長編 #2562の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
れて赤く燃えながらぐんにゃりと歪み、溶け崩れた。 ごくり、と、音をたてて俺は唾を飲みこんだ。 「すげえ威力だ……」 「とんでもねえやな……」 呼応するようにタツが受け、片膝立てて体勢をととのえる。 「切れるか?」 疑わしげな俺の問いかけに、タツはにやりと笑ってみせた。 「切る」 勇ましく言い放つが、額をしたたる冷や汗が単なるはったりだ、と白状している。 「無理すんな」 と奴の肩に軽く手をかけて制し、隣でいぎたなく寝こける魔法使いをゆさぶった。 「おい、朝の祈りの時間だ。アールラークバ、アブーカジェリフ」 む、むん、アフラーフアクバル、とうめきつつ肥満した魔法使いはうるさそうに 俺の手をふり払い、うううううと死にそうなうめき声をあげながらずるずると身を 起こす。 「こいつは朝から晩までぐうぐうぐうぐう。しゃきっと目ェさましやがれ」 毒づきつつ、肉づきのいい尻をぐいとつねった。 「ひぎゃ」 この男がこういう悲鳴をあげると、どうしても豚を連想させる。 しょぼくれた目が怒りをこめて俺を見るのへ、四囲を体でさし示し、 「なんとかできるか?」 聞いてみた。 うむん? と間抜けた声を出しつつあたりをぐるりと見まわし、腕組みをした。 息をのみつつ見守る俺とタツに、アブーカジェリフは、 「これはいったい、なにか?」 呑気に聞きやがる。 思わず脱力しかけるところをぐっとこらえて、ひそひそ声で語調を荒らげる。 「俺たちが知るか? どうにかできるのか、できないのか」 「正体のしれんものをどうこうせよ、と言われても困る」魔法使いはしごくまっ とうなセリフを吐き、それでも落ちついた物腰ですっくと立ちあがった。「まあ、 試してみよう」 そして、こともあろうに無造作な歩調で、魔法陣の外へと歩き出した。 「おっおいっ!」 なすすべもなく、意味もなく肩を抱きあいながら異口同音に俺とタツが制止をか けるのもまにあわず、アブーカジェリフの巨体は円の外へと歩を踏みだした。 ご、と闇を轟かせつつ鬼火の群れがいっせいに肥満体へと殺到した。 うわちゃー、と俺とタツは目を見ひらきつつ肩をすくめ―― ぷくぷくした太短い五指をぱっと開いて、アブーカジェリフがふわりと手をふる のを見た。 「おお!」 と俺たちが感嘆符を吹き出すのと同時に、まるで風に吹き消されるようにして十 幾つもの炎塊がかき消されていった。 ゆらめく火灯りが消え失せ、ランプの小さな炎だけが残った。 それももはや消えかけのように、ちりちりと音を立てつつ不安定にゆらめきなが ら大きさをかえている。 ふん、と鼻息荒くアブーカジェリフがふりかえった。 「こんなものだ」 偉そうに言ってふんぬと胸と太鼓腹をはるのも、今回ばかりは拍手ものだ。 俺たちは口々によくやった、すんばらしいと魔法使いの腕の冴えを褒めたたえつ つ、円外に足を踏み出した。うかつにも。 「目がさえてしまったわ」 うんうんとお大尽よろしくうなずきながら肥満漢はのしのしと店の入口をくぐっ て外に歩み出た。 雨上がりの夜空に、夜気がしんと冴えわたる。 上空には、星がいくつか輝いているのが見えた。 そして、星以外のものも。 「おい!」 抗議の叫びをタツが上げ、 「ちーとも、かたづいてねえじゃねえか!」 わめきつつ俺も、縮みあがった。 今度は十五、六どころじゃない。無数の鬼火が夜空にゆらめきつつ浮遊していた。 怒りを燃えたたせるがごとく、めらめらと盛大に燃えさかっている。 きっ、とたのもしげな視線を、アブーカジェリフは虚空に浮かぶ炎塊の群れに向 け、ついでその視線を俺たちに戻しつつ、 「ちと、多すぎるわ」 肩をすくめて眉根をよせた。 「てめえっ、無責任にもほどがあらぁっ!」 叫びつつタツがぐいと身をかがめ、俺もまた懐に手をやった。硬質の感触。アブ ーカジェリフの宝剣は、今度もまたなんの前触れなく俺の手もとに戻ってきたらし い。 ぼ、と夜目にもあざやかに燃えあがりながら鬼火の群れが殺到する。 同時に、鋭利な閃光が奔りぬけた。 どうやらかっこばっかりじゃないらしい。タツの放った居合の軌跡は肉迫する鬼 火を五、六塊、まとめて切り裂いた。空気を切り裂いて飛びきたる鬼火はちりぢり の小塊と化して後退し、ぱちり、と音をたてて白刃はすでに鞘の内部におさまって いる。 負けじと俺も短剣を抜き放ち、迫る炎塊に切りつけた。こちらは切り口もあらわ にまっぷたつに裂けて弾け飛び、闇に吸われるようにして消失していく。さすが、 魔法の短剣だ。 アブーカジェリフもまた先と同様にぶんぶんとぷくぷくした腕をやたらめったら ふりまわしていた。そのたんびに炎は後退し、四散するのだが、自分で自分の身を 守れるとわかった以上、俺たちに先の感動はすでにない。 それにしても鬼火は、まるで切られても吹き消されてもいっこうにその数を減ら すことなく、まるで闇の内部に無限に通じる産道でもあるようにして次から次へと、 ぽこぽこぽこぽこ浮かびあがっては襲いかかってくる。畜生、これじゃ切りがねえ。 うふー、うふー、とまず肥満体の魔法使いが息を切らせはじめた。かくいう俺に しても、いいかげんうんざりしはじめている。顔には出さないがタツの野郎だって、 無際限に居合抜きをふりまわしつづけていられるわけでもないんだろう。 やばいかな、と敗色がちらりと脳裏をかめた。 そのときだった。 「しようがないわね、ホントに」 あきれたような、うんざりしたような、それでいてどこか得意げな沙羅の声が俺 たちに向けて、そう言った。 「るせえ」 俺が毒づくのと同時に、 「馬鹿、顔を出すんじゃねえ!」 タツが必死の体で手をふった。顔に似合わず、女には優しいらしい。 対して、破れ窓から顔をのぞかせつつ沙羅は、ふふん、と鼻をならす。 鬼火の群れの半数が、その沙羅に向けて一気に強襲をかけた。 「沙羅!」 叫びつつ、我を忘れてタツがかけ出すよりも速く―― 輝く円が、あくびを放ちつつある沙羅の顔の前にすっと差し出された。 たたらを踏むように、一団となった炎塊が殺到するスピードを急激に落とした。 が、勢い、というよりはまるで吸いこまれるようにしてそのまま、光り輝く円―― 鏡の内部へ、飛びこんでいく。 ほぼ同時に、まるで誘蛾灯にさそいこまれる虫けらのように、残りの鬼火もいっ せいに鏡目がけて殺到し、我さきにとつぎつぎに吸いこまれていった。 「すげえ……」 呆然と俺がつぶやく横で、アブーカジェリフもまた驚愕に目を見はりつつ「むう」 と喉をうならせた。タツは救援に向かいかけた姿勢のまま棒立ちだ。 そして見る間に、鬼火はひとつ残らず沙羅持参の鏡の内部へと吸いこまれて消え た。時間にして、たぶん三十秒とかかっていないにちがいない。 「はい、終わり」 軽く言い放つと沙羅は鏡を床に降ろし、メッ、というように腰に手をあて俺たち をにらんだ。 「魔法陣の中にいれば、ただ取り囲まれてるだけで襲われずにすんだのよ。朝に なれば、あの手の妖魅はどっかに散っちゃうって相場が決まってんだから、そのま ま寝てればひどい目にあわずにすんだのに」 「てこた」と、狐に鼻をつままれた感を抱きつつ俺は呆然と言った。「おまえ、 気づいててぐーすか寝てた、てのか?」 あたりまえじゃない、とでも言いたげに沙羅はうなずいてみせた。あきれた度胸、 というか無神経さだ。 「ヤー・サフラーム」 ため息のように、アブーカジェリフもつぶやく。 ひとり、タツばかりが憮然とした面もちだ。 「うるせえ。危ねえから、女は奥で震えてろってんだ」 小さく毒づくのへ沙羅はふふんと笑ってみせた。 けっとタツは地面を蹴りつける。 「それにしても、そんな便利な鏡があるんなら、もっと早く使ってくれてもよさ そうなもんだぜ」 肩をすくめつつ軽く俺が抗議すると、沙羅はとんでもないとでも言うように眉根 をよせて首を左右にふった。 「この鏡はねえ、なんでもかんでも飲みこめるってわけじゃないのよ。あまりい っぺんに何もかも吸収したり、つづけて何回も使ったりしてると割れちゃうことだ ってあるんだから。だから、あんまり使いたくないの。あんたたちも、無用に妖怪 刺激したりしないでよね頼むから」 憎々しく言い放つ。くそ、かわいげのねえ。 け、とタツはふたたび弱々しく吐き捨て、俺も、へん、とそっぽを向いた。 そのまま俺は、目をむいた。 闇空に、異様なものを発見したからだ。 「あれ――」 と俺の態度の急変に反応したか、いちはやく沙羅がそう言って指さすのを視界の 端にとどめる。 そして残る二人も俺の目にしているものを見、そして息を飲んだ。 ぼうとおぼろげな濃藍の光が、闇空に浮かびあがっていた。 朽ち果て、崩れかけた鉄塔と山の背後にたたずむそれは、おぼろに輝く人の姿を とっていた。 そのおぼろげに光る人影は、生き残りのちっぽけな残滓を嘲笑うように、巨大だ った。 天界より地上を睥睨する神のごとく、あいまいに、おぼろに、それでいながら圧 倒的な存在感を俺たちに向けて投げかけつつ、それはただたたずんでいた。 「沙羅……」呆けたように響く俺の声が、まるで他人のそれのように遠く耳に届 く。「あれもついでに、吸いとってくれよ……」 「……無理みたい」 ほとんど間をおかずに返ってきた答えは、うんざりしたような響きをともなって いた。そうかい、と俺は巨影から目を離すこともできないまま肩ごしに言い捨てる。 無言で眺めあげる俺たちに、話しかけるでもなく、それどころか俺たちの姿が、 どこにあるともないともしれぬその目に映じているのかどうかも定かでないまま、 おぼろな影は長い間ただ、そこにたたずんでいた。 6 あくる日は、怖いくらいの晴天が俺の目覚めを迎えた。 昨夜の闘争の名残も、威容をそびえさせていた巨人の残滓もとどめぬまま、世界 はじりじりと刺すように照り輝く陽光にまばゆく横たわっていた。 お気楽に眠りこける沙羅とアブーカジェリフを残して、念のために弓と矢を背負 ってから俺は外へと歩みだし、ひび割れたアスファルトの路上でただひとり、タツ の野郎が腰を落として何やらやっているのを見つけた。 朝のトレーニングか何からしい。 はじめて出会ったときと同じように、上半身裸で背中の酒呑童子をさらしたまま、 タツは片膝をついていた。腰にさした居合刀の柄に手をかけ、微動もせず、目は半 眼に閉じて、強烈に降りそそぐ陽の下に彫像のように静止している。 俺は店の前に尻をすえ、手にした水筒で時おり喉をうるおしながら、黙ってそん なタツの様子を眺めやった。 極彩色の刺青を、真一文字の背なかのくぼみにそって幾筋かの汗が、つ、と滑り 落ちていく。童子の流す、涙のように。 ぴくりとも動かないまま、ぴん、と張り詰めた何かが、暑苦しい残暑の陽ざしの 下、清烈に朝の空気に向けて放射されていた。 武道の心得があるわけじゃないから俺には正直、よくわからない。が、たぶん一 分の隙もない、とはこういう状態を言うのだろう。 みごとなまでに、決まっている。 気にくわねえ。 半身を俺にさらした状態だった。視界の端には俺の姿も入っているのだろうが、 そいつは承知の上で俺は、奴に向けて弓を立て、矢をつがえた。 弦をしぼりこむ。 タツの口もとに、かすかに、不敵な笑みが浮かんだ。 いつでも射てみろ。 そう言ってやがる。 ふん、と俺は鼻を鳴らし、ろくに狙いも定めないまま無造作に弦を解き放った。 ピ、と気を引き裂いて奔る矢の直線上に、きらりと、太陽の反射がまばゆく閃い た。 細い矢が音もなく二つに裂けて、アスファルトの上に同時に落ちた。 すでに鞘におさまりかけた白刃を、タツの野郎めわざとらしく、チン、と音を鳴 らしておさめやがる。畜生め。 得意げに笑いながら奴は立ちあがり、 「俺の勝ちだな」 宣言した。 俺は音高く舌をうちならす。
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