されてたのよ」 どん、どん、どん、と立てつづけに銃撃を炸裂させながら、マリッドは逃げるハ ーンを執拗に狩りたてていた。 「あんたたちほどハードに処置を受けなかったってだけ」 「そういうことか」 奥歯をかみしめつつハーンはつぶやき、ふたたびシフトしようとした。 頭上から降ってきた黒い塊に、頭が頚にめりこむほどの衝撃を叩きこまれて崩お れた。 「とりあえず、おまえは死んどけ」 とてつもないセリフとともにくり出されたバラムの拳が、水月に深々と突き立て られた。宙に浮いた肉体を、マリッドの銃撃が三つ、したたかに打ちすえた。 肉の焦げるにおいをただよわせながら、胸部に三つの穴を穿たれてハリ・ファジ ル・ハーンは地に伏し、のたうちまわった。 「そういうことだったのか」 苦痛に転げまわるハーンが吐いたセリフと同じ言葉が、バラムの口をついて出た。 ぺろりと舌を出しながら、肩をすくめてマリッドは何かを云いかけ―― 「これはいかにも迂闊」 人をくったような調子で背後からかけられた言葉に、電光の勢いでふりむいた。 「老ウェイレン」 バラムの言葉とともに、マリッドが手にしたハンドガンが上がった。 それが照準にラトアト・ラ人をすえるより速く、小柄な影はすばやく樹陰に移動 していた。 「見張りどもめが、油断したか。その上、ハリ・ファジル・ハーンまでも。機を逸 するとはまこと、おそるべき。だが、おまえたちも運がなかったの。このわしとて、 おまえたちを追ってきたわけではないのだが」 奇妙な言葉に眉根をよせつつ、バラムとマリッドは四囲に気を走らせ――つい先 刻、自分たちが後にしてきた同じ道を、べつの逃亡者たちが追随してきたことに気 づいた。 頭上、樹林におおわれた斜面上でたたらを踏む大小四つの影が、ジョルダン・ウ シャルとそのご一行さまであることは考えるまでもあるまい。 相互に不幸だったのは、同じタイミングでまったく同じ方向に逃亡先を選んでし まったことだろう。もっとも逃亡ルートが似たりよったりになるのは状況と立場が 同様であることを考えれば、けっして奇怪でもなんでもない。 頭上にたたずむ肥満体を前にバラムは瞬時、歯をむいて見せた。が、すぐに老ウ ェイレンをふりかえり、 「運が悪いのはどっちかってえと、てめえの方だろうが。内実はどうあれてめえの 敵は総勢六人。一人で追跡に出たのが迂闊さの最たるところだろうぜ」 「ちと、先行しすぎてしまったのは事実だの」
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