長編 #2558の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
か!」 そんなつもりでもないのだが、気分ばかりが暴走を始めたか、ついつい詰問口調 だ。 それに対して沙羅は肩をすくめてみせ、 「この前の夜、移動したばっかりだから、とうぶん大丈夫だと思ったのよ、あた しも、お母さんも、昨晩は。でも、タイミングに規則性があったわけじゃないし、 まあ、あり得ないことじゃなかったんだけど、ね。だからあたしら、いつも全国の 弁天崇拝地をいったりきたりしてるわけ。まあ、許してよ。悪気があったわけじゃ ないんだし、さ。それに近江や奈良なんかに飛ばされるよりは、ましじゃない? 厳島、とかさ。なんたって江ノ島は吉祥寺と同じ、関東なんだし」 言ってる本人が、無理があると承知の口調だ。俺は冷たい視線を投げかけながら わざとらしく幾度もうなずいてみせ、あーあーそうでしょうとも、と嫌味ったらし く声を荒らげてみせる。 「江ノ島? なんてこった! 江ノ島? そりゃそうだ。弁天てのはたしかイン ド発祥の神さまだったもんな? そりゃカルカッタとかニューデリーとかに飛ばさ れなかっただけありがたいと思わなきゃな。あーあーそうだろうともさ! まった く、ありがたくって涙がちょちょ切れるぜ畜生め! 江ノ島だって? 畜生、いっ たい新宿までどれだけあるんだ? 畜生、吉祥寺からなら、一日ありゃ着けたのに。 あーあ。くそ。江ノ島ってのは、横浜よりも遠かったよなあ」 自分でも言いすぎだとは知りつつ、相手が沙羅であることも手伝ってか、際限な く嫌味が口をついて出た。止まらない。 まずい、と内心首をすくめつつ、喋りながら俺は沙羅の顔から笑顔が消えていく のを見まもっていた。 おとなしく俺の愚痴と嫌味の羅列を聞いていた少女が、ふいに息をひゅっと吸い こみ、口を開きかけた。口角泡をとばしての議論、というよりは罵りあいを予想し てうんざりしつつ身がまえかけたとき―― 「ずいぶんと、ケツの穴の小せえ野郎だなあ」 揶揄のセリフが、ドスの聞いた口調で横手から割りこんできた。 自分が自分に抱いていた感想を他人に指摘された焦りと怒りに、俺はぎっ、と刺 すような視線を横むかせ――ヤバい、とひるむ心をとっさにおし隠す。 角刈りに、刃のような鋭角の視線。痩せ気味だが筋肉はついている。何よりも、 男の放つ雰囲気そのものに危険なエッセンスがただよっていた。そして、そのエッ センスを形にしたような、肩にかつぎあげた日本刀。さらにおまけに、汗に濡れ光 るむきだしの背中から二の腕にかけて、極彩色の刺青――年齢は二十歳前後だろう が、どこからどう見ても、まごうかたなきヤクザだ。 敵にまわさない方が得策だ、と内心が臆病に告げる。が―― 「タツ兄ちゃん!」 声に歓喜をこめて沙羅がそう叫んだことが、俺のハートをさらにかたくなにした。 「よう。ひさしぶりじゃねえか。半年ぶりか?」 タツ兄ちゃん、と呼ばれた男が口の片端を歪めつつ言うのへ、沙羅もぴょんぴょ んと全身で喜びを表しながらかけ寄った。 「なに言ってんのよ二ヵ月くらい前に一度会ってるじゃない」 「そうだったかな」<タツ兄ちゃん>は静かに笑いながら言い、そして俺に目を 向ける。移動した視線に笑みは、すでにない。「で、このガタガタうるせえのは?」 奥歯を鳴らして歩を踏みだしかける俺をあわてて背中で押しとどめ、沙羅はとり なすようにわざとらしいほどほがらかな口調で、 「ジンての。井の頭弁天で知り合った子。お母さんのお客さんなんだけど、手ち がいでこっちまで来ちゃって。ジン、この人はね、タツさん。あたしの幼なじみ」 値ぶみするような視線で、男は俺の目を真正面からにらみすえる。 内心まずいな、と思いつつ俺も視線に圧力をこめてにらみ返す。 まばたきもせず睨みあう男どもの中間で沙羅は、はは、はは、としらじらしい笑 いを浮かべていた。 が、元来この娘もそれほど出来のいい方じゃない。ふいに、 「やめたっ」 と叫ぶように宣言するや、すっと身を引き、腕組みをして背後の樹木に寄りかか った。高処の見物といった態勢だ。 「あーあばかみたい。なんであたしがあんたたちの喧嘩の仲裁しなきゃなんない のよ。まったく。ここで見ててあげるから、思う存分ツノつきあえば?」 冷たく言い放つ。これでますます後にひけなくなった。 それはタツ、と呼ばれたこの男にしても同様だったはずだ。ちょっと困ったよう な視線をちらりと沙羅にやり、何事もなかったように刃物の双眸を俺の視線の直線 上にすえ直す。 にらみ返しながら、拍車のかかる心臓の鼓動に必死に制動をかけ、計算する。ど う考えても勝ち目はない。なにしろ相手は、時代劇に出てきそうな居合刀を抱えて いるのだ。それにひきかえ起きぬけの俺は歯ブラシ一本身に帯びてはいない。 そんな俺の、内心の焦慮を見ぬいたか、あるいは単なるブラフか、タツはふいに フン、と鼻を鳴らし、嘲笑に口もとを歪ませた。 引くに引けない俺が、考えもせず口を開きかけるタイミングを逸するように、 「新宿がどうとか言ってたな。ん?」 見事に機先を制して、タツはそう聞いた。 それがどうした、ともごもご返す俺に、 「いつ立つ?」 いくぶん微笑の種類をやわらげながら、タツはさらにそう問いかける。 「今からでも」 憮然たる口調で告げると、男は小さく幾度かうなずいてみせ、それきり俺なんぞ には興味を失ったとでもいいたげに沙羅をふりかえると、おふくろさんはどこだい などとわざとらしく問いかける。 見ると、背中の刺青は酒杯を手にした鬼だった。酒呑童子だろう。ヤクザの世界 のことなど何ひとつ知ってるわけじゃないが、めずらしい図柄にはちがいなかろう。 まがりなりにも、最後には策略にやられて首まで落とされ、比類なき執念を誇示し はしたものの結局は退治される運命の化物なのだ。 問題は、図柄よりもそこに刻まれたノイズだったかもしれない。 長ドスかなんかで、斜めに切りおろされたような長い傷痕がひとつ。刺し傷らし き痕がひとつ。弾丸らしきものが貫通したとおぼしきまるい引きつれが、合計三つ。 ほんものの命のやりとりを、それも数度にわたってくりかえしてきた証だ。<異 変>からこっち、俺だってそれなりの修羅場は経験してきたが、これほどの傷を負 ってきたわけじゃない。 まったく、冗談じゃねえ。 俺は心中ひそかに毒づきつつ、傷にまみれた酒呑童子を凝然と見やる。 そんな俺の内心の疑問や怯懦にはまるで気づくそぶりもなく、見物を気どってい た沙羅も明らかにほっとしたように、酒呑童子を背負った男に調子をあわせて「し らなーい。それよりさあ」といかにも何気なさを装い雑談を開始した。 とり残された形でまったくおもしろくなかったが、それよりもタツと名乗る男と の正面衝突を回避できた安心感の方が大きかった。 憎まれ口のひとつでも置きみやげに、と思わないでもなかったがみっともないの でやめにして、あてがわれた寝室にとって返し、ひさしぶりのふかふかの布団を感 謝をこめてたたんでから、旅仕度を整える。といっても、寝る前の格好を復旧した だけだからものの一分もかかりゃしない。 すっかり用意が整ってから、俺はふと思いついてズタ袋の中身をかきまわし、白 布でくるんだ細長いつつみを取り出した。 しばし眺めわたしたあげく、布を解いて中身を出す。 出てきたのは、石の鏃の矢が三本。 今朝の夢に出てきた、四本の矢のうちの三本だ。 三年ほど前だったろうか。妹がふと思いついたように、俺に告げたのだ。 矢に念をこめてあげるから、出して、と。 そのころには妹に不思議な力が宿っていることは納得していたので、そりゃ願っ てもない、と、言われるままに我ながらもっとも出来のいいと思われるものを四本、 さし出した。 妹は順に、無言のまま矢を手にして目を閉じ、念をこめ終えるとひとつひとつに 名まえをつけた。十月、四月、十二月、そして八月。 なんの気まぐれだったのかは、よくわからない。それぞれ、親父、おふくろ、妹、 そして俺の、誕生月だった。 いざってときは、好きな順番で使うの。わかった? 妹は大人ぶった口調で俺にそう言った。一本ずつ、大事に使うのよ、と。 <四月>は、去年の秋口に、三鷹一帯を恐怖のどん底におとしいれた妖怪<猫又> を退治するのに使った。ふだんから放った矢でも、使えるうちは回収していたのだ が、魔法の矢のせいか、体長三メートル近い化け猫の額を射ぬくと同時に<四月> は青白い炎を発して燃えあがり、そのまま<猫又>とともにみるみる燃えつきてし まった。 だから、いま手もとにあるのは三本だ。 俺はその三本をもういちど白布でていねいにくるみこむと、ズタ袋につめ直した。 ふっと息をつき、しばし思案する。 弁天の姿が見えないのはちょうどよかったかもしれない。沙羅とちがって弁天は たぶん、必要以上にこの事態をすまながるだろう。娘の方にはやつあたりしちまっ たが、親切で一夜の宿を提供してくれた彼女らに感謝しこそすれ恨む筋あいなど天 からない。 おそらく用意されているであろう朝食に対して未練がないわけじゃないが、ここ はこのまま弁天とは顔をあわさないうちに立った方が気が楽だ。 それに、とっととこの宮を後にすれば、あのタツとやらともこれ以上余計なかか わりを持たずにすむ。 心を決めるやよし、と俺はひとりつぶやき、部屋を後にした。宮を出る前に祭壇 のあたりを物色し、都合よく紙きれと筆を見つけ出して「世話になった。ありがと う」と書きおきをして、ズタ袋の中から取り出した自家製の油をつめた竹筒をお礼 の意味で一節そえ、祭壇の前にそなえて宮を出た。 タツと沙羅の姿が見えないことに一抹の寂しさを覚えたが、これはこれでまた都 合がいい。もともと見送りなんざなかったんだ。 <辺津宮>と書かれた石柱をちらりと見あげただけで俺はとっとと踵を返し、石 段を降りはじめた。 崩れ、ぐらつく石段に荒廃の色は濃い。民宿、土産もの屋、食いもの屋。かつて、 夏色の歓喜をおびつつ訪れる観光客や参拝客を忙しく迎えたであろうそれらの建物 も、今はみごとに廃墟と化している。 打ち捨てられた土産ものの風鈴や硝子細工の置物などが、所在なげに店先になら ぶ。ガラクタだ。こんな、くだらないガラクタが、かつては金とひきかえに取引さ れていたのだ。こんなくだらないガラクタが、かつての世界ではなにがしかの価値 を内包していたのだ。 俺は横目でそれらの、平和と繁栄の残滓を眺めやりつつ山を降り、島と本土を結 ぶ弁天橋をわたりはじめる。 水平線から天なかばにまで昇りかけた陽光が無数の宝石を海面にきらめかせてい た。さ……さ……と波はあくことのないくりかえしで浜辺に打ちよせ、海草がその 波にさらわれては再び陸へと運びこまれる。 山側の岸壁では鳶が優雅な軌跡を描きつつ滑空し、そして海岸道路の一角には、 乗り手を失った乗用車がぼろぼろに錆びた車体をわびしげに横たえていた。 五年。長いのか短いのかはわかりゃしないが、世界も、そしてそこに住む俺たち も、確実に様がわりした。よくもあしくも、これが俺たちの手に入れた新世界だ。 橋もなかばまで渡ったかと思われたころ、ふいに背後頭上から、 「こんにちわ、妖霊、よい天気だな」 とあいさつが降ってきた。 そうだ。 忘れていた。 こいつがいたんだ。 なかばうんざりとして、それでもなかばは妙ななつかしさと親しみを覚えつつ俺 はふりかえり、絨毯にのって宙を舞うアブーカジェリフの顔を見て――おや? と 首をかしげた。 血走った目とだらしなく開いた口、ターバンの隙間からのぞく髪も乱れ放題だ。 いつのまに着がえたのか、薄茶色のジャケットを羽織ってはいるもののそれもどこ となくくたびれ果てている。すくなくとも、昨夜放っていた、脂ぎってうっとおし いほどの精力的な雰囲気は霧消していた。 「よう、アブーカジェリフ」再会よりもそのかわりように驚きを抑えきれず、俺 は呆然と目を見はりつつうつろな声で呼びかけた。「ずいぶんとくたびれ果ててる じゃねえか。いったいどうした? 徹夜で追っかけてきたって感じだな」 最後のセリフは冗談のつもりだったのだが、 「うむ、そのとおりだ」とアブーカジェリフは深くうなずいてみせた。「多摩か ら湘南まではけっこうな距離があったわい。しかも公園の神宮の外から様子をうか がっていて、内部から神威と人の気配とがすっかり消え失せてしまったと気づいた のが夜半をまわったころ。あわてて行き先を占い全力で飛びつづけて、ようようの ことで今追いついたとこういうわけだ。いや、間にあってよかったわい」 なんとも見あげた根性だ。どうも魔法使い、ということでかなわぬ願いはない万 能の超人を想定していたのだが、やはり距離や時間的制約は受けるらしい。 「ごくろうなこったな」俺は肩をすくめてそう言った。「まあ、俺は今から出か けるところだから。ついてくるなり、一休みするなり、好きにしなよ」 「なんと!」よれよれの魔法使いは血走った目を見ひらき、信じられぬといった 面もちで驚愕の声をあげた。「なんとこの薄情な! ここまでけなげに追いすがっ てきたこのわしを、冷たくもおきざりにしようというのか? おのれ人非人め」 「んなこと言ったってよ。急いでるんだよ俺は。それに休養なら昨夜たっぷりと、 それこそここ数年来かつてなかったほど取らせてもらったからな。だいいち、今立 ったばかりでさっそく休憩入れるなんざ、ばからしくてよ」 と、俺が言葉をならべている間にも、肥満顔が哀れっぽくみるみる歪み、目には 涙までにじませはじめた。しようがねえなあ。 どっちにしろ忘れていただけで、いつまでも意地悪を言うつもりもなかったし、 これ以上つきまとわれてもうっとおしいだけなので、 「あーわかったわかった、わかったから泣くな、泣くんじゃないってのに。なん だっけ、家宝の剣とやらは今かえしてやるよ」 と懐に手を入れた。 そしてさあっと、顔から血の気がひいた。 ない。 いくらまさぐってもない。というか、まさぐるほど複雑な服装をしていたわけじ ゃない。俺は焦りまくりながらズタ袋やら弓矢やらポケットやらを探りまわったが、 やはりあの彫刻入り短剣はどこにも見あたらなかった。 記憶をさぐってみるが、具体的にどこで、どういったタイミングでなくしたかも 思い出せなかった。昨夜弁天堂で風呂に入ろうと衣服を脱いだ時には、確実に懐の
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