長編 #2637の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
7 束の間、二人の魔女は強烈な視線を交わし合った。が、互いに手を結べるような相 手でないことを、本能的に察知したパウレンが先に仕掛けることで戦いは始まった。 一瞬の間をおいて、リエもそれに応じた。 リエとパウレンのちょうど中間点に立っていたアンソーヤは、両側から巨大な力が ぶつかりあう直前に危うく飛び退いた。空気が燃え上がったのではないかと錯覚する ほどにすさまじいエネルギーが衝突し、その余波が少年の身体を軽く数メートルは吹 き飛ばした。木の幹に背中をぶつけて、アンソーヤは痛みに呻いたが、女達は少年に 見向きもしなかった。 リエもパウレンも石化したかのようにピクリとも動かなかった。傍目から見れば、 どちらも穏やかに呼吸し、冷たい夜の空気でも味わっているようである。しかし、ア ンソーヤには、力と力が激しくぶつかりあい、攻撃し合っているのがはっきりと見え ていた。繊細そうな見かけの100倍ほどは大胆なアンソーヤも、魔法を使って介入 しようなどとは全く思わなかった。 傍らに転がっているサブマシンガンで、二人の魔女を撃ち倒そう、という考えが、 一瞬アンソーヤの脳裏をよぎった。だが、すぐにアンソーヤはその考えを捨てた。並 の軽火器など、今目にしている恐るべき力の前には無力だった。 数分の間、音なき対峙は続いた。 最初に変化が現れたのはリエの身体だった。何の前触れもなく、左の脇腹に赤い線 が走り、続いてパッと血が噴出した。 アンソーヤの見たところでは、二人の力はほぼ互角であった。だが、それを行使す るという点においては、赤毛の魔女に一日の長があるようだ。リエの力が生まれたて であり、人工的に誘発されたものでもあるので不安定なのだろう。 リエの整った顔が憤怒に歪んだ。黒い瞳に異様な赤い光が宿る。それを見たパウレ ンは少しとまどった表情を浮かべた。 突然、パウレンの肩で、何かが音もなく破裂した。草色の服がずたずたに引き裂か れ、血を噴き出した肩が露出している。ショックを受けたような表情とともに、パウ レンは一歩後退した。 それが何かのキッカケであったかのように、二人がぶつけあう魔法は激しさを増し た。数秒ごとにリエの裸身のあちこちに小さな傷が増え、パウレンの服は次第にボロ ボロになっていった。魔法の力を持たない地球人には想像を絶するような力と力が、 相手のほんのわずかな隙を捉えて、フェンシングのように鋭く的確な一撃を浴びせて いるのだ。 このまま二人が消耗し、共倒れになってくれれば、アンソーヤにとっては願っても ない結末だったのだが、あいにくそうはならなかった。 アンソーヤが背後の気配に気付くと同時に、非肉体的な死闘を続けている二人の魔 女に激しい銃撃が浴びせられた。さすがに不意を突かれた二人の女は、傷つきこそし なかったものの、大きくバランスを崩してよろめいた。 「アンソーヤ!無事ですか?」数人の兵士を従えたギブスン大佐が、自らサブマシ ンガンを構えながら駆け寄った。「どっちが敵ですか?」 アンソーヤは瞬時、躊躇った。このまま赤毛の敵だけを殺して、リエを何とか地球 に連れ戻せれば、<ヴェーゼ>の研究は飛躍的に進展するに違いない。設備の整った アンソーヤのラボで徹底的にリエの身体を調査研究すれば、強力な魔法の力を身につ けた秘密は短時間で解明されるだろう。ラボで純粋な<ヴェーゼ>を合成することも 夢ではなくなる……。そんな考えが去来したが、リエが残忍な笑みを浮かべながら平 然と仲間を虐殺した光景が他の全てを圧してありありと浮かんだ。アンソーヤは決断 を下してギブスンに怒鳴った。 「二人ともだ!二人とも殺せ!」 ギブスンは全く躊躇うことなく命令を下した。アンソーヤに訊いたのは形式に過ぎ なかった。 対歩兵用グレネードライフルを構えた兵士が4人進み出て、ようやく体勢を立て直 した二人の女に向けて一斉に発射した。本来は強化スーツを装備した機械化兵士に対 して使用される重火器である。発射されたグレネードは命中すると同時に円錐状に炸 裂し、無数の炸薬弾をばらまく。多少の遮蔽物など軽く粉砕してしまう。 もちろん兵士達は熟練した射手であり、標的の持つ魔法も十分に計算されていた。 どの方向へ身をかわしても避けられるはずがなかった。 次に起こったことを正確に捉えた者は、おそらくアンソーヤだけだったに違いない。 パウレンは知識ではなく直感で、自分に向かってくる何かを察知し、大きく跳躍し た。だが、一弾が空中のパウレンを捉えた。グレネードはパウレンが反射的に張った シールドの表面で炸裂した。無数の炸薬弾が同時に発火し、シールドの表面で弾けた。 パウレンは必死でそれを押し戻そうとして何とか成功した。 リエはグレネードが発射された瞬間、兵士としての知識から、その正体を知った。 不敵な笑みを唇に刻んだリエは逃げるどころか、正面から弾道に向かって立った。グ レネードが命中する直前、アンソーヤは力が放出されるのを感じとって、本能的に身 体を地面に投げ出した。ギブスンは熟練した兵士としての第六感に従ってアンソーヤ と同じ行動を取った。そうしなかった射手たちは、発射したグレネードが空中で鋭角 にカーブして戻ってくるのを目撃し、その信じがたい事実に驚愕する間もなく、自分 たちの発射した兵器の威力を身を持って証明することとなった。 鈍い炸裂音の後、アンソーヤとギブスンは顔を上げた。4人の兵士がもはや人間の 形状をとどめていないことは確認するまでもなかった。。 次は我々の番か?アンソーヤとギブスンは同じ疑問を感じ、同じ恐怖を共有した。 だが、残忍な笑みがきらめくのを半ば予想しながら見たリエの顔には、別の表情が浮 かんでいた。 赤毛のアンシアンと激しい戦いを繰り広げながら、リエはもう一つの闘争を戦って いた。自分自身との戦いを……。 <ヴェーゼ>を浴びたとき呼び覚まされたのは魔法の力だけではなかった。リエの 心の、いや全ての人間に共通して存在する暗く冷たい影の領域、精神の最下層に封じ 込められていた邪悪と言ってもよいほど異質な存在が覚醒したのだった。 リエの精神は一時的にその影に占有されてしまっていた。影は甘く優しげな誘惑で リエの抵抗を押さえたのだ。だが、影の持つ力はそれほど強くなく、しばらくすると リエは自分を取り戻そうと戦いはじめた。 それは奇妙な、しかし激しい戦いだった。相手を滅ぼすことはできなかった。何故 なら、いかに邪悪な存在であっても、それはリエ自身の欠くべからざる一部だからで ある。もし相手を倒せば同時に自分自身を投げ捨てるのと同じだった。従って、リエ の戦いは相手を自分自身に吸収し、同化させることになった。 グレネードを跳ね返したとき、リエはようやく自分の身体の制御を取り戻すことに 成功した。ただ、邪悪な影を完全にもとの精神の奥底に封じ込めることはできなかっ たことは、何故かはっきりわかった。そいつは意識の片隅にわずかな版図を作り上げ 油断のない光をたたえた暗い瞳でリエをじっと見つめはじめた…… 戦いの狂熱は急速に冷めていき、リエはゆっくりと周囲を見回した。赤毛の魔女の 姿はどこにも見えない。どうやらすでに去って行ったらしい。あの強力な魔法の気配 は少しも感じられないのだ。 不意にリエは愕然とした。数分前まで、魔法の力などとは全く無縁な人間であった 自分が、今では生まれたときから持っていたように魔法を使っている! 素晴らしい力を手にした、という思いは全く浮かんでこなかった。 周囲に転がる死体----少し前までは共に戦った仲間達----が、急激に視界に映った。 そのうちのいくつかは、間違いなくリエ自身が手を下して残忍に命を奪ったのだ。急 に身体がガタガタ震えだし、リエは耐えきれず膝をつくと、その場で激しく嘔吐した。 アンソーヤとギブスンは顔を見合わせた。ギブスンが拳銃を抜いたのを制して、ア ンソーヤは小声で呼びかけた。 「ナガセ中尉……」 リエはぼんやりと顔を上げ、アンソーヤに視線を合わせた。自分が全裸であること に気付くと、のろのろと胸を隠した。 「帰ろう、地球へ」アンソーヤは躊躇いがちに続けた。「君は地球で最高の魔法の 力を手に入れたんだ。悪いようにはしない。一緒に帰ろう」 「どういうことなの?」リエはようやく唇を動かした。まるで他人の身体に宿って いるように、全身が重く、小さな違和感が残っている。「この作戦は何が目的だった の?」 ギブスン大佐の顔に怒りが走った。 「中尉、君が作戦の目的などに関与する必要はない!」 リエが反応するより先に、アンソーヤが手を動かした。小さな平手がギブスンの頬 をピシャリと叩く。ギブスンは叫び声を上げて、5メートルも後方へ転がっていった。 「全てはアンスティへの移住プロジェクトの一環なんだ」アンソーヤは話し始めた。 「今まで発見されたレヴューはどれも人間が即座に移住するには、環境が過酷なやつ ばかりだった。いくつかのレヴューではテラフォーミングが進んでいるが、移住を開 始するには数十年はかかる。ただちに人類の移住を開始できるのはこの世界だけなん だ。それは知っているだろう?」 公式には認められていなかったが、リエはその噂を知っていた。小さく頷くリエに アンソーヤは淡々と続けた。 「だが、アンスティに移住するにあたっての唯一のネックはアンシアンの魔法だ。 アンシアンは科学技術を持っていないが、決して無知でも愚かでもない。彼らが<ム ーンゲート>と地球の存在を知ったとき、強力な魔法を持ったアンシアンが逆に地球 へやってくる可能性は充分ある。そのとき、地球はアンシアンに征服されてしまうか もしれないんだ!彼らの魔力の前には、どんな兵器も無力なんだ。 魔法が地球にもたらされてから、政府の極秘命令を受けたシンクタンクが、地球人 にアンシアンと同等以上の魔力を発現させる研究を進めてきた。そして、2年前、彼 らは偶然に<ヴェーゼ>を発見したんだ」 「<ヴェーゼ>?」リエは呟いた。「あたしが浴びた青い液体?」 「そうだ」少年は首肯した。「だが、シンクタンクが最初に精製に成功したのは、 できそこないだった。秘かに100人の被験者に対して投与が行われたが、そのうち 99人は魔法の力を得るどころか死ぬか廃人となった……」 アンソーヤは語尾を濁したが、リエには最後の一人が誰であるかはっきりと分かっ た。身振りで促すと、アンソーヤは躊躇いながら続けた。 「ぼくは8日間、生死の境をさまよった揚げ句、生き延びて地球で最高の魔力を手 に入れた。しかし、それでもアンシアンの魔法使いには及びもつかない。それは、は からずも先ほど証明されてしまったわけだが……」アンソーヤは老成した笑いを洩ら した。「その後、研究を続けるにつれて、より純粋で強力な<ヴェーゼ>がアンシア ンの体内に存在していることが判明したんだ。しかも、それは女性だけが持っている ものだった」 リエの脳裏に、ガーディアックを襲撃した記憶がありありと甦った。例の男根に似 た器具を、幼い少女の性器に挿入する自分を思い浮かべたとき、リエは再び嘔吐感に 襲われ、必死にそれをこらえた。 「今回の作戦で純粋な<ヴェーゼ>が手に入る筈だった。そうすれば、ぼくの持つ ラボで、それを解析し、合成することも可能になるんだ」アンソーヤは憶することな く、真摯な瞳をリエのそれに合わせた。「頼む、ナガセ中尉。ぼくに協力してくれ。 人類のために」 「ふざけないでよ!」リエはとうとう爆発した。「人類のため、ですって!?今夜 そのために何人の人間が死んだと思っているのよ!人類のためなら、罪もない非戦闘 員を虐殺してもいいって言うの!」 「やむを得なかったんだ……」 「やむを得ないですって?人類がより強力な力を持った人々と出会っただけの話じ ゃないの。それに、地球がアンシアンに征服される危険?ふざけるんじゃないわよ。 どうして腐敗した政府と同じ事を、アンシアンが考えるなんて決めつけるのよ。何も かも地球人が自分勝手によくわかってもいないアンシアンのことを好戦的な種族だっ て決めつけてるだけじゃないの。いつか侵略されるかもしれないから、その前に叩き 潰しておこうってわけ?どうして、共存の可能性を考えようともしないのよ!」 「共存の可能性を考えたからこそ、<ヴェーゼ>が必要なんだ」アンソーヤは頬を 紅潮させて反論した。「中尉、君は共存の意味を理解していない。共存とは同じ力を 持っていてこそ成り立つんだ。一方の力が優れていれば、それは形を変えた隷属に過 ぎないんだ。地球人がそんな考えを許容するものか!」 リエとアンソーヤは互いに相手を睨みつけた。リエの力はアンソーヤよりも遥かに 強力であるが、アンソーヤは懼れる色も見せなかった。少なくとも見せかけでない勇 気だけは持っている少年だった。 ややあって、リエは固い声で告げた。 「地球には帰らないわ」表情と声に決意が現れていた。「実験動物のように身体を いじくりまわされるのはごめんだわ」 そう言うと、リエは地面に転がっている兵士の死体に近付くと、戦闘服を脱がせは じめた。少しサイズが大きかったが、ベルトで締め付ければ着れないことはなかった。 それからハンドガンを手にしたが、少し躊躇した後、それを捨てた。代わりにナイフ を2本取ると、戦闘服の中にしまいこむ。非常用栄養チューブも数本ポケットに詰め 込んだ。 アンソーヤは黙りこんで、身支度を整えるリエを見守っていたが、リエが歩き出す と声をかけた。 「これからどこへ行くつもりだ?」 「さあね」振り向きもせずにリエは答えた。「あたしひとりの居場所ぐらいどこか に見つかるわよ」 「さっき、君の放った魔法はアンストゥル・セヴァルティ全土で探知されている。 この世界の全ての魔法使いが君を追いかけることになるかも知れないぞ」アンソーヤ は警告した。「それに、ぼくだって諦めない。いつか必ず君を手に入れてみせる。忘 れるなよ、ナガセ中尉。いや、リエ・ナガセ」 答えはなかった。リエは魔法を使って消えたりせずに、自分の足で歩いて森の木々 の間へと歩み始めた。望んで得たわけでもない力は使わない、と公言しているかのよ うだった。 リエの姿が夜の闇へと消え去るまで、アンソーヤは無言で、その後ろ姿を見守って いた。
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