空中分解2 #2794の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
● それは、美しいヤモリだった。細かい鱗に覆われたスレンダアなボデ ィはグレイに輝き、白色光を受けては、七色に反射した。ナンとも言え ない曲線を描きスボマッテいく頬の上には、いつもパッチリ開いた眼が ヌメヤカに輝いていた。オス達は彼女を崇拝し、下僕のように、ひれ伏 した。彼女は、松本家の縁の下に住んでいた。昔、庄屋屋敷だっただけ あって、縁は高い。 松本大輔は結婚指輪なぞ本当はしたくなかった。しかし妻の恵子は、 大輔が指輪をしていないのを見ると、不機嫌になる。どうやら恵子は、 愛を目に見えるモノに投影する種類の女らしい。大輔は恵子の前でだけ 指輪をはめる。会社に行く途中に胸ポケットに落とし込み、仕事をする。 勿論、大輔は恵子を愛していた。ただし、大輔の愛し方で、だった。大 輔は会社から帰ると、いつものように玄関の前で指輪をはめようとした。 ● ヤモリは庭の井戸に住む若いイモリに恋をしていた。水中で鍛え引き 締まった腹は赤く、鮮やかだった。イモリが井戸の縁から這い降りる時、 チラリと見せる赤い腹がヨク見えるよう、ヤモリはいつも一番外側の柱 の根元に陣取っていた。そしてイモリから自分がヨク見えるように。ヤ モリは自分がイモリを見つめるだけでなく、イモリに自分の美しい姿を 見てもらいたかった。いや見せつけようとしていた。 大輔は胸ポケットに指を入れた。しかし指輪は見つからなかった。ハ ンカチを引っ張り出した。プラチナの結婚指輪はクルクルと回転しなが ら微かな音とともに地面に落ち、夕陽を受けながらコロコロと庭を転が っていった。大輔は、それと気付かず、ポケットの底を引き出し、ハン カチをヒックリ返し、足元を見つめ、振り返った。指輪は無い。大輔は 戦慄し。恵子の顔が浮かぶ。大輔は指輪を求めて車へと戻って行った。 ● ヤモリはオレンジ色に輝く輪が転がって来るのを見た。吸い込まれそ うに見とれた。輪は徐々に減速し、赤い光をユラめかせながらクネり、 ヤモリの眼の前で、パタリと倒れた。ヤモリは鼻先でつついてみた。固 いが微かに肉の臭いがした。あまりウマそうではない。しかし、美しか った。ヤモリには、それで十分だった。ヤモリは思い切り口を開け、輪 を飲み込んだ。 大輔は車のシートのすき間に指を突っ込み、足元のカバアを外し、地 ベタに這いつくばり玄関まで四つ足で歩いてみた。指輪は無かった。立 ち上がりパンツの膝を払った。無性に腹が立ってきた。指輪如きで大の 男が何をしているのかと情無くなった。大輔は決然と扉を開け、家に入 った。恵子はスグに指輪が大輔の指にないことを気付いた。問い詰めよ うと構えた恵子に大輔はゾンザイな口調で、無くした、とだけ言った。 ● 指輪を飲み込んだヤモリの憂鬱は、もう三日も続いていた。誇らしげ に、そして少し恥ずかしげに井戸に向かっていた例の場所には姿が、見 えない。ヤモリは穴の中に篭っていた。指輪を飲み込んだセイで彼女の 自慢 のプロポオションが崩れた。元来ヤモリはスレンダアなものだ。 その腹の一部が、指輪を飲み込んだセイで真ん丸に膨れている。こんな 姿はイモリに見せたくなかった。誰にも見せたくはなかった。 恵子は大輔が指輪を失くしてから口をきかなくなっていた。食事も作 るし風呂も沸かす。しかし寝室は別だった。大輔の意地は限界に近付い ていた。恵子の笑顔を見られないのは辛い。大輔は素直に謝ろうかとも 思ったが、取り付く島がない。大輔は否定的ではあれ自分も指輪に拘っ ていたことに気付いた。大輔は花束を買って帰った。自分でもクサイと 思ったが、恵子の使う言語に合わせねば、対話が成立しない。 ● ヤモリは空腹だった。痩せた腹に指輪の形がクッキリと浮きでている。 ヌメやかに七色の光を放っていた鱗は渇きかけていた。ヤモリは無性に イモリに会いたくなった。穴から這い出し、いつもの場所へと向かった。 指輪が張り出した部分が地面に擦れ、薄くなった肉を痛めつける。足が 重い。自分の醜い姿を思い出し、陰に潜んで井戸を見守った。霞む意識 の中で、ヤモリは見事な赤腹が宙に舞ったのを見た、ような気がした。 恵子は花束に目が眩んだワケではなかったが、大輔を許した。恵子も 指輪一つで愛を失ったのではない。意固地な大輔に腹を立てていたのだ。 大輔が折れれば、怒っている必要もない。恵子は許した証に笑顔を見せ、 その日は大輔とともに寝た。単純に、許したから寝た、というのではな い。恵子にとっては表情や行為は伝えるべき意味が内包されているメデ ィアだった。恵子は、自分が大輔を許したことを、伝えた。 ● ヒッソリと息を引き取ったヤモリの亡骸を無数の蟻が分解し持ち去っ た。数時間のうちにヤモリは再び美しい姿となった。真っ白な骨の塊と なったヤモリに抱えられるように、ギラギラと輝くプラチナの指輪が転 がっていた。幾日かが過ぎた。骨は黄色く土ぼこりに塗れたが、指輪は、 輝いていた。飼い犬がソレを見つけた。光り物を見つけた犬は喜んで口 にくわえ、他の宝物と一緒に埋めようと庭の隅に駆けていった。 庭の隅では恵子が草をむしっていた。駆けてきた飼い犬が勢いよく穴 を掘り始めた。浅い土の中からは瓶の王冠や小さな鉄板・・・、光り物 が幾つも顔を出した。飼い犬は、その上に、くわえていたプラチナの指 輪を落とすと、再び埋めた。恵子は飼い犬が去った後、指輪を掘り出し ソッとスゥエットの袖で拭い、右手の薬指を立て指輪をあてがった。ス トンと指の根元まで落ちた。イモリが恵子の視界を横切っていった。 (終わり)
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