長編 #2676の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
それがあいつの、あの時のせいいっぱいの答えかたなんだって。 それきりあたしたち何となく、ちょっとばかり気まずい気分に落ちて黙りこんだ まま、帰るタイミングさえ逸して、真っ暗になった坂の途中で奇妙にちぐはぐな気 分で、肩をならべていた。 5 長崎の藤崎邸を辞して帰路についたときも、あたしと風神丸とはどことなく気ま ずい気分のままだった。 そのへん、円城寺さんたちや森下夫妻もなんとなく感じとってたみたいだけど、 だからってだれにもどうすることもできなかった。 べつに喧嘩をしてたわけじゃ なし、いつまでもそんな状態でいたかったわけでもなかったから、あたしたち自身 も何とかしておたがいの間の、この得体の知れない距離を埋めようと努力したりし てはいたんだけど、そういうふうにもがけばもがくほど白々しく感じられて、どう にも近づけないままだった。 九州を半日かけて横断した後、約束どおりあたしたちは博多のホテルにチェック インし、その足でくだんのライブハウスに訪れた。 円城寺さんが例のバンドに連絡を入れておいてくれたらしくて、その夜はなんだ かそのバンドと円城寺さんとのジョイントライブが最初っからブッキングされてい た。もっとも、くだんのバンドのヴォーカリストだけは都合がつかずに不参加らし くって、奇しくもその日はインストだけのギグってことになってたらしい。 ギグ前の裏方気分でステージやら何やらを用意するのを手伝っているうちに、な んとなくあたしたちみんな、わくわくしてきたりしていた。博多弁まるだしであれ これ指図したり、冗談口をたたいたりしてるバンドのメンバーやお店の人たちとも すぐにうちとけられたし、あいかわらず風神丸との間はぎくしゃくしていたけど、 ひさしぶりって感じで気分が昂揚してくるのを覚えていたんだ。 地下のステージに重苦しい夜がきて、暴れる気分を持て余した連中が三々五々、 集まってきた。 闇に沈んだステージを前にして暴発寸前の期待が、危険きわまりないエネルギー となってハコの内部に充満し、あたしも、智子さんも、そして風神丸もその中のひ とつのユニットになっていた。 罵声が飛び交う薄闇の底、膨張するままにさんざ期待をはりつめさせたあげく、 灯火ひとつ灯さないままステージに、見なれた、それでいて異様なオーラを発散す る円城寺さんのシルエットが静かに現れた。 荒々しい声が投げかけられる中、ギタリストは無造作に弦に指を当て、唐突に音 で、闇を切り裂いた。 試し弾きひとつ発することなく、いきなり硬質の張り裂けるようなフレーズであ たしたちの鼓膜に殴りこみをかけ、呆然から回復する間もなくほかのバンドの連中 がいっせいにステージになだれ込み、無数の太陽みたいにスポットライトが目を焼 いた。 岩塊を投げつけるみたいな強烈なドラムががつがつと地下を震わせ、ぎりぎりと 上下左右に荒れ狂う円城寺さんのギターにかぶせるようにして、もうひとりのギタ ーとベースとが、断ち切るようなリズムを刻みはじめる。 とてつもなく重厚で、重厚すぎておしつけがましいほどのドラムスの音と、それ に負けないくらいの鋭利で危険な円城寺さんのギターの音とが、胸の張り裂けそう な緊張感を空間にまき散らした。 縦横に荒れ狂う鼓動そのまま、あたしたち観客は言葉にならない荒ぶる思いを叫 びにのせて拳を握りしめ、足踏みならしてわめいていた。 そうしながらあたし、いつかの夜と同じように、となりに立つ風神丸を醒めた目 で観察してもいた。 あの秀智さんのライブの夜ほどあからさまに異質ではなかったけれど、重機のよ うなドラムのリズムにあわせて足踏みならす以外、やっぱり風神丸はどこかさめて いた。 たしかに、圧倒的な存在感を発散するドラムスの音に比べて、ギターとベースは 少々役不足の感がないでもない。円城寺さんはドラムスには負けていなかったけど、 けっしてかみあっている、という感じでもなかった。それがいいようのない緊張感 の源になっていたことはたしかだったけど、それはこの夜のこのユニットがスペシ ャル版だからだ。ヴォーカルが入ればまたかなりちがった印象になっただろうけど、 このまんまなら音楽として聴けばかなり異形で、聴きようによっては耳ざわり、と とれないこともない。 そのへんを智子さんは、あたしより敏感に感じていたのだろう。曲間のインター バルの時、熱気をまき散らしながらもあたしにちらりと耳うちしてきた。 「この前と、かなり感じがちがう」 同じことを、周囲でわめく常連客たちの何割かも感じていたらしい。似たような ささやきがいくつか交わされるのを、あたしはたしかに耳にしていた。 簡単なMCを二度はさんで五曲ほどを消化し終えてから、円城寺さんがお店のス タッフに合図を送ってステージの端で合流し、なにごとかを耳うちしていた。 たぶん、客の反応と、そして何より自分で耳にしたサウンドとで、自分たちの演 奏の危うさを感じていたんだと思う。 そして、円城寺さんに心あたりのヘルプとなれば、いまこの場にはひとりしかい ない。 スタッフが新たなベースを手にしてステージにかけあがり、アンプにつな いだ。 かすかなざわめきが絨毯のように広がる中、円城寺さんは無言で風神丸を見つめ ていた。 あたしと智子さんは、声を発することもできないまま、ステージと、そ して風神丸とを息をのんで見やるだけ。 そしてあいつは、怒ったような顔をして腕組みをしながら、円城寺さんをにらみ つけていた。 薄闇のステージの上で円城寺さんは、そんな突き刺すような風神丸の視線を静か に受けとめていたけど、ふいに背後のバンドのメンバーに「てきとうに合わせてく れよ」と指示を出し、スタッフに向けて合図を送った。 スポットがふりそそぎ、甘く暗いメロディラインが、弦の上からすべるようにし て流れ出した。 ドラムスが、先までの荒々しさを抑えてやわらかく追随し、ベースが、ついでギ ターが、ためらいがちに参入した。 すすり泣くようなメロディが、地下の小さな空間を哀しく満たし、弦といっしょ にあたしたちの気分をもふるわせ、わきあがるもので満たしていった。 抑えたドラミングとベース、完全に背景に徹したギターとが、先までのちぐはぐ さを克服して静かに調和し、聴衆にため息まじりの感慨を運びこんだ。 違和感を感じていた敏感な連中も、ほっとしたように甘いメロディに耳を傾けて いた。 でも、あたしと智子さんは、ちょっとそんな気分でもなかった。 浮き足立ちかけた聴衆を引き戻したという意味では、円城寺さんのアクションは 成功していた。 でも、風神丸は、かたくなな顔をしたまま、苦しげにさえ見える表情でにらみつ けるようにしてステージに視線を投げかけ、組んだ手をほどこうともしていなかっ た。 ステージの片端に置かれたベースが、やけに寒々としているような気がした。 消え入るようなヴィヴラートで曲が終わり、弾けるような拍手と歓声が波のよう にわきあがった。 ちらりと手をあげて円城寺さんはそれに答え、その日はじめて、マイクを手にと ると、「ちょっとだけ、煙草喫わせてよ」と云って笑いをとった。 舞台から灯りが落とされ、ギターをおろした円城寺さんが客席に降りてきた。 まっすぐにこっちに向かってくるから、てっきり風神丸に文句か哀願かを告げに きたんだな、と思ってた。 風神丸は硬い表情であらぬかたを見やっているばかりだし、いったいどうなるん だろうと固唾をのんでいたけど、しょせんは野次馬気分だった。 だから、そんな風神丸を見て円城寺さんが、しようがねえな、とでもいうように 肩をすくめてみせてから、 「カジカちゃん」 と声をかけてきたとき、あたし思わずきょとんとした顔をして自分の鼻先を自分 で指さしていた。 円城寺さんは笑いながらうなずき、 「助けてよカジカちゃん」 そういった。 そんなこといわれたって、あたしどうしていいかわからない。 「だ、だってあたし、ベースなんか弾けませんよ」 と間抜けなセリフを口にすると、円城寺さんはわかってるよと笑いながら云い、 「でも歌なら歌えるだろ?」 とんでもないことを口にした。 そりゃ、歌ぐらい歌えないこともない。べつに音痴ってわけでもないし、小学校 時代から数えて、音楽の成績もけっして悪かったわけじゃない。だからってその程 度のことが、ライブハウスのステージに立って熱気むんむんの客を前にヴォーカル をとる、ということと同列に語れるわけでは、けっしてない。 だからあたしは必死になってそう云いつのったんだけど、なんだか円城寺さんは 余裕しゃくしゃくで笑いながら首を左右にふり、 「べつにかまわないさ。愛嬌愛嬌。いいから、ちょっとステージにあがってくれ よ。助けると思ってさ」 なんて云ってきいてくれない。 途方にくれて智子さんに助けを求めるように目を向けるんだけど、その智子さん にしてからが、彼氏の意図をはかりきれないまま、それでも余計な好奇心だけは刺 激されたって感じで、期待まじりの視線をあたしに向ける。 風神丸も、なんだかよくわからないといった体でまじまじと円城寺さんを見やる ばかり。 そのうちまわりの常連客たちがおもしろがって、やんなよ、歌いなよ、とたきつ けはじめる。 「もう。どうなっても知りませんよ」 あたしついに根負けてしてやけくそでそう叫び、ありがとう恩に着るよと軽く云 いながらステージに戻る円城寺さんにくっつくようにして、はやくも真っ赤になり はじめた顔を伏せながら小走りにステージにかけあがった。 口笛や歓声が無遠慮に投げつけられる中、 「なにを演る?」 そう、円城寺さんが耳うちしてきたので、しかたがないからあたし、 「『星のたまご』」 秀智さんの曲のタイトル、口にしてた。だってしようがないじゃない。そらで歌 詞覚えてるの、川薙秀智の歌しかないんだもん。 て感じで、うらみます的下から睨めあげる式視線で円城寺さんを見つめたら、円 城寺さんはニヤリと笑って、 「だと思った」 と深くうなずいてみせた。すくなくとも、円城寺さんにはあたしが川薙秀智ファ ンだってこと、伝わってたみたい。 そうして円城寺さんがバンドのメンバーになにごとか耳うちすると、ドラムスが スティックで四つ合図をうち、あたしにはおなじみの前奏が、シャープに夜を切り 裂きはじめたの。 そのころにはもうあたし、完璧にパニック。秀智さんになったつもりでシャウト したけど、いきなり声がうわずってた。だからもう、完全にやけくそで、マイクな んかほとんど握りしめてるだけで口もとにさえよせられず、ただただ肉声を小屋も 張り裂けよとわめき散らしていただけ。そういう意味じゃ、川薙秀智の曲はぴった りの選択だったことはたしかだろう。 でも、あたしにとってそれが拷問に等しい苦痛であったことはまちがいはない。 熱狂的川薙秀智ファンを自認するこのあたしが、十曲歌ったうちの七曲十六箇所 も歌詞をまちがえ、二曲を出そびれ、オーバーアクションで計三回、ステージの上 ですっころんだ。中性的でクールが売り物のこのあたしが、天からつま先まで舞い 上がりっぱなしでもうみっともないったらありゃしない。 そんなあたしの狂態がよほどおもしろかったのだろう。ぎゅうぎゅうに近い客席 もなんだか異様な盛り上がりかたでウケまくってたし、そういう意味じゃ円城寺さ んのもくろみはみごとにあたったってところだけど、あれじゃまちがいなくコミッ クバンドだ。だいいちあたし、音楽の時間以外で人前で歌うのって、カラオケでさ えやったことないんだからまったくもって無謀なジョークだ。無事に終えることが できたのは奇跡以外のなにものでもない。 そういうわけで、このむちゃくちゃな狂乱の舞台がハネた後、あたしはステージ のへりにへたりと腰をおろしたまま放心してた。 ライブの最中は、円城寺さんにどんな文句を垂れ流してやろうかとか毒々しく考 えどおしだったけど、いざ終わってみればそんな気力のかけらひとつ残っちゃいな い。 だから、張本人の円城寺さんが紙コップになみなみ注いだ水割りもってあたしの 前にさし出し、 「ごくろうさま。悪かったね、へんなこと頼んじゃって」 と云ったとき、あたしはただただ呆然と超絶ギタリストを見かえしたあげく、ひ ったくるようにして紙コップを奪い、ごくごくと喉を鳴らしながら一気に水割りを 飲み干した。 「お、おいおい、だいじょうぶかい」 あきれたように円城寺さんがいうのへ、ぜんぜん大丈夫じゃないです、なんです か人をさらしものにしといてもう、あたしもう二度と円城寺さんとはライブハウス きませんからね、冗談じゃないわホントにもう、と堰が切れたみたいに泣き言を一 気にまくしたてはじめた。その勢い、たぶんライブ中のわめき声に匹敵してたと思 う。その証拠に、どんな時でも冷静なあの円城寺さんがたじたじしてたし、智子さ んだって笑いながらも目を丸くしてた。 まあ、こんなとんでもない夜だもの。たまにはタガはずしたっていいはずだ。 なんて自覚もないまま、そのうち攻撃の矛先を風神丸に向けた。なにしろもとは といえば、このどうにもバカげた茶番劇のそもそもの原因が、円城寺さんの救援要 請をかたくなに拒んでステージにあがらなかった風神丸のせいなのだ。 というような主張を、これまたステージの上であたしが歌い出してからこっち、 あいた口がふさがらない体の風神丸相手にまくし立てたんだけど暖簾に腕おし。 あいつ、言葉も出ないって感じであんぐりと口と目を開いたまま、ただただ呆然 とまくしたてるあたしを見やるだけ。 きっとあきれ果ててるんだわ。最悪。
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