長編 #2767の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「部屋の方は気に入ってもらえましたか?」 再び広間に集まった十七人を見渡しながら、月谷はにこにこしていた。 「ちょっと古くさいけど、丈夫そうで安心しましたよ」 牧瀬が皮肉のように言った。 まあ、彼の言葉は当たっている。部屋の色調は飴色が基本となっていた。ス タッフらが下見したときに掃除なんかの手入れをしたそうで、それなりにきれ いではある。畳敷きで、人間二人が寝転がってもかなり余裕があった。窓は二 つ、どちらも自由に開閉できる代物。 「あのナレーションは嘘ですね」 今度は根室。月谷はじろりと目を向けた。 「どこが嘘だって?」 「ステンドグラスは確かに廊下にありますけど、曇ガラスはどこにもないです よ。窓ガラスのどれもが、すきっと見通せます」 「細かいことを言うなって。要は雰囲気だ。謎めいた館の中が、外から簡単に 覗けちまったら、面白くないだろう」 月谷は意に介さずに言い切る。 「すると、窓ガラスにスプレーでも吹きかけて曇らせるんで?」 遠藤がそう尋ねた。照明を受け持っているだけに気がかりなのだろう。 「ううん……。いや、そこまではせん。あとの掃除が大変だからな。霧でごま かそう」 大テレビ局の人間にしてはみみっちいことを言う月谷。それとも昨今の番組 制作事情とはこんな物なのか。 「じゃあ、早速ですが、段取りを軽く流してみたいと思います。あっと、今は 結構ですが、本番のとき、着替えとかメイクはご自身の部屋で頼みます」 広間を使って、リハーサルのようなものが始められた。 大きな楕円形のテーブルが中央に置かれている。その片側に、我々が座る。 我々とはつまり、私と流、安光助教授、牧瀬和義、邑崎しおり、そして司会役 の瀬倉哲治である。 まず、瀬倉が口上を述べる。霊能力は実際にある、のかもしれませんという 風な、曖昧な表現を使った導入だ。人の好い笑みをした丸顔の瀬倉は、テレビ に出ている中年男性の中では、タレントに混じって幅広い人気を得ている。だ が、その表面と内部はかなり違うのかもしれない。 さらに番組の舞台となる光陰館のいわれ・伝説の説明が入った。これについ ては私も事前に聞かされていた。 Y県のX村に明治中頃に建てられた洋館、それが光陰館。主がレイシャドー という名だったため、この異名が着いた。館に人が暮らしていた期間は、ほん のわずかしかない。レイシャドーを含む家族六人が皆殺しにされる惨劇が起こ ったのだ。事件は迷宮入りし、館も放置されたままになっていた。 第二次大戦中の戦火をくぐり抜けた館は、ようやく人の手に渡る。異名にふ さわしく、日陰光子なる女主人の手に渡った光陰館だが、またも惨劇が起きた。 光子の動機なき自殺に始まり、不幸な事故が館に住む者を襲った。結果、光陰 館は再び人住まぬ館となる−−。 そういった光陰館の噂を聞きつけ、今度の番組が企画されたということだが ……。眉唾の感、なきにしもあらずだ。館の持ち主の名前がいかにも造り物っ ぽく、またそのような大量殺人、あるいは不審死の連続が起きながら、何故報 道されないのだ。……まあ、ここらはテレビ界の常識として容認しておこう。 続いて、真後ろにある観音開きの扉が開き、通訳を伴ってメルトホスの登場 となる。通訳の明津は小柄でロングヘア、それなりにスタイルがいい、年齢は 二十代後半か。どこにでもいそうな「ちょっとした美人」だ。 ちなみにメルトの妻スージーホスは傍観者で、番組には出演しない。今度の 来日がいわば観光旅行で、いいご身分である。 「世紀のサイキック霊能者、ミスター・メルト・ホス!」 瀬倉がそう区切って、メルトホスを迎え入れた。 ここで一つ、メルトは何かをやってくれるらしい。当たり前(?)のことな がら、本番でしかやらないそうだ。そして彼の経歴の紹介。 ようやく、ここでゲスト各人の紹介となるらしい。念のために記すと、私は 推理作家、流次郎は(刑事事件解決経験有りの)私立探偵という肩書きを拝す。 あとは、メルトが何か不思議な現象を見せ、我々が感想を述べ合うというく り返しである。部分的に、メルトの出ているVTRを我々が見るだけという時 間もあるそうだが、基本は変わらない。 最後はメルトが大技−−技なのかどうかは知らないが−−を披露し、ムード を盛り上げて終わる予定だと言う。よほど最後の現象には自信があるというこ とだろう。 「それじゃあ、昼食を含めて二時間休憩してから、本番に入りまーす。今から 二時間後、十二時五十分にはまた集まってくださーい!」 月谷はずっと元気だ。テンションを高めていないとやっていられない仕事な のかもしれない。 「さて、本物ですかねえ」 と言ったのは牧瀬。どぎつい赤のウインナーをまずそうにかじっている。 番組の脇役ばかりが集まって、弁当を食べている。一般からすれば、かなり 異様な光景であろう。 通りかかったアナウンサーの瀬倉が顔をしかめる。 「困りますよ、牧瀬さん。収録前からそんな話をされちゃあ」 「え? 何のことです」 関西弁のアクセントで応じる牧瀬。さすがに気を悪くしたように、瀬倉は表 情を軽くゆがめた。 「さっき言ってたでしょうが。本物かどうかって。見もしない内から、メルト 氏の能力を詮議しないでくださいよ」 「あら? 僕は今、この弁当のフライが、本物の蟹かそれとも貝柱を使った、 いわゆる蟹風味って奴かを言ってただけですよ」 「え、そうでしたか」 ぽかんと口を開き、瀬倉は立ち尽くす。 「全く、牧瀬さんも人が悪いんだから」 邑崎しおりが甲高い声を上げた。なのに口の方はほとんど開いていない。食 べているときは口の中を見せないように喋れるらしい。 「瀬倉さん。牧瀬さんたら瀬倉さんがきたから、わざとこんな話をしてたんで すよ。絶対に引っかかるって言って」 「もう言ってもたら、面白うないのに」 故意に方言にしたらしく、牧瀬は抗議するような態度だ。だが、それも冗談 めかしてあるからユーモアが漂う。 「もう。またしてもやられましたか。牧瀬さんにはかなわないな」 アナウンサーはお手上げといったポーズを取った。 「で、そのメルト氏はどこへ?」 安光が瀬倉に尋ねる。 「ご自分の部屋に入ってます。昼飯もそこで食べるらしくて」 「夫婦でかい?」 これは牧瀬。 「そうです。仲睦まじいことで」 「まあ、せいぜい、夫婦水入らずの旅行気分でいることですよ。それも今の内 だ、番組が始まれば、容赦しませんからね」 牧瀬は楽しそうだ。 考えてみれば、今度の超常現象の扱い方はこの手の番組としては異例であろ う。普通、テレビ局側は番組構成上はどうあれ、自称超能力者に協力している ものだ。例え超能力者に対して批判的な目を向けていても、その検証ぶりは大 甘で、何の証明にもなっていない場合ばかりだ。肯定も否定もしない、いい加 減な立場。これこそ局として最善のスタンスなのだろう。将来も超常現象番組 で視聴率を稼ぐためには。 しかし、今回は違う。科学的見地からは万全とは言い難いものの、とにかく 疑いの目で見る。研究家を筆頭として、現実主義者のタレントや推理作家、探 偵までを動員した理由はここにある。私はテレビ局から何も聞かされていない し、流もそうだと言う。安光や牧瀬も同様だろう。今度の番組は本気でメルト ホスの超能力を検証しようという気らしい。 ただ一つ、疑問であり不安なのは、あの台本にあったあのプロローグだ。真 面目に検証するつもりならば、あんな演出は不要だろうに……。とにかく、番 組は対決色が強くなっている。 さて、食事が終わり、ライトの設置やメイクその他の準備も完了、いよいよ 本番だ。先ほどの流しとほとんど同じに進んでいく。 「世紀のサイキック霊能者、ミスター・メルト・ホス!」 アナウンサーの瀬倉が叫ぶと、メルトがスモークに包まれ現れた。当初は通 訳の明津もメルトと一緒に登場するはずだったが、やはり主役は一人で登場す るのがふさわしいとなったらしい。 何の説明もないまま、メルトは始めた。まず、胸ポケットから銀色の針金を 取り出した。それを両手で挟む。手のひらでこする以外、特別な力を加えてい る様子もないのに、針金は形を変え始めた。変形した針金をメルトが指先でつ まみ、皆に示す。渦巻型になっていた。 これで終わらなかった。渦巻型の針金を右手に持ったまま、その後方で左手 を大きく広げたメルト。メルトへのスポットライトが強くなる。左手から何か のパワーが出ているとでも言うのか、渦巻が解け、十字架の形になった。 邑崎しおりが大げさなまでに叫び、きゃあきゃあと喜んでいる。牧瀬は腕を 組んで唇だけで笑っており、安光助教授は真剣な表情で見つめている。アナウ ンサーの瀬倉は大きく拍手し、私の隣の流はつまらなさそうにじっと眺めてい た。私? 私は何も分からないまま、感心するしかない。 瀬倉は立ち上がり、拍手をしながらメルトへ近付く。お決まりのように握手。 アメリカ人がよくやる、大げさな上下の振りが加わる。 横から通訳の明津由佳子が登場、目立たぬようにそっと画面に入る。メイク のせいか、さっき見たときよりもきれいだ。 メルトホスその人の紹介に入った。毎日曜日教会へ通う敬虔なクリスチャン だった少年時代、キリストでも何者でもない「神」の啓示を受けたという二十 四才の誕生日のこと、その日を境に秘められた能力が開花、次々と奇跡を起こ し、一躍有名になった、等々。 それからメルトは席に着き、さらに種々の現象を見せてくれた。お馴染みの トランプのカード当てを筆頭に、用意された一枚の紙をゲスト(牧瀬)の言っ た数字の形に燃え上がらせる術、番号を控えた紙幣を焼失ののち再生、その他 テレバシーやテレポーテーションめいた諸々の現象を起こした。 その間、ゲストの誰も口を挟まないように言われている。疑問は一段落着い てからということらしく、実際に我々が質問や疑問を口にできるのは、二日目 となっている。見せ場たるメルトの「奇跡」が順調に行えるよう、メルトの精 神状態を考慮した結果の処置だと言う。 私が一番気になったのは牧瀬で、彼は、自分の希望した数字を紙を燃やして 浮き上がらせられたときだけは驚いたような顔をするも、あとはほとんど笑み を浮かべていた。 「オーケー、オーケー」 メルトのいくつ目かの現象が終わったところで、月谷が大声で言った。 「いいですよお。これから三十分休憩し、再開します。内容は、メルト氏のV TRの方を見てもらい、まずはこれについてゲストの皆さんが質問をしてくだ さい。大いに盛り上がるようなのを期待してますよ。じゃ」 散らばる出演者達。私は流と一緒に206の部屋に入った。 「どう思う?」 ドアを閉めながら私は流に聞いた。相手はベッドに横になっていた。そして 事も無げに言った。 「大したことないなあってのが感想だな」 「え? じゃあ、あれは全て手品かい?」 「手品で同じことができる類の物ばかりだってことだよ。僕は期待していたん だよ。そんな自信満々の超能力者なら、何か突飛もない現象をやってくれるん だろうとね。しかし、あれでは手品と同レベルだ」 「そうなのかい……。じゃあ聞くけど、最初のはどうやったんだ? 針金の形 が勝手に変わった」 「おっと、種明かしは今後のお楽しみだ。多分、牧瀬氏か安光助教授が説明し てくれるだろうしね。そのとき、充分に驚いてくれたまえ」 おちょくる口調の流は、身体を起こした。流も私も同じだろう、長時間椅子 に座っていたので、腰が痛くてしょうがない。 「探偵お得意のはぐらかしだね。ならば、君はどんな現象が見てみたい?」 「そうだな、例えば物質を物質が通り抜ける現象。簡単なのでいい、そう、ど こも割れていないガラスのコップとスプーンを用意しよう。超能力者はスプー ンを手にし、おもむろにコップの曲面にあてがう。ほんの一瞬の間を経て、ス プーン先が溶けるようにコップへ入り込んでいく。逆にコップの内側にはスプ ーン先が見えてきた。そして徐々にスプーンはガラスのコップへ入り、再び突 き抜ける。その状態で止めてもらうんだ」 「え? どうしてだい」 「だって、物質が物質を通り抜けている様子をじっくりと見たいとは思わない か。一旦止めてもらえば、スプーンが刺さったコップを手に取り、じっくりと 眺められる。で、それから再開、スプーンをコップから抜き取ってもらおう」 「それが本当に見られたら、信じるのか?」 「信じてもいいな。もちろん、ガラスコップをスプーンが突き抜けるという超 能力についてのみだけど」 流は笑った。とてもそんなことはできまいという顔だ。 そうこうしている内に時間が来た。撮影の続きである。 −−続く
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