長編 #2542の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
最後の店は各種の地酒をおいているところで、話にくくなった二人はずいぶんと 飲んでしまった。 悟も水香も、帰り道の足どりはすこしおぼつかなくなり、お互いに支えあいなが ら駅へ向かっていた。 「こんなに飲んだのは久しぶりだ」 「オレも」 「いい気持ちだけど、ちゃんと帰れるかどうか心配になってきた」 「電車の中で寝なかったら大丈夫だろ」 言葉だけははっきりしている水香も、悟の腕をつかむ手を離したらそのまま座り 込んでしまいそうだった。 「大丈夫か?」 「何とか。みっともないな」 「気にするな。兄妹だろうが」 悟の言葉を聞いてようやく水香は笑ってくれた。いつものように腕に抱きついて、 頬をあててきた。 やっぱりこれが関の山かも知れないなぁ、と悟は心の中でつぶやいた。それでも かまわないと思う。むしろ今は、この関係がなくなることの方が恐くもあった。二 人で意識して何もいえなくなるのは、今よりも辛いことなのだから。 水香の笑顔を見続けること以上はのぞむまい、と悟は心に決めた。 「おっと」 水香がよろめくと悟もつられて体勢をくずし、歩道にたむろっていた人たちのひ とりにぶつかった。 「ごめんなさい」 悟が軽く一礼した相手は、自分たち同様にかなり酔った二十歳前後の男たちだっ た。二人ほど頭をリーゼントで固め、ひとりは角刈りにしていた。一目見て、あま り関わりにあわない方がいいことをさとり、悟は足早に通り過ぎようと思った。そ れを察したように、肩をつかまえてきた。 「ぶつかっておいて、ごめん、だけはないんじゃないか」 悟のぶつかった、角刈り男がそう言ってきた。 水香が引っ張るのが解る。 「逃げようと思うなよ」 リーゼントの男が笑いながら言った。 「これからそのかわいい女の子とうまくやろうっていうんだろ? そのお金をちょ っとくれよ」 角刈り男が言うと、残りの二人が笑った。 悟の心が冷えていくのが解る。恐いわけじゃない。ただ、何となく悲しかった。 この三人は、そんなことを言って楽しいだろうか。むしろ辛くないだろうか。あ きらめて、人を傷つけるような自分はそういう男だと思いこみ、根元的な解決から は逃げるのは辛くないだろうか。 そんなことを考える悟は、根っからのお人好しだと、水香なら言うだろう。 水香は別の気持ちを抱いていた。 平手がとび、角刈りの男の頬にきれいに決まった。 「下卑たことを言うな。こいつはオレの兄貴だ。金ぐらい自分でかせぎやがれ」 水香の顔はいつもの真剣な表情に変わっていた。角刈りの男の顔は驚きのあと、 殴られたことに対する怒りにゆがんでいった。 「このヤロウぉ」 水香ににじりよってきた男を、悟は手で制した。 「謝るから、俺達のことは放っておいてくれ」 「お前もきにいらねぇ!」 男は急に膝蹴りを悟の腹にきめた。思わず腹をおさえる悟に、さらに拳がきまる。 「悟っ!」 「喧嘩なんて久しぶりだ」 打たれたところをさすりながら、悟はそうつぶやいた。 「何だ、やるつもりか?」 「妹のためなら、何だってやってやる」 悟の腰の入った一発はまともに男の顔に決まった。酔っているものどうし、よけ る動作がにぶくなっているのでパンチがよく決まる。 男は三回りは大きい悟の一発を受けて、後ろに倒れこみ起きあがらなくなった。 「こいつ」 残りの二人が悟に向かって殴りかかってきた。 酔っているもの同士の殴り合いなど、なかなか決まるものでなく、殴り殴られ三 人とも傷を作りながらもなかなか決定打を打つことができなかった。 水香も参戦して一人の気をそらした矢先に、悟の渾身の一発が決まりもう一人も 倒れた。水香を殴ろうとしていた男を後ろから、ひっつかまえて一発殴ると、この 男もとうとう気を失った。 肩で息をする悟の手を引っ張り、「行こう」と水香がいう。うなずくと二人は走 りはじめ、狭い路地を抜けて人気のないところへと向かった。 十二時を過ぎ人気のなくなった公園で、悟はベンチに座っていた。水香はハンカ チを水で濡らし、そっと悟の顔の傷にあてた。 暗くてよく見えないが、青ずんでいてすこし腫れている。明日には、もっとはっ きりするだろう。自分のしでかしたことに、水香は泣きたいような気持ちになって いた。 「ご免、悟。オレが手を出さなければよかった」 一つしかない外灯の光では、水香の顔ははっきりとは見えない。小さな黒い輪郭 と、時折きらめく瞳がかろうじて見えるぐらいだった。 「気にしなくていいって。水香が殴らなくても、俺が殴っていた」 嘘だ。悟が自分から殴らないことは、水香も知っていた。水香はますます胸が痛 くなるのを感じて、顔を伏せた。 風はなく、何の音もしない。 ブランコと鉄棒と砂山と、木々の間に家がかいま見える。 「喧嘩に巻き込まれるし終電を逃すし、最後は散々だったけど、楽しめたか?」 「優しいことばかり言うなよ」 水香を見ると、肩がふるえていた。泣いているのか。 「悔しいな……お前ばかり、オレの涙を見ている」 「水香」 水香は悟の胸に抱きつき、声を殺して泣き出した。 ようやく素直に、悟の前で泣くことができた。前から寂しくて、悲しくて泣きた いような気持ちだったのに、何もいえなかった。水香は今まで兄弟の長で、頼られ る存在だったのだから、弱いところを見せるわけにはいかなかった。 父はだいたい他人だし、母は弱い。物心ついてから初めて泣いたのは、家が火事 になり悟に抱きついたときが初めてだった。 「お前と二人だと、何か自分が変だよ。いつもの自分でいられなくなる」 水香は、悟の服をつかむ手をぎゅっと握りしめた。 抱きしめたい、悟は強く心の中で叫んだ。抱きしめてしまっては、兄妹でいられ なくなる。悟の体がふるえた。 「悟?」 異変に気づき、水香は顔を上げた。そして、悟の目を見て、動けなくなった。 悟は何もできなかった。三人の男を倒す力も、今は指一本動かすことはできない。 耐えている。 水香の気持ちを考えて、悟は必死に自分を殺した。 しびれるような体で、水香はその気持ちを理解した。 胸においた手が、鼓動を伝える。 水香の顔が少し近寄った。 駄目だ、と悟は強く反発したが、体は動かない。 見おろす悟のすぐ近くに、見上げる水香の顔がある。 濡れる瞳と、唇が見える。 さらに水香の顔が近づく。 あとすこし、ほんの少し近づけば、唇が触れる。 二人は視線をはずすことができなかった。 もし水香の瞳が閉じたなら、悟は自分を制することはできない。 ふたりの鼻が触れ合う。 悟の目には、水香しか映らない。 水香の瞳から大粒の涙がこぼれ、そして閉じられた。 悟は顔を近づけた。 足音が聞こえ、水香は猫のように悟から離れた。 ほんの少しふれた感触を唇に残して。 足音はしだいに大きくなり、帰宅途中の会社員らしき男は公園の中を通り、何事 もなく過ぎていった。 悟の体から一切の力が抜けていった。 緊張がすべてとけた。 水香は後ろを向いている。 後悔しているのかも知れない。 お互いにどう声をかけていいのか解らず、ただ、 「帰ろう」 という悟の声で二人は歩き始めた。 声もなく、会話もなく、長い長い帰路を二人は歩いて帰った。
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE