空中分解2 #2828の修正
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4 玲子とカインは暗闇の中を10メートルあまり落下した。玲子は落ち始めた瞬間に プラーナを発し、底との距離を正確に掴み、猫のような身のこなしできれいに着地し た。落ちたところはコンクリートの床のようだった。 何の前触れもなく照明が点き、3メートル四方くらいのドアも窓もない部屋を照ら しだした。カインはと見ると、玲子の後ろに平然と立っていた。どのように着地した のかはわからないが、この少年もただの人間ではないのだ。 玲子は部屋を調べようと足を踏み出した。その瞬間、胸が悪くなるような哄笑が部 屋中に反響した。 ジャカリチャーチ 「これからゲームをしようじゃないか、邪狩教団の戦士たちよ」その声は壁に埋め 込まれたのスピーカーから発せられていた。「ルールを説明しよう」 玲子達の正面の壁が、突然左右に開き始めた。 壁の向こうは同じような狭い部屋だった。二つの部屋の間は、おそらく最高の強度 を持つ、防弾/強化ガラスで遮られていた。 玲子は息を呑んだ。部屋の中には数人の若い男女が押し込まれていたのである。全 員、衣服を着けていなかった。すでに監禁されて何日にもなるらしい。全員がぐった りして座り込んでいた。 床には水差しや鳥の骨などが乱雑に転がっていた。コンクリートの床の一部に血の しみがあった。玲子は一瞬どきりとしたが、ニワトリの羽根が散らばっているのを見 て、何があったかを推察した。ツオ・ルは彼らを生かしておきたかったが、食物を調 理する手間をかけようとはせず、ニワトリを生きたまま与えたのだろう。さらに<従 者>が考慮しなかったことに、人間の生理現象がある。部屋の隅には大量の糞尿がぶ ちまけられていた。二つの部屋は完全に気密構造になっているらしかったが、そうで なければ鼻をつままなければならないほどの悪臭に襲われたことだろう。しかし、部 屋の中の男女は、もはやそれも気にならなくなっているらしい。 玲子の頭の中が怒りで真っ白になった。一挙手でメダリオンを取り出すと、渾身の 力をこめて遮断ガラスに投じた。9ミリ弾に匹敵する破壊力だったが、メダリオンは ガラスの表面で空しく乾いた音を立ててはね返された。玲子は駆け寄って、ガラスを 両手で何度も殴りつけた。拳が裂け、血が滲み出した時、後ろからカインが玲子の怒 りに震える肩を、そっと掴んだ。 「もうやめるんだ、ハミングバード」 その声は超人的なまでに抑制されていたが、かすかに語尾が震えていた。玲子は息 をつくと、無益な攻撃をやめた。 ガラスの向こうの男女は、今の騒ぎに対してほとんど反応しなかった。一番近くに いた女性がのろのろと顔を上げたが、その瞳にはもはや知性が宿っていなかった。一 体、どれくらい監禁状態を続ければ、人間がここまで無気力になるのだろう。玲子は 新たな怒りが押し寄せてくるのを感じたが、ぐっと感情の爆発を押さえつけた。 「この人間達は秘かに狩り集めてきたのだ」再びスピーカーからツオ・ルの声が流 れた。笑いをこらえているような口調だった。さっきの玲子の爆発をどこからか見て いたのだろう。「遊びに来た学生もいれば、人目を忍ぶ不倫のカップルもいる。そん な人間が、他にも100人以上いるのだ」 「何が目的なの」玲子はガラスの向こうの男女から目をそらして訊いた。 「今、お見せしよう」 その声と同時にガラスの向こうの部屋の壁の一角が開き、ツオ・ルが現れた。ブラ ンデーワインの肉体をまとってはいるが、もはや人間らしく見せようとする努力は完 全に放棄していた。ガラスで遮られていても、その邪悪な瘴気が痛いくらいに玲子の 本能をを刺激した。玲子は拳を握りしめ、叫びだしたい衝動に耐えた。 ツオ・ルの姿を見ると、床に座り込んでいた男女のぼんやりした顔に恐怖が浮かん だ。理由はなくとも、本能的に邪悪な瘴気を受けているためである。精神が白紙に近 い状態であるが故に、なおさら鮮明に感じるのだろう。 ツオ・ルはもはやスワンを押さえてはいなかった。右手には先ほどのコルトパイソ ン357ではなく、ダーツガンを持っていた。 「スワンはどうしたの」玲子の問いに、ツオ・ルは肩をすくめた。 「まだ、生きている」嘲笑まじりに答えると、邪悪な笑いを顔中に浮かべた。「さ あ、一人選ぶがいい」 「なんですって?」 「この中から一人選ぶのだ」ツオ・ルはおかしくてたまらないといった様子で繰り 返した。「ちょっとしたデモンストレーションをお目にかけよう。その対象をそちら に選ばせてやる」 玲子は絶句した。それを見て、ツオ・ルは大笑いした。 「さあ、どうした。一人選んでくれ」 「その人をどうするの?」 「それは選んでからのお楽しみだ。さあ、時間稼ぎをしても何にもならないぞ」 玲子は躊躇った。この<従者>が何をたくらんでいるのかしらないが、邪悪な目的 であることは間違いない。玲子が選んだ犠牲者を、どのような運命が待っているのか 想像したくもなかった。 「できないわ」玲子は首を振った。 「選ばねば全員を対象にするぞ。選べば、その一人で終わりだ」 玲子は、ガラスに隔てられた部屋の中にうずくまる人々を見た。男が2人。女が3 人。合理的に考えれば、一人を選んで残りを助けるべきかも知れない。しかし、玲子 は、「小の虫を殺して、大の虫を生かす」ということわざが大嫌いだった。 「できないわ」玲子は力なく繰り返した。 「そうか」ツオ・ルの顔が邪悪な喜びに歪んだ。「では、そちらの坊やに選んでも らおうか」 玲子はカインを振り返った。指名された金髪の少年は、氷のように冷たい怒りをこ めて<従者>をにらみつけた。しかし、カインは玲子よりはるかに冷静だった。白い 指を上げると、一人の女性を指した。 「カイン!」玲子は思わず叫んだ。 「そうか、あの女だな」ツオ・ルの右手がさっと上がり、ダーツガンの引き金を引 いた。銀色のダーツが発射され、恐怖に震えている若い女性の右の乳房に突き刺さっ た。 その女性は弱々しい悲鳴を上げて、ダーツを払いのけた。それは床ではね、遮断ガ ラスの近くまで転がってきた。玲子はそれを見た。アンプルと注射針が一体となって いる。針が目標に突き立つと、ガス圧でアンプルの中の薬品が注入される仕組みであ る。 玲子の視線が、今ダーツを受けた女性に向いた。まだ、二十歳を過ぎてはいないに 違いない、痩せこけた身体が小刻みに震えていた。寒さのせいではない。注入された 何かが彼女の肉体に影響を及ぼしているのだ。 「何をしたの!」玲子は絶叫した。「何をしたのよ!」 「黙って見ていろ」ツオ・ルは楽しそうに遮った。 突然、女性は絶叫し、身体をかきむしりながら床に転がった。ダーツが刺さった乳 房は不気味な灰色に変わっていた。それは見る間に胸全体へ、そして首から顔へと広 がりはじめた。手が灰色の部分をかきむしると、その部分は乾いた泥のようにボロボ ロと崩れ落ちた。 空気を求めるように口が大きく開かれ、舌がだらんと垂れ下がった。不意に絶叫が 止んだ。喉の奥から何かが押し寄せて声帯を塞いでしまったのだ。鮮血が口から流れ たかと思うと、げふっという音とともに血の固まりが吐き出された。それはコンクリ ートにぶつかり、ぐしゃりとつぶれた。ぐずぐずになった内臓だった。続いて、眼球 が眼窩から外れ、視神経を引きずりながら床に落下した。 耐えきれずに玲子は膝をついた。こみあげてくる嘔吐感を懸命にこらえる。カイン は、よほど強靭な精神をもっているのか、まばたきもせずに自分が指名した女性の異 様な変貌を凝視していた。 もはや床に転がって痙攣するだけとなった哀れな犠牲者は、全身をおぞましい灰色 に変化させていた。玲子は瞳に涙をにじませながら、うす笑いを浮かべているツオ・ ルにかすれ声で叫んだ。 「これがお前のいうゲームなの!」 しかし、ツオ・ルは首を振って、指さした。 「まだこれからだ」 玲子が目を向けたとき、びくん、と床に転がっている肉体がはね、立ち上がった。 同時に強烈な瘴気が、その崩れかけた身体から放たれはじめた。唖然として見守って いた残りの4人の男女は、怯えの色を浮かべて、かつての同室者を見た。 両腕に肉が盛り上がった。同時に指が伸び、鈎爪が生えた。開いたままの口の中で は、鮫のようにするどい歯が生え始めていた。やせ細った両足にも、急激に筋肉がふ くれ上がっている。彼女の肉体が急速に再生を始めているのだ。しかし、それは元の ような人間の身体ではなく、何か全く別の邪悪な存在に変換されている。 頭髪が残らず抜け落ち、かわりに鬼のような角が2本、急速にのびた。ひとつ残っ た目は、血の色に変わり、邪悪な知性をきらめかせた。すでに変身の苦痛はなくなっ たらしく、自分の新しい身体を、試すように動かしている。 一人の男が耐えきれず悲鳴を上げた。 不意にそれは動いた。思いもよらぬ敏捷さで、その男に近付くと、鋭い鈎爪の生え た右手で喉を切り裂いた。絶叫と返り血を意にも介さず、牙が首筋に食い込み、首の 筋肉を頚動脈ごとちぎりとった。それは飢えを満たすように肉を喰いちぎり、血をす すり、男の身体をむさぼり始めた。 「よし、やめろ」ツオ・ルが指を鳴らした。その途端、人間だった悪鬼は血と内臓 をすするのを中止して、従順な犬が飼い主の命令を待つようにしゃがみこんだ。しか し、真っ赤な舌で口のまわりをなめながら、残った左目をいやらしく動かして、恐慌 の叫びを上げている3人の男女をもの欲しそうに、ちらちらとみていた。 「この女に注射したのは、我が主人の細胞を培養したものだ。結果はごらんのとお りだ。我々の兵士がひとり誕生したのだ。私はこれをアスラと名付けた」ツオ・ルは 得意気に説明をはじめた。 ツオ・ルは人類よりも古い<従者>の一族に属していた。その一族には太古から伝 わる石版があり、それは<旧支配者>が戦いのときに流したとされる邪悪な血が染み 込んでいた。何千年もツオ・ルの一族は、その石版を崇めてきたのだが、20世紀に なり、分子生物学が発達すると、人類社会に秘かに潜入していたツオ・ルは、それを 最も邪悪な目的に利用することを思いついた。 「私は石版から<旧支配者>の遺伝情報を取り出した。何十年もかけてようやく増 殖に成功したのだ。 最も、苦労したのはふさわしい設備を備えた研究施設を手に入れることだった。民 間の施設は設備不足。軍や政府の施設はさすがに侵入が難しい。だが、かなり前から この研究所のことは我々の情報網に探知されていた。小賢しいお前達の教団の情報も 得る必要があった。この男はまさにうってつけだったよ」 人間の体内に入った細胞は、猛烈な勢いで増殖を開始する。赤血球を飲み込み、白 血球の攻撃を打ち破り、神経細胞を一瞬で破壊する。そして、宿主を死の一歩手前に 追いやると、おもむろに破壊活動から生産活動へと転ずる。ただし、それは悪性腫瘍 のような生産活動である。数分でそれは完了し、強靭な生命力に満ちたアスラへと生 まれ変わるのだ。 「やがてこのアスラが大量に地上に解き放たれれば、どのような地獄が地上に再現 されることか!」ツオ・ルは、ほとんど恍惚となって叫んだ。「実に楽しみではない か!偉大なる炎の神、クトゥグァよ!」 地獄の炎がそのまま地上に出現したかのような高熱が再び通り過ぎた。玲子は長い 髪を押さえながら、ツオ・ルを睨んだ。 「長官のもとに送った、ふざけたレポートは何のため?」 「ああ、それはもちろん、誰か邪狩教団の人間が必要だったためだよ、お嬢さん」 「やっと、本題に入れたわね」玲子はツオ・ルの演説を皮肉った。ツオ・ルは定ま った肉体を持たない<従者>らしいが、その性格はブランデーワインのものだったか もしれない。まれな例だが、宿主の精神力が<従者>の予想を越えて強力だった場合、 両者の精神は融合してしまうこともある。 「教団の人間がどうして必要なの?」 「こいつらを地上に送り出すには、訓練が必要なのだ」ツオ・ルはしゃがみこんで いるアスラの頭を撫でた。「君達はそれにうってつけだ」 「何が言いたいの?」玲子はいやな予感を押さえつけて訊いた。「私たちにその哀 れな人たちに、戦闘訓練を施せと言うの?」 「いやいやいや」ツオ・ルは笑いながら首を横に振った。「もちろん、そんなこと は考えていないよ。君達はこいつらと戦ってくれればいいのだ。ああ、念のために言 っておくが、手加減する必要は全くないよ。そうでなくても、アスラ達が手ごわいこ とは保証する」 玲子は冷笑を浴びせた。 「あんた、ばっかじゃないの?」 「どういうことかな」ツオ・ルは少しも動じた様子を見せずに訊いた。 「私たちが、戦った相手を殺してしまえば、訓練にも何もならないじゃないの。元 は人間だからといって、私が慈悲を見せると考えているなら大間違いよ。犠牲者の魂 を救うためだけにでも、確実に死を与えるから」 ツオ・ルは感心したような表情で、うなずいた。 「戦士にしては頭がいいな。そのことなら心配はいらんよ」 玲子は疑問を口にしようとしたが、ツオ・ルは面倒くさそうに手を振った。 「さあさあ、時間の無駄だ。早速、戦いを始めようか。そこでは狭いだろうから、 場所を移ってもらおう。念を押しておくが、スワンとその子供の命が、私の手に握ら れていることを忘れないことだ」 玲子達の部屋の壁の一部が音もなく開いた。玲子が覗きこむと、そこは下りの階段 になっていた。 「そこを降りるんだ。暗いから足元に気をつけてな。どうせならベストの状態で戦 ってもらいたい。足などくじかれてはたまらん」 玲子はカインを見た。カインは肩をすくめて、顎をしゃくった。玲子はおそるおそ る階段に足を踏み入れた。その時、ツオ・ルの声が呼び止めた。 「そうだ、忘れるところだった。ハミングバード。君の送信機と受信機をそこに捨 てていきたまえ。時間稼ぎをされるといかんから言っておくが、さっき君が発信した エマージェンシー・シグナルは届いていないよ。この屋敷は、私が設定した周波数以 外は、あらゆる電波を遮断する構造になっているのだ」 わざわざツオ・ルを喜ばせるのもしゃくなので、眉ひとつ動かさなかったものの、 内心で玲子はひどくがっかりした。敵はブランデーワインの知識を残らず自分のもの にしており、従って邪狩教団のことも知り尽くしている。援軍の望みが断たれたこと を噛みしめながら、玲子は腕時計とイヤピースを床に放り投げた。 「よし、行きたまえ」楽しそうにツオ・ルがうながした。玲子は階段に足を踏み降 ろした。数歩遅れて、カインも続く。数段降りると、背後で重い石の扉が閉じ、冷た い暗闇が玲子とカインを包み込んだ。
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