長編 #2616の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
4 最近亮太は、夜、ぐっすり眠ったことがない。いつでも胸がどきどきして、デリ シャスのことが頭から離れない。今日も、寝床から起きるのがつらかった。 頭が割れるような疼痛が、ここ一週間続いている。頭痛薬を飲みつづけで、腹の 方も下痢ぎみである。 ふらつきながら支度をして、出勤しようとすると、母の志津恵が、居間から出て きた。今日は、縫製工場が休みで、ずっと家にいるのだ。 「お前この頃、疲れてるんじゃないかい」 志津恵が心配そうにいうと、亮太は、迷惑そうに舌打ちして、構わずに外に出よ うとした。 「亮太、体を大切にしないといけないよ。若いからって無理をすると、とんでもな いことになるからね。最近、お前、寝言を言ってるんだよ。自分でわかってるかい。 かあちゃん、気味が悪くて……」 「うるさいなあ、疲れてるんだから、後にしてくれよ」 「亮太――」 志津恵は、訴えるように見つめた。亮太は、すげなくして悪かったと思った。小 学生のときに、父親と離婚してから、女で一つで育ててくれた母である。調子のお かしい自分を見て、不安になるのも当然かもしれなかった。 「かあちゃん、ごめんよ。でも、心配しなくていいよ。俺の仕事には口だししない でくれよ。俺、もうすぐ店長になれるんだ。ここでふんばらなくっちゃ、今までの 努力が全部無駄になっちまう」 「亮太、馬鹿正直にやってると、損をするよ。自分の得になるように、考えないと。 体を壊したら、何にもならない。そうなったら人様は、冷たいものだからな」 「うるさいなっ、もう言うなよっ」 母の教え諭すような口調が、うとましかった。一番つらいのは自分なのだ。つら くても、休みたくても、それでもやらなければならないと思って、必死に頑張って いるのではないか。なぜ、水を差すような言い方をするのだ。 亮太は、母の言葉を振り切るように、黙って駆け出していった。 亮太が出勤すると、建物の窓ガラスが一枚、大きく割れて、植え込みに破片が飛 び散っていた。 「どうしたんだ、これは」 幹雄が、あっけにとられたように立っていた。 「さっき、暴走族が来て、石ぶつけていったんですよ」 「暴走族……」 亮太の頭が、まだぎりぎりと痛んだ。 「どんなやつらだ」 「わかりません」 「ぼけっとしてないで、破片を片付けたらどうなんだ」 「ああ……」 「ほら、早くしろ!」 幹雄に掃除をさせて、とりあえずブラインドを降ろして見えないようにした。 「……これで、大丈夫だ。なんとか、大丈夫だ……」 亮太がうわ言をいうようにつぶやいていると、電話のベルがジリジリと鳴った。 亮太は、その音を聞いて、ぎくりとした。 「……デリシャス泉ヶ丘店でございます」 「ああ、副店長。植山ですけど、今日いけません。急用ができちゃって……」 先日から勤め始めたばかりの、アルバイト植山健一だった。そのしゃーしゃーと した口調に、亮太は顔を歪ませた。 「いいかげんにしろ。困るだろうよ。無断欠勤はするなと、あれほど言っておいた じゃないか。今、どれほど忙しいかわかってるだろう」 「すみませ〜ん」 「もう少し自分の責任を自覚したらどうなんだ。みんなが本当に迷惑するんだぞ」 亮太がいらいらした声で責めると、健一は急に口調を変えた。 「もういいよ! もうそんな店、二度と働きたくもない。やめるっ」 力任せに受話器をたたきつける音がした。 調理場を見ると、幹雄が壁によりかかってニヤニヤしている。亮太は、かっとし て、こぶしをふるわせた。 「なに、ぼさっとしてるんだ。早く盛り付けろ!」 亮太が、怒りにわなわなと体を震わせると、幹雄はのっそりと視線を向けて、口 を尖らせた。 「てめえ、偉そうに人に指図するんじゃねえよ」 「なんだと……」 「てめえの顔を見ていると、むかつくんだよ」 「なんだと。なんだ、その言い草は。俺はいつだって、お前のためを思って言って やっているのに。もともとぐうたらで、どうしようもないやつのくせに」 幹雄は、それを聞いて逆上した。 「無能なのは、お前だろうっ」 「もういっぺん言ってみろっ!」 怒鳴りながら、亮太はとんでもないことをしていると思った。店の中で、副店長 が従業員と喧嘩。……お客様たちが、あきれ顔で次々に帰って行く……。 ――店長になるのは、無理だな 真田マネージャーの怒声が耳の中に反響した。亮太は、もう何がなんだかわから なくなった。 「……なんだと、おとなしく聞いていりゃ、てめえ……」 亮太は、目を吊り上げて、狂ったように幹雄につかみ掛かった。 「ラーメンにゴキブリが入っていたのだって、椅子にガムがついていたのだって、 みんなお前らが悪いんじゃないか。なんで、俺が叱られるんだ。悪いのは、全部お 前らなんだぞっ」 しばらく二人は、うなり声を上げながら揉み合っていたが、やがて幹雄は力任せ に亮太の腹を蹴りあげた。 亮太は、圧し殺した悲鳴を上げて、しゃがみこんだ。 「馬鹿野郎、こんな気違いみてえに忙しい店なんか、二度とくるもんかっ!」 目をぎらぎらさせて、幹雄は外へ走り出していった。 「ちくしょう、あのやろう……。忙しいときに、責任を放り出しやがって。あのや ろう。……」 亮太は、泣き出しそうな声でうめいたが、口をきっと結んで立ち上がった。 「アルバイトが二人来ないんじゃ、俺が、三人分働かなくちゃ。俺が、働かなくち ゃ……」 店に流れる音楽が、まるで針の雨のように突き刺さってきて、亮太は気が狂いそ うに耳を両手で押さえた。 テーブルにいる客が、口々にコンプレをわめき立てているように見える。亮太の 胸がぎりぎりと痛んだ。幻聴か現実かわからない罵声と怒号が反響する。店の中が、 まるでクマンバチの巣のように思えた。 「……」 眼前が急に真っ暗になって、亮太は注文票を握り締めたまま、仰向けに寝るよう なふわりとした感覚を感じながら、何もわからなくなった。
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