長編 #2574の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
(うるせえ。てめえ、なんでそんなところにいるんだよバカヤロウ) (わしがそこにいるわけではないわ、バカめが。さっきまでともにいたことと、 おまえの心にあるわしへの親和性を利用して、どうにか回線をつないでいるだけだ) げ、と内心で舌を出しつつ、いぶかしげに見やる麗子に向けてごまかし笑いをお くる。 (で、どうしたらいいんだ。そっちはどうなってる) (一度にふたつも物を問うでない、この礼儀知らずめが。こちらはあいかわらず、 炎の壁だ。ものごとは何ひとつ進展してはいない。おまえが、その壁の向こう側に 入りこめた、という以外は、な) (わかった。で?) (やるべきことは簡単だ。おまえの妹に、ここにはもはや平穏無事な日常などな い新世界だ、と納得させてやればいい) (簡単に言いやがる) (そのとおりだ。現実にそれをやりとげるのはむつかしい。それどころか、おま え自身がそちらの世界にとりこまれてしまうおそれもある。どうだ? 過去のほう が、居心地がよくはないか?) 俺はしばらく、無言のまま考えた。 不審げに俺を見やる妹の背後、窓の外には水銀灯のつらなるアスファルト道路を 浮かびあがらせた夜の住宅街の光景があった。 ベッドの上のふかふかの布団は、じつに寝心地よさそうだ。 それに妹もいる。 試しに、ここで暮らすのもいいかもしれないな、と心の中でひとりつぶやいてみ た。 あまりピンとこなかった。 (なかなか、悪くないぞ)胸の底で虎法師が言った。(どうやらおまえは、過去 の世界にあまり未練を抱いてはいないようだ) (そんなもんかね) 他人事のようにそうつぶやいた。 (そんなもんだ。ところで、部屋の外はどうなっておるか気になる。ちょいとの ぞいてみてくれ) (注文の多い爺いだぜ) 心中毒づきつつ俺が立ちあがりかけると―― 「どこいくの!」 悲鳴に近い声をあげて、麗子が半身を立ちあがらせた。 「どこって、その、俺の部屋によ」 どう説明していいかわからずそう言いかける俺に妹は、 「ここにいて!」 せっぱつまた口調で、叫ぶようにそう言った。 わけがわからず見かえす俺の心の奥で、いいぞ、と虎法師が言った。 (どうやらおまえの妹は、その部屋の外の世界をつくりだすことはできなかった ようだな。おそらく、この炎の結界を解けばそれも可能かもしれんが、さすがにそ こまでの余裕はないらしい。ジン、外へいけ。それで否応なく、麗子は世界と対決 せざるを得なくなる) (だけど、妹はおびえてる!) (もちろん、それがすべての原因であることは忘れてはいまいな。妹を安心させ るのがおまえの役目だ。忘れたか? ん?) 胸をつかれ、俺は黙りこんだ。 「ここにいて、お兄ちゃん。こわいの」 必死の目で妹はうったえるように言った。 ぴょんと飛びあがり、ベッドに飛び移った。そのまま寝台のへりに腰をおろし、 すわってよ、とでもいうようにかたわらをポンポンとたたく。 そんな妹を見ながら、俺の心の中では嵐が噴き荒れていた。 もし妹を説得してここを出られたとして、俺たちは、いや、俺は、どこに帰るこ とになる? <混沌>に俺の居場所はない。そして妹は<混沌>にとらわれたまま だ。 このままここにいれば、俺たちは引き裂かれずにすむじゃないか。 眉根をよせて、俺は妹を見やる。 俺の内心の葛藤を見すかすように、麗子は微笑んだ。 (おまえがそこに留まることを選べば)虎法師の声は、どこか小さく、弱々しく なっていた。俺と法師との心的距離が遠ざかったからかもしれない。(われわれに はもう、おまえたちを殺すしか手がなくなくなる。やりたくはないが、ほかに方法 がないとすればやるぞ。ケイオスは、な) その名を聞いたとたん、胸の奥底がぐらりとよろめいた。 底なしの恐怖が、わだかまっている。 だが、それがひどく遠いこともまた、事実だった。 眼前で花のように開く麗子の微笑以外は、遮幕のむこうの光景のようにひどく遠 かった。 虎法師の呼びかけも、泡幻童子の嘲弄と罵倒も、そしてケイオスへの、あの圧倒 的な恐怖と敗北感でさえ。 ここにいればすべてを忘れられる。 ふと、そう思った。 世界の終わりまで。 そして俺は、麗子を見つめて笑ってみせた。 それを見て麗子の、不安まじりの微笑が、安心に広がった。 「このまま、二人でいようよ。ね?」 笑いながら麗子はそう言った。 媚びるような笑いだった。 たぶんその瞬間、俺の笑顔はくもったのだろう。 かすかに、妹の笑みがしりごんだ。 俺はもう一度、むりに笑おうとして――首を左右にふり、口を開きかけ、そして 黙りこんだ。 「お兄ちゃん……」 消えていく笑みをむりやりおし戻しながら、かすれた声で麗子が言った。 俺はもう一度首を左右にふった。 「哀しいよ、麗子。そんな笑いばかりじゃ」 花がしぼむように、妹の顔から笑顔が消え、しばらくの間をおいてかわりに、く しゃくしゃの泣き顔がわきあがってきた。 「じゃあ……どうしたらいいの……?」 ぽろりと、左の目から涙がこぼれた。 口もとが歪み、そして右の目からも涙がこぼれた。 「じゃあ、どうしたらいいの!」 叫び、麗子は崩れ落ちながら力いっぱい床をたたきはじめた。 血がしぶいた。 俺は驚き、あわてて麗子の手をつかもうとした。 実体のない俺の手が、麗子の体をすりぬけた。 一瞬、ぎょっとしたように麗子は目をむき、そしていよいよ激しい勢いで、泣き 叫びはじめた。 そんな麗子を見ながら、俺は目をむいた。 血の涙を流していた。 俺は唇をかみしめた。 胸の中に、哀しみがどっとあふれた。 同時に、怒りが。 自分に対する怒りが。 俺の力がたりないばかりに、麗子にこんな思いをさせているのだ。 だれも知る人のいない奇怪な異形の世界でひとり、必死になって境界を維持しな がら、麗子は懸命に自分の精神のバランスを保つために記憶の中の世界を、むりや りつくりださなければならなかったのだ。 俺の力がたりないために。 糞野郎。 自分をののしった。 気がつくと、俺自身が泣いていた。 麗子の手を、肩を、体を抱きしめようと、幾度も広げた手を閉じながら、俺自身 が泣いていた。 ふと気がつくと、麗子の泣き声はやんでいた。 かすんだ視界をこらす。 妹は、呆然と俺を見つめているようだった。 お兄ちゃん、と、ささやくように麗子は、息だけで言った。 「心配するな」 俺は、くそ、みっともねえ、嗚咽をくりかえしながら、むせびの合間に、そうさ さやいた。 「心配しなくていい。肩の力もぬいて。こんな幻を、むりにつくり出す必要なん かないよ、麗子。だれも……だれも、おまえを傷つけよう、なんて考えちゃいない から。……そして……そして俺が……俺がかならず、おまえを助けにくる。だから ……だから――」 あとは言葉にならず、おれはただ静かに嗚咽をくりかえすだけだった。 肉体がなくても、精神が俺の仮の体を震わせているらしい。 やがて、涙をぬぐった。 ぬぐっても、無駄だった。 ぬぐった後からわき出るように、ぐすぐすと涙が際限なくこぼれ落ちた。 情けねえったらありゃしねえ。 がむしゃらに、目をおしつぶすほどの勢いで、おれはぐしぐしと涙をぬぐいつづ けた。 (お兄ちゃん……) 震える呼びかけに、涙をぬぐいながら俺は目をあけた。 白く浮かびあがる妹の影は、もうポニーテールにはしていない。 無造作にのばした、汚れ放題の長い髪は、ついこの間、わかれた時の麗子だった。 おれはあわてて無理やり涙をぬぐいきり、目を開いた。 眼前に、そびえたつ光の塔。 いくつもの淡い光球が、さえぎるものなくゆっくりと、移動をくりかえしている。 麗子は、幾度も俺の肩や腕をとろうとして果たせず、哀しげに顔を歪めていた。 い残る嗚咽を飲み込んで、俺はぶるると首を左右にふるい、(おう)と無理に声 を出して肩と腕をふりまわしてから、妹に向けてうなずいてみせた。 背後をふりかえる。 虎法師が、かすかにうなずいてみせた。 あいかわらず明滅をくりかえす泡幻童子の無数の顔も、いまはどこか無表情だ。 (虎法師) 俺は呼びかけた。 うむ、と爺いのくせに筋骨たくましい法師がうなずく。 (妹をたのむ) ハッと息をのみ、麗子が二、三歩足を踏みだす気配にふりかえり、俺は無言でう なずいてみせた。 人形のような顔がみるみるくしゃくしゃに歪み、唇をへの字にかみしめる。 もぎ離すようにして俺は、そんな妹から視線をはずし、そして泡幻童子に向かっ てわめき立てた。 (泡幻童子!) ぎょっとしたように瞬時、目をむいた無数の顔が、憎々しげに唇を歪める。 (なんだ、小僧) (俺をケイオスのところへ、案内してくれ!) ことさら吠えるようにして言った。 疑わしげな表情を浮かべて童子は虎法師と顔を見あわせたが、やがて、フンと鼻 をならすや、 (小僧めが!) 吐き捨て、ついで唇をすぼめてヒュウと息を吹いた。 ごうごうと耳もとで風が鳴いたような気がする。 視界がくるくると回転し、俺は紙きれのように吹き飛ばされた。 ほんの一瞬のことだったのかもしれない。 永遠に、飛ばされていたような気もする。 ふと気づくと、暗闇の中にいた。 あの壮麗な光の宮殿とは比ぶべくもない、暗闇の中に。 ぎょっとして、ついで怒りがわき起こる。 たばかったな、泡幻童子! そう叫ぼうとした。 瞬間、わき起こった怒りがシュウと音を立てて萎えしぼんだ。 ポッと、蝋燭の炎のように、灯火が眼前に灯されたのだ。 その灯火の向こうに、虚無の美貌が無表情に、俺を見つめていた。 (ケイオス……) つぶやき、俺も見かえした。 先刻と同じ、恐怖と絶望が、そして脱力感が、胸の奥から全身へ浸食を開始した。 寸秒ともたず、膝をおり、顔をおおって崩れ落ちていきそうになった。 麗子。 呪文のように心中で唱えた。 はじける恐怖は衰えず、つま先から脳髄まで絶望で埋めつくされる。 くしゃくしゃの、妹の泣き顔を思い浮かべた。 おしよせる怒濤に、軽くおし流された。 食いしばった歯が、頼りなく浮き上がっていく。 脳内が、真っ白な空白に占拠される。 ダメなのか――かろうじて残された意識の片隅で、ついに絶望がそうつぶやきか けたとき―― (戻すぞ、よいな) 有無をいわせぬ口調で、心の奥底で虎法師がそう言った。 ばん、と頭から抑えこまれつつ、弾きとばされた。 唐突にそれが停止し、慣性にか、意識がぐらりとよろめいた。 何が起こったのか理解できないまま、眼前に迫る地面をぼんやりと眺めやってい た。 腹に、抵抗がさしはさまれる。 「くふう――」 圧迫に、うめきとともに息を吐き出す。 回転する感覚が重力をとり戻すまで、どれだけの時間がかかったのかは、正直い ってよくわからない。 渦まく視野がふいに現像をとり戻したとき、俺は力強い腕に抱きかかえられてい
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