長編 #2636の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
6 かろうじて発砲を自制してきたリエだったが、そろそろ銃を使ってでも自分の身を 守らねばならないときが来たようだった。リエの隣にいた、コンポーネントを背負っ た兵士の頭部が、突然ザクロのように砕けたのである。兵士はぐらりとよろめき、顔 から地面に突っ込んでいった。 リエは姿勢を低くしながら、素早く銃口を回し、狂乱状態でサブマシンガンを撃ち まくっている女性兵士に向けた。相手がリエに目を止めた瞬間、リエはトリガーを絞 った。セミオートで発射された3発の銃弾が正確に女性兵士の右腕を貫き、悲鳴が上 がった。特殊部隊の兵士は、被弾してもうめき声ひとつ上げないように訓練されてい るが、敵の魔法はそれをあっさり打ち消してしまったらしい。 女性兵士が地面に倒れたのを確認して、リエは傍らの兵士を調べた。正確にはその 背負っているコンポーネントを、である。何だかしらないが、これが今回の作戦の要 であるらしいからだ。 「ディレクターは無事か?」 いつの間にか作戦指揮官が姿勢を低くしながら近寄ってきていた。リエは反射的に 銃口を向け、すぐにそれを降ろすと小さな声で答えた。 「この装置なら壊れてはいないようです、サー!」 「よろしい。今からお前をディレクターの警護に割り当てる」作戦指揮官は周囲を 見回しながら命じた。「もうすぐ移動を開始する。敵への応戦は考えなくてよい。デ ィレクターの無事だけを心がけろ」 「イエス・サー!」 作戦指揮官は頷くと、音も立てずにその場を離れていった。 兵士達は何とかまだ秩序を保っていた。だが、それも時間の問題だと思われた。今 のところ敵の幻術によって仲間に銃を向けた兵士の数は多くはなかったが、さらに増 加することはあっても減ることなどないのは明らかだった。こちらはいまだに敵の姿 さえ捉えられないのだから。被害者の数が半数を占めたとき、中隊はその機能を失っ てしまうだろう。 このとき、戦闘支援車両との連絡は、双方の懸命の努力にもかかわらずほとんど途 絶していた。今回の作戦のために用意されたコムリンクは、できるかぎり機構を単純 化してあったのだが、敵の魔力によってスクラップも同然になってしまった。そのた め、アンソーヤが戦闘支援車両を飛び出して向かっていることを、作戦指揮官をはじ め、攻撃を受けている兵士達は一人として知らなかった。 「全員、移動開始!」タイミングを見て、作戦指揮官は決断を大声で怒鳴った。「 12時30分へ前進!」 通信体系が崩壊した今、あらかじめ定められた暗号やパスワードは無意味だった。 命令は肉声で伝達された。 「移動開始!」 「移動開始!12時30分!」 無傷の兵士たちは、後方へ銃火を投げつけながら迅速に移動を開始した。幻覚に支 配された数人の兵士たちは、置き去りにされたことも知らずに殺し合いを続けている。 もちろん、彼らを完全に置き去りにするわけにはいかない。それほど時間をおくこと なく、重火器を携えた別部隊が哀れな兵士達を掃討する任を帯びて地球を出発する。 物理的な証拠としての地球人の存在を残して置くわけにはいかないからだ。行方不明 になったパトロール部隊に対しても同様の処置が取られるはずである。 リエは例のコンポーネントを背負っていた。見かけより重いのは、エレクトロニク スの要素が極限まで省かれているからであろう。背中からは、絶えず小さな作動音と 低い振動が伝わってくる。 ヒュン! 手を伸ばせば届きそうなほど至近距離を弾丸が切り裂いた。さすがに総毛立つのを 感じたが、リエは振り向きたい衝動を押さえつけて走り続けた。 「後方から発砲してきます!」誰かが叫んだ。 「構うな!」作戦指揮官が怒鳴る。「急げ!」 だが、散発的だった後方からの銃撃は、次第に激しく正確になりつつあった。数メ ートルを進む間に、2人の兵士が後頭部を吹き飛ばされて倒れた。 「前方から誰か来ます!」 「何だと!?攻撃用意!」 リエは走りながら、前方の闇の中に目を凝らした。白い服を着た小さな人影が部隊 の方へ向かってくる。見たところ、まだ子供らしい。リエは少し驚いて、それを口に しようとした。 まさにその瞬間。 後方を固めた兵士たちの間をかいくぐるように飛来した銃弾が、リエの背のコンポ ーネントの中央に命中した。コンポーネントは大部分が強化セラミックスで構成され ていたが、銃弾はまるで狙撃したかのようにわずかな接合部分に食い込み、内部へと 突き進んだ。 「!」 背中に衝撃を受けたリエは前につんのめって膝をついた。右の肩胛骨の下に灼ける ような痛みが走っている。破片が食い込んだのである。 破損したコンポーネントはなおも振動を続けていた。だがそれは次第に大きく激し くなり、全員の視線を集めるほどの耳障りなガガガガガという作動音を発するように なった。 不意にディレクターの一部が内部から破裂するように開き、不気味な燐光を放つ青 い煙が吹き出した。機械的な煙ではなく、化学的な煙である。続いて、ディレクター はまるで咳をするように青い液体を上部から吐き出した。 すでに近くまで駆け寄ってきていたアンソーヤは、それを見ると狂ったように叫ん だ。 「止めろ!<ヴェーゼ>が!<ヴェーゼ>が洩れてしまう!」 大部分の兵士はアンソーヤが誰だか知らされておらず、少年の叫んだ言葉の意味も 理解し得なかった。彼らは見知らぬ子供がリエに駆け寄ろうとするのを見て、理由も 分からないままに制止した。アンソーヤはその気になれば数人の兵士など片手で排除 できたのだが、すっかり逆上して自分の力を使うことが頭に浮かばなかった。 ゴボッ。 青白い半透明の液体は、ディレクターからリエの首筋へとこぼれ落ちた。まるで意 志を持つアメーバのように、ぬるりと戦闘服の間に滑り込む。膝をついていたリエは 異様な感触が背中を這うのを感じて、痛みをこらえて立ち上がった。その動きが液体 を、背中の傷の部分へと導く結果となった。 「あ!」液体が傷口から体内に侵入した瞬間、リエは呼吸が止まるほどの強い力を 感じた。「あああああ!」 「いかん!」アンソーヤが叫んだ。「撃て!あいつを殺すんだ!」 瞬間的にリエの視界が透明になった。月のない夜の闇も、周りを囲んでいる兵士達 も、故郷の思い出も、全てが希薄化し、スロー映像のように緩慢に動く、現実をから かけ離れた遠い存在になった。リエ・ナガセの存在する時だけがその流れを速めたよ うに周囲の風景が静止した。 リエが今感じているのは、裸の自分自身だけ。身に着けた戦闘服も、手に持った銃 も、あたかも最初から存在しなかったかのように意識から消失している。逆に自分の 肉体のあらゆる部分が、髪の毛一本から血球ひとつに至るまで声高に自己主張してい るようにリエの意識にシンクロしていた。リエという人間を構成する全ての細胞が緊 密なネットワークとなって、精神との間で、大量の情報を送受している。 無に近いほど透き通った意識。その奥底にわずかな影となった不透明部分がある。 1ミリセカンドという短い時間で、その影はひそやかに意識の表層へと浮かび上がり、 瞬く間に全てに手を伸ばし、その支配権を獲得した。 あたしの中の何かが呼び覚まされてしまった。リエは微かな恐怖とともにそれを感 じ、それが自分にもたらすであろう激甚な変化に脅えた。できれば一生そっとしてお きたかった影。心の底に幽閉された、暗くて重い、それでいて激しく熱い獣。 やめて、こないで。リエは抵抗した。あたしをそっとしておいて! もう遅い。その獣は意外に優しく囁いた。私は目覚めてしまったのだ。 お願い、あたしを変えないで! もう遅い……もう遅い…… あ…… かつて体験したことがないほどの純粋な快楽が緩やかにリエを包み込んだ。リエは わずかな抵抗を諦め、それが自分を覆い隠すのに任せた。 その瞬間、アンストゥル・セヴァルティ全土に魔法的な衝撃が走った。 パウレンのように魔法そのものを生業とするアンシアンは、その時間に軽視し得な い力が突然誕生したのを知った。その他の、アンシアン----生活のためにわずかなが ら魔法の力を身に着けている人々----も、漠然とではあるが、新しい魔力を感じた。 前者のアンシアンたちは、さっそく様々な方法で新しく誕生した魔力の源を探ろうと 努力を始めた。だが、彼らは間もなく困惑の表情を浮かべることになった。彼らが接 触した意識は、今まで見たこともないほど強固なシールドを張り巡らせていたからで ある。 好奇心を刺激された魔法使いたちは、魔法使い協会に連絡を取った。私が知らない 間に極秘の実験でも行ったのか?もちろん返事は「否」であった。 アンストゥル・セヴァルティに潜入した地球人たちの調査でも、その実態が掴めな かった魔法使い協会は、今、クーベス大陸の小さな村ガーディアックに注目すること となった。 ようやく魔法を使うことを思い出したアンソーヤは、一語の呪文を発して、自分の 両手を掴んでいる兵士たちを空中に持ち上げて放り出した。 「ぼくに触るんじゃないぞ!」 驚く兵士達を睨み付けて怒鳴ると、アンソーヤはリエに注意を戻した。 もはや手遅れであることはわかっていた。<ヴェーゼ>は、残らずリエの体内に吸 収されてしまった。もっとも、ディレクターの中での<ヴェーゼ>抽出がどの程度終 了していたのかは永遠に分からないだろう。従って、リエがどの程度の純粋な<ヴェ ーゼ>を体内に入れたのかも分からない。 リエの魔力は、アンソーヤが見守る数秒の間で驚くべき成長を続けた。普通の人間 が、あれだけの<ヴェーゼ>を投与されれば、即死してもおかしくないのだが、どの ような外部因子が働いたのか、リエは強力な魔法使いへと生まれ変わりつつあるのだ。 すでに<ヴェーゼ>の輝きは消えていた。ディレクターは完全に停止している。 しつこく続いていた銃撃の音も、何故かぴたりと途絶えていた。世界の全ての視線 が、地面にうずくまるリエ・ナガセ中尉に集中しているようだった。 リエは死んだように固まっていた。 躊躇いがちにアンソーヤは足を一歩踏み出した。二歩目を踏み出そうとして、突然 アンソーヤの口から言葉にならない驚きの叫びがもれた。 「!」 全裸のリエがそこに立っていた。リエが戦闘服を脱ぐ場面どころか立ち上がったと ころさえ、誰の視線にも捉えられなかったというのに。 リエの唇がかすかにほころびた。闇に溶け込むような漆黒の髪が一筋、感じられな い風にそよぐ。美しい輝きがリエの裸体を包んでいた。 ビュッ! その瞬間に何が生じたのかはっきり言える者は一人もいなかった。リエをみつめて いた兵士たちのうち、最も近くにいた6人の頭部が瞬時に消滅した。続いてリエの背 後にいた4人の胴体が一瞬で真っ二つになった。 声にならない恐慌が特殊部隊の兵士達に襲いかかった。即死を免れた全員が反射的 にリエに向かって銃口を向けた。わずかな躊躇いを吹き飛ばしたのは、アンソーヤの 叫びだった。 「撃て!撃ち殺せ!」 ダース単位の弾丸が、無防備そのものに見えるリエに集中した。だが、それらの弾 丸は不可視の壁に阻まれ、リエの美しい裸身に対してかすり傷ひとつ負わせることが できなかった。 兵士達が恐怖の表情を刻んだとき、静かにリエは動いた。 いや、実際には兵士達の瞳は、リエの残像しか捉えることができなかった。リエは 舞姫のような優雅な動きを見せ、兵士達の間を文字どおり飛び抜けた。その度に兵士 たちの身体の一部がきれいに切断され、鮮血が地面に降り注ぐ。リエは慈愛の女神の ような笑みを浮かべながら、残忍に仲間を切り裂いていった。指一本動かすわけでも なかったが、リエがやっていることは疑うまでもなかった。 アンソーヤは恐怖に震える瞳を大きく見開いて、リエの動きを追っていた。リエが 呪文すら唱えず、こともなげに瞬間的に放っている力は、アンソーヤのそれを遥かに 凌駕している。それどころか、アンシアンの強力な魔法使いたちに勝るとも劣らない のではないだろうか。生まれて始めてアンソーヤは、深甚な恐怖を感じた。 ----無駄だとは思うが…… アンソーヤは持てる限りの力を集中すると、リエが背を向けた瞬間にそれを叩きつ けた。 リエはゆっくりとアンソーヤを見た。リエは平均的な容姿を持った女性だったが、 アンソーヤには現世の存在とは思えないほど美しく見えた。 ----ダメだ! アンソーヤは懸命にシールドを張りながら呻いた。全力をこめた一撃はリエに何の 効果も表さなかった。 リエがゆらりと進み出た。すでに周りに立っている兵士はいない。アンソーヤは全 身から冷汗を流しながらも、魅入られたようにリエから視線を外せなかった。 不意に残忍な笑みに彩られたリエの顔に不審と警戒の表情が浮かんだ。アンソーヤ はリエの視線がもはや自分に向けられてはいないことに気付き、はっと後ろを振り向 いた。高い木を背にして、草色の服を着た、驚くほど背の高い女性が佇んでいる。地 面に届くほどの赤毛が、彼女が静かに放つ魔力と共にアンソーヤの脳裏に焼き付いた。 先ほどまで幻術を使っていたアンシアンに違いなかった。彼女もまたアンソーヤなど 目もくれずに、燃えるような視線をリエに向けていた。
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