空中分解2 #2827の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
3 資料によれば、ブランデーワインは42才の大学教授である。33才のとき、最初 の妻と死別。以後、独身だったが、2年前に突然結婚した。相手は学生で22才だっ たという。この記録を読んだとき、玲子はさすがにあきれたものである。ただし、妻 も邪狩教団の団員であるので、それほど不思議ではない。妻のコードネームはスワン。 ブランデーワインと同じく研究者である。二人の間には、1才になる女の子がいる。 2カ月前、ブランデーワインは突然、タイラントの元にシングルスペースで100 ページ以上の英文レポートを送りつけてきた。それには<従者>との共存の可能性に 関する考察が、細かく述べられていた。タイラントはさすがに驚き、控えめに意見を 伝えた。<従者>と、つまり<旧支配者>との共存はありえることではない、という 内容だった。 ブランデーワインはそれに腹を立てたのか、プッツリと音信を途絶えさせてしまっ た。タイラントは再三にわたって、コミニュケーションをとろうと努力したが、全て 徒労に終わった。ブランデーワインは完全にそれを無視したのだった。定時連絡すら よこさなくなってしまった。 とうとう、タイラントは誰かを派遣して、事態を進展させようとした。折しも、< 巫女>一族から、試練の任務を与えてくれるよう要請があった。タイラントはこれ幸 いと、カインにブランデーワインの研究を評価する任務を与えることにしたのである。 玲子はたまたま、最も近い位置にいたために白羽の矢を立てられたのだ。 たしかに、と玲子は考えた。楽な任務には違いない。本来、戦闘要員である玲子が 遂行する任務ではないだろう。玲子の役割はカインがこの試練(というには易しすぎ るが)を、無事に終了できるのをサポートすることだった。甲子園大会の始球式を見 守る大会役員みたいなものだ。 成功するに決まっているんじゃないかしら、と玲子はカインを皮肉な目で見た。カ インのやることは、ブランデーワインの研究を評価して、研究の是か非かを判断する だけだ。 レーゾンデートル もちろん、<巫女>一族が<従者>との共存などという、邪狩教団の存在意義を根 底から覆すような考えを認めるはずがない。これに関しては、学問や表現の自由など 入り込む余地はないのだ。従って、カインはブランデーワインに研究の中止を告げる だろう。 ブランデーワインが素直に従えば、それでこの件は終わる。カインの勧告を拒めば、 ブランデーワインははっきりとした研究中止命令を受ける。もし、その命令に従う意 志がなければ、ブランデーワインは邪狩教団を去らなければならない。その際には、 教団に関する全ての記憶を消されることになる。 ヘリが着陸した地点は人目につかない場所だったため、ブランデーワインの住んで いる別荘までは、2キロほど歩かねばならない。カインはむっつりとした不機嫌そう な顔で玲子の後を歩いていた。玲子は試しに声をかけてみた。 「カイン、あなたは今いくつなの?」 答が返ってくるまでに、玲子は鼓動を100回ほど数えることができた。 「12だ」 タイラントに負けないくらい無愛想な声である。玲子はさらに攻撃をかけた。 「今までどんな修行をしてきたの?」 「君には想像もつかないようなことさ」今度は即座に応えがあった。人を見下すよ うな響きがこもってはいたが。 「きれいな人ね」玲子は、主語をわざと省略した。カインの目が急激に光を帯びた。 少年は鋭い口調で問い返した。 「姉上のことか?」カインは玲子の返事を待たずに続けた。「そうとも、世界で一 番きれいな人だ。優しくて、清らかで、暖かい人だ。姉上のためならぼくは喜んで命 を捨ててみせる」 「崇拝しているのね」 玲子の口調にからかいは全く含まれていなかったが、カインは射抜くような視線を 向けた。 「もちろんだ。ぼくにとっては<旧支配者>も<従者>もどうでもいい。ただ、姉 上のために、奴らと戦う修行をした。姉上の笑顔のためだけに」 少なくともこの少年は素直だ、と玲子は考えた。自分を装って他人と接するという ことは憶えなかったらしい。今の時代にあって、貴重な存在であるかもしれない。だ が、時には邪悪な<従者>との虚々実々の駆け引きが必要な<巫女>一族としては、 どうなのだろう。 不意にカインが思いもよらない反撃に転じた。 「君は誰のために戦っているのだ?ハミングバード」 沈黙が玲子の答だった。黒い瞳に、言葉以上に雄弁な光が浮かんだ。 「訊いてはいけないことだったのか?」カインは不思議そうに玲子の顔を覗きこん だ。玲子は小さく首を振った。 「私の両親は<従者>に殺されたわ」氷のような声をカインは聞いた。「何の罪も ない、善良な市民だったのに。そのために戦っているの」 「ふん」というのが、カインの反応だった。「どちらも利己的な理由で戦っている わけだ。人類のため、地球のためなどと大義名分を掲げる奴よりは立派だな」 はたして誉められているのか皮肉を言われているのか、玲子には分からなかったの で、都合のいい方に解釈することにした。それっきり二人は目的地に着くまで沈黙を 守った。 その別荘は30年以上昔に建築され、改修も改装もほとんど行われなかったため、 荒れ放題という印象を受ける。別荘に通じる道が一本しかなく、舗装もされていない こともあり、地元の人間もここには近付こうとはしない。もちろん、これは苦心して そのように見せかけてあるだけで、一歩別荘の中に足を踏み入れれば、最先端のコン ピュータに制御された研究設備に取り囲まれることになる。 表札はなかった。玲子は巨大な玄関の扉の前に立つと、壊れかけた(ように見える) インターホンのボタンを押した。ドアを通してチャイムの音が微かに伝わってきた。 玲子は一歩下がって待った。 なかなか応答がなかった。玲子がもう一度ボタンを押そうかと考え始めた時、イン ターホンからひび割れた声が響いた。男の声だった。 『どなたですか』 「長官の使いの者です」玲子はあらかじめ伝えられた通りに答えた。 カチリという微かな音とともにドアの電子ロックが解除された。 『入りたまえ』 玲子とカインは広々とした玄関ホールに入り込んだ。通るときドアを見ると、確認 できただけでも8種類の電子的/機械的警報装置が設置されていた。この様子だと、 窓や屋根、下水道などにも残らず同様の警報装置が張り巡らされているのだろう。よ ほど重要な研究を行っていたに違いない。少なくともブランデーワインがそう思って いたことだけは間違いない。 カインは相変わらず口を開こうとしなかったが、好奇心は隠せず、豪華な別荘の内 部を見回していた。本物の暖炉、ふかふかの上等なソファ、ホームバー、大型テレビ、 ビリヤード台、通信端末などが効率よく配置されてあった。玲子は自分のワンルーム バストイレ付きのマンションと比較しかけて、空しくなった。 それにしても、この豪華な別荘の主人はどこにいるのだろう。玲子がそう思った途 端、悲鳴のような声が別荘中に響きわたった。 「逃げて!早くここから逃げて!」 玲子とカインはそれぞれの身体を緊張させた。反射的に戦闘体勢をとる。玲子はメ ダリオンを握り、カインは剣の柄に手をかけた。 再び同じ声が響いた。 「逃げて!に…」 悲鳴が唐突に断ち切られた。同時にそれを発した人間が2階に現れた。ピンクのセ ーターとスカート姿のまだ若い女性である。ほっそりとした顔の半分を恐怖にひきつ らせていた。残りの半分は後ろから伸びた手で隠されている。背後に彼女より頭ひと つ高く、白衣を着て黒ぶち眼鏡をかけた男がニヤニヤ笑いながら立っていた。 間違いなくブランデーワインとスワンだ。玲子はカインの瞳を捉え、カインも同じ ことを確認したことを見取った。 「ようこそ、我が同志よ」ブランデーワインは高く通る声で二人に挨拶した。嘲笑 が混じるのを隠そうともしなかった。 「これは何の真似なの、ブランデーワイン!」玲子は叫んだ。 「君はハミングバードだな」ブランデーワインは玲子をじろじろと見つめた。「優 秀な戦士だそうだが、私の隙を狙っているならやめた方がいい」 ブランデーワインは妻の身体ごとわずかに向きを変えた。玲子はスワンの背中にリ ボルバーの銃口が押しつけられているのを見た。すでにハンマーが上がっており、ブ ランデーワインが気まぐれに指を動かしただけで、強力な破壊力を持つ357マグナ ムがスワンの心臓をあっさり消滅させてしまうだろう。 「というわけだ、お嬢さん。そのメダリオンはしまっておいてもらおうか。ところ で、そちらの素敵な銀色の髪の坊やはどなたかな?」 ブランデーワインの視線をカインは平然と無視した。ブランデーワインの嘲笑が一 瞬だけ硬直した。 「君のような戦士がいるとは知らなかった。察するところ、君は<巫女>の一族で はないかな、ん?その腰の剣は<巫女>一族だけが帯びることを許された聖剣だな。 頼むからそれを抜いたりしないでくれ。柄から手を放しておくんだ、坊や」 カインの瞳に明らかに怒りの炎が燃え上がった。しかし、スワンの怯えた瞳を見る と、無言で右手をゆっくり開いて柄を放した。 「どういうつもりなの、ブランデーワイン」玲子は詰問した。「スワンはあなたの 奥さんで、仲間でもあるのよ。冗談はやめにして」 「仲間?」ブランデーワインは自分が押さえている女性をちらりと見ると、高らか に短く笑った。「そう確かにこの女は仲間だった」 ようやくその時になって玲子は、自分の警戒本能がかすかに反応しているのに気付 いた。瘴気が感じられる。もちろんその源は2階に立っている男からだ。 「まさか…」玲子の呟きを、ブランデーワインの哄笑がかき消した。 「やっと気付いたようだな」 イーヴル・サイン 突然、放射能汚染されたドブ川のように強烈な邪悪な瘴気が屋内に満ちた。全ての 装いをブランデーワインが脱ぎ捨てたのである。外見上は全く変化がない。しかし、 そこに立っているのはまぎれもなく… 「<従者>!」玲子は反射的にメダリオンを投じようとして、あやうく思いとどま った。ブランデーワインは再び嘲笑を高らかに響かせた。 「愚かな人間どもよ。この肉体の男はな、とっくの昔に私がいただいた」<従者> はコルトパイソンをちらつかせて、玲子とカインを牽制しながら言った。「この男の 知識もな。おかげでお前達を呼び寄せることができた」 玲子は心の中で、タイラントを罵った。教団の誇る情報網を持ってしても、この事 態を察知する事すらできなかったのだ。 「私たちに何の用があるというのよ?」玲子はようやく冷静さを取り戻した。 「大したことではない。ちょっとしたゲームを楽しむだけだ。そうそう、自己紹介 が遅れて申し訳ない。私の名は、ツオ・ル。偉大なる炎の神、クトゥグァ様に仕える 者だ」 ツオ・ルが邪神の名を発音した途端に、周囲の温度が一気に数十度も上昇した。< 旧支配者>の名は、それだけで空間に干渉し、物理的な影響を及ぼす。 玲子はカインをちらりと見た。カインはツオ・ルを睨みつけていたが、<従者>の 隙をうかがうとか、弱点を探っているといった様子はまるで感じられなかった。 −少しは恐怖とか、不安とかを感じているのかしら?玲子は考えながら、目立たぬ ように、腕時計に擬されている送信器に触れ、エマージェンシー・シグナルを発信し た。世界中のどこにいても衛星中継によって確実にタイラントに届く。 「ゲームですって?」玲子はいぶかしげに訊いた。 「その通りだ」その言葉と同時に、玲子とカインの立っていた部分の床が一瞬で消 滅した。言葉を発するまもなく、二人は床に吸い込まれていった。後にはツオ・ルの 悪魔的な哄笑だけが残った。
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