長編 #2770の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「安井さん、先ほどの話の続きです。一時から三時まで、君は直角になってい る二階の廊下を全て見渡せる位置にいた。間違いない?」 「ええ。角っこにもたれていました」 頭を軽く振りながら答える安井。酔いを追い出そうとしている様子だ。 「その間、ずっと意識はあったんだね?」 「凄く眠かったですけど、どうしても眠れませんでしたよ」 「もし、誰かが廊下を通れば気付いていたと思う?」 「もちろんです。これでも繊細な方なんですよ、自分は」 胸を張る安井。質問されるのを面白がっているようだ。 「いいね。さ、ここからが肝心なんだ。君が廊下の角で休んでいる間、201 に入った人物はいたかい?」 「いや、いなかった」 「では、201を出た人間は」 「それもない。牧瀬さん達、熟睡しているんだなと思っていましたよ」 「不審な物音とかは聞かなかった? 201に限らなくてもいいから」 「いや……分かりません。一階がうるさかったですし」 ちらりと月谷らを見やる安井。そこへ、さらに本庄が付け足した。 「流さんは物音から犯行時刻を特定しようとしているんですか?」 「まあ、それもあるけれど……何か?」 「いえ、自分、ここの音響を調べてみたんです。もちろん、部屋についてもで す。そうしたら意外に防音がよくて、ドアさえ閉めておけば、部屋の中の音は ほとんど外に漏れないんです。だから、その観点からは絞り込めないんじゃな いかと」 「なるほどね。いいことを聞いた。手間が省ける。じゃ、次だ。湯川君!」 湯川が一歩、前に出た。少しばかり緊張しているのが分かる。 「君、さっき、変な物を見たとか言っていたね。何を見たのか話してほしい」 「信じてもらえるかどうか、分からんのですけど」 と前置きして始められた彼の話は、なるほど信じがたい内容だった。自室に 戻って一人で窓の外を見ていると、妙な影に気が付いた。目を凝らすと、人間 の足だった。二本の足はばたばたという風に空中をゆっくりと走り、やがて見 えなくなってしまったという。 「夢でも見たんじゃないの」 瀬倉の型通りの言葉を無視し、流は湯川に尋ねる。 「何時頃の話?」 「夜中の二時半ぐらいだったと思いますけど、はっきりとは分かりません」 「そのとき、君は部屋−−103に一人でいたのかな」 「はい、同じ部屋の安井さんは二階の廊下にいたって」 安井の方を見る湯川。 「そうだったね。では、問題の足はどちらから来て、どう見えなくなった?」 「えっと、窓の上の方にあるのを見ていて……左から右へ行ってました」 「要するに、部屋で言えば101から103、あるいは201から203の方 向だったと見ていいんじゃないかな」 「そうかもしれません」 「足を見て、君はその正体の確認をしなかったの?」 これは私の質問。思わず、聞いてみたくなったのだ。 「しようとしましたけど、コンタクトを外していたせいでよく見えませんでし た。それに僕はこの身長ですから、腰を相当かがめないと宙を歩く足の上まで は見えないんですよ」 湯川は自分の頭の上に右の手のひらを持っていった。なるほど、納得。 「湯川の目撃証言は、あまりあてにならないと思いますよ」 バンダナの若者が言った。照明係の遠藤だった。流が応じる。 「それは彼の目のことを言っているのかい、遠藤君」 「それもあるけど、湯川も安井さん同様、酒に弱いんですよ。昨日の夜はかな り飲まされてましたからね。酔って幻でも見たんじゃないですか」 「それにしては突飛すぎる幻だと思うね。それよりも遠藤君、君は何か特別に 言いたいことはないかな?」 「んー、別に。こんな事件になって面倒だなとは思ってますよ。早いとこすま せて帰りたいのにね。こんな」 ここで遠藤は辺りを見渡した。月谷らを見て、ちょっと躊躇した様子があっ たが、やがて思い切ったように言った。 「こんなインチキ超能力者のために働く暇はないと思ってるし」 「何だって?」 声を荒げたのは月谷である。部下の胸元に掴み掛からんばかりの勢いだ。 「ええ? もう一度言ってみろ。メルトホスがインチキだって言うのか?」 「そう思いたくなりますよ! やってることは数年前の自称超能力者達とほと んど同じだし、俺に出された指示だって」 「指示だって? 俺は聞いてないぞ」 月谷の目がぎらつく。遠藤は気後れするまいと、虚勢を張って続ける。 「メルトホス本人から明津さんを通して言われたんです。最初の登場のとき、 針金で現象を二つ起こす。その二つ目のとき、私の左の手のひらに強く光を当 ててくれってね。ねえ、明津さん。そうでしたよね?」 「ええ。ここに到着した直後、そういうやり取りがありました」 全員に分かるように言った明津。流はうんうんとうなずき、笑い始めた。 「いや、これはいい。本質に関係あるかどうかはまだ不明だが、メルト氏の超 能力とやらが手品だということの一つの傍証になりますね、その話は」 「何ですって、流さんまで!」 月谷は肩を震わせている。根室がなだめにかかるほどだ。 「落ち着いて。恐らく、安光助教授も気付いているでしょうし、牧瀬さんも気 付いたことでしょう」 「わ、私には分からん。説明してくれ」 「……それじゃあ、針金の手品だけやってみますか。あれ、単純です。形状記 憶合金を使ったんです」 「形状記憶合金って、ある一定の温度に達すると、あらかじめ記憶された形に 戻るっていうあれか」 月谷は、それなら知っているという風に早口で喋った。 「確かに、メルト氏は手で針金をこすっていた。それが温度上昇をもたらして、 針金を変形させたと見えなくもない。だが、そのあとさらに針金は変形してい るんだ。しかも、どこもこすられることなく」 「そこが思い込みですよ、月谷さん。形状記憶合金は、ただ一つだけの温度に 縛られる物ではありません。複数の温度に対して形状を憶えておける物なので す。あの針金で言えば、やや低温で渦巻型、それよりも高い温度で十字架の形 を記憶させておいただけのことですよ」 「……ならば、どうやって温度を高めたと言うんだ?」 食い下がる月谷。メルトホス本人ならば、もっと激しく抗議してこよう。 「遠藤君の言葉ではっきりしました。メルト氏は自分の手のひらに照明を当て させ、ライトの熱を反射しようとしたのです。ライトの熱なら手でこするより も高温が得られる。触れることなくね」 流は月谷の顔を見ていた。 「あの現象が手品だなんて……」 「念のために断っておくと、僕はメルト氏がやった針金の不思議な現象を、手 品の手法をもって同じように演技できると言ったまでです。ただ、遠藤君に、 ライトを手のひらに当てるようにという指示が出されていた事実は、注目に値 するでしょう」 「じゃ、じゃあ、他のも説明できるのか、流さん?」 「一応は。でも、カメラに収録した方がいいじゃないんですか」 愉快そうな流。月谷は頭を振った。 「そりゃあ、撮りたい。だけど、俺は基本的にメルトホスが本物だと思ってい たんだ。それをひっくり返されちゃあ、どうしたらいいのか混乱しちまう」 「基本的にとは、どういうことです?」 「ああ、それは……全部が全部、本物の超能力・霊能力であることはないだろ うって意味。例えばトランプのカードを当てるやつ、あれなんかは手品だと俺 も思っているさ。だけど、メルト氏がやることのいくつかは、本物の超常現象 だと思い込んでいた。いや、今も信じているいるんだ」 「なるほど。では、トランプの手品は省略して、ご希望は?」 「札が燃やされたのに、また再生されたのが分からん。確かに番号は一致して いた。まさかカラーコピーを使ったんでもあるまい。そもそもあの金は新札だ」 首をひねる月谷。目がおろおろしている。本当に混乱しているらしい。 「あれはですね、そうだな、番号を憶えていますか?」 「あ、あたし、憶えている」 と言ったのは邑崎しおり。彼女が札の番号をメモする役だったのだ。 「JR****64Aだったわ、確か」 彼女が言い終わると同時ぐらいに、瀬倉アナウンサーが昨日の収録時、番号 を大きく書くのに使った厚手の紙を持って来た。確かに邑崎の口にした番号が そこには書かれている。 「数字の最後の桁が4であることに注意してください。同じ番号の紙幣を作ろ うとした場合、真っ先に考えるのは番号の改ざんです。どんな改ざんがやりや すいか。1に斜めの棒と横棒を足して4にするのが最適だ。この簡単な手間だ けで、同じ番号の紙幣が二枚、存在することになる」 「しかし、他の桁も揃っていなければならないじゃないか。そんな物をどうや って手に入れるんです?」 根室が言った。 「こちらは少し手間がかかりますけど、やはり簡単。自動現金支払機でお金を 引き出す場合、紙幣番号が揃って出てくることがある。もちろん、新札で。あ る程度運もありますが、今度の場合だとJR****61A〜JR****6 4Aまでの四枚が揃えばいいんです。あと、結婚式場のあるホテルの売店なん かに、新札を用意している店がありますね。こちらの方が確実かもしれません」 「それじゃあ、炎が数字の形に紙を焼いた、あれは?」 邑崎しおりが興味深そうに言った。 「あれは、僕がミステリー小説を読んでいたから分かったと言えるかな。暗号 のトリックに同類のがある。真っ白な紙に線香の火を落としていくと、秘密の 文章が現れるんだ。で、そのトリックだが、硝酸カリウムと塩化ナトリウムを 使う」 「えーっと、塩化ナトリウムは塩だからいいとして、硝酸カリウムは一般に入 手できるもんなんですか?」 瀬倉が天井を見るような目つきになって聞いてくる。 「できるそうですよ。薬局で何の身分証明もなしに買えて、しかも安い。さて、 トリックの続きだ。まず、どちらも水に溶いておく。そして紙全体に先に塩水 を塗る。これで紙は燃えにくくなります。乾かしてから、今度は燃やしたい形 になるよう筆を使い、硝酸カリウム水溶液を墨代わりに描いていく。再び乾か せばできあがりです。一桁の数字なんて十種類ですから、工夫すれば一枚の紙 に全てを収めることができますよ」 「……」 月谷はもはや声も出せないでいる。はるばるアメリカから連れて来た自称・ 超能力者がインチキ臭いと分かったら、それはショックだろう。と、突然、彼 は大声を出した。 「ああ、もう、変更だ! 本気で検証番組にしてやる。そしてあいつの化けの 皮をひん剥いてやるぞ!」 「そのことですが、もう番組は撮れなくなるかもしれませんよ」 「え?」 流の言葉に月谷は言葉を詰まらせた。 「どうしてです?」 「ずっと考えていたんです、牧瀬さんあるいは力沢君を殺す動機を持っている のは誰だろうかと。真っ先に思い浮かんだのが、メルト氏の存在なんです」 「それはつまり……トリックを見破られたから?」 本庄がゆっくりと口を開く。流は軽くうなずいて続けた。 「その前に聞いておこう。牧瀬さんが殺される理由、力沢君が殺される理由、 どちらでもいいから、思い当たる人はいますかね」 全員が考え、顔を見合わせる格好になる。その内に安井が言った。 「牧瀬さんは番組では毒舌家で通ってましたけど、それ以外では気のいい人で したよ。まあ、いたずらみたいなことをして人を引っかけるのが好きでしたか ら、たまに腹が立つときもあります。でも、たわいないことばかりで、とても 殺す殺されるってことには」 この場にいる芸能関係者全員が、うんうんとうなずいていた。 「力沢君はどうでしたか?」 「彼はよく気が付く奴だった。牧瀬さんの付き人にはうってつけでしたよ」 これは根室の言葉。 「彼が恨まれるなんてことは考えられない。宴会の席なんかで馬鹿やっても、 それは芸人みんなに通じるものですしね」 「分かりました。だが、まだ別の可能性がある」 流は意味ありげに瞬きをした。 −−続く
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