長編 #2726の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
第4話「沖縄最後の夜」 1 その数二百はある。この沖縄の片田舎に報道関係者がどっと集まった。皆、 今日の取材解禁に合わせて上陸したのである。 報道関係者と行っても甲から丙まで雑多だが、サッカー専門誌大手三誌はと もかく、大手五社のスポーツ新聞も名物記者を送り込む勢いである。矢島が今 朝、このからくりを志村達に説明したのだが、三日前からビデオテープを送り 付け、そつないプレゼンテーションで事前学習を促進させたという。相当効果 はあったようだ。 中にはアイドル系の雑誌関係者もいる。「井上姉妹」が目標のようであった。 俗にいうカメラ小僧という人種も砂糖キビの中に身を隠しているのが判る。 いや、報道関係者だけではなく、Jリーグのチーム関係者の姿も見かけた。 特に柏レイソルが、何故かビデオカメラまで持ち込む意気込みで四人ものの人 数を送り込んできたのである。 レイソルの事はともかく、意外な人物の姿も見受けられた。 「編集長、どうしてこんなとこに」 目の前に居た男を、志村は編集長と呼んだ。 「あの子に興味があってね。いやいやいいね、あの誠って子。噂どおりの立 派な体だ」 「へえ」 編集長の視線の先は誠にあった。 その誠が何をしているのか。 カメラマンは先程から一時間、誠の方にレンズを向けていた。どよめくよう になったのは始まってから三十分ほどのことである。 「あの子はゴールキーパーやってんのかい」 「いえ、アイツは10番背負ってるんですよ!」 「ふぅん」 吸っていた煙草を芝生のうえで踏みつぶし、また新しい煙草に火をつけた。 編集長の煙草はチェリーである。 「けど、凄いよね。俺、サッカーの事よく判らんが、足だけでゴールを防ぐ というのは難しいんだろ」 「キーパーは、手を使ってもいいんですよ!」 志村はサッカー音痴の編集長がルールを誤解しないように厳しく説明した。 いや、誠が全ての誤解の元になっている。 驚きの声がまた大きくなった。また、誠がくい止めたのである。。 PKの練習なのだが、蹴っているのが、昨日無残な負けざまをさらしたセレ ソンチームの面々である。舌打ちする姿を何度かみているが、これではなかな か手ごわいはずのセレソンの実力も疑われてしまう。 一つだけ、誠が普通のキーパーと違う点、それは手袋にある。 その手袋はほとんど汚れていなかった。 また、誠がゴールを守った。ボールは誠の右足から大きく飛んだ。 「足と頭しか使わないゴールキーパーってのもいいと思いません? 」 志村の隣にいる矢島が、この様子をカメラに収めている。 誠は手を使っていない。そのフィルム全てに共通するのはこの一点である。 足もしくは頭だけでゴールを守っていたのである。 しかし誠の意図が、メキシコのゴールキーパー・カンポスのようなマルチプ レイヤーを目指したものでは無いことを志村は察知していた。 「ボールに対して反応が速いな」見せつけたかったのはそれであった。 それにこれは、シーサーズのパブリシティに大きく役立つ。実にマスコミが 喜びそうな大道芸である。 「最後の奴、長谷川咲恵のローリングソバットみたいだな」 週刊リングの編集長、山岡隆文ことバーバリアン山岡は知っている言葉で誠 に評価を与えた。 「ま、全女でも入ったら一発でメインエベント張れるタマだわな」 「そうですね、編集長」 山岡は、お猪口を口許に運ぶ仕種をした。 「志村君、今日は俺の部屋で一緒にやらんかね」 「いいですね」 志村も山岡と同じ仕種をした。 「ホテル・ヴィラ・オクマの705号室で、夜九時にしようか」 「どっちかが倒れるまでやりましょう」 山岡が豪快に笑った。 しかし南の島で馬鹿笑いしている方は呑気なものだ。宍戸副編集長は悲惨で ある。今日は全日本プロレス両国大会に、リングス神戸ワールド記念ホール大 会と目白押しである。 気が付くと、報道陣がラクビーの密集状態のようにゴシックの方に動いてい く。井上誠は、その密集状態の核となって取材攻勢の渦の中に居たのであった。 練習前の横浜フリューゲルスへの移籍発表の記者会見の中でも自信満々に豪語 していた。 「毎試合、ハットトリックを目指します」 ★ 今日のシーサーズの練習は公開練習という名目である。午前中で形ばかりの 練習は終わらせ、練習が終了した後も、屋敷オーナーと矢島は数社からの取材 の手続きに追われていた。 シーサーズのクラブハウスの四階のカフェテリアでも、シーサーズイレブン に対する取材が続いている。志村の仕事は全体的なレポートだったので、個別 の取材はする予定は無かったのだが、もう一人の「ジェットボーイ」が志村と 田宮の目の前に居た。 「渚ちゃんにあんまりこないね、インタビューとかの話」 「私、話しても何も面白くないと思うし、記者会見の時でも全て誠が喋って くれたし」 井上渚には、何故か取材の話が無かった。この美貌なら少なくともミーハー 系の雑誌関係のライターが付きまとうと思われたのだが。 「昨日は、誠があんな事して、本当に御免なさい」 「何度その件で御免って言ったかな? 君は」 志村の額と頬には先日の傷がある。 「俺こそあん時は、試合に乱入してしまって、本当に申し訳なく思ってるん だ」志村の顔には苦笑いの表情がある。 しかしあの事件の評価は意外なものであった。 「誠って、悪い奴じゃないと思うんだけどな」 昨日の晩の事もあってか、誠に対する嫌悪感は相当量緩和されていて、志村 が今朝早く誠と出会ったときも、何故かお互い普通に挨拶を交わしていた。 誠に対する評価の件だが、志村の肩を持つ発言を自身けっこう耳にしている。 国頭や今帰仁のような主力選手が「スカっとしましたよ、あれ」という具合に 志村の蛮行を愛の鞭だと捉えている発言にその一例が見られる。誠とイレブン の間には深くて広い溝が有るということが判る。 しかし、これは解せない。 「俺はあの子が、本当はいい子のように思えるんだよな」 本島では珍しい、誠に対する見方である。田宮は、この件に於いては口を結 んでいる。 「そう言ってくれる人も居るんですね」 渚の瞳から少しだけ雫が落ちた。 「昨日、ルイスという外国人のおっさんと酒を飲んでいたんだが、そんとき に誠の話を聞いたんだ。誠の態度の理由も、視点を変えれば意外とあっさりと 飲み込めるもんだよ」 「ルイス!ってあの誠の代理人って奴?」 田宮の口調は激しかった。 先日、クラブハウスから練習の風景を見つめていたときのルイスの暴言に近 い発言は田宮の心証を害していた。 「俺は、言っちゃ悪いが、あのおっさんの言う事には腹がたってるんだ。自 分で誠の事を俺の孫娘だって言ってたが、確かに性格が悪い親子だよ、あの二 人は……… 」 しかしここで田宮は墓穴を掘った。 「田宮っ、口が過ぎるっ」 志村が咎めたのも判る。ルイスはともかく、誠は実の姉なのだ。 田宮も事情を把握したのか御免と繰り返す。しかし、渚の表情が曇らない筈 は無い。 「私も、ルイスさんは、あまり…… 」 渚は、そこに逃げ込むしか無かった。 「渚ちゃん…… 」 以降話は続かず、仕事が有ると言って田宮は席をたった。残されたのは渚と 志村の二人だけ。 渚の顔には見えるのは憂いの表情である。姉の評判があれほど悪いのでは、 身内としては気掛かりなものだ。 しかし、この俯き加減の表情は、一度焼きついてしまった、渚の、最も美し い表情だという風に志村の脳裏に描き込まれた、昨日の夕刻の頃の顔であった。 渚に何故惚れるのか、渚は何故少女の恰好を纏っているのか。 誠との関係は、普遍的では無かったが、そういうのも或ることくらい理解は できる。しかし何故、この事情を知っている矢島が、未だに渚に心を寄せるの かそれが志村には判らない。 渚の心は誰に向いているのか。 志村は、全て問い掛けたかったに違いない。しかし、長すぎる沈黙を破る事 は双方無かった。 ようやく口から出た一言は、緊張を破るためだけにあった。 「おばちゃん、アイスコーヒーもう一杯」
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