長編 #2602の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
JETBOYS 第3話「長い髪の少女」 オクマリゾートのコテージに戻り、渚から受け取った手紙に目を通した。 手紙の内容は実にそっけないものであったが、大事な事が書かれていた。 ★ 今日の11時、オクマリゾートのビーチで待ってて下さい ★ 井上渚 男にデートに誘われてしまったようだ。どうしても笑うしか仕様がなくなって しまう。笑うしか自分の感情を正当化する方法がないのだし。 けど、男とか女とかという事は、もう隅っこに置くことにして、素直な気持ち だけを真実として渚に出会いたい気持ちであった。 さっきまで、ケーブルテレビを見ていた。こちらでは米軍向けのアメリカのプ ログラムを視聴する事が出来るのだ。チャンネルを切り換え、定時の10時45 分に始まるスポーツニュースのキャスターの顔を確認した。 ぼちぼちだな。 いくら南国といえども夜風は涼しい。持参したパーカーを羽織って、ビーチに 向かうことにした。 沖縄の地ビール、アポロビールを少し残して、鍵をかけた。 ★ 満ち潮の海原は、ヒスイのようなモノトーンの輝きを見せてくれる。 潮の香りがやっぱりいい。俺の生まれ故郷の須磨海岸の懐かしい香りを思い出 してしまう。 須磨での鼻タレ小僧の頃を思い出した。中坊の頃はよくエスケープして、ここ で夜を過ごした。近くのラジオ局が放送する音楽番組をよく聴いていた。 親にあれこれ言われるのが嫌だった。不幸にも一人息子なのだから、親の躾け というものがやたらキツかったのだ。放課後の部活はそれなりに楽しかったが、 退屈な授業時間に窮屈な自宅の空気はたまらんものだったのだ。 ザァァァァッと繰り返す波の音が、鼓動と程よく合っていた。DJの八方美人 的偽善者振りが鼻につくことがたまにあったが、心地よいジャズの番組に変わる と、そいつを子守歌にして寝ることが常であった。 高校の頃の須磨海岸は二人でよく過ごした。相手は、様々であったが、陸上部 の一目惚れした女の子と、じっくりとデートした。 本命は別に居たのだが、そいつの話を聴いていると、ついつい自分も口を開い てしまう関係であった。そいつには目標があった。何処までも前向きな姿が好き だった。 クラスの阿呆共は、そいつの事を男女だとからかっていたが、立派に女である 事を俺は知っている。セックスもそいつに教えてもらった。 そいつと一緒に居る事が、その頃の俺にとっては一番安心出来ることだった。 今は、東京の青ヒョウタンと結婚して、子供も一人作ったと聞く。 渚と誠は、そいつに似ていた。顔だけとったら渚の方がはるかに美人ではある が、渚に出会った瞬間、そいつの事を思い出したのである。 時計が11時と少し回った。渚はまだ来ない。 寝ころんだ。時が少し逆戻りした感触を背中に感じた。ラジオがあれば、基地 やタイペイの放送が聴けるかもしれない。 そういえば高校時代、失恋の涙で濡れていた女の子の事を慰めてあげた事があっ た。彼女とは一度きりの出会いだったのだが、この事は自分の脳裏に未だにくっ ついている。 彼女は、長い髪がさらさらと、綺麗だった。 だが、それもまた過去の事ではなかった。 長い髪の少女は、知らぬ間に俺の前に現れた。厳密には少女ではないが、ここ にいるのは、俺の思い出の続きであった。 「ごめーん、誠が眠るのを確認してから来たんだ」 渚は、この場に限っては少年ではなかった。白いワンピースの訳を尋ねると、 こういう恰好が好きなのだという。長い髪の毛はカツラだということだ。那覇に 買い物に行くときは、いつもストレートヘアのカツラを付けて遊びに行くのだと いう。 ホッとした。似合っている。俺が彼氏なら、淡色系のワンピースを迷わず買っ てあげるところだった。 常識なんて、今の俺には必要なかった。手が震えている。 「綺麗だ・・ ね・・・・ 」 震える声に、彼女は顔を赤らめて頷いた。 だが、渚が此処に来た訳は別のところにあった。 「今日は、誠が、あんなプレーをしちゃったんで、なんだか謝りたい感じになっ て。加茂さんは、仕方ないって言ってたけど、納得出来なくて」 渚は悩みを抱え込んでいた。誠の事が気になっていたのだ。確かに、今日起きた 事をそのまま書けば、誠やシーサーズ、移籍先のフリューゲルスのイメージダウン は免れない。 「俺の部屋で聞こう」 俺は渚の手を引いて、自分の泊まっているコテージに彼女を案内した。先程から 三人称を取り違えているが、どうしても彼という言葉を使う雰囲気になれなくて。 俺たちの事を冷やかした酔っぱらいに道中出会ったが、逆に睨み返してやった。 胸の鼓動が倍速で鳴り響くのがきこえる。渚の脈もそうだった。 ★ クーラーボックスには、地元沖縄のアポロビールとアポロオレンジ、あとはバド ワイザーとメイドインチャイナのペプシコが入っている。俺は、ペプシコを勧めた が・・・・・・。 「僕、これ好きだよ」 俺のアポロビールを奪い取り、置いてあったグラスに注いだ。 渚と俺はグラスに半分、アルミ缶に半分の冷えたビールで乾杯した。やや薄口の アポロドラフトは俺には物足りないが、渚には丁度いいくらいだ。 少しの沈黙の後、渚が話を切り出した。といっても、誠の話では無い。 彼女自身の事についてであった。 「記者さん・・・・・・ 」 「俺は伊丹っての。伊丹さんって呼んでくんないかな」 「伊丹さん・・・・・・ 」 じっと渚を見ていた。すると彼女、突然ワンピースのボタンを外しはじめた。 「まさか、おい!」 冷静に考えれば渚は男のはずだ。過去に男の裸だったら何度でも経験がある。 なのに言葉では、それを制止しようとしている。 「伊丹さん、見て」 渚は、上半身を露にした。 まさか! 狐に化かされてるんじゃないかと、何度も自分の頬を叩いた。しか し、どうしても現実だ。触ってみる。やっぱり、吸い込まれるくらいに柔らかく、 心地いい。 「僕の体、女の子と同じだよ。一つを除いて・・・・・・ 」 恥じらいながら、俺の耳に自分の秘密を伝えた。 しかし俺には、幻想をぶち壊す勇気が無かった。渚の「男」の部分を証明する 事は止めにした。 ホルモン注射なのか、シリコンなのかと尋ねた。渚は首を横に大きく振って否 定した。 この体は、生まれもってそうなのだ。神のたわけが余計な仕事さえしなければ、 今頃俺は理性を失い、持っているもの全てを吐き出したに違いない。 俺は、彼女に背中を向けた。無言の台詞を渚は感じ取ったのだろう、露にした 胸を再びワンピースの中にしまいこんだ。 「お兄さんの事について話があるんだろ」 別の場面に移るしか、自分を戻す術はなかった。だが、そのようにしたことで 話は更に泥沼状態へと進んでいった。 渚の言葉は、既にもろくなっていた既成概念の壁を跡形もなく消し飛ばしてし まった。 「うん。けどね、誠は、本当は女なの・・・・・・ 」 それって・・・・・・ 「な、なんだよぉ、それぇ! 」 無意識に叫びをあげてしまった。 「僕たち双子は、一卵性双生児なんです。けど、誠は女に、僕は男に生まれて 来ちゃった」 誠の一部始終を思い出してみた。確かにそういうタイプの女の子も世の中には 結構いる。あの変な嫌悪感は、誠の女の性に対してのものだったのかもしれない。 だとしたら、誠が男の中であそこまでやるのは奇跡なわけだ。その事をもらす と、渚は医学的な根拠を持ち出して、俺に説明してくれた。 「アラブ系の馬でもサラブレッドに勝ったためしがあるわけだし・・・・・・ 」 競馬を例えにした俺の答えに、そういうことかもねと渚は頷いた。 「僕はたまたま、男性ホルモンが少しだけ優性で生まれてきただけ。誠は、女 の子に生まれたことを後悔しているんだよね」 けど、あいつが男だったら、今頃沖縄で総番張っているに違いない。 もっと渚や誠の事について聞いてみたかった。しかし、時計は11時40分を 回っている。俺は、自分から誠の事について切り出すことにした。 「誠は女の子だけど、よくやってるよな。俺、ベレーザの練習見たことあるけ ど、比べ物にはなんないよ。それは褒める」 けど、という否定の接続詞を使おうとしたとき、渚は、今までとはうってかわっ て、深刻で塗り込んだ表情を見せた。 「けどやり方が汚いっていうんでしょ。僕も、誠のラフプレィの事は何度も何 度も注意してるんです。けど、女が男の戦場で戦うなら、それくらいの芸当は当 然だって・・・・・・ だけど誠は、いつも学校でいじめられていた僕の事を守ってく れたし、それに僕は、誠の事を愛してるし」 その言葉を聞いて安心した。一生懸命に誠の事を擁護する渚の言葉で、誠に対 する感情にもかなりの変化が現れたからだ。 渚は更に、心を込めた。 「僕は伊丹さんのことが好きです。誠には叶わないけど、大好きです。だから、 伊丹さんを信頼しています。伊丹さんが誠のことを思って記事を書いてくれるな ら、誠は更に一つ上のプレイヤーになると思うんです」 「たといそれがブーイングとなっても? 」 「はい、本当に」 渚は俺の手を握り、瞳を見つめた。 「ありがとう。俺もなんていっていいんだろか、好きだよ、君の事。ただ、誠 には嫉妬するけどさ」 「わぁぁぁっ、嬉しい」 抱きつかれてしまった。 なんだか妹が出来たようで決して悪い気分ではない。そういえば、石塚社長は フリューゲルスとのローン契約にサインしたわけだ。ということは、横浜に行き さえすれば何時でも渚には会えるのだ。そして、あの練習で見せた、ノートラッ プのボレーシュートもJリーグの舞台で毎度見れるわけである。指令塔としての 誠の技量に関しては、ラフプレィを除けばセリエAに決して劣らないくらいに凄 いのだ。それに渚と誠のルックスなら、百合願望の女の子が放っておかないはず だ。 一番渚に近いのは、誠を除けば自分であることが、正直言って嬉しかった。 「寮を抜け出してきたんだろ。もう戻らなくちゃ」 最後の一口を飲み干した渚に俺は言った。 「そうだね、寮長厳しいんだ」 「もうとっくに12時は回っている。一人で帰れる? 」 「バレると、謹慎だから、帰れるよ。うん」 俺は、オクマリゾートの玄関まで渚を送っていった。 沖縄の県道は、山間部の当たりはネオンライトのついてないところが多い。渚 の姿が闇の中に消えていった。 明日また会うときは、どんな笑顔を見せてくれるのか楽しみだ。どうせなら、 セーラー服姿の渚を見たいものだが。 先程の酔っぱらいにまたからかわれた。今度は石つぶてをなげつけてやった。 ★ 翌日、姫百合学園で壮行試合が行われた。一年間の期限付きであるが、渚と誠 はシーサーズを離れて横浜フリューゲルスでプレーをすることになっていた。こ れがシーサーズでの最後の試合であった。 紅白戦であったが、この試合に熱心な地元のサッカーファン千人程が集まった。 紅組の10番をつけた誠のプレーは、相手も無謀な事をすることなく、結果と して誠のプレーを引き立てるものであった。誠も、昨日のような殺伐としたプレー を見せることはなかった。 そして渚の、最終ラインをあっという間に突破して、ゴールマウスに詰めて合 わせるという、誠との息のあったコンビープレーをも観ることができた。 結果は言うまでもない。しかし爽やかな、二人のいいところが十二分に出た試 合であった。 ナギサーやマコトーという声と糸満口笛が、緑の芝生のフィールドを包んだ。 誠は観客に一礼し、渚はチームメート一人一人と握手を交わした。 この試合の渚は輝いていた。けどそれ以上に輝いている誠がいた。 あんなに綺麗なパフォーマンスがその後も観れるなら、絶対ファンになるに違 いない。後は性格だけだとうなずいた。 その性格だが、渚と比べて相変わらず素っ気ない。昨日の事がバレたのか、逆 に敵意の目を向けていた。難儀なことだ。 それにしても今回の取材はよかった。俺は一足先に東京に戻ったが、これから は天才双子のジェットストリームのようなプレーを何度でも日本最高の舞台で観 ることが出来るのだ。 鹿島アントラーズとのホームゲームでデビュー出来ると加茂さんは言っていた。 その日の試合展開が奇想天外過ぎて読めない。 沖縄土産は、恋心とブルーシーズのアイスクリームである。 つづく
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