長編 #2654の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
人造美人 宵寺 松虫 「コーちゃん、最近『奥の間』にこもりっぱなしのことが多いけど、 何やってるの?」 ポケットから出した国産たばこに火をつけながら、ゼミ仲間の陽 子が尋ねた。大学内の喫茶コーナーだ。最近はゼミ室も禁煙のとこ ろが多く、ゆっくりお茶を飲みながらたばこが吸える場所は、貴重 になってきている。陽子は、人間には不健康になる自由も与えられ るべきだと主張するが、たばこを吸わないおれにとっては、単なる ヘビースモーカーのたわごとにしか聞こえない。 『奥の間』というのは、ゼミ室と教授室の間に作ってあるコンピュ ータ室の愛称だ。 「おいおい、人をどっかの原住生物みたいに呼ぶのはやめろよ」 「なによ、『雨田 孔』を『コーちゃん』と呼んで、どこに不都合 があるの?」 吸っていたたばこを半分ぐらいでもみ消し、新しいたばこに火を つける。長い講義の間吸えないうっぷんを、ここで一気にはらすつ もりらしい。 「ほどほどにしとけよな。キスしたくなった時、灰皿なめてる気分 になりそうだ」 「そんな仲でもないし、キスなんかしてくれなくてもいいのよ」 「でも、いきなりじゃあまりにミもフタもないと思うぞ」 陽子が吸い込みかけた煙をのどに詰まらせた。思いっきりせきこ んだ後、目尻に涙を浮かべながらも、おれに向かって掌底突きを繰 り出す。おれはスウェイでいなした。陽子のパンツァー・クンスト (自称)をまともに食らったら、命がいくつあっても足りやしない。 「あんたってひとは、そういうことしか頭にないの、もう。今度言 ったら口より先に手が出るわよ」 しっかり手を出してからいう台詞とも思えない。 「で、今何やってんの? 人にいえない研究とか?」 冷めかけたコーヒーを一口すすってからおれは答えた。 「おれたち、テーマが人工知能なんだよね」 「教授の趣味で、純日本風女性の性格を設定しろってやつでしょ?」 「そそ。基本的な部分ができたんで、今データ収集をかねていろい ろと教えてるとこなんだ」 「基本的な部分というと、並列コンピュータを使ったハード?」 「んにゃ、そんなカタいやつじゃなくて、ニューロコンピュータを 使ったぐちゃぐちゃしたやつ」 有機質を使ったニューロコンピュータは、半導体を使ったコンピ ュータより人間の思考プロセスをシミュレートしやすいが、油断す ると腐ってしまうのだ。 「うえ、キモチわるそう」 「大丈夫、電気刺激でコンピュータの表面が変形して、培養槽の中 で表情を作るようになってる。最近、にっこり笑うようになったぞ」 「よけい気色悪いわい」 「造形はけっこう美人だよ」 おれたちは喫茶コーナーを出て、ゼミ室の方へ歩き出した。 「ある程度ものがわかってきたから、最近は『奥の間』の室内制御 もやらせてるんだ」 「というと?」 歩きながら陽子が煙草に火をつけた。 「電気関係の制御さ。だれそれがいる時はこのくらいの温度がいい とか、部屋の前のカメラで関係者を認識したら扉を開けるとか」 「あら、ずいぶんお利口」 「うん、だから今マニピュレータを接続してて、もうちょっと複雑 なこともやらせるつもりなんだ。ただなあ……」 「何か問題? 接続がややこしいとか」 「いや、それは別のやつがやってるからいいんだ。そのおかげでこ うして休憩できるんだから。問題なのは『アイ』の態度のことさ。 このところ、おれにだけ愛想がいいんだ」 陽子が一瞬むっとした。 「アイってだれよ」 「お、妬いてんのか? 心配するなよ。例の人工知能の愛称さ」 「ひょっとして『AI』だから『アイ』なの?」 「AI」とは「Artificial Intelligence」の略で、人工知能のこ とだ。 「そう。名付け親はおれさ」 「なんて単純な人」 「女名前が人工知能と聞いてほっとした顔してるのとどっちがさ」 「誰が!」 「まあいいって。それより人工知能にも感情ってあるのかね」 「コーちゃんにだけ愛想がいいって話? あたしにはそんなにもて るタイプには見えないけどな、キミは」 「言ってろ。しかし、ものが有機物だけに、偶発的な組成があると、 チェックできんしなあ」 「でも、なんでその『アイ』ちゃんはコーちゃんになつくのよ」 「そりゃーおれがいい男だから……」 「さいならっ。元気でね。ときどきお手紙ちょうだい」 「冗談だってば」 「冗談は顔だけにしてよね」 「わかったわかった。早い話が、おれが『アイ』ちゃんの教育係な んだよ。情操関係から知識まで、おれがメインで教えてるんだ」 「で、教え子に手を出した、と」 「これこれ、いくらおれでも、培養液の中までは無理だ」 「培養液の外なら手を出したい、と」 意地悪く問いつめる陽子の顔を見ているうちに、おれの頭にある 考えが浮かんだ。 「陽子、ちょっとつきあってくれ」 「悪いけど、交際はお父様の許可を得てからでないとだめなの」 「晩飯、『あるかす』のステーキセット」 「乗った!」 「おいおい、お父様の立場はどうなるんだ?」 「今夜あたり、事後承諾でもいいって、電話が入る予定なの」 こういう娘を育てた父親には、一度会ってみたいと思う。 「さ、そうと決まれば早く『アイ』ちゃんに会いにいきましょ」 「知ってたのか?」 「あたしだって興味あるもん。『アイ』ちゃんが妬くかどうか」 完璧に見透かされている。こんな女と交際なんかした日には、身 の破滅だ。 「でも、教育って具体的にどうやるの?」 「うん、別にそんな堅苦しいもんじゃなくって、ふつうの人間を相 手にするのとあんまり変わらないんだ。なにしろ、こっちはマイク に音声入力、向こうはスピーカーに音声出力だし。向こうはカメラ でこっちの表情を読むし、こっちも向こうの表情が見えるし」 「よくそんなものができたわねぇ」 「おれたちだけじゃなくて、何代も同じテーマでやってきてるから ね。ほとんどは先輩たちが作ってて、おれたちはそれを改良してる だけさ」 「コーちゃんは何か作ったの?」 「うん、大学のコンピュータネットワークの端末を『アイ』につな いで、オンラインで『アイ』の欲しい情報が入力できるようにした のと、テレビチューナーのビデオ信号から映像情報解析にデータを 直接入力できるようにしただけかな。大半は人の手を借りてるけど」 「それってもしかして、自分でデータを与えるのが面倒だっただけ じゃないの?」 「ぎく」 「テクノロジーの進歩は、人間が不精したいって欲求と不可分よね」 「『必要は発明の母』ともいう」 昼休みのせいか、ゼミ室には誰もいなかった。『奥の間』の前に 立つと、『アイ』の合成音声が聞こえた。 《お帰りなさい、孔。お隣にいるのは、お客様かしら?》 『アイ』がおれを呼び捨てにするのを聞いて、陽子がむっとした。 「ちょっと、人工知能にあんな呼ばれ方されて、平気なの?」 「いいじゃないか。『アイ』はおれたちのスタッフ同様なんだから。 それに、スタッフは呼び捨てにしていいって教えたのも、おれだよ」 《孔、そちらのかわいらしい方はどなたなの? 教えていただけな いと、ドアを開けてさし上げるわけにはいかなくてよ》 陽子の目尻がぴくりとつりあがった。 「あの慇懃無礼な言葉遣いも、あんたの教育のたまものってワケ?」 「いや、こんな『態度』は初めてだ。すでに始まってるのかもしれ ないぞ」 「何がよ!」 あわわ、こっちも始まってるようだ。ミイラ取りがミイラになり おって。 「『アイ』、この人は、テーマは違うけど同じ加藤教授のゼミにい る在田陽子さんだ」 《ア・リ・タ・ヨ・ウ・コ……。学籍番号G1******。確認しました。 普段は計算センターの方にいらっしゃってるのね。わたしはまた、 孔の新しい浮気相手かと思っちゃったわ。ごめんなさい。どうぞ、 お入りになって》 オンラインで学生の情報を調べたらしい。『奥の間』の電動ドア が開いた。室内に入りながら、陽子がおれをつついた。 「『新しい浮気相手』って、どういうイミかな?」 「ばか、『アイ』の挑発に簡単に乗ってんじゃねえよ」 「へ? 挑発?」 「うそに決まってるだろ。ここへ来る女なんか、滅多にいないよ」 「それもそうだ。でも、人工知能に『挑発』なんてできるのかな」 すると、その陽子のつぶやきに応えるように『アイ』がいった。 《孔、今度の方はやけに子供っぽいのね。かわいい人で微笑ましい けど、好みが変わったの?》 「子供っぽい……」 ガキっぽいとかボーイッシュといういわれ方は、本人はけっこう 気にしてたはずだ。思ったとおり、陽子の頬に朱がさしている。陽 子の外観からこんな言葉を選ぶほどに、『アイ』は『成長』したの か? 「『アイ』、どこでそんな話し方を覚えたんだ?」 《孔がつないでくれたネットワークで見つけた『おまんたジャーナ ル』っていう昔のオンライン雑誌で、『ギラドラス』って人がいろ いろ教えてくれてるわ。相手の外見的特徴に触れる方法とか》 情報が無制限に入手できる環境には、問題がありそうだ。 「あらぁ、『アイ』さん、そんなことおっしゃるってことは、あな たはよっぽど色っぽい方なのかしら」 陽子がトーンを押さえながらいった。 《孔、紹介してくださる?》 目の前にある培養液のシャッターが開いた。 「あ、ああ、陽子、これが『アイ』の本体だ」 陽子が目を見開き、すぐに顔を真っ赤にした。その態度におれが 『アイ』を振り返ろうとすると、陽子が両手でおれの目をおおった。 「コーちゃん、見ちゃだめ!」 おれもいささか驚いた。一瞬しか見えなかったが、『アイ』は全 裸だった。そんな姿にはしてなかったはずだ。 《陽子さん、かまわないわよ。わたしは孔に見てもらいたくて、こ んなかっこうになったんだから。でも、あなたのコンプレックスを 刺激するんならやめてさしあげてもよくてよ》 「いや、『アイ』、そのままでかまわ……」 「すけべ!」 「いてっ」 《……これでいかがかしら》 陽子がようやくおれの目から手を離した。残念なことに、『アイ』 はすでに服を着ていた。表面の形状と色素を変化させる方法を覚え たらしい。さらなる陽子への挑発か、陽子と同じ服だ。むろん、 『アイ』の方が数段色っぽい。こういう感性はいったいどうやって 身に付けたのだろう。テレビドラマの影響かもしれない。 「『アイ』、からだを変形させるのは、どうやって覚えたんだ?」 《孔たちのグループの研究レポートをコンピュータから読みだして 参考にしたのよ。ちょうどマニピュレータもついたから、そう難し くはなかったわ。どう、わたしきれいになった?》 なるほど、水槽の底に電線くずみたいなものが散らばっている。 『アイ』が培養液の中で派手なドレス姿に変身した。衣装にあわせ て、顔にも「化粧」をしている。 「そうだな。ずいぶんきれいになったよ」 《うれしいわ》 「だけど、おれたちが作ろうとしてた人格とは、だいぶ離れちゃっ たようだ」 《え?》 「おれたちは純日本風女性の人格を目指してたんだ。今のおまえは 軽薄な目立ちたがりに見えるぞ」
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