長編 #2626の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
四月の雪は街を眠らせた。 朝には陽気に汗ばんでさえいた、うすものにおおわれた肩を、凍てついた夜気に ふるえる手で神経質に抱きながら男たちも女たちも足早に帰路を急ぐ。 路地裏で震える野良犬をおびやかす酔漢の千鳥足も、今宵は背中をまるめて小刻 みに地をうち、夜ごと威勢のいい、あるいは淫靡な呼びかけが朝まで耐えない裏街 の街路も、今宵ばかりは早々にネオンの灯りを落としてつぎつぎに扉を閉ざしてい った。 そして幻想が街をねり歩く。 鎌を抱いた極彩色の死神は夢の内部のできごとのように人びとにうつろな恐怖と 陶酔をふりまいて歩き、そしてそれは時には死者さえひねり出していた。が――そ の当事者以外にそのことに気づいているものはまだ、だれ一人としていない。 降りつぐ雪に音は奪われ、白い集積の底に臭気は封じこめられ、少女はうつろに 笑いながら打ち壊されたガラス玉の残骸を求めて街をさまよう。 そして、ダブルシフトまっただなかのチャン・ユンカイは、けたたましく鳴きわ めく電話のコールを天から無視しつつ、幾度めかのアルコール調達行をまたもや上 司に阻止された憤懣を、ありったけの不機嫌とともに後輩のルー・チーロンに放出 していた。 「エリートさまは、まったくよ。ええ? 先輩の命令だってのに買い物ひとつでき ねえってんだからな。ああ、ああ、そりゃおめえは総監の息子で優等生のエリート さまだもんな。そりゃこんな万年ヒラ刑事のどぶ泥な人間のいうことなんざ、そり ゃちゃんちゃらおかしくって聞いちゃいられねえんだろうさ。ああ、ああ、そりゃ、 な。そりゃそうだとも。ええ、ええ、ごもっともってんだ。へ」 無能、および悪徳で名高い小太りの先輩刑事のいつもの愚痴に、近々別部署への 配置がえが決まっている長身をもてあました若きエリート刑事は、これもいつもど おり、きわめて生真面目に応対していた。 「そんな、チャン先輩、ぼくはそんなつもりなんて全然ないんです。だってぼくの 父が総監だってことはぼく自身とはまったく関わりのないことなんだし、もちろん それを鼻にかけたくだってない。でも先輩、勤務中に飲酒だなんて、やっぱりどう 考えてもいけないことです」 実際、どこをどうまちがってかヤクザと寸分たがわぬ荒くれどものたむろするラ ウレン殺人課二係に配属された上に、よりにもよってチャン・ユンカイなどという 悪名高き不良刑事とコンビを組まされて標準時で一年近くが経過していながら、こ の強烈かつ卑俗なるユンカイの個性に毒さるどころか持って生まれた正義感を維持 強化したのみならず、その純真さ、素直さをさえ失うことなく不思議に悪くないコ ンビを組んでこられたというのだから、あるいは直属上司のマウェンの云うごとく、 この事実は奇跡にほかならないのかもしれない。 「うるせえぞエリートさま。あのなあ、この世界てのはなあ、いけないことで成り 立ってるんだよ。わかる?」 「でもやっぱりいけないことはいけないことです」 正論派対すちゃらか派の議論は、まるで電話に出ようともしないユンカイと、こ ちらはひとつこと(つまりはユンカイ相手の正論展開)に夢中になりすぎて視野狭 窄に陥っているチーロンのふまじめぶりに業を煮やしてみずから電話に応対してい た上司のマウェンの怒鳴り声に、強引に断ち切られた。 「おいきさまら、いつまでぎゃあつく愚にもつかないことを。事件だ事件。三番街 の軌道エレヴェータのエントランスで男が三人、死んでいるらしい。いって見てく るんだ。早く」 「はあ?」 とユンカイはあからさまに寄せた眉根でやる気のなさを力いっぱい主張する。 「男が三人? なんだか知りませんがね、課長、いき倒れになんざいちいちかかわ りあってちゃ殺人課の名折れですぜ」 「でも先輩、いまどきいき倒れなんてたしかに変ですよ」 「そのとおりだ。しかも今日、同種の事件はすでに四件めだ。その四件がすべて、 何者かに対する恐怖の表情をはりつけたままの絶息らしい。殺人かどうかはわから んがたしかに不可解な事件だ。ぐずぐず云わずにとっとといけ。ムダ飯ばかり喰ら ってんじゃない」 「はい課長。さ、先輩、いきましょう」 「けっ。なんでえ。いい子ちゃんぶりやがってよ」 「先輩、ひどい。ぼく、ぶってなんていません」 たしかにフリなどではなく、一から十までチーロンは本気である。 「ああ、おい待て。ついでってわけじゃあるんだが、これも持ってけ」 「なんです? どうせまた厄介ごとの追加に決まってるんだ。ぶつぶつ」 「ぶつぶつぬかすんじゃない、チャン」 とマウェン課長がさし出したホロチップは、ミドルティーンらしきあどけない顔 だちの少女の立体映像を映しだしていた。 「課長のお孫さんですか?」 真顔で訊くチーロンにマウェンは思いっきり顔をしかめてみせる。 「ばかもの。まだそんな歳じゃない」 「じゃ2号だな。よくもまあ安月給で。世間知らずの小娘をだまくらかして囲って るてわけだ、この超変態の極悪人が」 「きさまはまったくどこまでくだらんたわ言を。都警病院から捜索依頼でまわって きたんだ。なんでも昏睡状態のはずが、だれも気づかないうちにベッドからいなく なっちまってたらしい。病院の外で、ふらふら歩いてるのを見かけた人がいたらし くてな。目下捜索中だ」 「警察病院ですかい?」いぶかしげにユンカイは眉根をよせる。「かわいらしい娘 ですが、殺人犯か何かで?」 「バカ。被害者だよ。かなり凶悪な暴行を受けたらしいな。犯人はまだ見つかっち ゃいない」 「なんでえ。強姦されたのか。かわいそうに。ほれチーロン、ぽけっと見とれてん じゃねえよ。こういう脳みそたりなさそうな、素朴なタイプが好みか? あん?」 「そっ、そんな先輩、ぼくべつに見とれてなんか」と、むきになって否定する。 「それにしても、こんないたいけな少女に暴行を働くだなんてまったく許せない連 中ですね。どうしてそんなことするんだろう」 「世の中おまえみたいに平和な脳の持ち主ばかりじゃないってこった」 「ちょっと先輩、それじゃぼくがバカみたいじゃないですか。いいから早くいきま しょう。こんな寒空の下さまよってるだなんて、この女の子がかわいそうだ」 「ばか、おめえ、おれたちゃ捜索に出るんじゃなくて現場検証にだな。こら、襟首 ひっぱるんじゃねえよ繊維へたってるんだから破れちまうだろうが。ひっぱるなっ てのに」 と、チーロンに尻をたたかれるようにしてユンカイは、贅肉だらけの短躯をひい ひいいわせながら屋上のフライアの内部にほとんど無理やり、といった感じでぎゅ うとおしこめられた。 なお降りやまぬ白銀の都市を、無機質な灯火の列をぬうようにして浮揚機は耳ざ わりな騒音をたてながら、はるかな頭上にうかぶ軌道ステーションへと長大にのび た軌道エレヴェータの都市根幹部へとたどり着く。 ポリスボックス勤務の制服警官が六名。救急フライアが一台。そして鑑識課の記 章をつけた顔見知りの解剖屋が三人。いずれもすでに、ひととおりの検証を終えた らしくいき倒れていたという屍体は、まるでまだ生きてでもいるかのように丁重に 担架にのせられつつあるところだった。 「なんか変わった点はあるか?」 うわあと大口ひらいてあくびを見せびらかしつつユンカイが訊くのへ、鑑識課員 のひとりがこれもまた事務的に答える。 「とりあえず何もわかっちゃいないな。死因は心臓麻痺だ。どうもなんだかよっぽ どおそろしいものでも見たらしい。何を見たかってのは、まあ、さっぱりわかりゃ しないがね。とにかくまあ、どう考えても何もないとしか思えない平凡な場所でシ ョック死、と。遺留品だのの手がかりらしきものも一切なし。近ごろじゃ、とつぜ ん寒くなったりするとぽっくりいっちまうってのが流行かね」 「ほかにも三件あったんだろ? みんなこれといっしょか?」 「二件はな。あとの一件はちょっと妙でよ。窒息死だ」 「あん?」 ユンカイは目をむき、チーロンは、 「港ですか? それとも、まさかステーションで?」 「エレヴェータの上は管轄がちがうよ、シャオルー。それに単なる溺死ならべつに わざわざ、この事件につけ加えるような手間かけるかい。ちがうね。場所は十三番 街のバーの前だ。死んでたのはバーのマスターとホステスふたり。店のシャッター はおりてて、鍵はかかってなかったがマスターの手の中に握られてたから、まあ早 じまいで帰ろうとしてたところだったんだろうな。店内でなら酸欠ってセンも、ま あまったく考えられないわけじゃないんだろうが店の外だし、まったくわけがわか らんよ。雪に顔つっこんで自殺でもはかったのかね」 「そんなまさか」 と真正直に反応するチーロンに鑑識課員は苦笑をうかべ、 「くわしいことはもう“ルキ”に入ってるころあいだ。興味があったら問い合わせ てくれよ」 「興味なんざねえよ」 ふわあと盛大にあくびをもらmつつユンカイが吐き捨てる。「それに、通信プロ セッサ、署に忘れてきちまった」 「もう先輩、しっかりしてくださいよ。通信プロセッサならぼく、ちゃんと装備し てます」 「あーあーわかった、おまえはマジメだよ。その調子でひとりで事件解決してくれ」 ひらひらと手をふるユンカイに生真面目にうなずきながら、チーロンは内耳にし こまれた通信プロセッサに呼びかけ、警察専用記憶バンク端末にアクセスを開始す る。救急フライアに鑑識課員たちも乗りこみ、制服警官にはユンカイが「あー君た ちもういいよ。とっとと帰って茶でも飲んでな」と犬でも追うようなしぐさで終了 を告げた。 「おかしいな。先輩、ぼくのコムプロ、故障しちゃったみたいです。うんともすん ともいいません」 「なこた知るかよ。おめえの整備不良ってやつだな。署の備品ぶち壊しやがってと んでもないヤツだなおまえは」 「そんな先輩」 「こら、すり寄るんじゃねえよバカ。けっ、まったく。なんだあいつらはこんな夜 に浮かれやがって。まったく」 憎々しげにいって白い地上に唾を吐くユンカイの視線の先に、道化師のように色 とりどりの衣装に身をつつんだ奇妙な一団が、まるで宙でも舞うような軽い足どり でゆっくりと、楽しそうな笑い声をあげながら横ぎっていった。 「ありゃあもしかすっと、ヤクでもやってっかもしんねえな。でなきゃこんなおっ そろしく冷えこむ夜にああも浮かれ騒いでいられるモンじゃねえ。うら、ガキども、 とっとと家に帰って寝ろ。逮捕すんぞこら。おれにもヤクわけろ」 刑事にあるまじき言動で叱責とも野次ともとれぬ言葉を投げかけるチャン・ユン カイなどまるで気にした様子もなく、奇妙な一団はふわふわとした足どりで街路を 曲がって姿を消した。 「先輩、やっぱり連絡がつきません。ああ、鑑識の人たちに連絡してもらえばよか ったかな」 「阿呆。フライアの通信機があるだろうが。どっちにしても、べつに急いで報告す ることなんざ何もねえんだ。とっとと帰ろうや」 「でも先輩。これじゃ何のために出てきたんだかわかりゃしませんよ。もうすこし こう、聞き込みとか付近の探索とか、ぼくたちだけででもやっておきませんか」 「おいチーロン、おまえついに気が変になったのか? この寒空の下をよ。冗談じ ゃねえやまったく。しかしまあ、おまえの云うことにもたしかに一理あるかもな」 え、と目をむいたのはチーロンだった。こちらの方こそ、正気ですかとでもいい たげに丸々と見ひらいた目で見かえすのへ、なんでえ文句あるのかと唇とがらせつ つユンカイは云った。 「それじゃまあ、手はじめにさっきあいつが云ってた十三番街にでも、いってみる か。うら、早くフライア出せほら」 フライアの通信機を使って署の方に手短に報告を入れてから、バンクに問い合わ せて問題の店の名を聞き出したころにはフライアは、十三番街にたどりついていた。 周囲はひっそりと静まりかえって人影ひとつ見あたらず、問題の店はもちろんシ ャッターが閉じられていた。ポケットから手を出そうとさえしないユンカイの命令 を素直にきいて、チーロンはシャッターを開けようとしたが、改めて鍵が閉めなお されたかびくともしない。 事件があってからも降りつづいていたせいだろう、つもった雪にはすでに足跡ひ とつ見あたらず、新たに手がかりになりそうなものなど何ひとつない。 「先輩、これじゃどうにも手のつけようがありませんね。あれ? 先輩。どこいく んです?」 舞い散る雪の中をはるか離れたネオン街に、誘蛾灯にひきつけられるようにして よたよたした足どりで消えていくユンカイを、チーロンはあわてて追った。 「先輩、ここではすることなんかもうありませんよ。移動しましょう」 「バカぬかせこのひよっこめが」 というのが、チャン・ユンカイの返答だった。「捜査の基本はおめえ、聞き込み だぜ。こういう場合は近所の店をまわるってのが常道なんだよ。イヤならついてく るな」 「ちょ、ちょ、待ってくださいよ先輩」 と制止をかけるのもまったく聞かずにユンカイは、手近の半地下のバーにとっと と降りていく。こういう場合のチャン・ユンカイの動作は奇妙なほどすばやい。
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