長編 #2579の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
っていて、上へいくにつれておぼろな光の中にのみこまれていた。 そして、無数の列柱の彼方に、二重にかさなりあった、虹色にきらめく螺旋階段。 「あれが道らしいな」 俺はつぶやき、無意識に懐をまさぐっていた。 そして、目をむいた。 「アブーカジェリフ」 呆然とつぶやく俺に、魔法使いはいぶかしげな視線を向ける。 俺は懐から手をぬき出してヒンジャルをさし出しながら、告げた。 「魔法の短剣が出てきたぞ。戦わずに逃げるべきじゃなかったのか?」 俺の手にしたヒンジャルをまじまじと見やり、太った異国人は心底不思議そうな 表情で首を左右にふってみせた。 「おまえのバカげた執念に、わが家宝も屈伏したのかもしれぬ」 宇宙人をでも見るような目つきで言う。どうも、誉められてるわけじゃなさそう だ。 俺は細めた目でそのヒンジャルを眺めやっていたが、やがて口端に笑みを浮かべ て、言った。 「おまえの許に、帰りたがってんじゃねえのか。それこそ、これ以上バカにつき あうのはゴメンだって、よ」 するとアブーカジェリフは、目玉が飛び出してきそうなほどにその小さな両目を 見はり、ごくりと喉を鳴らしながら短剣と、俺の顔とを交互に見やった。 「とってみろよ」俺は笑いながら、静かに言った。「この剣は意志を持ってるん だろう? となりゃ、おまえのところに戻る気になったんなら、その手に握れるは ずだ。とってみろよ。どのみち、俺じゃあんまり使いこなせねえみたいだし、よ」 そう言って、ぐいと奴の目の前に差し出す。 もう一度、ごくりと喉仏を上下させて奴は息をのみ――そして、全身を小刻みに 震わせながら手をさしのばしてきた。 息子の顔でも、思い浮かべているのかもしれない。その小さな両目には、涙さえ にじんでいるようだった。 とれよ、そら。がんばれよ。バカバカしいことに俺は心の中で、そんなエールを 奴に送っていたのだ。 そして、指先がヒンジャルの端に触れた時、奴は電流にでも打たれたようにびく りと全身を震わせた。 そのまま数瞬、消えてしまわぬよう念じるかのごとくアブーカジェリフはヒンジ ャルを穴のあくほど見つめ――意を決したように、ぐい、とつかんだ。 家宝の短剣は、末の息子がまじないをかけてくれた、なにものにも代えがたい奴 の宝物は、その手の中におさまったまま消えることなく、天から降る光を受けてき らりと輝いた。 目の端からぽちゃぽちゃした頬へ、ほろりと涙の粒を落とし、アブーカジェリフ はへたりと腰をついた。 フン、と俺は笑い、背を向けた。 これで、魔法使いの助力はもう期待できない。それでも、ここまでついてきてく れたこと、それだけで俺には充分だった。 螺旋階段を目ざして、俺はゆっくりと歩いた。 矢筒に残りの矢は二本。あとは俺の唯一の切り札である<八月>と<十二月>―― 俺と妹の矢だけ。 列柱をくぐって階段の下へとたどりつき、俺は天を見あげた。 光の中へ、二重螺旋は幻のように吸いこまれていく。 そうして見つめているだけで、無限の彼方へと落下していきそうな錯覚が俺をと らえた。 頭を左右にふるう。そうして見ると、重力の彼方へと、階段はたしかにのぼりつ づけている。 やれやれ、と俺はため息をついた。 「のぼらにゃ、しゃんめえか」 「む。まさにそのとおり」 ぎょっとしてふり向くと、絨毯の上で愛嬌のある肥満顔が笑った。 「なんだおまえ」呆然と、俺はつぶやいた。「宝剣なら返したろうが。もう俺な んかにつきあう必要なんざ、さらさらねえはずだぞ」 「ところがそうでもない」笑いながらアブーカジェリフはそう言った。「わが宝 剣が、一時とはいえ意味もなくおまえの許にとどまるはずがない。となれば、これ がおまえの許へとわしを導いたのにはそれだけの意味があるはずだ。なれば、最後 まで見とどけぬわけにはいかん」 そう言って、鞘から抜きはなった短剣を頭上の光にふりかざす。 「おまえはバカか」 あきれてつぶやきながら首をふる俺へ、アブーカジェリフは笑いながら、 「おまえほどではない」 そう言った。 ハ、と、腹の底から笑いがこみあげてきた。 が、それを俺が口から押し出すより早く、吠えるような笑声があたり一帯に響き わたった。 16 「まことに愚かきわまる連中よ! あれだけの目に会うておきながら、なおこん なところまでノコノコと出むいてくるのだからな!」 獣が吠えるようにして声は響きわたり、ふたたび豪快な笑い声にかわった。 意気揚々と微笑んでいたアブーカジェリフの顔面から、みるみる血の気がひいて いく。 「イ、イマーム、ラハマン……」 その口が、畏怖をともなってそう唱えた。 むろん、俺もその声の主には心あたりがあった。 <混沌>の連中の中じゃ、どちらかというと俺に同情的ではあったが、敵は敵だ。 「おい、アブーカジェリフ。やっぱ逃げた方がいいんじゃないか?」 俺は笑声の反響する列柱の向こうへと視線をすえたまま忠告した。が、ぽちゃぽ ちゃとした顔を魔法使いはぶるると横にふり、 「ダメだ。それはできない。神かけても」 と言った。 「なら勝手にしろ」俺は言い、重ねて問うた。「あの虎法師とおまえ、知り合い らしいな。あの化物も、イルアーナ人か」 「そうだ。故郷では厳格なイマーム――わしを、そして多くの人びとを教え導く 老師であった。それが、二年前の冬にこの国で出会った。招かれてきたのだ、と、 老師はそう言ったが、もはやそれは昔日のわが老師ではなかった。厳格ではあって も苛烈ではなかったかつてのわが導師は、虎のような模様で肌は覆われ、このわし など足もとにも及ばぬ強大な力をその身につけて、そして何よりも、何よりも――」 「イマームではなくなっていたのだ、アブーカジェリフよ!」 まさにその名のごとく、虎のように叫びながら法師は、その巨躯を堂々と俺たち の眼前に現した。 ひい、とぶざまにわめいてアブーカジェリフはその肥満体をせいいっぱい縮めこ んだ。ま、こんなもんだろう。 「どうした、アブーカジェリフ! その小僧に力を貸すのではなかったのか?」 苛烈な問いかけに、魔法使いはますますカメのように身を縮める。 「イマーム、わしにはとうていできませぬ」 悲鳴のように叫ぶのへ、 「情けない奴めが!」虎法師は雷のように叱責を降らせた。「わしは神を捨てた! アフラの名を捨て、天意に背くべくイマームであることをやめ、<混沌>の許へと 身をよせたのだぞ! すなわち、慈悲深く慈愛あまねきはずのわれらが神は、われ らを見捨てたもうたのだ、と。なればわれもまた神に背き、天へと反旗をひるがえ す悪魔になろうぞ、と! そのわしに対するに、神の力をいまだに信じていながら そのように屈伏の体! 己もまた、神威を信じてはおらぬ証左ではないか!」 「おお、イマーム、ですがわしは、とうていあなたには敵すべくもありません。 どうかどうか」 今やひれ伏してぶるぶると震えつつ、アブーカジェリフはそう言った。 爆発するように、虎法師は笑った。 笑いながら、叫んだ。 「ならば、この不埒者に力を貸そうなどと大言壮語を吐かぬがよい! おまえの ような臆病者になど、神もまたなんの期待もかけてはおらぬであろうよ! まさに そうして、地に伏して震えているのがおまえにはふさわしいからには――おおっ?」 最後のうめきは、殴りかかった俺をよけながらのものだ。 ぶん、と空をきった拳をもう一度握りなおし、俺はふたたび虎法師に正対した。 太い眉と燃える双眼が、真正面から俺を睨みつけた。 「フン」睨みかえしつつ、俺は唇をへの字に歪める。「言いたい放題ぬかしやが る。それを言うなら、俺だってまるで非力の臆病者だ。震える膝がしら必死におさ えながらここまで来たんだ。そうまでバカにされちゃあ、すっこんでられねえ。愚 かだろうがなんだろうが、どこまで行けるか試させてもらうぜ!」 啖呵を切り、もう一度殴りかかった。 軽く身を沈めてよけ、虎法師は弾けるように笑った。 「おう、なるほどな。それではその覚悟のほど、見せてもらおうかい!」 言葉が終わらぬうちに、岩のような拳が眼前に迫った。 おっ、とうめきつつ身をのけぞらせ、そのまま足を蹴あげるが空を切る。 ぶざまに倒れこんだ頭上へ、思いきり踏みおろした足裏が降ってくるのをころが りながら避ける。 立ちあがる暇もなく足がころがる俺を追う。 ようようのことで柱の陰にまわりこんで余裕をとり戻し、半身を起こしたとたん、 顎さきに重い拳が叩きあげられた。 がちん、と口が鳴り、痛みより衝撃が脳天をつきあげた。勢いで腰を浮かした腹 部へ、さらに追いうちの拳が沈む。 舌を出して前のめりに倒れこむところへ、蹴りが叩きこまれた。倒れられない。 「しょせん、こんなものだろうが」 さらに衝撃を俺の頬に叩きこみながら、法師は言った。 「かなわぬ敵に挑みかかろうなど、愚かきわまる」 ずん、と頭から沈んだ。世界が回転している。自分が立っているのかどうかさえ よくわからなかった。 「それをあえて成そうなど、己の力を過信したか」 再び衝撃。よろり、と大きく頭がかしいだところからして、どうやら俺はまだ倒 れてはいないらしい。 「それとも、頭のネジが弾けとんだか」 ど、と頬が硬いものに当たる。目は開いてるはずだが、視界には闇と火花が散る ばかりで、あたりの様子など何もわからない。 痛みもなく、ただ意識だけがぐるぐると回転するばかりだった。 ざまあねえやな。 そうつぶやき、自分で自分を嘲笑った時―― 鼻腔いっぱいに広がる血臭をついて、別の異臭がただよった。 イオン臭が。 「アブーカジェリフ」 血まじりの唾をとばしながら、俺はつぶやいた。 腫れあがる目をこじあけ、かすむ視界に飛びまわる絨毯と、その上で雷球を放つ 肥満体を眺めやった。 へ、と俺は声を立て、唇の端を歪めて笑おうとしてやめた。とてつもなく痛かっ たからだ。 なんにしろ、あれほど怯えていた魔法使いがやる気になったらしい。 しかも、案外善戦している。放つ雷球の三つにひとつは虎法師を直撃していたし、 そのたびに法師の巨体はびりびりと痙攣してもいた。 俺は痛む体を無理やりひきずり起こして、尻をついた姿勢で腰をおろした。 信じがたいことに、虎法師の喉から苦鳴があがるのを聞いたからだった。こんな 見もの、めったに見られるもんじゃなかろう。 バシバシと無数の電撃がやがて法師を間断なく襲いはじめた。動きが鈍くなりは じめているのだ。 それにしてもおかしい、と、俺は疑問を感じはじめていた。 ぶん殴りあいで俺が手もなくあしらわれたのはともかく、魔法合戦でいえばどう 考えてもアブーカジェリフが不利なのは明白だ。地震さえ起こせるほどのあの強烈 なパワーを使わないのは、単なる揶揄だろうと思っていたが、それにしては雷撃を 浴びすぎるし、何より法師の顔は明らかに憔悴している。 同じ疑問を、アブーカジェリフもまた感じたらしい。 ふいに攻撃の手を休めると、魔法使いは呆然とつぶやいた。 「イマーム、ラハマン……」 「ばかものめが……」答える法師の声音は、吠えるような力強さを根こそぎ奪わ れたように弱々しかった。「わしはもはや、イマームではない、と、何度言ったら わかるのだ……」 つぶやくように吐き捨てざま、どさりと倒れこんだ。 「イマーム!」 驚いて叫びながらアブーカジェリフは、宙をすべってかつての導師の許へと降り 立った。 俺もまた驚愕に、ふさがり始めた目をこじあけ、腰を浮かしていた。 「どうなってんだよ、いったい」 つぶやきつつかけ寄る。 アブーカジェリフに半身を抱え起こされた虎法師は、のぞきこむ俺たちを見て薄 く微笑んだ。 「バカものどもめが」 弱々しく叱責する。 「そりゃおっしゃるとおりだけどよ」と、俺は呆然としながら問いかけた。「ど うなってんだよ、あんた。地震、起こしゃいいだろうが、この前の夜みたいに」 すると法師は、もう一度弱々しく笑いながら言った。 「わしの妖力のことなら、吸われちまったよ」 あん? と、俺とアブーカジェリフは顔を見あわせる。 「誰にです、イマーム」 この期におよんでそう呼びかけるアブーカジェリフに、もう訂正を加えようとも せずに虎法師は笑いかけ、ついと身を起こした。 パッパッと服のほこりを払いはじめる。どうやらさほどのダメージを受けたわけ でもないらしい。
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