長編 #2677の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
6 その次に四人がふたたび顔をあわせることになったのは、降りつづく夏の雨がぽ っかりととぎれた、八月の熱い午後のことだった。 場所はある大学のラウンジ。目的は「「なぜかふたたび始動のきざしを見せはじ めた、風神丸と円城寺さんのバンドのドラムス勧誘。 智子さんから電話が入ったのはその前々日の夜のこと。 ひさしぶり、元気してた、と電話線を介してひとしきり旧交を(ってほどの時間 が経過したわけでもないけど、さ)あたためあい、たがいの近況を手短に確認し合 った後に、智子さんは「ひさしぶりにあのときの四人で集まる機会があるんだけど」 と切り出した。 あれ以来東京は雨つづきで、あまり公園に出かける機会もなかったし、そうなる とこれも当然のごとく風神丸とも会う機会なんてなくなっちゃったし、電話で二度 ほど話したことは話したけどそろそろなつかしくなるころあいだった上に、あの長 崎の夜のぎくしゃくがまだ何となく残ってるなあ、とあたしは感じてもいたから、 くわしいことは聞き出しもせず、風神丸に会いたいってただそれだけの理由で、ふ たつ返事で承諾していた。 だから、あたしのその返答にうなずく智子さんから、 「連中、いよいよ動きはじめるつもりになったみたい」 と聞かされたときには、何となくときめくものを胸に感じていたりした。 どうもよくわからないけどあの長崎行が、風神丸の胸の内部でくすぶりつづけて いた何かにもう一度、火をつけることができたのかもしれない。 どうあれ、とりあえずギターとベースはそろってるから、あとは腕のいいドラム スを、ということで智子さんもまきこんで三人であちこちあたっていたんだそうだ。 で、やっぱりそういう部分でアンテナ高かったのは円城寺さんだった。 二度ほどいっしょに演ったことのある学生バンドの子たち(っても、この人たち あたしより歳上なんだけど)のセンからひろってきた、栗原さとみって子のドラミ ングが、それだった。 もともとその子らと栗原さとみって子がいっしょにプレイした回数そのものが少 なくって、せいぜい二、三度といった程度らしい。要するにヘルプのドラムスって わけ。だからその子の演奏が、直接ではないとはいえ円城寺さんの耳に入ったこと 自体、まあ偶然といえばいえなくもない。 その栗原さとみちゃんがバンド活動していたのは、ほぼ高校時代だけのことだっ たんだそうだ。どうもそれもあまりのめりこんでいたというわけでもないらしく、 シャレで太鼓叩いてたって程度のものらしい。 だから、大学に入ってからはスポーツかなんかに力を入れるようになったことと もあわせて、音楽からはすっかり遠ざかってた。円城寺さんの知り合いのバンドで 叩いたのも、あくまでヘルプとしてで、もともと遊び程度のつもりしかなかったし、 もう一度本気で音楽やるつもりはとくにないんだという話。 で、そんなこととはまったく無関係に、そのバンドの子らが家庭用ビデオに録画 した自分たちのライブを円城寺さんにむりやり見せたりしていたんだけど、中にい つものメンツとちがうドラムスを見つけて円城寺さんは目をむいた。 ただひたすら、パワーがあったんだそうだ。 テクニックはない。というか、むつかしい技術を要するドラミングは、そのドラ マーはいっさい使用しなかったらしい。たぶん、そんな類のテクなんか知りもしな かったし興味もなかったんだろう。 ただその子が刻むリズムは、単純だけどすこぶる正確だったし、なによりも息苦 しいほどの迫りくるパワーが、その音からひしひしと伝わってきたんだという。ビ デオの画像からでさえそうなんだから、生で聴いたらこりゃきっとものすごいぞ、 とは円城寺さんの言葉。 まあとにかくその人、とくに音楽だのロックだのに情熱つぎこんでるわけでもな いんでさして乗り気でもないんだけど、例のバンドの子らを介してアプローチする 円城寺さんの勢いに押されてか、まあ会ってちょっと太鼓叩くくらいならかまわな い、という話にこぎつけたってとこ。 で、大学なんかもとうぜん夏休みではあるんだけど、なんかサークル活動だかに 参加しているんだそうで、連日学校あたりをうろついてるらしいので、会うんなら そこで会えれば先方の都合はいい、そのかわり軽音のドラムセットを使わせてもら えるよう話をつけておく、と、そういうような取引が成立した、というところなん だそうだ。 と、まあ、そういうようなわけで「「あたしたち四人、休み中にしちゃやけに人 間があちこちうろついてる大学構内のラウンジで、紙コップのジュースなんかをて んでにテーブルの上にならべつつ、栗原さとみちゃんの来訪を雁首そろえて待ちう けていた。 とそこへ、ジャージにTシャツの、見てくれはちょっと野暮ったいけどぽっちゃ りした素朴なかわいさのある女の子が、額の汗をぬぐいながら建物の中にかけこん できた。 意味もなくラウンジのソファにとぐろを巻いた幾組かの連中を(とうぜんあたし たちもその中の一組)二度、三度と見わたしたあげく、その女の子はうん、と大き く一度顔をうなずかせてから、あたしたちに向けて一直線に近づいてきた。 ハ、この子が栗原さとみちゃんか、ちょっとイメージがちがってたな、そんなに すごいドラム叩く子には見えないや、なんてあたし思ったんだけどこれは早とちり。 だってその子が最初に口にしたセリフ、 「あの、さとみせんぱいと待ち合わせの方ですか?」 だったんだから。 それにしても何で一発でわかったんだろう、とあたしちょっといぶかった。なぜ って、いかにもバンドやってますって感じの金髪だの長髪だのを含んだ四人組が二 組ほど近くでたむろってたし、たしかに円城寺さんは長髪だし風神丸だって肩まで 髪のばしてるけど、すくなくとも女の子ふたり(智子さんとあたし、のことよ)の 方はバンド関係者ふうには見えないと思うし、現実にもあたしたち、バンドや音楽 とは直接は関係ない。 というようなあたしの疑問にはまるで関わりなく、円城寺さんがうなずいてみせ ると女の子は、 「あ、あの、サークルの練習の方が少し長びきそうなんで、もう少し待っていて もらうか、それとも部室の方にきてもらうかしてほしい、ということなんですけど」 といってあたしたちの顔を順に見まわした。 おしかけたのはこっちだからべつにかまいませんよ、と丁寧な口調で円城寺さん が告げ、せっかくだから部室とやらで待たせてもらうことに決めてあたしたちは腰 をあげた。 案内されたのは、グラウンドの向こう側のなんだか古びた鉄筋の建物だった。多 少手入れの悪い、といった程度の草むらの中になんだか泥まみれのほつれた野球の ボールが転がっていたり、錆の浮きかけたバーベルセットがあったりと、どうもな んだか汗くさい。あたし部室っても漠然と、もう少しスマートな印象のものを想像 してたからちょっと意外に感じた。たぶん、栗原さとみって名前の印象からだろう。 だから二十分くらいそこでおとなしく待ってて、ちょっとたいくつして手もちぶ さただったからバーベルんとこぶらぶら近づいてはおもりの部分をちょっと手にし てみて「うわあ、なんだかとてつもなく重いねえ」などときわめてあたりまえのこ とを智子さんと感心しあったりして風神丸にあきれられたり、とかしてるところへ いきなり、 「ああ、こんちわ。円城寺さん、たち、ですか。すまないけど、もう少し待って ていただけませんか。ちょっとトレーニング、いつもやってるメニューだけ消化し ちゃいますんで」 とか「「身長百九十センチ、がっちりした筋肉質の、眉が薄くて目の小さい、口 かずのすくなそうな硬骨漢、といった感じの栗原さとみさんに声かけられたときは、 はっきりいってあたしも風神丸も、まったく意表をつかれて声も出ず、ただただ呆 然としているだけだった。 てっきり、女の子だとばかり思ってたのに「「これじゃ詐欺だ。 もっとも、あたしたちが勝手にそう思いこんでいただけなんだけどさ。 バランスのとれた長身を横たえて黙々とバーベルを上げ下げするマッチョマンは、 どう見てもさとみっていうより丈一郎とか竜二とかそういう名前の方が似合いそう だ。すくなくとも、女の子と勘違いしそうな名前だけはやめてくれよ、とかその時 は、本当に正直そう思っていた。 そんなあたしや風神丸の驚きにはまるで気づかずに栗原さとみさんは黙々とスト レッチやら何やらのメニューを消化すると、構内まんなかへんに位置するやや新し めの建物へと汗をぬぐいながらあたしたちを案内した。ラウンジにあたしたちをさ がしにきた女の子もいっしょだった。聞いてみると、ラグビー部のマネージャー兼 さとみさんの彼女なんだそうだ。名前は春代、春ちゃんて呼んでください、とか 「春ちゃん」は真顔でいうの。 「軽音の連中、いま合宿いってるらしくって」 すまなさそうな口調でそう云いながらさとみさんが案内してくれたのは、ジャズ 研の部室だった。 ジャズ研の部室っていってもべつに防音設備が整ってるわけでもないし、近隣の 住民がけっこううるさいとかであまり夜遅くまでは楽器は鳴らせない、ということ だったので、そこで風神丸を含めたセッションが展開されたのは正味、一時間もな かったと思う。 それでも、あたしたちやさとみさんの彼女の春ちゃんはもちろん「「ひやかし半 分のジャズ研のひとたちまでもが、目をむいていた。 チューニングもそこそこに、いきなり始めたのは風神丸だった。 ベースとは思えないハイテンポのリズムがとつぜん、ほとんどスキーの直滑降で 急降下か何か、するみたいにうねり出し、雑談まじりで椅子に背をあずけて腕を組 んだジャズ研の連中の口を封じた。 ぎょっとしたように首をあげたギャラリーを前に、風神丸は一気に恍惚境にたど りついていた。目を閉じ、顎をあげ、かみあわせた歯をむき出しにして。 そしてその指は、残像を残しながらネックの上を自在にはねまわっていた。 ベースの重低音でありながらその音は、まるで氷の刃のように硬質でするどく、 そして熱い響きをまき散らしていた。 たんたんと、試しうちをくりかえしていたさとみさんも、ぎょっとしたように目 をむいて風神丸を見つめた。 そんな、あたしたちやさとみさんの反応を見ながら円城寺さんはにやりと笑い、 これも前ふりなしでいきなり、ぎりぎりと音をきしらせながら縦横に暴れまわる風 神丸の音の内部へと攻撃的に切りこんでいった。 音楽的なことなんてあたしにはさっぱりだけど、そのベースとギターの音はまる で、からみあいながら天を引き裂こうと二匹の蛇が牙をむき複雑に身をくねらせて 上昇していくような、鬼気迫るものを電気の火花みたいに情け容赦なく放電してい るように思えていた。 体格には似合わない小さな、象みたいにやさしい目をいっぱいに見ひらきながら 呆然と、荒れ狂う二人の鬼神を眺めやっていたさとみさんが「「ふいに、たまらな くなったみたいに白い歯をむき出しにしながらだん、とスティックで太鼓をたたい た。 だん、だん、だん、だん、と、複雑にからみあう二人の嵐のようなリズムに、心 臓の鼓動を合わせるような単純な、力づよい律動でさとみさんが殴りこみ「「その まま一時間あまりを三人は、上になり下になり、嵐のよう に、風のように、荒れ狂う冬の海のように、夜のように……ただただ恍惚と、狂っ た三匹の野獣と化してかけ抜けていった。 もっと使っていいよ、スネアもロック向きにセッティングし直す、なんなら朝ま でだっていい、と興奮の体でひきとめるジャズ研の連中を円城寺さんが笑いながら いなしてセッションの終わりを宣言したとき、あたしたちももちろん不満の意を表 明したし、さとみさんもまた何だか意外そうな顔をしていた。 「いいんだよ。今日はこれで充分だ。それに、夜になるとうるさいんだろ近所の 人たちが」 笑いながら円城寺さんがいうのへ、ジャズ研の人たちは「近所の連中なんぞ糞く らえだ」といいつつもあきらかに勢いをそがれていた。学生の身じゃスタジオで練 習なんてそうそうできないんだろうし、この安普請の鉄筋の中の部室は、彼らにと ってまさに得がたい環境なんだろう。 風神丸はと見ると、これもまた円城寺さんの閉会宣言を当然のこととでもいいた げに、持参のベースをソフトケースにしまい込むところだ。このふたりのこのへん の呼吸、どうもよくわからない。そこらへんはさとみさんも同じように感じている らしく、なんだか取 り残されたみたいにいぶかしげな顔をしている。 そんなさとみさんに向けて、親しげに笑いかけながら円城寺さんは 「場所かえないか。話ができるようなとこ」 と問うた。 対してさとみさんは、なんだかだまされてるんじゃないかみたいなとまどい顔で、 居酒屋でいいですか、と訊く。 「喫茶店か何かの方がいいのかな」 と、あたしの顔見ながらいったけど、なんか子どもあつかいされてるみたいでち ょっとおもしろくなかったので、円城寺さんが何かいう前にあたしが、飲みに行き ましょう、ぜひ、などと返答していた。後で考えてみると、もしかしたらさとみち ゃんに乗せられたのかもしれない。べつに酒豪とか酒乱とか、そういう感じではぜ んぜんなかったけどこの栗原さとみさん、冷やの日本酒をとてもおいしそうに飲ん でいたから。 まあともかくそういうわけで、あたしたち六人はバスに乗って駅前まで移動し、 さとみさんがごく親しい仲間とだけ利用する(と、あとで春ちゃんから聞いた)路 地裏の居酒屋へと腰を落ちつけた。 あたしと智子さんはカクテル、円城寺さんと風神丸、それに春ちゃんの前にはビ ールのグラスがならび、さとみさんの手もとには、ます酒。てんでんばらばらだけ ど、まあとにかく、あたしたちは乾杯した。 「話ができるうちにいっとくけど」と形ばかりビールに口をつけてから円城寺さ んが云った。「さとみちゃん、よかったらおれたちと組まないか?」 でっかい体格をちょっとばかり窮屈そうに木組のテーブルにおしこんださとみさ んは、ほんのちょっとだけ考えるように下を向いていたけど、ふいに照れたような 笑いを浮かべてからぐい、とますになみなみとつがれたお酒をのみほした。 そして、 「考えるフリは、似合わないか」 と、となりに腰をおろした春ちゃんに笑いながらそう云った。春ちゃんも、さも おかしそうに声を立てて笑いながら何度もうなずいていた。 こうしてさとみちゃんは、あたしたちの仲間になった。 その夜、あたしたちはずいぶん遅くまで、飲んで騒いでいた。といっても、主に 騒いでいたのは智子さん、春ちゃんとあたしの、女の子三人組で、男どもはなんだ か全体に静かだったけど。
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