長編 #2722の修正
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第3話「傷と痛み」 1 「感心出来ないなぁ」 窓の外のシーサーズが激しい試合をしている。 田宮が、時計を再三覗き込むようになった。まだ試合時間は十分にあるのだが。 「一方的だ」 田宮がまた時計に目を向けた。試合開始から大体10分程度が経過している。 沖縄シーサーズクラブハウスの三階にあるロイヤルルームのガラス越しに試合 の様子を眺めている四人の男達は、向こうに見える試合の経過に見入っていた。 しかし試合の経過は、開始5分までは中々良かったものの次第に緊張感を欠く ようになっていた。 うっかり、屋敷が一つあくびをした。 この試合は前半戦45分のみの練習試合である。なのに試合は予想を裏切り、 一方的にシーサーズが展開を握っていた。 この試合に不満があるのだろうか。確かに、奪い合いの場面が次第に無くなり、 防戦一方のセレソンが辛うじて失点の回避に奔走する展開では試合の彩りが褪せ てしまうのも仕方の無いことであった。 もう一つあくびをした。 「行儀が悪くて、済みませんの」 「いや、別に」 田宮も実際は、この試合の様子を気だるく感じていた。 「ま、なんやな」 加茂も同様であった。ただし、当該球団のオーナーの御前でも態度を変えるこ とは無い。プロの監督として、この試合を切り捨てた。 「セレソンの最終ラインのディフェンダーが10分の間で2人も変わった。交 代した選手も混乱して、何をしていいのか判らずに恐慌状態となっとる」 「確かに」 セレソンは最終ライン、所謂守りの最後の壁にあたる選手を二人負傷で失って いた。開始6分と9分のことである。 二人とも足首を押さえていた。かなりの負傷だろう。 セレソンは、現地点での敵軍である。しかし傷ついて退場という事態に敵味方 なんて関係ない。二人目の子は泣きわめいていた。腱を切ったかもしれない。 大丈夫だろうか。 田宮にとっては決して人事なんかじゃ無かった。うつむくと、未だ癒えていな い、自身の右足首がある。右足首アキレス腱切断、全治一年半。田宮の選手生命 が断ち切られた唯一の原因であった。 なんとか試合時間の45分間が無事に経過して欲しい。 田宮も屋敷も、加茂もそう思ったに違いない。 ただ、ブラジル人だけは違った。 彼は、戦争を楽しんでいた。 コヘーー(行け)! コヘーー! ルイス・ネグロ・カルロスはソファから立ち上がり、自称孫娘の活躍するチー ムの猛攻撃に酔いしれていた。 誠と渚が、にわか仕込みの守備陣型を翻弄する。ワン・ツーの連発から大きく 跨ぐフェイントまで様々な妙技を披露しながらボールを前方に進めていく。 誠の右足が、ディフェンダーと交錯しながらのシュートを放った。 しかし辛うじて、これはゴールキーパーの掌に収まった。 惜しい。あと1メートル欲しい。 誠の活躍が嬉しくて、笑顔を満たしたルイスであったが、また負傷者が出た。 誠と交錯したプレーで足首を傷めたのだろう。治療で試合が止まっている。イエ ローカードが出た。度重なる誠絡みの負傷にたまりかね、審判が教育的指導を誠 に与えた形となった。 こんな試合である。だけど、ルイスにとっては面白いのかもしれない。 フィールドでは未だ治療が続いている。指刺して、「へっ、下手糞だな、あの 黒ん坊の演技」と苛立ちをぶつけた。「試合を続けろ、試合を」 手前ぇ、何言ってやがる………… 何かルイスに言ってやりたかったが、仕方ない、価値観の違いなのだと割り切 ることにした。田宮は、頬杖をつきながらメモ帳の書き込みを続けた。スピード やボールコントロール等数項目の事項から選手の特徴を分析している。そこには、 10番以外の選手の寸評が記されてあった。 10番の寸評の部分には只一言、『おんな』とだけ書かれてあった。 ★ ざっと五百人程度だろう。観客でフィールドの四方は埋め尽くされた。野球部 やテニススクールの生徒達の姿が見える。一番最後までグラウンドに残っている のはシーサーズだけであった。後ろの、誠のサポーターの話だと、セレソンとの 試合の日には、各々が練習を早々と切り上げてシーサーズの熱狂的ファンと化す のだそうだ。 次第に薄暗くなるオクマの空にカクテル光線のシャワーが降り注ぐ。シーサー ズのチームカラーとなっている雄大な太陽のオレンジ色の空は次第に藍色の夜空 へと変貌する。 「渚! カモン!」 シーサーズの十人かがりの猛攻である。左サイドの最前線をドリブル突破で驀 進する渚。ゆるやかなパスが中央の誠へと届いた。 見事なパス回しだ。 しかし、これはもう、愛すべきサッカーの姿ではなかった。 誠が大きなドリブルで、立ちはだかるディフェンダーの壁に立ち向かう。 しかし、セレソンの少年達に激しい防御への意思が見られない。 どうしたんだよ! 別に抜き去るのに、高等な脚裁きの手を借りる必要はなかった。敵は、多分朦 朧としていて、無我夢中で体を動かしているだけだ。 セレソンの、誰も五体満足では無かったのである。 得点シーンなんて、もう食傷気味であった。ハットトリックを既に誠は決めて いる。戦術的には余計なパスを右に出し、国頭に決めさせた。 ゴールである。試合開始39分で8−1の大差である。 プロ・バスケットボールの得点シーンのように小刻みに続くゲット・ゴールに タッチライン沿いの観客達は大喜びしている。ゴールネットが10分間の間に四 度も揺れた。結果だけをとってみれば何も言うことはない。 しかし、汚い試合だったのだ。 「矢島、面白いか? 」 反応しない。志村の言わんする事くらい判っているのだが。 「最低の試合だ」 眉は正直だ。不満の意思は、視線となって10番に向けられた。 また、誠のファールだ。 倒されたセレソンの選手であったが、自力で辛うじて立ち上がる。 左足を引きずっていた。セレソンの現在出場している選手全てがそうだった。 それはシーサーズも同様である。足首にテーピングしているのは背番号2番の真 喜屋だ。傷を背負いながら戦っている。 渚が倒れる光景もあった。 21分の事だった。背後から足首を狙われ、緑の地面に膝をついたのだ。熱狂 的な観客達が、この時だけは無言だった。渚は今もプレーを続けているが、天性 のスピードはかなり削がれてしまった。 しかし試合は45分まで続く。容赦無い。 この試合に不満を持つ者も、時間が経過するにつれ増えてきた。 声が聞こえた。「誠の馬鹿がゲームを潰した」と。 志村は、この少年の意見にうなづく。これは事実である。井上誠フリークの女 子生徒連中はこの意見に反発するだろうけど、誠にまつわるファールの数がこの 試合のファールの過半数以上を占めているという記録、それは覆せない。 その誠の激しく乱暴なプレーがセレソン達の怒りを買い、そのとばっちりがシー サーズの、渚を含む各選手にも及んでいるのだ。ファールの数は普段の試合以上 に増加し、皆がかなりの疲労と傷を背負いながら戦う羽目になったのだ。 しかし誠の動きが怪我で鈍ることは無かった。それよりか、回りとのギャップ が生じているせいか、軽快さを増したようにも思える。 「あいつ一人だけで試合をやってやがる」 志村の誠に対する感情は悪化し続けた。ただ一人、試合を汚した張本人は無事 平穏に試合をしている。この試合は誠の支配下にあった。自身がボールを操作す ることによって、敵軍の守備陣型までコントロールしていたのであった。 湿気をかなり含んだ生暖かい風の吹く、決して快適とはいえない大気の状況で ある。選手も苛立っているように思える。 志村も、この天候を含め今までの経過のせいか虫の居所が悪かった。 ぼそりと、呟きがもれる。 「矢島……… 」 「なんですか」矢島も時折、汗を拭う仕種をする。 志村の限界であった。 「今度、誠がファールしたら…… 」 ピィィィィィィッ! 笛が鳴った。 「あっ、先輩」 シーサーズ陣内のペナルティエリアの方に向かう、一人の男の姿が突然現れた。 「先輩ぃ! 」 慌てて矢島が止めに入ろうとする。 しかし、男は誰にも制止されることなく、標的に向かって走っていく。 負傷を受けて倒れているセレソンの選手が一人、ペナルティエリアのラインの 真上で呻いている。43分、ペナルテイエリア内で誠がファールを犯した。その 際に負傷したのだ。 「まこちゃん、危ない! 」 その声を聞いて誠が振り向いたとき、男は誠の真後ろにいた。 「志村さん! 」 渚は志村の心境を瞬時に察知した。 「こらこら! 」 ようやく主審が闖入者を制止しようとした、そのときであった。 志村の溜まっていたものが、一気に吐き出された。 「止めて! 志村さん!」 志村の暴走をくい止めようと渚が志村の両腕を掴みにかかる。しかし、右腕は 決して容赦しなかった。 我慢の限界を超えていた! この野郎! バキッ! 志村の拳が、誠の右の頬に入った。 ふらり…… 鈍い音を残して、誠の体が地面にひれ伏した。 「ちきしょう! 」 自分より低い位置に誠が居る。誠を見下ろした瞳には、軽蔑の意が込められて いた。 震えていた。 女を殴った経験なんて無かった。しかし、我慢できなかったのだ。 「君、止めたまえ」 主審が志村をフィールドの外に追い出そうとした。その時だ。 誠がたちあがって、 「この野郎! 」 紅い叫び声が志村の耳を貫いた。 それから数秒、 志村の眉間から突如、血しぶきが飛んだ。 「な、なに…… 」 戦いは終わっていなかった。誠が両足を地面に踏みしめ、志村の前方を阻んだ。 「よくもやってくれたな! 」 赤銅色の唾を吐き、そして、誠は二発目をたたき込んだ。 みぞおちに彼女の膝が食い込んだ。 彼女の膝はプロフェシオナルの、かつての商売道具であった。志村の体はその 膝の一撃を受けた。 うう、うっ……っ…… 芝生の上に、大人の体が崩れ落ちた。 喝が入ったのだ。志村は、何も言わなくなった。 「志村さん!」 泣き出しそうな渚が志村を抱え上げ、祈りを込めて頬を何度も叩く。しかし意 識は回復しない。 矢島が、クラブハウスから田宮が駆けつける。グラウンド周囲が騒然とした空 気に包まれる。チームドクターも大きな鞄を持って志村の許に駆け寄る。フィー ルドの全選手が本土からの異邦人の安否を心配していた。 しかし誠は、そちらの方を置き去りにした。 「すまねぇな! 」 クラブハウスに向かって誠が歩いていく。 「待て! 」 田宮が叫ぶ。しかし、誠は振り向かない。 皆も何か言いたいのだろう。しかし誰も、これ以上のことは出来なかった。 あの右足の、激しい蹴りを彼らは幾度見ただろうか。誠の激しさが、全ての良 識を押さえ込んでしまった。 誠が、フィールドの外へ出ていく光景を、全員じっと見つめているだけであっ た。 バンダナを投げ捨てた。ひらひらと絹のバンダナは、風に舞って、ゆるりとフィ ールドの真上を暫し…… 。
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