長編 #2581の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
んでいた。 「よお」 と俺は、恐怖の象徴に向けて唇の片端を歪めてみせた。 <混沌>の王は、氷の無表情で俺を見つめかえす。 それだけですでに、膝が震えはじめていた。 魔力など使えずとも、この男はただこうしてたたずむだけで、充分じゃないか。 俺はぎりりと奥歯を噛みしめながら思った。 この男の存在、それ自体が魔力じゃないか、と。 ――それは、ある意味で洞察だった。 なりませぬ。 どこからか、声なき声がそう警告を発し、ほぼ同時に、ケイオスの野郎が俺から 視線をはずしたのだ。 忠告したのは、邯鄲だろう。 俺は眉根をよせる。 泡幻童子が、屈辱に震えるようにものすごい憎悪の表情を、脈動する顔のひとつ ひとつに浮かべていた。 そう、屈辱だ。 どういうこった、と一人ごつのへ、虎法師が抑揚のない声で答えた。 「つまりは、カリスマそのものがケイオスの魔力、というわけよ」 はた、と心中で手を打った。つまり、この<混沌>の王がそこに存在するだけで 発散するあの圧倒的な恐怖そのものこそが、まさに比喩ではなく奴の能力なのだ。 ということは、俺に対してはそれは使えない、ということになる。 「なあるほど」と俺は、ニタアリと邪悪に口もとを歪めた。「それなら、俺にも 充分勝ち目はありそうだな」 「それはどうかな」 と、にやにや笑いを浮かべながら法師は言った。 「どういう意味だ」 気色ばむ俺から身をそらすようについ、と二、三歩あとずさり、虎法師は胸をそ らして腕を組む。 「それほどぼろぼろでなかったとしても、果たしておまえさんに勝ち目があるか どうか、さ。まあ、わしはここではすでに野次馬だ。じっくりと見物させてもらお 法師の真似じゃないが、ぐいと胸をはり、腕を組んで、 「来な」 偉そうに言い放った。<混沌>の王を完全に格下あつかいする。もちろん、わざ とだ。 冷厳な美貌に変化はなく、泡幻童子だけが俺の挑発にのって怒りまくっていた。 『ケイオス、俺がやる!』 ぶるぶると全身を――といっても、顔面だけだが――震わせつつ泡幻童子がいう のを制して、ケイオスは言った。 「おまえの魔力も、われわれには必要な戦力だ。なくせば、虎法師のみならず、 おまえまでをも手放さねばならなくなるだろう。それはわれわれにとっては、多大 な損失だ。自重しろ童子」 言いつつ数歩、前進し、はらりと白いマントを脱ぎ捨てた。 つ、と右脚を前に出し、軽く両膝を内側に曲げる。互いちがいにかまえた手は拳 を握らず、軽くそろえた平手だ。 ふふん、と鼻をならしつつ、内心俺は焦りまくっていた。 虎法師の言ももっともだ。すっかり忘れていた。このケイオスという男は、魔力 だのカリスマだのを<異変>によって得る前から、どこやらの武道流派の跡取りだ ったのだ。 やれやれ、まいったぜ、と内心でため息をつきながらも傲慢なかまえを崩さず、 「いつでも来なさい」 どーんと胸を叩いた。単なる自棄くそだ。 かすかにケイオスがうなずいた、と視認するより速く――軽い衝撃が、胸を突き 抜けた。 軽い、と感じたのは錯覚だったのかもしれない。 その証拠に、俺は五メートルくらい撥ね飛ばされていた。 うが、と叩きつけられた衝撃に声が口をついて出る。全身くまなく覆いつくした あれやこれやの傷口が、いっせいに自己主張を開始したのだ。 くそ、とうめきつつ立ちあがりかけ―― 見おろす水月に、音もなく掌が吸いこまれるのを他人ごとのように目撃した。 がは、と吐いた息と苦鳴をおきざりに、俺はさらに五メートルを飛ばされ、しこ たまに身体をうちつけて転がった。 どう考えても分の悪い勝負だ。武術など体育の時間の柔道ぐらいしか経験がない。 だが、最初から分など最悪だったのだ。 げほ、と咳こみながら必死に立ちあがり、さらに音もなくケイオスが肉迫するの へぶざまに背中を向けてあわてて逃げ出す。 「ひー」 と情けない声をあげたのは、あえて自分に余裕を確認させるためだ。もちろん、 そんな余裕など本当は存在しないことなど承知の上だ。 すたこら逃げまわりながら、腹の底に意識を集中した。 へそにぐっと力を、こめたのだ。 どきどきと盛大な勢いで脈うつ鼓動はいっこうにおちついてはくれないが、自分 が焦りまくっていることを自覚した。パニックの極点に達している。鎮めようとし ても鎮まるもんじゃない。 だから、そのパニックもそのまま、下腹に運んだ。 おもしろい映画や漫画を目にしているとき、あるいはゲームに夢中になってうち こんでいるとき、あるいはまた、気になる女と初めてデートしているとき――この パニックは、心臓の鼓動はそれと同じなんだと、無理やり思いこんだ。 「ははは楽しいなあ」 狂気じみているが、そうつぶやきながら微笑みを浮かべ、逃げるのをやめてくる りとふりむいた。 氷の無表情に、はじめてはっきりとした表情がわきあがった。 驚愕が。 ぎょっと目をむく<恐怖>の具象を目の前にして、俺は心底から楽しくなった。 泡幻童子も、アブーカジェリフも、あの虎法師でさえが呆然と目をむいている。 刻々と変幻する泡幻童子の顔、ひとつひとつの黒子まで、数えられるような気が した。 「ははははあ!」 抑えきれぬまま獰猛な笑いを吐き出しながら、俺はケイオスに向けて思いきり突 進した。 ハッとしたような顔を浮かべて、<混沌>の王はとっさに身をひねる。 「へ!」 と声を立てつつ、俺はわざとバランスを崩し、避けるケイオスに向けて文字どお り、なだれこんだ。 「がふうっ」 息のぬけるような苦鳴を、俺はたしかに聞いた。 右胸だ。肋骨を傷めたことでもあるんだろう。沙羅が記事のことを思い出してく れて助かった。 俺は勢いのまま全体重をかけて倒れこむ奴の上にのしかかり、ぎゅうというほど 押しつぶした。 薄い真紅の唇から、血がしぶいた。 期待以上の効果だ。 俺は笑いながら手をついて身を起こし、とんと反動をつけて宙に上体を踊らせて から、ふたたび奴の胸の上に落下した。 ごぶ、と血を噴きあげつつケイオスの美貌が苦痛に歪む。 「もう一発だ!」 調子に乗りまくって俺はもう一度反動をつけて飛びあがり―― 「ぐえ」 ボディスラムを失敗した。 ふぬう、と美貌に似合わぬ、苦鳴とも気合ともつかぬ声を立てながらケイオスは 立ちあがる。 あわてて俺が身をころがすより速く、奴の蹴りが俺の左肋骨にくいこんだ。 瞬時、呼吸が停まった。 こめかみがぎゅう、としぼられ、意識が氷結する。 見ひらいた目に、ケイオスの脚がスローモーションのように後方に引かれるのを 見ていた。 もう一度、思いきり蹴りつけるつもりらしい。 よけられる。よけなきゃ。 思考は空まわりするだけで、肉体はまったく反応しなかった。 時間から取り残されたようだった。 どうやら、身体が馬鹿になっているらしい。 爪先が横腹にさしこまれ、衝撃は一瞬遅れておとずれた。 爆発する痛みより、動かない身体の方がもどかしかった。 えびのように体をくの字に折り曲げてうめく。ほかに、俺にできることはなかっ た。 <混沌>の王はそんな俺を冷たく、そして熱く眺めおろしながら、大きく肩を上 下させてゆっくりと息を整える。 そして氷の無表情をとり戻しながら、つ、と手刀を肩口にあげた。 標的はどうやら、俺の喉あたりらしい。 よけなきゃ、ふたたびそう思い、ふたたび身体は動かなかった。 励ますようにケイオスが俺に向けてうなずいてみせたのは、幻覚だったのかもし れない。 身動きひとつできぬ俺の喉もと目がけて、奴の手刀は空気を切り裂いて鋭く打ち おろされ―― 獣のうなりとともに、青いしなやかな疾駆が、俺と、ケイオスとの間に飛びこん できた。 むき出された牙が、俺に向けられたものなのかケイオスが相手だったのかは、今 もってよくわからない。 とにかく、結果的には青いクチイヌの――美紀の乱入は俺を救うこととなった。 突き出した手刀は中途半端にぬけ、ケイオスはとまどいながら身をひいた。そこ へ、反転しかけたまま勢いにおされてクチイヌの胴が飛びこんだ。 これがダメージを与えたわけじゃないが、俺に一瞬の余裕と、これはチャンスだ という光明を与えた。 ぐ、ぐ、とうめき、涎をたらしながら必死にいざり、身体を持ち上げた。 青白い炎を燃やす獣の瞳が、憎悪をこめて俺を見つめる。 しなやかな身体がバネのようにたわめられた。 飛びかかる……! そう思った瞬間、派手はでしい音を立てながら火花を散らす雷球がクチイヌを襲 った。 予想もしない方角から攻撃を受けたためだろう。青い獣はまともに雷撃を受けて、 ぎゃんと叫んで飛びあがる。 がふる、ごぶると喉を鳴らしながら獣はしばしのたうち、錯乱したか呆然と見お ろしていたケイオスに向けて闇雲に飛びかかった。 俺が見ても、たいしたスピードではなかった。たぶん、ふだんのケイオスなら難 なくかわしていただろう攻撃だ。 が、奴でも動揺することはあるようだ。まともに飛びかかられて倒れこみ、もつ れあって転がった。がち、がち、と噛みあわされる牙から、かろうじて身をさける。 そんな光景を見やりつつ、俺はさだまらぬ足もとを無理やりさだめながらがくが くと立ちあがり、機をうかがった。 『ケイオス!』 叫びつつ、泡幻童子の巨顔がもつれあって転がるふたつの肉体の間に、強引に割 りこんだ。 ごう、と黒い霧状のものが吐き出され、ぎゃうんと悲鳴をあげてクチイヌが飛び はなれた。 ごろごろと転がりながら、その姿が変容する。 青い、肉感的だがどこかおぼろな美貌へと。 瞬時、全員の視線がそんな美紀へと釘づけになった。 その機を、逃さなかった。 無言のままヒュッと息を吸いこんで、ふらつく足をもつれさせながらただ倒れこ まないことを念じつつ突進した。 半身を起こしかけたまま凍りついていたケイオスが、ハッと俺に気づいた。遅い! 再度、奴の右胸むけて右肩を思いきりどやしつけ、そのままもつれあって倒れこ んだ。 倒れこんだまま、今度は飛びあがったりせずに奴の上に馬乗りになり、右胸を立 てつづけに殴りつけた。 技も何もない。ただむちゃくちゃに何度も、何度も、殴りつけた。 『ケイオス!』 たまりかねたか、泡幻童子の明滅する巨顔が目をむきだして迫ってきた。 迎えうつより一発でも多くケイオスをぶん殴っておこうと、俺は完全に奴を無視 していた。毒霧をあびせられて一発でやられちまうのは覚悟していた。 だから、最初は何が起こったのかよくわからなかった。 ただ、銀線が一瞬、閃いたような気がしたのは覚えている。 なんだ、と我を忘れて思わず顔をあげ――巨顔と、俺との間に、でっぷりと脂肪 ののった背中が立ちふさがっているのを目にした。 絨毯には乗っていない。絨毯で移動していたのでは、まにあわないと判断したの かもしれない。 足を開き、仁王立ちになって、アブーカジェリフはふり切ったヒンジャルの刃を のばした右手に保持していた。 その眼前で――どうなってやがる、明滅をやめた巨顔が、口も目も鼻も最大級の 驚愕にいっぱいにおっぴろげて、浮かんでいた。 「邪魔はいかんよ」 魔法使いが、不敵にそう言った。 そして次の瞬間、禿頭の、中年おやじの巨顔はぶわ、と横一線に血をしぶかせて 鼻から上下に裂けて落ちた。 どどどと滝のようにしぶいた血が降りそそぎ、見ひらいた目の瞼がひくひくと痙 攣する。 『この……』 この期におよんでその声はまだ多重音声だったが、それ以上はつづくことなく、
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE