空中分解2 #2786の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
幸い、変事は起こっていなかった。と言って、子供が殺人犯人である疑いが あるなんて、この段階で言えるはずもない。現在、なすべきことは再び凶器捜 しである。「カミソリ」を捜すのだ。 譲次は学校に行っている。そこで、それとなく譲次の部屋を中心に捜すが、 この間見つからなかった物が今日になって見つかるはずもない。そう思ってい たのだが……。 「ありました!」 不意に声を上げたのは、若い刑事の一人だった。見ると、彼の手は指紋を消 すまいとつまむような格好で、剃刀を持っていた。 「よくやった。どこで見つけた?」 「ベッドの下であります」 吉田刑事の質問に答えた若者は、その場を示した。子供用の小さなベッドの 下に、この剃刀が。こびりついている黒い痕跡は血か。 「何だって?」 この発見に、とんきょうな声を出したのは、意外にも流であった。 「どうしたんだ? 何も驚くことはないじゃないか。君の推理通りだぜ」 「おかしい。この間、徹底的に調べたときには、そこにはなかった……」 流は考え込んでしまう。それを見かねてか、吉田刑事が言った。 「子供の浅知恵ですよ。前にも同じことをしてるじゃないですか。ほら、一度 調べた部屋に物を隠すというのは。あの子供だって、我々が調べたからこそ、 安心して凶器をベッドの下に隠したんでしょう。それまでどこにあったかは知 りませんが」 「いや、ちょっと黙って下さい……。ぼ、僕はとんでもない思い違いをしてい たらしい。しかし、実行犯は子供に違いない……。どう考えたら……いいんだ ……。ん?」 うなっていた流は、急にある一点を見つめたようだった。その視線をたどっ てみると、どうやら譲次のベッドのようだ。それも枕の付近か。 「そうだ! 吉田警部! あの家庭教師、淵は何の研究をしていたんです?」 「え、え? えっと、よくは知らんですが、心理学とか」 流の勢いに、思わず身を引く吉田刑事。 「そうでしたよね。だが、手遅れかもしれないな。それでも、やってみる価値 はある」 すると、流は何を思ったか、問題の枕に手を伸ばし、探り始めた。 「何をしているんだ?」 「スイッチだよ。睡眠学習用の枕なら、どこかにテープレコーダーのスイッチ があるはずだ。それでテープの内容を聞きたい。お、これか」 スイッチをひねったようだ。が、ボリュームが小さいらしく、はっきりとは 聞こえない。流はさらに手を動かし、ボリュームを大にしたらしい。すぐに音 が大きくなった。 それは、諺の繰り返しであった。一つの諺を三度言ったら次の諺に移る。譲 次の声が、それを繰り返していた。 と思っていたら、不意に音が途切れた。代わって、どこかで聞いたような大 人の声が。 「……父親の残したお話の通りにするんだ。次は畑昌枝を殺せ、畑昌枝を殺せ、 畑昌枝を殺せ、畑昌枝を殺せ……」 囁くような声は、淵英造の声だった。 「危うく、事件の裏を見逃すところだったよ」 事務所に戻った流は、改めて反省するように言った。警察で最後の推理を披 露した折も、反省しきりだったのだ。 「まさか、音によるサブリミナル効果の研究を、淵がしていたなんてね。心理 学とは広範囲に渡っていると、痛感させられたよ」 流の言う通り、淵英造は音声の繰り返しによって、人はその心理にどのよう な影響を受けるかという研究をしていたのだ。 普通、サブリミナル効果と言えば、一連の映像の中の一コマに、全く別の絵 を差し込むことによって、人間の潜在意識に影響を与え、絵の物を無意識に求 めるようにさせるというようなことが知られている。 淵は音でそれを試していたのだ。畑洋二の紹介で家庭教師を引き受けた彼は、 畑譲次が催眠学習も取り入れていることに興味を持った。そこで、それにセッ トするテープに細工をし、どのような効果があるかを調べていたのだ。最初は 「家庭教師の先生に会ったら、鼻の頭を触ること」といった些細なことから始 めたのだが、どうも効果が出たり出なかったりではっきりしない。 そんな折、淵は洋二の自殺を聞かされ、何の気なしに、洋二の個室を調べて みた。そこであのワープロ原稿を発見したのだ。そう、あれは元々、畑屋敷の 洋二の部屋ではなく、大学の洋二の部屋にあった物だった。続いて手書きの原 稿も発見。そこで、淵はある恐ろしいことを考えた。この文章をあの子供に読 ませ、その上で音の影響を試したらどうなるだろう、と。 早速実行に移した淵は、家庭教師をしている合間に、色々と細工が可能だっ た。何気なく原稿のコピーを「置き忘れ」たり、それをまた持って行ったり… …。 その効果は突然、現れた。偶然、淵が畑家の人達と食事をすることになって いたあの日、彼は屋敷への道の途中で、空き地から子供の影が出て来るのを見 た。その直後、空き地を除いてみると人影が倒れている。小室だった。となる と、これは譲次が殺したんだと直感した。しかし、どうして小室を殺したのか 分からない。「小説の通りにしろ」とテープに吹き込んでおいたのだから、当 然と言えば当然なのだが、そこまで気が回らない。とにかく、まだ実験を続け たかった淵は、犯人の証拠を消そうと考えた。見ると、剃刀が落ちている。こ れを拾う。次に小室の背に着いた泥にも気付いた。泥を背中一面に塗ったのは、 淵だったのだ。 「譲次が塗ったのだとしたら、ここだけ急に閃いたみたいで、どうもすっきり しなかったんだ」 とは、流の言葉である。 さて、それだけの細工をしてから淵は何食わぬ顔をし、畑屋敷へ向かった。 譲次が小室を被害者として選んだことを解明しようとした淵は、今度ははっ きりと「畑恵美を殺せ」と吹き込んだそうだ。彼女が死ねば、菊子とうまく行 きつつある自分にも恩恵があるに違いないと踏んでいた淵。その甲斐あってか、 思惑通りに譲次は恵美を殺してくれた。ところが、また不可解なことになって いた。ハーモニカを凶器としたのだ。これも不明だったが、犯行の決め手とし てはガラス戸棚の鍵の方が重要そうである。そこで、淵は鍵を隠すことを譲次 にそれとなく暗示したのだ。 犯人の淵は、ここまでの研究・実験はまあまあ、うまく行っていたとしてい る。だが、彼にはまだ確かめたいことがあった。肉親を殺すという道徳心とサ ブリミナル効果は、どちらが強いのかという点である。実は、洋二の原稿のあ らすじの内、畑孝亮と昌枝を殺す設定は、淵が付け足したものだったのだ。 仲々これは、譲次も実行しない。そろそろ潮時だと考えていた淵は、いつで も譲次に全ての罪を着せることのできるように、あの子のベッドの下に拾って おいた剃刀を入れたのだった。 「しかし、研究熱心だったのか、それとも菊子さんとの色恋沙汰に気を取られ たか、テープの始末を延ばし延ばしにしていたのが、奴の敗因さ」 流は言い切った。 「本当に、あんな簡単に、音声によるサブリミナルってできるのかねえ? 可 能だとしたら、そら恐ろしい」 私は、心の底から漏らした。 「僕は専門家じゃないけど、ある程度は進んでいるらしい。しかし、それも凄 い技術者と機械があってこそだよ。今回、淵のような若いのがうまく行ったの は、譲次の方にも理由があったと思っているんだ、僕は」 「どういう理由だい、流?」 「それこそ、『畑家の人間の血』さ。精神的に不安定な人間を生み出し易い血 統がもしあるのだとしたら、あの譲次にそれが表れたんじゃないか? つまり、 暗示にかかり易い精神構造の持ち主……」 流はしばらく黙ったかと思うと、不意に明るい声になって続けた。 「何にしても、あの子のしたことは、本質的には罪ではないさ。自意識の喪失 下での犯罪は、罪とされない。万が一にも罪になるとしても、それを罰してど うなると言うんだろうね。今、あの子に必要なのはそんなことではなく、精神 の安定なんだから」 「そうだな。神尾留依も母親を失ったショックから、早く立ち直るといいな」 そう考えていると、ふと、思い出したことがあった。少し、心が痛む。 「結婚まで誓った相手が犯人で、菊子さん、ショックだったろうな」 思わず、さん付けで言ってしまう。 「そりゃそうだろうが、おや。君、いっときは彼女が犯人だって言ってなかっ たかね?」 「そんなこともあったかな。そんな、いじめないでくれよ」 「まさか、君。ひかれているんじゃないのか、彼女に?」 「馬鹿言わないでくれよ!」 自分の顔が赤くなるのを感じた。久しぶりだ、こんな感覚は。 「強がり言うもんじゃない。正直にならないと、君の精神も圧迫を受けるぞ。 それにだ、なぐさめるとしたら、今が絶好のチャンスだよ」 他人事だと思って気軽に言う流を、私は恨めしく見つめた。 −終
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