長編 #2730の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
第5話「鹿島にて」 グシャ! 部屋中に散乱していた空き缶の一つを踏みつぶした音である。 「何処いったんだよ、まこちゃん」 志村の首が誠の肢体を目で捜す。しかし誠の姿は既にベッドの上に無かった。 志村はうなだれて、ベッドの上に腰掛けた。シーツを握りしめ、ぼんやりとし た昨日の夜の記憶を思い起こす。 空き缶を一つ拾って、振ってみる。しかし当然ながら中身はない。当然だ。誠 と自分で冷蔵庫に入っているビールは全部飲み尽くしてしまったのだ。 セックスの合間に酒を飲み、話をし、またセックスに興じて酒の肴に馬鹿話を する。多分お互い、四度ばかり行きついた。思い出そうにも最後に出し尽くした ときの記憶はぼんやりとして、やっぱり酒に書き消されてしまったのだ。 ただ誠の表情だけは覚えていた。「無邪気な顔してたな」と志村は笑った。 時刻は六時半を回っていた。 部屋に散乱している空き缶やゴミを拾ってごみ箱に放り込む。入らない分は、 ごみ箱のまわりをぐるりと囲むようにして立てておく。 その最中だ、机の上にあるものにようやく気がついた。 手紙があった。 少し角張った筆跡、どうやら誠の癖のようだ。 志村は、その手紙を手にとって、目を通した。 おはよう、志村。 急にいなくなってゴメン。ホテルの方にお金は払ってあるから大丈夫。今晩は 全て私のオゴリだよ。 昨日はたのしかった。 わたしの相手した客のなかで最もタフで、激しいオトコだった。よくもつヨ、 まったく。 今日、帰るんだね、志村は。おとついのことはあやまっておく。ゴメンナサイ。 けど、わたしの流儀だから、少しは目をつぶってね(といっても正義のオトコ、 志村クンだから許してくんないか、ハハハ) さて、渚のことについて、ひとこと言っておきます。 渚にオチンチンはついてるけど、医学上90%女性って産婦人科の医者が言っ てた。だから、あのデカパイも骨盤もあのかわいい顔もツクリモノじゃなくて、 マジモノなんだ。原始的だけど子宮みたいなもんもあるって言ってた。 渚は小さい頃からオカマといわれてイジメられてたけど、本当に胸が大きくなっ て、わたしよりカワイくなったのにはオドロイタ。中坊の頃から本当に女の子に なっちゃったんだ。体育の着替えも一緒だし。 それはともかく、もし渚がアンタのことをスキになったとしても、邪険にせず に大事に付き合ってあげて。渚は、多分アンタに恋してるはず。志村が言ってた ように、渚は優しくておしとやかで賢い子だから。 だから、渚はとにかく、女の子なんだ。わたしともどもこれからもヨロシク。 そうそう、山岡のおっさんも何かかきたいみたいだから、ぱす。 志村君、聞こえていたよ。隣の部屋まで。 同じ部屋に、渚君や矢島君、そしてルイス親分も居たんだが、楽しませてもらっ たよ。テープに録ってあるから、田宮さんにも楽しんで貰えると思う。 本土に帰ったら、全日の府立大会のヘルプお願い。 このことは、全女の南アキラ君には内緒にしておくよ、ふぉっふぉっふぉっ。 ばい バーバリアン・田子作・山岡 「なんなんだ、みんなして」 膨れ面がベッドに寝ころんだ。 しかし収穫もある。 左手に掴んでいる真っ白なもの、それは誠の下着である。 「最後までサービスのいい奴だな」 少しためらいながらも、左のポッケにしまいこんだ。 帰りの東京便のフライト時刻まであと四時間程度。一つあくびをして、それか ら汗を流すことにした。 志村の体にまとわりついている昨日の残り香は、べったりと、想い出と一緒に しみ込んでいた。 ★ 「俺は渚ちゃんとまこちゃんのことが大好きだ。本土で再会したら、今度は、 もっと渚ちゃんのことを知りたい」 「志村さん、嬉しい」 渚と軽い接吻を交わしたあと、志村は搭乗口へとゆっくりと歩んだ。 屋敷オーナーと、ルイス・ネグーロ・カルロスもこの場に見送りに来た。 「シムラ、マタ、アオウ」 「矢島君、今度の柏との試合には是非来ておくれ」 「はい、屋敷社長」 志村と田宮に矢島、そして加茂周・横浜フリューゲルス監督は手を振って緑 の豊かなこの島をあとにした。 加茂は屋敷に明言した。ジェットボーイズの実力に合わせたチームを作り上 げて二人を待つと。 加茂の作るチームはどうなるのだろうか。田宮は分析する。現状の日本サッ カーでは考えられないくらい高速で精度のあるパス回しと、ロングボール一発 がゴールに直結するハイスピードな展開のサッカーがフィールドを賑わせるだ ろうと。 二人が横浜にやってくるのは開幕前の木曜日、デビューは第4節の対名古屋 グランパス戦である。 井上誠の激しいドリブルがガルサの熾烈な防御を突破し、エドゥーから前園 から送り込まれたラストパスを、ゴールキーパーディド・ハーフナーの間隙を 縫ってゴールに鎮める井上渚の姿が志村の脳裏に浮かんだ。 ファーストステージに向かってのフライトは、もう始まっている。 今後の夢を土産に、志村達は帰路へとついたのである。 あんなに沖縄がちいさくなった。 ★ 3月9日、茨城県地方の天気は快晴。 潮風が志村の頬を撫でる仕種をした。 鹿島アントラーズのクラブハウスは二千人以上の見物客で埋め尽くされた。 開幕戦に向けた調整に余念が無い。グラウンドには、ジーコの姿がある。アル シンドの陽気な仕種もみえる。グラウンドのダッシュを繰り返す本田や大野と いった守備陣に向かって歓声があがる。 今年もアントラーズは優勝候補だ。清水や川崎、横浜マリノスとの戦いは今 年もカシマスタジアムを沸かせるだろう。 志村は、丹念にメモをとっていた。 それにしても暑い。 房総では菜の花の栽培が盛んだが、鹿島は地理的に房総に近く、気温も高い。 志村は汗を拭いつつ取材を続けている。 「きゃーっ、石井さーん、こっち向いてぇ」 地元の女の子の悲鳴が聞こえる。学校帰りでこちらの方に来たようだ。最近 では、よみうりランドだけでなく鹿島の田舎町でもこんな光景が見られる。 サントスが志村に向かって軽く会釈した。アントラーズの選手は取材陣への 気配りを忘れない。 「本当に素晴らしいね、ここは」 後ろにいた女の子の声も鹿島の選手達を讃える。 「鹿島の女の子って可愛いね」と少女の声。志村が振り向くと、そこにスト レートヘアのおしとやかな女の子がいた。白いレースの帽子に薄い菜の花色の ワンピースをまとい、今日の陽気にぴったし似合った恰好をしている。少し九 州訛りだが、たぶん卒業旅行でここまではるばる来たんだなと志村は思った。 「けど、サッカーは横浜だなぁ」 女の子は自信満々に言いきった。 「マリノスのファン? 」と尋ねたが、フリューゲルスのファンらしい。 「今度、井上姉妹が入ってきたし、今年こそは優勝よ」 場違いな発言を鹿島のグラウンドで堂々と言ってのける。アントラーズの開 幕戦の相手は横浜フリューゲルスだ。 そして女の子は、きりりとした瞳で鹿島の10番を見据えた。 「鹿島の守備陣って、底は厚いけど、真ん中は本田ひとりきりじゃない。 それに10番はあのご老体だし、中盤はアタシのものよ、志村君」 志村は驚いた。 「シムラって、俺のこと知ってるの? 君」 突如自分の名前が出たもんで驚いている。 女の子は大きくうなずいた。 そして、正体を見せた。 ロングヘアの部分は、実は精巧なカツラであった。 「まこちゃん! 」 志村のメモを持つ手が震えている。 「志村、こんなところで会えるとは」 井上誠の姿が目の前に現れた。 「ジーコってどんな動きするんかなって思って見に来たけど大したこと無い じゃない。偵察に鹿島に来て損したかなって思ったけど、よかった、志村に会 えて」 憎たらしい笑みを志村に向ける。 辛辣な言葉こそ浴びせているが、さすがに誠はプロだった。敵の本陣に乗り 込んで対戦相手の出来具合を観察していたのである。 「バレたら大変だぜ、まこちゃん」 「もう、バレてるわよ」 「えっ? 」 「こんにちわ、井上誠君」 志村がグラウンドの方を振り向くと、なんと宮本監督の姿がある。 「お手柔らかに」 鹿島アントラーズ宮本監督が手を差し延べたその手を誠の右手ががっちりと 握る。 試合は、もうこの地点で始まっていた。 「開幕戦、ハットトリック頂きます」 誠は敵軍の将に宣戦布告した。 誠は、いきなり開幕からボールを蹴る腹づもりである。 そして、 「カモン、ジーコ!」 低い塀を乗り越えて、誠がグラウンドに乱入した。 「志村っ、愛してるぅ」 転がっているボールを奪うと、窮屈なロングスカート姿ながら、小刻みなド リブルを見せつけて、練習を見学に来た観衆達を驚かせた。 「おおっ! 」 この瞬間、鹿島の人々はどよめいた。誠がドリブルしたボールは、軽いひと 蹴りながらも複雑な弾道を描き、あっという間にゴールマウスの中へと消えて 履いているのはハイヒール。しかし魅せたドリブルは、沖縄の夕焼けのなか で見たものと同じだった。 ジーコやアルシンドが睨むゴールマウスの目前で、大声で叫んだ。 「横浜フリューゲルス! 井上誠っ、16歳! 10番つけてますっ、宜し くおねがいしまーす! 」 まずは誠が優位に立ったのである。 つづく
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