長編 #2764の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「黒姫譚」俄貪堂欣幻/Q-saku:Mode of luna ・第三話(承前)・ 悪夢から目覚めたのは、もう午(ひる)近くだった。妻も子も外出していた。 私は悪夢の余韻を引きずりながら、書斎に入った。書斎と言っても、両側に書棚 を並べただけの、細長い小部屋だ。椅子に座る。鏡を覗く。鏡を見ていると飽き ない。いつまでも見つめていられる。前世で、女性だったのかもしれない。とり とめのない妄想に耽っていると、鏡に、もうひとつ、男の顔が映った。視線を合 わせると男は、慇懃に頭を下げた。名刺を差し出してくる。「夢幻亭衒学、奇史 研究家」人を食った名前と、聞いたこともない肩書き。思わず私は、声に出して 訓み上げた。 衒学は再び慇懃に頭を下げた。顔を上げ、ニヤリと頬を歪めた、ように見えた。 「伊井さん、貴方にうかがいたいことがございまして」。呆然と見返す私に、衒 学はワザとらしく咳払い、「カギが開いていましたもので」。正気に戻った私は 「何を訊きたいんですか」「話には順序というものがございます。まずは黒姫の 物語に就いて申し上げねばなりません」「黒姫? 龍神のイケニエになったとい う、あの瀬戸内海の伝説……」「よく、ご存じで。しかし、伝説は、歴史を暗喩 しているものなのです。龍すなわち大蛇は、偉大なるファロスを暗示しておりま す。あの伝説は、ファロスに魅入られた少女の物語なのです」。 衒学は静かに語りだした。「黒姫は、瀬戸内の海賊・塩握資久が、南洋から略 奪してきた女王に、生ませた子です。ご存知でしょう、塩握水軍、どの陸上権力 とも結ばず、瀬戸内海はモトより遠く南洋まで荒し回った末、中国地方の大名に 皆殺しにされた、あの海賊です。母は黒姫を産んで亡くなりました。国を滅ぼさ れ、辱められた女王は、ただ胎内の生命ゆえに、生きながらえていたのかもしれ ません。しかし、母から美貌と艶やかな褐色の膚を、父から獰猛さを受け継いだ 黒姫は、元気に成長しました。一人娘でした。資久は、黒姫を男子として育てま した」衒学は私をチラと窺い、言葉を続けた。 「黒姫は十五のとき、初陣に臨みます。記録によると、身の丈五尺六寸、当時 の平均的な男性より一回り大きく、逞しかったのです。純白に輝く鉄製の鎧を濃 緑の着物に重ね、頭には侍烏帽子。天晴れな武者ぶりの、偉丈夫でした。クッキ リと黒い眉の間から上向き加減の鼻筋が通り、小さい厚めの唇は紅くシッカリ引 き結び、少女らしくフックリとした頬に包まれていました。やや尖った顎は、スッ キリとした首筋を通り、広い肩を経て、シナヤかな腕に繋がっていました。美少 女でした。しかし美しいばかりではありません。五人張りの強弓を扱い、八艘の 舟を飛び越えて切り結び、大将首を挙げたと伝えられています」。 衒学は、明らかに興奮していた。幻視するように虚空を見つめながら、唇を舐 め、話を続けた。「黒姫は、幾多の戦いに参加し、勇名を馳せました。二尺六寸 の大刀を軽やかに扱い、まるで舞うように、殺戮を繰り広げる最強の戦士。目に 浮かびます、美しく気高い、褐色の牝豹……。そして彼女は、彼女は男ども特に 美しい少年の首を好んで斬り、寝所に並べて眠ったといいます。しかし十七のと き、黒姫の姿が消えます」「消えた?」「ある朝、居なくなっていたのです。私 は、この謎を解こうと研究を続けてきました。そうして、漸く解明したのです」 衒学は、怪しい光の宿る瞳を私に向け、奇妙な物語を始めた。 ・第四話(一五六〇年八月)・ 資久は聡明な男だった。国土の統一が進行する、この時代に、水軍が生き延び る道は一つ、大勢力となった大名の、軍門に下るしかない。それは、解りきって いた。資久は愚かな男だった。明らかな滅亡の道を進もうとしていた。その日、 家臣になるよう脅しに来た大名の使者を、自らの手で斬り捨て、首を送り返して いた。宣戦布告である。数カ月のうちに、圧倒的な軍勢が攻め寄せるだろう。結 果は目に見えていた。資久自ら行ってきたような残虐な陵辱、蹂躙、殺戮が、こ の塩握島に襲いかかるのだ。そのことには別段、何の感慨も湧かなかった。ただ、 一人娘の黒姫のことだけが、気がかりだった。 黒姫は美しい。それだけで陵辱の理由には、十分すぎるほどだった。しかも頭 目である資久の一人娘だ。塩握水軍最強の戦士として、散々陸上権力の武者たち を翻弄し悩ませてもきた。最大限の辱めを受け、なぶり殺されるだろう。群がる 男たちに、ズタズタに冒涜され、汚されるだろう。資久たちが女人国の女王、黒 姫の母に為したように。資久には、それが耐え難かった。父親としての愛情? そんな生やさしいものではない。激しい屈辱、自らに対する強姦と等しかった。 それは貪婪な所有欲から派生した、すなわち自己の境界を所有物にまで拡張した、 理不尽な感情ではあった。資久は、黒姫を奪われたくなかった。永遠に。 資久は女中部屋に行き、眠っている一人の少女を犯した。少女は泣き叫んだが、 相手が資久と知って、唇を噛んで、受け入れた。周りの女中は息を殺して、眠っ たフリを続ける。顔を覆い嗚咽を洩らす少女に、黒姫の貌が重なる。資久は黒姫 を犯していた。資久は女を抱く度、黒姫を夢想した。凛とした黒姫の顔が歪み、 喘ぎ、叫ぶ。シナヤかな腕が頭上へと伸び、淡く毛の生えた脇から若い牝の臭い が立ち上る。盛り上がった筋肉が激しく起伏し、小振りな乳房が揺れる。引き締 まった腿が資久の腰に絡み付く。固く閉じた瞼に、薄く涙が湧く。押し殺した叫 びが洩れる。仰け反る。ビクンと三度痙攣し、時間が止まる。 資久は部屋に戻る。文箱から小さな瓶を取り出し、懐に落とす。黒姫の部屋に 忍んでいく。あどけさが、まだ残る美しい顔を覗き込む。額に汗を浮かべた資久 は、冷たく思い詰めた表情のまま、黒姫の頬を軽く撫ぜる。「あん」微かに黒姫 の唇が開く。小瓶の液体を流し込む。「う、はううっ」微かな呻きとともに、黒 姫の肢体は強張り仰け反る。ガックリと弛緩する。見つめる資久の頬が月光に冴 え渡っている。資久は黒姫を抱き抱え、周囲を窺いながら、館を出る。丘に立つ 小屋に辿り着く。扉を開けると、鷲鼻の、老いた白人が待っていた。魁偉な容貌 の老人は無言で、黒姫の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。 木製の寝台に、黒姫を載せる。老人は小さい剃刀を握って、横に立つ。剃刀が 躊躇せず、黒姫の胸を滑る。ビチビチと血が噴き出す。素早く剃刀が走り、黒姫 を引き裂いていく。資久の顔が青ざめていく。腹部を割る。内蔵が溢れ出す。資 久は口を覆って蹲る。老人は冷静に剃刀を走らせ続ける。資久に血潮が降り注ぐ。 資久は吐いた。……。明け方近く、壁に凭れ放心した資久に、老人が目配せする。 散乱した臓物や肉片や骨を踏み分けて、ヨロヨロと資久が、寝台に近付く。全裸 の黒姫が、微かな笑みを湛えて、横たわっていた。老人はタドタドしい日本語で 言った。「少女に永遠の美しさが与えられました」。 ・第五話(一九××年十月)・ 私は呆気にとられていた。この衒学という男、どうやら妄想狂のようだ。「馬 鹿馬鹿しい」私は適当にアシラおうとした。衒学は落ち着き払って「それでは、 お尋ねします。貴方は水底の天使を見ましたね」「水底の天使?」その言葉は、 妙に私の心をザワめかせた。「水底の天使と呼ばれる少女神がZ島を守っている という伝承があるのです」「水底の天使……」私の奥底から記憶の渦が溢れだし、 逆巻いた。迫りくる敵兵、砕け散る戦友、燃え上がる炎、煌めく銃火、激痛、淡 青色の世界、浮かび上がる、浮かび上がる褐色の、褐色の美少女の横顔。「思い 出しましたね」「それでは、あれが黒姫……」。 「私は、貴方が黒姫を見た、正確な位置が知りたいのです。共同出資者として、 ご援助下されば、黒姫以外の財宝を、すべて差し上げます」「は、ははは、馬鹿 馬鹿しい。だいたい、剥製にしたと言っても、四百年も海中に沈んでいたのです よ。もう朽ちていますよ」「私はヨーロッパの古文書館で魔術の文献を発見しま した。四百年前の先科学的科学と申しましょうか、当時のパラダイムでは最高の 科学書を発見したのです」「それで?」私は鼻で嗤ってやった。「書かれていま した。人間の剥製の作り方が。特殊な防腐処置もね。単なる化学的な処置ではあ りません。霊的なエネルギーによる方法です」。 「下らない。そんな夢物語に付き合えと言うのですか」「信じて下さらないの ですか」「当たり前です。私には家族が居ます。そんな馬鹿げた話に付き合って、 人生を棒に振りたくない。九死に一生を得て浜に打ち上げられた。捕虜になり、 終戦後、日本に戻って仕事に就き、家庭を持った。どんなに私が苦労したか解っ てるんですか」とうとう私は大きな声を上げた。衒学は肩を竦めて「解りました。 今日の所は退散します。でも、お気が変わったら、名刺の住所を訪ねて来て下さ い」「気は変わりませんよ」私の言葉を背に受け、衒学は扉に歩いていった。が、 振り返り、「電話はありません。あの野蛮な機械は、好きになれなくてね」。 結局、私は衒学の家を訪れた。夜毎、いや昼間でも、あの褐色の美少女がチラ つき、とても正気ではいられなかったのだ。一目、見たかった。いや、確かめた かった。あの少女が、実在するのか。私は家族に無断で家を売り、金を作った。 戦友の遺骨を集めると言って、衒学とZ島に向かった。現地で潜水夫や機材を揃 え、作業に入った。気抜けするほど簡単に、財宝は見つかった。そして、驚くべ きことに黒姫は、まるで生きている如く瑞々しい姿で、引き揚げられた。衒学は 狂喜し、黒姫をホテルの自室に持ち込んだ。私は気づいていた。衒学の心の奥底 に澱んでいた狂気が、今や彼の心の中に広がり、彼を支配していることを。 その晩、隣の部屋から、衒学の喘ぎ声が聞こえた。呻き。果てたらしい。次の 瞬間、殺気を感じた。ビシュッ、液体を壁に噴き付けた音。ゴロリ、何かが床に 落ち、転がった。……。「はぁぁぁぁぁ、うくっ、はあっ」何時の間に入り込ん だのか、隣の部屋から若い女の切なげな喘ぎ。微かな喘ぎは、熱く湿気を帯び、 呻きに変わり、やがて叫びとなる。叫びは高まり、くぐもり、波となって、ネッ トリと私に纏わりついてくる。網膜に、血塗れの淫らな光景がチラつき、私のファ ロスは充血しきって、脈打つ。少女の呼吸が一層激しくなり、押し殺した絶叫と なって迸る。ビリビリとした気配が伝わってくる。その刹那、私は果てた。
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