長編 #2557の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
持った娘だとは思ってたけど、こんな特技を持ってたとはね」 「俺も知らなかったよ。昨日まではね。たぶん、引きはがされるまでは妹自身、 自分のこの力には気づいていなかったんだろう」 なるほどね、とでも言いたげにふたりは幾度もうなずいてみせた。 「俺の声が麗子に聞こえてるのかどうかはわからない。たぶん、通じてはいない と思う。一方通行なんだ。妹が俺の問いかけに返事をしたこともないし、今、タイ ミングよく答えが返ってきたのも単なる偶然だろう。ただ、超高層ビルのスカイレ ストランで、みんなで食事したときに見た公園が見える、そう言ったからな。たぶ ん、中央公園のことだろう」 「で、麗子の居場所が<混沌の宮殿>だとわかって、そこへ助けにいくわけだ」 沙羅が言った。 かぶせるように弁天がため息をつく。 「<混沌>が相手かい。ほかのことなら、たいがいあたしが手助けできるんだけ どねえ。連中が相手じゃ、あたしの<力>は働かないんだよ。巷で噂されてるとお り、よほど強力な奴らが集まってるんだろうねえ。守る分にゃどうにかなるだろう けど、こちらからちょっかいを出すなんざとても……」 歯切れのいいのがウリの弁天が、ため息とともに語尾を濁した。 無理もなかった。弁天がいかに神通力を持っているからといって、あくまで守勢 専門だ。 それに加えて、<混沌>あるいは<混沌の宮殿>といわれる連中といえば、得体 はしれないものの多くの能力者や化物を擁する一大勢力として名高い。今の時代じ ゃそれほど派手な盗賊活動でもないが、食料や物資を無理やり調達にくることもあ るらしいし、何よりもごく無秩序に、あちこちで人さらいをくりかえしているとい う噂は広く流布している。 対抗する形で、多くの霊能者やならず者の集団などが迎えうったこともあるらし いが、追い返すことさえできずに敗退したという。そして、そういった名高い霊能 者自身が拉致の対象になったことも少なくないらしい。 むろん、<混沌>の目的などだれも知らない。すくなくとも、知っている奴にお 目にかかったことはない。<混沌>の奴らが、自分たちの行為に説明を加えたとい う話など聞いたことがないし、だれも奴らからそれを無理やり聞き出すことなどで きないのだろうから。 気の毒げに俺を見かえす弁天と沙羅に、俺は笑いながら首をふってみせた。 「あんたに迷惑をかけようなんて、最初から思ってなかったよ。ハナっから、ひ とりで行くつもりだった。ありがとう」 明らかな強がりとわかるのだろう。言って立ちあがりかける俺を、弁天は身を乗 り出してぐいと押しとどめた。 「水くさい。あわてたって仕方がないだろう。何もできないけど、せめて今夜は 泊まっておいき。ここにいりゃ、少なくとも妖気をもった連中に対して気をつかう 必要はないんだ。まったく、夜の夜なかに歩いて新宿まで行こうなんざ、無鉄砲も いいとこじゃないか。クビガラスどもに襲われず、あたしたちが出てこなきゃ、黙 って行っちまうつもりだったのかい?」 せめるようにぎゅっと、それでも艶をたっぷりと含んだ切れ長の目がにらみつけ るのへ俺は、首をすくめて笑いながらうなずいてみせる。母親の向こうで沙羅がく すりと微笑んだ。 「ほんとうに、仕様のない子だねえ。とにかく今夜は休んでおいき。この弁天堂 にゃ不思議な治癒効果があるんだ。ここで一晩過ごしていきゃ、その痛々しい傷も すっかり治ってるはずさ。もしかしたらちょいと遠くなっちまうかもしれないけど ……大丈夫だよねえ、沙羅」 と、意味不明の会話を交わしつつ母娘は、なんだかふたりしてうなずきあってい る。 どうもなんのことだか気にかからないでもなかったが、問いただす間もなく更に 二、三、ぽんぽんと調子よくあれこれ聞かれ、風呂に入れの飯を食えのとあれこれ 急かされているうちにきれいさっぱり忘れちまった。 さざえの壺焼き、刺身に味噌汁、そして白い米の飯。いったいどこから手に入れ てきたのかと疑問に思えるばかりの食事に舌鼓をうち、これも実に何年ぶりかの熱 い湯につかり、すっかりいい気分になって、もう二度とお目にかかれないだろうと あきらめていたふかふかの布団をしいた床についた。 ラジオは沈黙したままだった。俺は妹の、ふっくらとした暖かい笑顔を思いなが ら眠りについた。 そして目が覚めてから、とんでもないことになっているのに気がついた。 3 ザ、ザザ、ザ…… ノイズが彼方から、かすかに響いてきた。 麗子か? 問いかけは声にならず、意識だけが朦朧とたゆとうていた。 ああ。夢か。 無意識に、そう納得していた。 これは夢なんだ、と。 ザザ……ザ、ザザ…… もういちど、波のようにノイズがただよい、それにかぶせるようにして―― お兄ちゃん。 夢の中のくせにやけに鮮明に、妹がそう呼びかけた。 そして声とともに、笑顔が俺の前に開いた。 長いストレートの髪を、ポニーテールにしている。 やや小さめの、愛嬌のある目が、楽しそうに細められていた。 ザザ、ザ、ザザ…… この、羽の赤いやつは、八月。お兄ちゃんのぶん、ね。 言いながら麗子は、目の前に赤い矢羽根の一本をおく。 それで、おかれた矢は合計で四本。赤い羽根の矢は、その一本だけだった。 ザ……ザザ……。 遠い幻のようにかすかな雑音が鳴りつづける。 俺のぶんか? そして俺は言いながら、不服そうに鼻をならす。 俺だけ特別なのはいやだなあ。どっちかというと、その赤いのは麗子のぶんにし たいなあ。 ダメ。 といって、麗子はふふふと笑った。 だって、あたしのぶんじゃ、そんなに真剣に念をこめる気にはならないもん。 そんなこと言わずにさあ、と俺も笑いながら抗議する。 ザ…… ふと、ノイズが遠ざかったような気がした。 麗子……? 不安げに呼びかけたのが、記憶の中の自分なのか、それともいま夢を見ている自 分なのかがわからなかった。 白い微笑に翳りを見た、と思ったのが気のせいだったのかどうかも。 ……ザザ……ザザザ……ザザ…… ふたたび雑音が不規則にくりかえす。 お兄ちゃん……。 だが、まるでそのかわりのように、呼びかけは遠ざかり、視覚そのものが霧に溶 けるようにして、ゆらめいた。 ザ、ザザザ……ザ……ザザ…… 乳白色のヴェールが麗子の顔をおしつつみ、俺の視界をおおいつくす。その寸前、 妹の顔が泣き崩れたような気がした。 助けてよ。お兄ちゃん。 ノイズの向こうから、声が弱々しく叫ぶ。 助けてよ……。 ザザ、ザ……ザ……ン…… 音は、波のようにくりかえし―― ――ちがう。 波のように、じゃない。 これは、ラジオのノイズじゃない。 波音なんだ……。 ふと、そう思ったとき俺は、なかば目覚めかけていた。 夢と現実の境界をつないだのが、潮騒だった。 ザザ、ザ……ザ……ン…… 寄せて、返す。崩れたリズムを内包したくりかえしは、奇妙な静寂と、そして魂 の根本をゆさぶる荒々しさを同時にあわせ持っていた。まどろみの中、俺はその音 に聞き入り、心地よさに浸りきっていた。 麗子のことが意識の片隅にふたたびわきあがり、それは苦痛をともなっておぼろ な思考を占拠する。なおも数刻、惰眠を手さぐりつづけたが、ついに俺は観念して 喉と鼻を鳴らし、うめきながら目を開いた。 開け放しの障子窓からまばゆい晩夏の陽光が室内のなかばまでを照らしつけ、快 い熱気が迫りつつあった。蝉が、盛大に鳴きわめいている。 ずるずると起きあがり、む、と肺から空気とともに眠気をしぼり出してのびをし、 窓の外に視線を向けた。 井の頭池と武蔵野の原生林は、そこにはなかった。 見覚えのない森と建物。 ぎょっと目をむき、立ちあがった。 そうだ、それに、潮騒! 少なくとも、井の頭池は寄せては返す波の音とは無縁 のはずだ。では俺の聴覚を刺激するこの音は? おいおいおいおいどうなってんだよ、と俺は恐慌陥落一歩手前でひとりごとをつ ぶやきながら宮を走り出、賽銭箱を背にして呆然と目を見はる。 見なれた太鼓橋や御殿山の樹々はどこにもなく、かわりに下り階段と左手には崩 れかけた社務所らしき建物、それに右方向におみくじ発売所とおぼしき構造物―― 何が起こったのかはまるっきりわからないが、ひとつだけはっきりしていることが ある。 ここは断じて井の頭公園ではない。 どっどっどっどっと派手に脈うつこめかみの血流が、わきあがる焦慮を促進させ る。気づかぬうちに息も荒くなっていた。畜生、なんだってんだと奥歯をかみしめ つつ記憶をまさぐるのだが、どう考えても井の頭弁天に入ってから眠るまで、どこ か別の場所に移動した覚えはない。 ということはつまり、眠っているあいだに移動した、ということになる。しかし、 どこへ? そして、どうやって? 呆然としたまま力ない足どりで俺は宮の階段をふらふらと降り、玉砂利のしきつ められた境内に立った。空耳じゃない。たしかに打ち寄せる波音が聞こえる。まち がいなくここは、海のそばなのだ。少なくとも、三鷹市、武蔵野市の近辺には海は ないにもかかわらず。 とりあえず潮騒の音源を確認しようと歩を踏みだしかけたとき、 「ずいぶん早いねえ」 あくびのただよってきそうな、呑気な味を出した声が背後から呼びかけた。沙羅 だ。 「おいっ」 電光のようにふりかえりながら俺は叫ぶ。 「こっこっこっここはどこだっ」 「にわとりみたい」 沙羅は屈託なく笑いながら軽く言い放ち、もういちどふわあと大あくびを展開し た。失礼な! 「こっこの野郎。んん、んなこたどうでもいい。おい、いったいここはどこなん だ? 井の頭弁天じゃないよな!」 詰問口調にも一向に動じた様子もなく、寝ぼけまなこで少女は周囲を見まわし、 さらにもういちど、大口あけて酸素を補給してから、 「そうみたいねえ」 のんびりした口調で、そうほざきやがった。 「そ、そうみたいねえ、じゃねえっ! いったいどーなってやがんだ! ここは いったいどこだ?」 馬鹿みたいにくりかえした質問に、沙羅は猫を思わせる視線をゆっくりと四囲に めぐらせ、ふむんとつぶやきながらぽん、と手をたたいた。 「わかった」 「どっ、どこだ?」 勢いこんで問いただす俺に沙羅はにっこりと微笑んでみせ、 「江ノ島。江島弁天だよ」 こともなげに、そう宣告した。 もちろん俺が、はあ? と息だけで問いかけたきり顎をだらんと力なくたれ下が らせたのはいうまでもない。こともあろうに沙羅はそんな俺の顔を見て、あははと 盛大に声を立てて大笑いした。 受け入れがたい現実に怒る気力もわかず、俺は数刻、呆然と立ちつくした。 しかし<異変>からこっち、どんなことでも起こり得る世界であることもまた、 事実だった。 呆然の底から憮然とした怒りがわきあがるのを抑えつつ、気をとり直して俺は問 う。 「どうして」 と。 罪悪感とかそういったものは微塵も感じていないのか、沙羅はへへへと笑いなが ら舌を出した。 「時どきあるのよね。移動することが。あたしたちが井の頭弁天にいることって、 わりあい珍しいほうじゃない?」 たしかにそうだ。彼女ら母娘の姿が見られるのはごくたまにだし、普段の宮は無 人、堂内も奥行き知れずではなく単に祭壇のしつらえられた小さな空間にしかすぎ ない。いったい彼女らはどこから出てきてどこへ消えるのか、と疑問に思わないで もなかったのだが、ほかにも異様な出来事、説明のつかない出来事には事欠かなか ったのでつい聞きそびれていたのだ。糞。なんてこった。 「つまり、なんだ」不機嫌がただよってきそうな口調で、俺は憮然と問いかける。 「ここは神奈川か。神奈川県鎌倉市か」 「あら、江ノ島は藤沢市なんだよ。知らなかった?」 「んなこた、どうでもいい!」つい、わめいた。「要するに俺は、東京都三鷹市 から神奈川のこっちがわまで、一夜にしてワープしちまったと、そういうことなの
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