長編 #2548の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
寒かった。 静かだった。 時折、遠くで犬の鳴き声が聞こえる。 星が瞬いていた。 会社帰りの香緒が、野原にうずくまる慎也の姿を見つけ、その足を止めた。 「あんた、何してんのよ」 「俺のかってだろ」 「……風邪、うつさないでよ」 香緒はそういって、さっさと家に入っていった。 知らず、慎也の顔はぶすくれた。 萌荵が来たら、何て言い訳しよう。 いや、きてくれればちょっとは気が紛れるかも知れない。 でも、子犬はどうしたのだろう。 だれかが持っていったのだろうか。 それとも、どこかに行ってしまったのだろうか。 寒さのあまり死んでしまったのだろうか。犬は死体を見られないようにする と言うし。 慎也は、取り留めもなくそんなことを考えていた。 ドアが開き、香緒が再び現れた。 いったい何をしにきたんだと思っていた慎也に、香緒は何もいわずスキーウ ェアーを手渡し、家に戻っていった。 「……」 慎也はありがたくウェアーに袖を通した。 三時間待って、子犬も萌荵も来なかった。 体の底から冷え切り、慎也は家に戻った。 台所では香緒がテレビを見ていた。 慎也が席に着くと、香緒は立ち上がりコンロに火をかけた。カップを出し、 少し砂糖を投げ込こんで、温まったミルクを注ぐと、そのまま慎也の前におい た。 びっくりして香緒を見るが、いつものように表情もなく向かいの席に着いた。 慎也はでき立てのホットミルクをひとくち飲み込み、大きなため息をついた。 「ありがとう、美味しい」 「うん」 慎也はしばらく大事そうにホットミルクをいただき、香緒はさして興味もな いようにテレビを見つめ続けていた。 冬の夜は本来、こんなに静かなものなのだったのだ。慎也は辺りを見渡し、 聞き耳を立てて、そう実感した。 虫の音が聞こえない。 車の音もしない。 ただ、テレビの音が静かに広がっている。 ようやく落ちついてきた慎也は、その静寂を壊さぬように呟いた。 「子犬を見つけたんだ」 香緒はゆっくりと振り向く。 「あぁ、ホットミルクを持っていた相手ね」 慎也はこくりとうなずいた。 「育てたいと思ったのに、そう思ったときには、もういなかった」 「……」 「きっともう会えない」 萌荵のことを言っているのか、子犬のことを言っているのか、わからなくな って、呟いているうちにただ何となく寂しくなった。 胸が少し痛くなって、慎也は椅子の上でうずくまった。 香緒はかすかに微笑んで、弟の頭を軽くなでると、そのまま自分の部屋へ帰 っていった。 テレビは天気予報に代わり、明日は今年一番の冷え込みになるだろうと、告 げていた。 やっと落ちついた慎也は部屋に戻った。 外と同じ気温の部屋を暖めるために、ストーブに火をつける。 小さな火はやがて全体にまわって、ようやく熱気と、かすかな石油の匂いを 漂わせ始めた。 立ち上がり、ふと窓の外を見つめると、そこには植木があった。 香緒がくれた植木は、こんな寒い冬に、しかも水もあげずにいたというのに、 しっかりと白い花を咲かしたままだった。 慎也はベランダの戸を開け、外に出た。 ようやく温まってきた体は、ふたたび冷気に触れてぶるっと震えた。 腰を下ろし植木を手に取り、顔の近くまで持ってきた。 小さな白い命はふるふると震えながら、しっかりと天の星や月を眺めていた。 「部屋を見渡してみると、意外にあると思うよ。大事なものが」 萌荵の言葉がよみがえる。 大事なものは、ある、のではなく、作っていくもの、なのかも知れない。 萌荵が誇らしげに見せてくれたシューズも、自分に置き換えてみれば、クラ ブに使っているバスケットシューズがあるのだから。 明日学校に着いたら、ロッカーに放り込んだシューズをもう一度磨いてみよ う。 いつか、萌荵に自慢して見せられるように。 これが僕の大事なシューズなのだと。 慎也は植木を脇に抱え、部屋へ戻った。 窓際の、よく陽のあたりそうな机の上に植木をおく。 「……うん、これでいい」 何もない黒い机の上に、たたずむ植木。 大事にしてみよう。 ちびに出来なかった分。 そして慎也はドアを開け、静かな部屋をそっとあとにした。 ホットミルクは飲まないけど、きっと水が欲しいだろうから。 月夜の晩の、そんなお話。 ---- 後書き ---- 最近、マラソンしています。夜中に。とても寒くて喉が痛いほどなのに、ふ と横切る樹がきれいだったり、見上げた空が温かかったりして、嬉しくなって います。街探索もかねているので、萌荵と同じように毎回違うコースをたどっ ているのですが、お気に入りは井の頭公園の開放グランドです。トラックの中 央がいったい芝生になっていて、寝っころがるととても気持ちがいいのです。 本当はクラブの基礎体力増強のために始めたことなのですが、けっこういいも のですね。皆さんもいかがですか? この話はある寒い夜、ふとベランダにでて星を眺めたとき、逢坂みえこさん の「永遠の野原」に収められている「純毛ブランケット」という話がオーバー ラップし、ストーリーの骨格ができあがりました。ごくごくたわいもない話。 なんか最近、こんな話ばかりですが、何となく好きで。 花が好きです。本当はひとつひとつ名前や生態を調べたいのですが、なかな かそうはいかないものです。わかつきめぐみさんの「ご近所の博物誌」を読ん で、「こんな生活をしたい!」と叫んだり、わたせせいぞうさんの「菜」を読 んで名前を覚えたりしています。寺田寅彦の随筆集もいつか読みたい。世界は 広い、知りたいことは沢山ありすぎる。 それでは、なるべく早いうちにまた次の作品で……。 93/01/08 榊京夜
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