長編 #2664の修正
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8 例えば内燃機関のように、また原子力技術のように、もしくは魔法のように、一つ の技術ないしノウハウが、人類に進むべき道の方向づけを与えることは、しばしば見 られる事実である。この年、NWC72年に実用化された、ある技術はそれほど偉大 な発明ではなく、驚異的な要素すらほとんど含んでいなかった。だが、地球人類の将 来を憂う少数の人々にとって、その技術は一日千秋の思いで待ち続けてきたものであ った。そして、明らかに地球のみならず、アンストゥル・セヴァルティことレビュー 9の将来に大きな変化をもたらす伏線となりうるものでもあった。 シティ・カワサキの特別保安レベルの、第44魔学ラボ。民間人どころか、政府高 官ですら立ち入りを制限されているラボラトリである。このラボの運営予算は、一度 も審議されたことがなく、ほとんどの会計監査員は、その存在すら知らされていない。 にもかかわらず、第44ラボに投入されている資金は、地球上に存在する全ての大学 の研究予算を合計したものに匹敵していた。このラボは、<ユガ>が直接運営してい る、公式データ上は存在していない施設であった。 「全ての測定結果を3重チェックしました。結果は予測通りです。発振装置によっ て形成される場は、全ての魔法を完全にシールドします」 ラボの所長に報告しているのは、ひょろりと痩せた若い研究員だった。初老の所長 は満足そうに頷いた。所長の肩書きを得ているものの、彼はただの監督にすぎなかっ た。技術の過程にも、その可能性にも興味はなく、ただ実用に耐えうる装置が完成し たか、そうでないかにのみ関心があった。 「量産ラインに乗せることは可能かね?」 若い研究員は相手の無知に驚くように眉を上げた。 「それは当面、不可能であると報告書に記述したはずですが?」呆れたような口調 だった。「<カーテン>は、ほとんど手作りの段階で、これを生産ラインに改良する には、少なくとも後1年以上の研究が必要です」 「ああ、そうかね」所長は肩をすくめた。「で、とりあえず使える装置は何台ある のかね?」 「調整が済んだのは4基です。1週間後には、さらに5基が使用可能となります」 「そうか。よくやった。君も、君のチームもご苦労だった」 「所長」研究員は所長の顔をじっと見つめた。「この<カーテン>技術の基となっ た、制御アルゴリズム006の出所はどこなんです?完成の暁には、それを教えてく ださる約束でしたが……」 今度は所長が、相手の無邪気さを憐れむように口元を歪めた。 「そろそろ、君も大人になってもいいころだと思っていたのだがな、ヒカワ君。こ のラボでの研究は、いかなる例外もなく政府のトップシークレットに該当するのだ。 そのことから推測すれば、006の出所が秘密であることぐらいわかりそうなものだ がな」 ヒカワの青白い顔が紅潮した。 「つまり、あれはウソだったというのですか?」 「口を慎みたまえ」所長は尊大に言った。「君は指示された研究を完成させればい いのだ。006がどこから出たかなど、考える必要もない。知る必要もない」 「私はただ知りたいだけです!」ヒカワは叫んだ。「006は、天才的なアルゴリ ズムです。科学者の端くれとして、誰の頭脳の産物か知りたくなるのは当然ではあり ませんか!」 「ほう、科学者ねえ」所長は蔑むような笑いを浮かべた。「リバプール・ユニバー シティの落ちこぼれ物理学者が、いっぱしの科学者を気取るとは笑止千万だな」 屈辱に青ざめ、ヒカワは憎悪の視線で所長を突き刺した。剛胆なのか鈍感なのか、 所長はたじろぐ風もなかった。 「発振装置の搬出は明日行う」何事もなかったように、所長は告げた。「耐爆コン テナに入れておきたまえ。残りの発振装置も、急いで仕上げることだ。よいな」 所長がラボから去った後、ヒカワは自分の研究用シグにアクセスした。VV(仮想 視界)に、数千オブジェクトからなる複雑な魔法制御アルゴリズムが表示される。先 ほどの怒りと屈辱を引きずりながらも、ヒカワはその魅力的なコード群を眺めた。 見れば見るほど、感嘆を禁じ得ないアルゴリズムである。これがもし、一人の人間 の頭脳の産物であるならば、恐るべき天才が地上に存在したものだ。 このアルゴリズムが、耐魔法シールドを開発せよとの命令と共にヒカワの元にもた らされたのは2年前のことである。最初は、006とナンバーの振られたそのアルゴ リズムを理解できる人間は、チームの中に一人も存在しなかった。だが、分からない ままに読み進みチェックを入れていくと、8割ほど読んだところで突然世界が開けた ように、それまでの全てが理解できるようになったのである。 もちろん、理論が確立されたからといって、それがすなわち具体的な実証となるわ けではない。そこから耐魔法シールド<カーテン>の実用機に至るまでに、2年の歳 月が必要ではあった。しかし、これはむしろ短期間であると言えるだろう。もし、例 の006アルゴリズムがなければ、そもそもヒカワのチームは、どこから手をつけて よいかすら分からなかったに違いない。 ヒカワは無言で命令を発し、006をVVから消すと、<カーテン>のシミュレー トCGを再生した。1級魔法使いが全力で発する攻撃型魔法を、2基の<カーテン> によって形成された場が完全に打ち消している。<カーテン>の開発命令の中で、特 に強調されていたのが、対象とする魔法の強さだった。魔法の単位などはまだ制定さ れていないし、これからもされないだろうが、ある程度経験を積めば、魔法の強弱は 確かに分かるのだ。そして、ヒカワのチームに封じ込めの目標値として与えられたの は、地球上に存在する最大級の魔法使いに対する効果を基準としていた。 ヒカワはある程度の機密に接近できる資格を有しており、レビュー9に関する現状 も知っていた。政府は決して認めようとはしないが、他のレビューに対する移住計画 が、遅々として進行していないことも知っている。そして、唯一、環境条件が申し分 ないアンストゥル・セヴァルティに移住するにあたって、アンシアン社会を支配する 魔法がネックとなっていることも。 となると、政府が、特に統合軍が<カーテン>をどのような目的に使用するのかを 正確に推測するのは、際だった想像力を必要としない。魔法がシャットダウンできれ ば、エネルギー兵器を筆頭とする数々の電子兵器が使用可能となるのだ。 武力侵攻!ヒカワは思わず身震いした。統合政府は、というより人類はそこまで追 い込まれていたのだ、と考えると背筋に冷たいものが走った。 ヒカワは決して賢者などではなかったが、それでもアンストゥル・セヴァルティへ の武力侵攻など狂気の沙汰であることぐらいは分かった。人類の未来のために、彼は 政府首脳が愚かしい考えを捨ててくれることを祈った。 もちろん一科学者のささやかな祈りなど、<ユガ>の13賢者は知る由もない。彼 らはたった今、アンストゥル・セヴァルティに対して、直ちに移住計画を進めざるを 得ないことを、20分前に届けられた一通のレポートによって知らされた。 そのレポートは、統合政府環境保護局による緊急調査の結果であった。 ----ジェイナス。アメンホープはMIに呼びかけた。このレポートに記述されてい る新型汚染物質B−775について詳しく説明したまえ。 ----B−775は、環境保護局が発見した新種の汚染物質です。化学的に活性であ り、その構成物質はなお研究中です。中間的な報告によれば、ウィルス様の有機物と セシウムを含む数種類の放射性物質、リチウムなど無機物の複雑な化合物であり、そ れでいて最小構成単位は1000分の1ミリグラムと軽く、蔓延は非常に容易です。 13人のVV全体を未完成のジグソーパズルに似た構成モデルのCGが占めた。と ころどころが空白のままであり、ジェイナスの説明の間にも、少しずつ分子モデルが 付け足されている。この瞬間にも、環境保護局のラボで続けられている解析の結果が リアルタイムで反映されているのだ。 ----毒性は、これまで分類されている、いかなる汚染物質よりも強力で、人体に侵 入した場合、被害者は急速に全身の細胞間結合を破壊され、血液と体液を流出させ、 24時間以内に死亡します。 MIは、感情を持たない声で淡々と報告を続けた。13人の顔には、嫌悪から恐怖 までの様々な表情が深く刻まれていた。 ----さらに特徴的なのは、この物質が明らかに魔法によって生成されたとする痕跡 が認められることです。環境保護局の推測では、何らかの事故で魔法が汚染物質に対 して干渉し、偶然に発生した突然変異的な汚染物質であるとのことです。ですが、こ のように有機物と無機物が安定して存在しうるというのは前代未聞のことです。 「魔法だと?」一人が声に出して呻いた。「人為的な操作の結果ではないのか?」 ----その可能性も完全に否定できません。ジェイナスはあっさり答えた。しかし、 この場合問題なのは、その出所ではなく、その危険性です。未確認ではありますが、 B−775に対しては、現在のシティのシールドは役に立たないとの報告が入ってい ます。 声にならない衝撃が、仮想空間と現実空間の両方を走り抜けた。 ----すでに、B−775が最初に発見されたシティ・アスワンでは、全レベルが完 全に汚染され、市民は脱出する間もなく死を迎えるばかりです。アスワンとのコミュ ニケーションは途絶していますが、報道管制はすでに完了しています。 ----対策はどうなっているの?一人の女性が訊いた。 ----すでに全シティのシールドメンテナンス局に、シールドの20レベルアップを 指示しました。とりあえずは、それで侵入を食い止めることができるのは証明されて います。ですが、B−775は適応能力が激しく、レベルアップしたシールドで侵入 が防げるのは、長くて7カ月未満だと思われます。もちろん、段階的にレベルアップ していくことは可能ですが、いずれは限界が来るのはいうまでもありません。 ----よろしい、ジェイナス。アメンホープが言った。また後で呼ぶ。 MIがローカルシグからログアウトした後、<ユガ>の13人は一様に蒼白な顔を 見合わせた。 「すでに採るべき道はひとつしかないように思われるが」一人の男が発言した。「 この前アンソーヤに断言した舌の根も乾かぬうちではあるが、背に腹は代えられぬ。 レビュー9への移住を明日にでも開始するのだ」 「タイミング良く、<カーテン>も実用レベルに達した」別の一人が続けた。 「しかし、アンスティの魔法使い協会が動いている今、公然と移住を開始するのは どうでしょうか?」若い女性の声が響いた。「下手をすると、全面衝突ということに もなりかねないのでは?」 「魔法使い協会といえども、魔法を封じられれば弓矢以上の武器を持たない、ただ の人間にすぎない」最初の男が反論する。「地球の近代兵器を相手に何ほどのことが できようか」 「しかし……」 しばらくの間、シグを使わず言葉での議論が続いた。現段階でのアンストゥル・セ ヴァルティへの移住とは、武力をともなう強引な形にならざるを得なかったので、意 見はほぼ真っ二つに割れた。とうとう、最後までどちらの陣営にも汲みしなかったア メンホープが発言した。 「この問題は我らのみで決断するには重すぎる問題である」深みのある声で最年長 の賢者は言った。「私は、我らの仕える方々に、この問題を委ねようと思う。何か、 意見はあるか?」 「召還するのかね?」少し驚きながら、一人が問いただした。「今、ここで?」 「そのとおりだ」 「今年は誰の順番だった?」 「私です」若い----少女と言ってもいいほどの女性が立ち上がった。 「キム・ジョンス」アメンホープが優しく訊く。「全てはあなたの意志による。進 んで、あなたの肉体の支配権を放棄するか?」 「覚悟はできています」ジョンスは躊躇いも見せずに頷いた。 「2年前のデレク・バレッドのように二度と自分自身を取り戻せなくなるかもしれ ない。承知していると思うが」 「ええ」 「では、決を取ろう」アメンホープは一同を見渡した、「キム・ジョンスを依童と して召還をなす事に同意するか?異議ある者は挙手願おう」 一本の手も上がらなかった。ジョンスは落ち着いてその決定を受け入れた。 「よろしい。決定した。では、ジョンス。召還を行いたまえ」 ジョンスは頷くと、手早く服を脱ぎ去り、生まれたままの姿になった。暗い部屋の 片隅に灯る淡いグリーンの非常灯が、ジョンスの若々しい裸身をほのかに照らしてい た。東洋系の細く白い顔には、緊張と期待と畏れが等分に浮かんでいる。 おそらく18才を越えていないと思われる少女は、恥じらいの色もなく絨毯をしき つめた床に仰向けに横たわった。深く、静かに呼吸を続け、ゆっくりと瞳を閉じると ジョンスはそっと何かを呟いた。 一瞬、暗い部屋全体が、雷光をたたきつけられたように光り、すぐに闇に包まれた。 空間そのものが歪んだのではないかと思われるほどの、魔法的な波動が全員の心身を 激しく打ち、夕立のように消えていった。 誰一人気付かぬうちに、横たわっていたジョンスが立ち上がっていた。いつの間に か服を身に着けている。 「久しぶりですね、賢者たちよ」 ジョンスの唇から洩れた言葉は、ジョンスのものでありながら、圧倒的な畏怖を抱 かせる静かな迫力に満ちていた。12人はアメンホープを先頭に床に跪くと、畏敬の 表情を浮かべて頭を垂れた。神の依童となった少女は、慈愛に満ちた視線で彼らを眺 めなた。 「私を呼んだ理由は分かっています。迫り来る危機を回避するために、あの魔法の 世界に移住したいのですね?」 夜は静かに時を数え、闇は束の間の支配権を少しずつ光に譲りながら後退していく。 このとき、すでに2つの世界は激甚な変化の予感をはらみつつ、互いにゆっくりと衝 突に至る道程を辿り始めていた。だが、2つの世界の住人たちは、未だ誰一人そのこ とを知らず、変化への因子となるべく放たれた少数の人間達も自らの役に気付いてい ない。
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