長編 #2743の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「意外と見すぼらしくて驚いたでしょう」 「はぁ」 神父が説明するまでもなく、聖堂に入ってまず思ったことは内装の貧相なことで あった。 であった。 「明美さんは、そちらの長椅子の方にお座りください」 日曜日になると信徒達が集い腰掛ける教会の長椅子。しかし、こんな山奥の教会 まで車を飛ばして日曜日の礼拝にやってくる信徒がいるはずもなく、埃だけでなく、 蜘蛛達もここをすみかにしているようであった。 うっすらとした灰色の物をはらうと、明美のてのひらは真っ黒になった。 二人が椅子に腰掛けた。 いつのまにか空が朱く染まった。夕焼けの紅色が天井近くの明かり採りの窓から さしこんでくる頃合いとなる。 「さぁ、話と参りましょうか」 法衣の懐から一通の手紙が取り出されたそのとき、差出人が視線を落とした。 「達筆ですね」 その達筆ゆえに、明美の深刻さはより切実に伝わるのであった。 「お美しい」 「勿体ない」 神父は十字架を強く握りしめた。 「死にたいだなんて。あなたはもっとお美しくなられるはず」 「け、けど」 明美は口をつぐんだ。 この時、明美の心情には執着が生まれたのかもしれない。明美と同じ境遇に立っ た他の婦女子なら、ここで思い止まったかもしれない。 しかし、明美は最近覚えた癖をくりかえす。本能だ、女の遺伝子のなせる技とい える。 「何ヵ月ですか? 」 「三ヶ月です……… 」 明美は、命の宿る子宮のなかを見透かした。豆粒程度だが命が此処に宿っている。 「尊い命です。この世に生まれいずることを願うものですが」 神父は聖職者としての意見を述べた。 しかし明美にも事情がある。 「この世には、望まれない子供達が、世界中至るところで不自由な暮らしをして いることに心を傷めます。あなたの事情は承知しております。堕ろして、過去を忘 れる、それでいいのでは」 「いや、嫌です!」 明美はあの時のことを思い出した。 「わたし、あなたの噂を人づてに聞いて此処まで来たんです。あなたの許を訪れ た人は皆、幸せになるって聞いたから。けど、無駄みたい! 超能力も神通力も持っ てないじゃない。だから、教えて! 楽な死に方を教えて!」 両手を顔にあてて泣き出した。 神父も、お手上げというところか。 「マスコミでは、わたしの事を超能力の持ち主とか神通力の持ち主とかいいます が、別に私はそういう非科学的な能力の持ち主でもないし、神の化身でもないんで すよ。私の仕事は神父であって、けっして奇術使いというわけでは」 神父も腕を組んで考え込んだ。そして、ちらりと背後に控えているシスターの方 を見た。 シスターが頷く。 司祭席の裏手にある扉からシスターの姿が消えたのを確認して、神父は方策を考 えているしぐさをした。 手紙の内容とは、中絶すべきか命を自ら断つべきかということであった。 明美は教職の身であり、竹村二郎という婚約者もいる身分であったが、そんな彼 女を不幸が襲ったのだ。夏の兆しが見えた頃、自宅に不法侵入した用務員の五十嵐 という男に弄ばれ五十嵐の子を孕んだのだ。 明美には、五十嵐との間にできた子供を生むつもりは全く無かった。そして明美 は訴えなかった。世間体を恐れたし、竹村の愛を失うことをなによりも恐れたので ある。 手紙にはさらに記されていた。五十嵐を拒めなかったことが。 だから、死のうと思ったのだ。 「神父様、お持ちしました」 この教会唯一のシスターが、赤紫色の濁った液体の入った瓶とグラス二つを盆の 上にのせて運んできた。 「明美さん、落ちついて」 明美はいまだ嗚咽を続けている。 「とりあえず話の続きは、一杯飲んでおちついて」 シスターがそそいだ赤紫色の飲み物をグラスに七分程度、明美に勧めた。しかし、 明美は殻に閉じこもって心を開こうとはしない。 「シスター、御免」 神父は申し訳無さそうな顔をシスターに向けると、手にとったグラスの中身を口 の中に少量含んだ。 神父の両手が彼女の両手を強引に払いのけた。明美の顔は涙で湿っている。 「神父様…… 」 シスターの冷たい声がしたあと、神父は、口から赤紫色を飲ませた。 突然のことに泣くのを忘れてしまった明美。 「おいしい」 明美は、目前の神父の容貌に顔を赤らめた。 「もう一杯、今度はグラスでどうぞ」 神父の勧めでグラスにくちづける明美。 「これ、葡萄酒ね。けど濁った色」 「これね、醗酵してないんですよ」 神父がいうには、十六世紀末までは醸造の技術も未熟で、中世の葡萄酒は濁っ ていたということのようだ。 おなかの子供のことは気にせず、明美はさらに一口飲み干した。 「ようやく、笑ってくれましたね、明美さんのそういう顔、私は大好きです」 「私も…… 神父様……… いえ、」 明美の顔は内気な娘のそれであったが、先程のこわばりはない。 「今日これを飲ませたのにはわけがあるんです」 「へえ」 「駆け落ちの新郎新婦が間もなくここにやってくることになります」 だから明美には笑顔でいてほしかったのだというわけだ。 「ぼちぼち、この教会の扉を開けてやってくるころですが」 「幸せになってもらいたいわ」 神父も首を縦に振った。 「ほら、やってきました」 扉が開いた。 夕日の赤が聖堂中にひろがる。 「いらっしゃいませ、遠いところをようこそ」 司祭席の神父が、ここを訪れた駆け落ちの新郎新婦達にねぎらいの言葉をかけ た。彼の顔は、イエスのように慈悲に溢れている。 しかし、明美はその新郎新婦の姿に驚愕した。特に新婦の姿には。 「な、なんてこと」 明美は言葉を発する力を失った。 「どうして………、神父様! 」 神父は微笑むだけだ。 明美の精神が異常な状態にあることは誰が見ても明らかだ。手は震え、視点は 明らかにはっきりしていない。 明美はたった一言だけで、この異常な状況から自分を救い出そうとした。 新婦の姿、それは犬の首輪を付けられ、尻の部分だけ丁寧にくり抜かれた四つ んばいで歩く、明らかに『奴隷女』のみなりをした清楚な妊婦のものであった。 新婦の名前、それは明美である。 「さあ、僕と君の結婚式だ」 新郎がそういうと、新婦は二本足になって新婦の頬を嘗めまわした。明美の飼 い犬のサリィと同じように飼い主の頬をじらすように嘗める。 「やめて!」 長椅子の明美の声は、教会一帯に高く響いた! 「やめて! 二郎さーーん! 」 新郎はにやりと明美の方を向いた。 新郎・竹村二郎は、にやりと笑って明美の方を貫くようにして見つめたのであ る。
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