長編 #2674の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
沈んだ気配を見せているような気がしはじめた。 それとなくさぐりを入れ、あるいは正面きって「おれといっしょにやるのは、イ ヤになったか」と訊いてみたこともあったそうだが 「そんなことはないけど」 とお茶を濁すような歯切れの悪い返答が返るだけ。 そしてある日、秀智さんが風神丸をわきに無心にベースを弾きまくっていたとき、 あいつがぽつりと、口にしたんだって。 「かなわないよな、おれ。秀智さんには」 って。 そのころ、秀智さん自身は自分のベースの独特の才能になど気づいてさえいなか ったから、 「馬鹿。ベース弾いてる時におまえがそんなセリフ吐かすんじゃねえよ」 と笑いながら云ったんだそうだ。 それに対して風神丸が寂しげに笑いながら、 「そのベースが、さ」 とつぶやくように云った時も、秀智さんは出来の悪い冗談くらいにしか受けとっ ていなかったってわけ。 それから失速が訪れるまでに、たいして時間はかからなかった。 「もう、バンドでベース弾く気力、なくなっちゃった」 ギグのはねた夜ふけ、あいつはなんだか寂しげに笑いながらつぶやくようにそう 云って、それ以来、練習にもライブにもまったく顔を出さないようになった。 呼び出せば遊びにはでてくるし、秀智さんたちとまったく話ひとつしなくなった ってわけでもない。ただ、少なくとも秀智さんの前でだけは、けっしてベースを弾 こうとはしなくなっただけ。 音を絆に集まった連中が、音をきっかけに気まずくなって、それ以上うまくやっ ていけるはずもなかったのかもしれない。自然、風神丸と秀智さんたちとの間も徐 々に疎遠になっていき、そして、ふってわいたようにして秀智さんたちにプロデビ ューの話が舞いこんできた。 「よかったね、秀智さん」 電話口で、すこし寂しそうに、それでもわがことのように喜びながら祝福の言葉 を告げたとき、高校生になった風神丸もまた新しいバンドをつくって、自分だけの 活動を始めようとしていたことはしていたんだそうだ。 でも、知り合いから聞いた話じゃ、ずいぶん空まわりしていたらしい。 秀智さんといっしょにやってたころから、風神丸の存在も向こうの方じゃけっこ う知られていたらしくって、高校にあがりたてのガキのやることとは思えないくら い、メンバー集めには苦労しなかったんだそうだ。 でも、集まったメンバーに風神丸が満足することは、ついぞなかったって。 とくに、ヴォーカルに対する審美眼は鬼気迫るモノがあったらしくって(あたし、 わかるよね風神丸のこのへんの気持ち。秀智さんの迫力とタメはれるヴォーカリス トなんて、プロでだってそうそういたもんじゃないし)、結局まともに活動したこ となんて一度もないまま、あいつは徒労感ばかりをつのらせて傷心の体で北海道を 出ることになったんだって。 「バカだよ、あいつ。なあ、円城寺」秀智さん、ぐいぐい酒をあおりながら、う んうんうなずく円城寺さんに、何度も、何度も、そう云っていた。「なあ、カジカ ちゃん。あいつ、ホントにバカだよなあ。おれなんかの幻影追っかけてないで、自 分で歌えばいいのによ。カジカちゃん、あいつの歌ってんの、聴いたことある? すごいきれいな、天使みたいな声してんだぜ」 そんなふうに、べろべろに酔っぱらった秀智さんがしみじみといったとき、あた し素直にそうなんだろうなって思ってた。 カジカちゃん、あんたの愛の力であいつをなんとか立ちなおらせてやってくれよ、 彼女なんだろ? 深夜の街をふらへろほろとよろめき歩きつつ、あたしと円城寺さんを両脇に肩あ ずけながら、天下の川薙秀智がそうわめいてた。 べつに彼女なんかじゃないです。 ムキになったわけでもないけど、あたしもなんとなく秀智さんの勢いにつられて か、わめくようにして何度もそう答えていた。単に、そういう事実はないって意味 だったんだけど、秀智さんも円城寺さんもなんだかお定まりみたいにテレちゃって んじゃねえよこの、とか誤解してた。 そんな誤解が夜風にのって頬にあたり、あたしはなんだかとっても気持ちがよく って、そうやって秀智さんと、円城寺さんと肩抱きあいながら長いあいだ、意味も なくあちこち街をさまよい歩いてたんだ。 とても楽しくて、そして哀しい夜だった。 半分がた眠りこける秀智さんと、シラフの時とまったく変化のない円城寺さんと に送られて家につき、なんとなく満ちたりた思いで、まったく夜遊びばっかりして、 と、これもお定まりの文句をぶーたれるおかあさんにてきとうに生返事をかえしな がら、鼻歌まじりでお風呂の湯舟に沈んだ時点で、うかつにもまたもや「秀智さん の大ファンなんです」というセリフを告げそこなったことにやっとこ気づいていた。 でもけっこう、その時点ではそれももうあたしにとって、たいして重要事でもな くなっていたのかもしれない。 どっちかっていうと、もうひとつ聞きそびれていたことの方がより気にかかって いたようだし。 風神丸、って名の由来が、さ。 4 風が肌から汗を奪う季節が訪れた。あいかわらずあたしと風神丸とは、近づくで も遠ざかるでもなく、おたがいに奇妙な距離を維持しつづけたまま、いくつかの時 間と場所とを共有しあっていた。そのころには、あたしと風神丸とが特別な関係に あるという噂はクラス中に黙認された形となって蔓延していたけど、大した問題と も思えなかったせいかあたしはあえて誤謬を正す気にもならなかったし風神丸もま た、切れ長の氷のような無表情で、なんだか別世界の出来事か何かのように、そん な噂を聞き流していたようだ。 そんな奇妙な関係が七月のある日、微妙なゆらぎを見せた。 といっても、とりたてて大した事件が起こったわけでもない。ただ、風神丸の奴 が彼のおかあさんの伝言をあたしの許へもたらしただけ。 開け放たれた教室の、窓から吹きこむ風がやけに心地よかった午後のことだった。 放課後、ちょっとした用事をいいつけられて、職員室に顔を出してから帰ってき た教室に、今度の週末の冒険について密談を交わす悪童どもの一団と、その対角線 上で、浸食する陽だまりからじりじりと避難をくりかえしながら濃密な無言の時間 をわかちあうカップルとにはさまれて、あいつは椅子に深く背中をあずけて、なに か深遠な真理にでも思いを馳せてるみたいなしかつめらしい顔つきをして(顔つき だけなのはいうまでもあるまい)ポケットに親指をひっかけながら、目を閉じてあ たしが戻るのを待っていてくれた。 けっこう頻繁に帰途をともにしてはいたけれど、どちらかに用事があるようなと きに待っている、みたいなことはお互いしたことがなかったから、そうして何か苦 行にでも耐えるみたいにして風神丸があたしのことを待っているのを見つけて、す こしだけ胸がときめいてしまったような記憶がないこともない。 それはたぶん顔を伏せた風神丸のなにげない姿勢や雰囲気そのものが、なにか不 思議なオーラみたいなものを放っていたこととも関係があったと思う。 とにかく、開け放しの扉をくぐって音を立てないままあたしが教室に踏みいった とたん、あいつはちらりと片目を開いてたしかにあたしのことを見たし、帰り支度 を整えて、ちょっとためらうような気持ちがわだかまるのを、ねじ伏せるようにし て目を伏せたあいつのところへ行き、 「帰ろうか」 と、なんでもないことのように声をかけたときも風神丸は、やっぱりなんでもな いことのように、さも当然みたいに 「ん」 と短く喉の奥でうなって立ち上がっただけだった。 それでも、ひとつひとつの行動はいつもと変わらないパターンだったけど、すく なくともあたしの心境はちょっとばかり騒いでいたし、あいつだってそうだったん じゃないかなって気がする。 学園通りを抜けてメインストリートから高架橋をくぐり、駅裏から公園へ降りる 道程もいくつかのバリエーションのひとつに過ぎなかったことはたしかだけど、な んだかいつもよりさらに口数のすくない濃密な時間があたしたちの周囲にまとわり ついて離れず、なんだかまるで誰かよく知らない人と「「そう、デートでもしてる ような気分になっていた。 だからあいつが「ボートに乗ろうか」なんてぽつりと口にしたときはなんだかか なりどきどきしちゃった。 あげくのはて、凪ぐ池の真ん中を水鳥や午後のアベックたちに囲まれて、池畔の 樹影に水面からの照り返しがきらきらとゆらめいているのをふたりしてぼんやりと 眺めていたりしたんだから、傍目からだけでなく、どうもまったくその気のないあ たしまでがすっかり舞い上がった気分になりかかっていたのだから世話がない。 「あのさ」 風神丸がぽつりと、そう口にしたとき、柄にもなく瞳まで潤ませていたのだから、 江藤河鹿さんともあろうものがまったく他愛ないものだ。 「夏休み、いっしょに旅行に行かないか?」 と切り出されたときは、ついに来たかこいつめ、今までそんなそぶりひとつ見せ たことがないくせにこんな風に不意打ちだなんて、もしかしたらけっこうやるのか も、なんてわけのわからない感慨まで抱いていた。 でも、当然あたしの早とちり。 「あ、誤解しないでよ。べつにおかしな意味でいったんじゃないんだ。おふくろ が、その、カジカちゃんも誘いなよっていうからさ。あと、円城寺さんとかもいっ しょだし。どう?」 と来た。 なんだ、と拍子抜けしながらも一方では、かなりホッとしてもいる自分に気づい て心中ひそかに苦笑とため息をひとつ、 「いつ、どこへ行くっての?」 と肝心なことを問いただすあたり、けっこうあたしも冷静だったかもしれない。 「あ、長崎。おふくろの実家あるんだ」 へえ、とあたしは目を丸くする。風神丸のおとうさんが北海道のひとだってこと は知ってたから、そうすると北の端と南の端の男と女が結ばれたんだなって、べつ に考えてみればどうって事ないことではあるけれど、なんとなく感心したりしてい た。 夏休み、大して大きな用事もイベントの予定もなかったし、こりゃちょうどいい かもしれないと思って二つ返事で承諾した。おかあさんには二三度あって面識ある けど、風神丸のおとうさん、てのにも興味あったし。 そしてあたしたちの夏が来た。 一行のメンバーは、風神丸とそのご両親、あたし、円城寺さん、それに円城寺さ んの彼女の智子さん、の六人。どのひとりをとっても(あたし以外は)まるで尋常 じゃない一行が、森下家のブルーバードと智子さんの愛車のマーチとに入れかわり 立ちかわりしながら分乗して、メンツの半分以上が社会人だってのにほとんど子ど もみたいな浮かれドライブ気分でぎゃあつく騒ぎながら途中、広島での一泊をはさ んで九州に上陸。 でもその後もすんなり長崎には向かわず、おかあさんの知り合いが密集している という博多で二日ほども足踏みしたあげく、目的地に到着したのは出発してから四 日目の陽暮れ時だった。夏休みで基本的にはヒマなあたしや風神丸はいいけど、円 城寺さんや智子さん、それに風神丸のおとうさんなんか仕事だいじょうぶなのかな、 とよけいな心配をしたりもしたけどホントによけいな心配だったようだ。円城寺さ んの仕事はバイトの警備員で基本的に日当さえあきらめればいつでも休みとれるっ てことだし、智子さんはフリーのライターだから必殺の携帯ワープロひとつでどこ ででも仕事はできる、おまけに風神丸のおとうさんときたら会社の社長さんで、今 年は不景気で仕事も少ないから休みが自由に取れてじつに楽ちんだとかいいながら、 からから笑ってたりするの。 いいけど、会社大丈夫なんですか、と思わずあたしが問うと、なに、おれがいよ うがいまいが回る時ゃかってに回るしつぶれる時ゃなにやったってムダムダ、と何 だかまったく屈託がない。 ちなみに、今回の興味の対象の風神丸のおとうさん、繊細で華奢なイメージの息 子とは正反対に、髭ヅラの陽によく焼けた野人タイプの豪傑って感じで、どっちか っていうと川薙秀智さんの係累ってイメージ。風神丸の、すくなくとも儚さ、って そんなこんなであたしたちが長崎についた夜は、星のきれいな熱帯夜でした。 連日の車での移動と、各宿泊ポイントでの夜ごとの宴会とで、あたしと智子さん やや疲れぎみ、風神丸は風神丸で両親の異常なノリのよさには飽きあきって感じで、 受け入れ先の藤崎家(風神丸のおかあさん、旧姓藤崎ってのね)で、森下夫婦に輪 をかけてパワーのある祖父母と弟夫婦を加えてのさらなる宴会は遠慮することにし て、お風呂で旅の汗を流した後は早々に床に入らせてもらうことにした。 で、塗れた髪のまま、藤崎家で用意してくれた浴衣を着てとなりの部屋に宿泊予 定の風神丸のところへひょこひょこ顔を出し、 「夜這いにくるんじゃないよ」 とか、からかいまじりに告げにいったりしてた。 「だれがそんなこと」 風神丸はそんなことを云いながら、なんだかムキになって顔をあげたんだけど、 ニヤニヤしながらたたずむあたしを一目見て、一瞬、なんだか呆然としたような顔 をしていた。 「なに?」 自分でも似合わないかな、とか思わないでもないんだけど、条件反射のようにあ たしは、にっこりと笑いながら小首をかしげてみせ、そう訊いた。 すると風神丸は、なんだかぽかんと、穴のあいたような目つきをしたまま、 「江藤さんて、なんだか髪の毛ずいぶんきれいなんだねえ……」 なんて、魂をぬかれたような口調で云うの。 そして、自分で自分のセリフにハッとさせられて顔赤らめてたりするんだからま ったく世話がない。 で、あたしもけっこう、そんなセリフ呆然と口にされてテレまくってたりしたん だけど、そんなこと顔には出さずしれっとして艶然と微笑みながら、 「そう? ありがと」 とか気取って云ったりしてたんだ。 ちなみにそのころ円城寺さん、どうしてたかというと、目立たない感じの凡俗な 容貌に似あわずかなりの酒豪の彼は、なおかつありあまる気力と体力を常時たれ流
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