長編 #2659の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
3 「にわかには信じがたい話だが……」カダロル医師は首を振りながら言った。「ど う思うかね、パウレン?」 赤毛の魔女はパイプから紫煙をたちのぼらせながら無言でリエの話を聞いていたが カダロルに問いに対しては肩をすくめただけだった。 リエはぐったりして木の椅子に沈み込んでいた。地球のこと、<ヴェーゼ>のこと 自分の魔法のことを一気に話して疲れたのである。 パウレンの小屋の庭に3人と2匹が集まっている。天気の良い日に食事ができるよ うに大きな木のテーブルと椅子があり、彼らはそこに座っていた。 顔見知りであるらしいイーズとトートは、再会を喜ぶような言葉を投げかけた後、 一転して罵詈雑言をぶつけあった。原因はリエにはよくわからなかったが、どうやら トートがイーズに何か借りがあるらしかった。 リエたちの前には熱いサリューのはいったカップが置かれている。サリューという 飲み物を知らなかったリエは、好奇心から一口飲んでみた。それは地球で言うところ のグリーンティだったが、わずかにアルコールの味がした。後になってリエは、サリ ューの葉が、数日間白ワインに漬けて置かれた後、陰干しされることを知った。 「まあ、あんたがおれの村を襲ったのは、そのヒュプノ何とかいうので操られてた からというのを認めるとしてもだ」カダロルは容赦なくリエを追求した。「あんたが 何人かを殺したことは間違いないわけだ。つまり、あんたはおれやパウレンにとって 憎しみの対象でこそあれ、助ける筋合いはない。違うかね?」 リエは言葉もなく頷いた。カダロルの主張は、リエ自身の心にずっと引っかかって いたトゲであったから。リエはある意味では被害者なのだが、その手で罪もない女子 供を惨殺したことは事実だった。 「それに、あんたがパウレンを殺そうとしたことも事実だろう?」カダロルは続け た。「もう一度、その気にならないと何故言い切れるんだね?」 パウレンがようやくパイプを口から放した。その細長い唇にはおかしそうな笑みが 浮かんでいる。 「それぐらいにしておけ、カダロル。彼女に、リエに敵意や害意がないことは私が 保証する」パウレンは優しい理解を示しながらリエを見た。「リエは生まれ故郷を捨 てて、私を頼ってきたのだ。ガーディアックのことで恨みがあるのは分かるが、リエ 一人を責めても仕方があるまい」 カダロルも不意に厳しい表情を崩してニヤリと笑った。 「分かった、パウレン。後はあんたに任せることにするよ」 その顔を見て、リエはカダロルの追求が演技であったことを知った。心からの安堵 がため息となって洩れた。 「ごめんなさい、カダロル」リエはそう言った。カダロルは暖かい声で答えた。 「こっちこそすまなかった。あんたがどういう人間なのかよく分からなくてな」そ ういうと、カダロルはサリューの残りをぐっと飲み干して立ち上がった。「さて、お れは少し散歩でもしてこよう。おい、そっちの盗賊。トートとか言ったな?お前も一 緒に来ないか?夕方の散歩もいいもんだぞ」 イーズと小声で何か言い争っていたトートは、救われたような表情で立ち上がると 敏捷にカダロルの後を追って行った。残されたイーズは、少し迷ったが、食事の支度 をしなくては、というようなことを呟いて小屋に入っていってしまった。 「さて、リエ」パウレンは真剣な顔を向けた。「おぬしの望むのは、その人為的に 生み出された魔法の力を消すか、または封じ込めたいということだったな?」 「そうです」 「残念ながら、私はそういう魔法は知らない。というより、他人の魔法を抑えたり 消したりすることは、禁じられているのだ。マシャが禁じている、というわけではな い。これは魔法を持つということが、誰にでも認められた公平な権利だからなのだ。 何人もその権利を侵すことは許されていない。さもなければ、千年前の奴隷制度を、 より完全な形で復活させることにもなりかねないからだ。わかるな?」 リエは頷いた。パウレンは火の消えたパイプを逆さまにして、テーブルの端で軽く 叩いた。燃えかすが地面に落ちる。 「従って、私がおぬしにしてやれることは、その力を自在に操れるように手を貸す ことでしかない。しかも、おぬしは普通に魔法の教育を始めるには年をとりすぎてい る。相当、苦しいものになるのを覚悟しなければならない」 「覚悟はできてます……といいたいところですけど」リエは躊躇いながら訊いた。 「そんなにつらいんですか?」 「多分な。おぬしの魔法の力が、どの程度なのか正確なところが分からない以上、 多分としかいえない」 「……」 「おぬしには2つの危険がある」パウレンはパイプに草をつめながら続けた。「ひ とつは、魔力を制御できずに、おぬしの言う邪悪な何かを目覚めさせてしまうこと。 この場合、心は封じ込められるか、破壊され、おぬしはあの夜のような危険な存在に なってしまう。隠しても仕方がないから言っておくが、そうなったら私の力で止めら れるかどうか自信がない」 リエの背中に冷たい汗が流れた。 「もうひとつは、おぬし自身が変わってしまうことだ。巨大な力を手に入れた人間 は、次第に力の行使に対する誘惑から逃れることが難しくなる。我々が通常やるよう に、子供の頃から、それに対する教育を叩き込まれていないおぬしには、余計にその 危険があるのだ」 「どちらの場合も、あたし自身がアンストゥル・セヴァルティにとって危険な存在 となるわけですね」リエは細い声で呟いた。「そうしたらどうします、あなたは?」 「私が制止できるものなら、そうする」パウレンは指をひょいとひねってパイプに 火を投じた。「だが、私の力が及ばなければ、魔法使い協会の力を借りることになる だろうな」 「あたしを殺すということですね」静かにリエは確認した。 「そのとおりだ」 「あたしはここへ来るべきではなかったのかも知れませんね」リエは空を見上げな がら言った。「あの夜、あなたに殺されておくべきだったかも」 「かもしれんし、そうでないかもしれん。私の考えでは、おぬしには何か果たすべ き使命があるのだと思う。気休めを言っているのではないぞ。この世に意味のないこ となど何もないのだ。おぬしが私を戦い、今、こうして話し合っているのは、それが 必要だったからだ。あえて運命とは言わないが」 パウレンの言葉にもかかわらず、それは気休めに聞こえた。リエは淋しい笑顔を浮 かべることで、パウレンに応じた。 「さて、魔法使い協会で思い出したが、今頃、何人もの魔法使いがおぬしを懸命に 探しているだろうな。まさかマシャに通報した本人の家にいるとは思うまいが」 「協会のことは詳しくご存じなの?」 「昔は私も協会にいた」パウレンの返事はそっけなかった。 「どうして自由魔法使いに?」 「イヤなやつが一人いたのだ」パウレンは答えたが、あまり楽しそうな思い出では なさそうなので、リエはそれ以上訊ねるのを止めることにした。 「とはいえ、ここにいつまでもとどまっているのも危険だろう。ここである程度の 訓練を積んで、それから他の場所へ移動することにしよう」 「わかりました」 「まあ、そんなに急ぐこともあるまいが。マシャの捜索が一段落するまでは、ここ にいても危険はないだろう。他に知っている者はいないのだからな」 パウレンの楽観的な言葉は間違っていた。そのとき、パウレンの小屋を見下ろす高 い木の枝に、一羽のスズメがとまっていたのだ。スズメは琥珀色に輝く目で、じっと リエとパウレンを見つめていた…… 「ところで、おぬしがさっき言ったことで、ひとつ訊きたいことがあるのだが」パ ウレンはうまそうにパイプをふかした。 「何でしょう」 「おぬしの世界は、すでに危機に瀕しているそうだな?」 「ええ」リエは認めた。 「そんなにひどいのか?」 「そうですね……」 リエは、あの夜訣別する決心をした自分の故郷を思い浮かべた。地上のほとんどは シールド装備なしでは歩けないほど汚染されている。わずかに両極地だけが、最後の フロンティアとして残されているが、自然界の浄化能力を遥かに越えた汚染物質は、 その極寒の地まで犯し始めている。人々はシティに閉じこもり、人口の太陽と人口の 空気、それに人口の食物で生きている。誰もがシティの外の地獄から目をそむけ、汚 染数値に脅えながら、ドラッグやVRゲームに逃避して過ごしている。 マスメディアに洩れたら、全世界の市民の非難が殺到するであろう危険を、あえて 冒してまで移民局が失敗に終わった例の作戦を強行したのも、分からないではない、 とリエは思った。容認できるわけでは絶対にないが、彼らは彼らなりに真剣に人類の 未来を憂えているのである。あの夜、あの少年が言ったとおり、人類が種族単位で移 住できる世界を発見しなければ、遠からず人類は自滅の道を辿ることになるに違いな い。 「そうですね……。このまま何もせずに放っておけば、何十億もの人間が死ぬでし ょう。きっと」 「こんなことを言ってもどうしようもないが」パウレンは少し躊躇する様子を見せ た。「おぬしの世界は、どこかで何かを間違えたのだな。どこかの分かれ道を違う方 へ進んでいれば、そんなことにはならなかったかも知れない」 リエはつらそうな表情で頷いた。 「きっとそうです。だけど」リエの頬を光るものが流れた。「だけど、あたしは、 それでも、そんな世界でも、あの世界が好きだったんです。今でも、あたしの生まれ た世界を、とても愛しているんです」 パウレンは答えずに、ただ優しい微笑みを返した。つまらない事を口にした、と後 悔しているようでもあった。夕陽の最後の残光が、魔女の小屋をゆっくりと染め上げ ながら薄らいでいくのを涙の中から見ながら、リエの心は目にしている光景のように 揺れていた。 キキューロは瞑想を中断した。目を閉じたままの顔に凄惨な笑みが浮かぶ。肩にと まっていた鴉は、餌を求めに行ったらしく姿を消していた。 「パウレンの小屋にいたとはな。よし、求める魔女の居場所は分かった。ところで あの奇妙な一行は一体何なのだ?」 さすがの灰色の魔法も、その一行の正体までは教えてくれなかった。だが、彼らの 求めるものが、キキューロと同じ女であることは間違いないようだった。しかも、そ の一行はパウレンの小屋に向かっており、このままでは夜明けよりも早く到着するで あろう。 「何者だか知らないが、おれの邪魔になるのなら仕方あるまい。ふむ。さて、どち らを先に片づけるべきかな……」 キキューロは少し考えたが、すぐに心を定めた。 「やはり、あのおかしな一行から片づけるべきだな。あいつらが何者であろうと、 パウレンたちと接触すれば、また話がややこしくなる。そうなる前に別々に始末して おいた方がいいだろうな。どうやら魔法使いはいないようだし」 キキューロはゆっくり瞼を開いた。双眸に好戦的な光が宿る。鴉に削られたはずの 右目は完全に再生している。キキューロは2、3度目をしばたいてから、右手の人差 し指を目の前に持ち上げて焦点を合わせた。次に急速に視点を遠くの梢に会わせてみ る。 「ふん。少し遠くがふらつくが、すぐ慣れるだろう」 そう呟いたキキューロは勢いよく立ち上がった。何日も瞑想状態にあり、胃袋が食 物を求めたが無視する。少なくともこれからの数デックは、意識が澄み渡っているこ との方が大切だった。 「ようし行くか!」 キキューロは両手の指を複雑な形に組み合わせて、早口に、だが正確に呪文を唱え た。 純白のマントが勢いよくひるがえり、キキューロの身体は小さな旋風とともに宙に 舞い上がった。空中で静止して方向を定めた後、キキューロは再び呪文を発した。た ちまち、その身体は放たれた矢のような勢いで空へ消えた。
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