長編 #2567の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「美紀は?」 と喘鳴の間に間にしぼり出す。 「美紀? だったの、あれ? 逃げたよ、あたしが鏡かざしたら」 そうか、助かったぜ、と一応感謝の意を表明しつつ、苦痛にかこつけて沙羅に思 いきりしがみつく。さすがに拒否しないが、かわりにタツが襟首をつかんだ。 「やいこの野郎、調子に乗るんじゃねえ」 と無理やりひきはがしにかかる。ちくしょう、やっぱり恋する男はごまかせねえ か。 連中の方の首尾は、と問うと、どうやら二頭とも始末してきたようだ。一頭はか らくもタツの居合に腹を裂かれて臓物ぶちまけ、もう一頭はアブーカジェリフが電 撃をくらわせつつ釘づけにしたところを、沙羅の鏡に吸いこませたという。 その鏡、そんなに便利なシロモノなら最初からぜんぶ吸いこませりゃいいじゃね えか、と俺が抗議すると、沙羅は黙って鏡の表面を指さしてみせた。 のぞきこむ。と、遠目にはわからなかったが、たしかに鏡面全体にわたって細か なひび割れが縦横に走りぬけていた。 「たぶん、もうすぐ限界だと思う。あと二回か三回。力の強い妖魔が相手なら、 たぶんそれ以下」 暗澹たる気分になってきた。懐をさぐってみるが、あいかわらず短剣は現れては くれない。 「まあ、とにかく、残り二匹だ」 こともなげにタツが言うのへぎろりと一瞥をくれると、俺は立ち上がった。 胸の奥から悪寒が間歇的に噴きあげてくるのを無理やりのみこむ。弓に弦を結び なおし、矢筒を背負うと、 「あっちかな」 と、展望台らしき構築物の見える最後の高台を目指して、昇りはじめた。 やや小さめの広場にベンチと花壇。そしてコンクリートの白い塔には、階段が左 右対象にふたつならんでいる。 そしてその塔の屋上に、化物は王のごとく威厳に満ちた態度で、俺たちがのぼっ てくるのを無言で睨み降ろしていた。 「炎のようだ」 と、アブーカジェリフが嘆息とともにつぶやいた。 馬ほどもある巨体を覆う紅蓮の獣毛は、たしかに燃え盛る炎のごとく逆立ってい た。うなりひとつあげず、これも真っ赤に充血した目で冷たく俺たちを見降ろして いる。 クチイヌどもの、頭目だろう。 ともすれば、その威容を眺めあげているだけで闘志が根こそぎ萎えていく。 俺はそれを強いて押しころすため、ち、と舌をならし、弦に矢をつがえて射ち放 った。 空気を裂いて矢が強襲するより疾く、ぶわ、と紅蓮の巨体が身軽く宙に舞い上が り、とん、と俺たちの背後に降り立った。 間をおかず踏み出していたタツの白刃が、鋭利な弧を描く。 が、紅の魔獣は軽くバックステップで居合の一刀をかわすや、怒濤の勢いで突進 してきた。 危うく身を倒しこんでタツが急襲を避ける。が、つぎの瞬間、奴の左肩から血が しぶいた。すれちがいざま、鋭利な爪に裂かれたらしい。 俺の目は、獣王の動きさえ追いきれなかった。 バシ、バシと火花を散らす魔法使いの雷球も怪物のスピードには追いすがれず、 いたずらに敷石を焼き焦がしていくのみだ。 むろん、俺もその間黙って見ていたわけじゃない。俺にとっての最高のポジショ ンを確保すべく、魔獣が展望台を放棄した時点で階段をのぼりはじめていた。上か ら狙った方が、弓矢は有利だからだ。が、半分ものぼりきらないうちに、化物は下 の階段のところまでたどりついていた。 「畜生めが」 俺は残りの道程を一気に消化しようと足を速め――立ちつくした。 コンクリートの縁を蹴ること二度。 それだけで奴は、俺の頭上にたどりついていた。 赤く血走った目が、無表情に俺を見おろす。 威嚇も何もしない。ただ巨体をそこに置き、じっと見おろすだけだ。 それだけで、他の三匹が牙をむき出してうなる数百倍もの圧力を、化物は発散し ていた。 俺は奥歯を噛みしめ、立ちつくす。 どう考えても、素手で太刀打ちできる相手じゃない。 そして矢を射るには近すぎる。 弓で思いきりぶん殴っても、はたして蚊にさされたほどにも感じてくれるかどう か、自信がなかった。 腰を落として身がまえながら、こりゃダメだ、と絶望の思いが心裏を占拠する。 逃げようにも、みずからを逃げ場のない場所に追いこんだようなものだ。 五年前ならこの階段も台上も、手すりかなにかでがっちりと囲われていたはずだ。 それが今は影も形も見あたらないのは、その手すりがすべて鉄製だったからだろう。 ここへ来るまでの崖や階段の縁にしても、それらの安全対策の名残はいっさい欠落 していた。どうもこの公園の設計・施行者は鉄を多用していたようだ。 噛み裂かれた右腕を代表とする全身の傷口がずきずきと自己主張をする。 どうもここまでのようだ。 そう考え、自暴自棄の特攻をかけるか、と歯をむき出しにして炎の犬をにらみつ けたとき―― 音もなく、絨毯に乗った肥満体が獣王の背後に現れた。 おお、と俺が感動の吐息を投げかけるのへニヤリと笑うと、イルアーナの魔法使 いは、とっさにふりむいた魔獣の顔面めがけて雷球を投げつけた。 バン、と派手な音を立てて巨体がびりびりと痙攣した。そのままずり落ち、展望 台の中屋根に落下する。 ドンとコンクリートを震わせて巨体が跳ねとび、半回転して起き直った。そのあ いだに俺は、階段をのぼりきって足場を確保していた。炎の魔獣がふたたび俺の前 にその巨体を運びあげたとき、俺は弓に矢をつがえてぴたりと狙いをさだめていた。 妹の念がこめられた<十月>という名の矢を。 奴もまた、自分に向けられた矢が、通常のものではないことを本能的に悟ってい たのかもしれない。 あれほど堂々として、あれほど無造作に、あれほど圧倒的に俺たちを襲ってきた 化物が、今は躊躇するように立ちつくしている。口端がわずかにめくれ上がって牙 をのぞかせ、かすかにうなり声さえあげていた。 いっぼう、俺の方でも、弦を引いた右腕全体がずきずきとポンプのように痛みを うったえかけていた。 持久戦じゃ、勝ち目はなさそうだ。が、俺はあえてそのまま、勝負を急がなかっ た。 狙いをはずすことを恐れていたわけじゃない。 つがえていたのがただの矢だったならば、強敵を前にしただけでただいたずらに 焦りまくり、あわてて射ちまくってはあたら攻撃の機会を無駄にしていたことだろ う。 だが、この矢は、親父の誕生月を名に持つ、妹の念をこめられた矢なのだ。 <四月>を<猫又>の眉間に射ちこんだ時もそうだった。 敵を前にした時はいつでも否応なく俺を占拠する焦慮やパニックが、不思議とか けらもわき起こらず、ただ弓に矢をつがえたまま幾らでも静止していられるような 気がしたのだ。 そして、永遠にも匹敵するほどの濃密な時間を、その姿勢のまま、彫像のように ただ待ちつづけた。 じっさいには、ほとんど一瞬のできごとだったらしい。 あの時も――そして今も。 風を頬に感じ、世界に向けて聴覚は開かれていた。 視界を占拠する紅蓮の魔獣の、美しい巨体の背後には、白い街なみが静かに広が っていた。 俺はその時、世界と同化していた。 だから、いつ矢を射たのかもわからない。 気がついた時<十月>が、咆咾をあげつつ突進してくる巨獣の眉間へと、吸いこ まれるようにして飛んでいくのを目にしていた。 びりびりとコンクリートごと空気を震わせる獣の王の吠え声と、躍動する巨体の 筋肉の動きとを、美しい、とさえ思いつつ傍観する自分に気づいてもいた。 忘我の境地、てな、こういう状態をさすのだろう。俺のような俗人中の俗人にな ど、妹の助力なくしては一生に一度としてこんな体験を味わうことなどできなかっ たにちがいない。 石鏃は紅蓮の額を貫き通し、瞬間、突進する王の肉体が空中で硬直した。 見ひらかれた双眸が、一瞬だけ、俺を見おろしたような気がする。 つぎの瞬間、巨体はどさりとコンクリートの上に落ち、痙攣ひとつしないまま横 たわった。 「おお……」 と、背後でアブーカジェリフが感嘆の息をもらした。 同時に、ぽ、と、矢の突きたった額に炎が灯り、それはまたたく間に魔獣の全身 をおおいつくして燃えはじめた。 炎につつまれた獣の死に顔に、苦痛はいっさい見あたらなかった。 だから、内臓をしぼり出すようなその悲鳴を耳にしたとき、俺は自分の聴覚を信 じることがまるでできなかった。 美紀、か、と理解するより早く、青白い燐光が燃え盛る魔獣の巨体にむけて飛び かかり、苦鳴をあげながら弾かれたように後退するのを目撃した。 妹のこめた念は、打ちこまれた邪体のみならず、その眷族をも焼きつくさずには おかないらしい。美紀の亡霊は青いクチイヌへと姿を変え再度、そして幾度となく、 叫声をあげながら燃え尽き朽ち果てていく獣王の屍体へと抱きつきかけ、そのたび に弾き返されては苦鳴をあげた。 最後に、あとかたもなく巨体が燃え尽きて灰になったのを見とどけると、ついに 青いクチイヌは憎悪と呪咀があふれ出さんばかりの双眸を俺にひたりと据え、そし てくるりと踵を返して跳んだ。 階下のタツと沙羅の頭上を越えて下方の広場へと降りたち、そのまま階段下の墓 地へ向けてかけ抜けていった。 だれも、後を追おうとはしなかった。どのみち、追っていたところでだれも追い つけはしなかっただろう。 宵闇が世界をどす黒く塗りこめるころ、よろよろと頼りない足どりで帰りついた 俺たちを、爺さんとガキどもは無言で迎えた。娘のことを問う前に、俺たちの顔を 見ておぼろげに何が起こったのかを推察したのだろう。老人は寂しげに笑って首を ふり、俺たちを近くのマンションの一室に黙って案内した。 まずしいが、せいいっぱいの御馳走をならべた、と一目でわかる食卓を前にして も俺たちは言葉もないまま、ただ悄然と肩を落とすばかりだった。 そんな俺たちを、爺さんは逆にはげますようにしてうなずきながら見やり、そし て言った。 「子どもら相手ではなかなか進まなかったんで。ひとつ、今宵は、この老いぼれ につきあってやってください」 そういって、俺たちの前におかれたコップに、どう見ても徳利にしか見えない容 器から透明の液体を順に、ていねいにそそいでいった。 タツが、ごくりと喉を鳴らしながら目をむいた。 「おい、爺さん、こいつァ、まさか……」 もちろん俺も、ごくりと喉を鳴らしていた。 アブーカジェリフが、嫌悪に眉根をよせる。居酒屋で働いていたはずだが、たぶ ん宗教的戒律をついに克服できなかったのだろう。あるいはただ単に、口にあわな かっただけかもしれない。 「自家製ですわ。まあ、あまり誉められた味じゃあないが、酔えることだけは保 証しますわ」 俺たちは互いに顔を見あわせ、何年ぶりかの酒を手を震わせながら口にした。 ガキどもが寝しずまった夜更け、俺たちは酔った勢いで口ぐちに、何があったの かをこと細かにぶちまけた。 老人はただ淡い微笑みを浮かべてうんうんとうなずきながら、俺たちガキどもの 哀しみの吐露に聞き入るばかりだった。 ひさしぶりの酒は、苦い酒だった。 9 翌日、ひどい二日酔いに朦朧としながら目をさまして外に出ると、太陽はすでに 中天を過ぎ去りつつあった。ひとり罵声をつぶやきつつマンションに戻り、眠りこ ける沙羅とアブーカジェリフをどやしつけて無理やり出立の用意をさせる。 外に出ると、姿が見えないと思っていたタツはすでに支度を整えて待っていた。 ずいぶんと早起きだなおまえら、とニヤニヤしながら吐かしやがる。畜生め、目が 覚めてたんなら起こしてくれればいいのに、気のきかない野郎めが。 爺さんとガキども三人に見おくられてふたたび俺たちは歩きだした。 陽暮れまえには山下町にたどりついた。横浜スタジアムをぬけて、街路を行く。 信号灯が錆雨にやられてしだれ柳みたいにぐんにゃりと頭をたれていた。街のあち こちに配された案内板も朽ちて崩れかけた石版だけが残り、歩道の敷石に刻まれた 帆船や赤い靴などの絵柄だけが、やけに鮮明に残っている。 官庁や銀行、ホテルなどのビルの窓から時おり人が顔を出す。軽口をたたく奴ら もいた。ここにはずいぶんと大勢、集まっているらしい。見たところ畑も見あたら ないし狩りの獲物が豊富そうにも見えないが、これだけの口をみたすだけの食いぶ ちが、なんらかの形でこの街に集まってくるのだろう。たとえば、俺たちがぶら下 げた三匹のクチイヌのような。 シルクセンター前の街路をわたって山下公園へぬけると、俺たちは声もなく立ち つくした。 まさにバザールだった。 おそらくはかつての山下公園よりも熱気にあふれているだろう。いくつもの屋台 が立ちならび、得体のしれない肉やら汁やらを煮込み、焼く煙や匂いが一帯に立ち こめている。無数の人が行き交い、立ちならび、どなり声に近い活気にみちたざわ めきが周囲に満ち溢れている。 どうやら公園全体に特殊な結界がはられているらしく、アブーカジェリフは「涜 神の邪界だ。わしは踏みこめん。なんたることだ! 異教徒どもめが」と地団駄を 踏みつつくやしがる。飯はとどけさせるからここで待ってなと言いおいて俺たちは
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