空中分解2 #2785の修正
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「面白い考え方だけど、作家の発想だね。畑洋二が死んでいるのは間違いない んだ。ただ、これを参考に誰かが殺人を行ったとは考えられなくもない。問題 は小室だ。小室は小説には登場していない。犯人は神尾友康の代わりに、小室 を殺したのか? 何とも馬鹿げている」 彼の言葉はそこで途切れたので、私は質問を再開した。 「洋二が小説を書いていることを知っていたのは、菊子だけだったって?」 吉田刑事に教えられたことである。警察が原稿について畑屋敷の人々に聞い たところ、菊子が答えたそうだ。 「生前、そう、今から一年前でしたか、父は私に小説の書き方とワープロのこ とを聞いてきました。私は元来、詩人ですし、手書きなのでそれほど答えられ なかったんですが、父には参考になったようでした。小説の内容を訪ねると、 父は秘密めいた笑みを浮かべていただけでした……」 ワープロは研究室に設置されている物と判断された。印刷の字体も一致した。 「時々、教授は遅くまで残って何か印刷していることはありましたが、まさか 推理小説だったとは……」 というのは、淵英造の弁。 流が受けた。 「また菊子が怪しいって言うのかい?」 「いや、違うさ。小説のことなんか、大事だとは思いもしないだろうから、話 していなくても当り前だと思うけど」 「内容についても、洋二の創作だということが明らかになったじゃないか」 その通りである。同じく大学の洋二の個室から、手書きのあらすじが発見さ れたのである。大学ノートの隅に書き残されたそれは、ワープロ印刷で発見さ れた内容とは若干違うものの、ほとんど同じであった。相違点は畑孝亮や昌枝 を殺さずにおいて、事件は迷宮入りになる点だけである。筆跡も洋二本人のも のと確認されている。 「吉田刑事がお見えです」 受付の秋子さんが言ってきた。その後ろから、吉田刑事が続く。 「いやあ、あれだけの発見をしながら、どうもうまくないですな。犯人が分か らんのは変わらない」 ぼやき加減の刑事。 「流さん達はどうです?」 「同じ……」 と答えようとしたら、流が遮った。 「解決に近付いた気がしますよ。証拠はないんですが、ある一人が、犯人像と して固まりつつあります」 「え?」 私と吉田刑事は、同時に声を上げていた。 「だ、誰なんだ?」 「その前に警部。何か新しい情報があるんじゃないですか?」 「そ、そうだった。毒の件ですが、やはりあれは、畑洋二がこっそりと持ち出 した物らしいですな。大学の薬学・医学関係の部署をあたったところ、小量の ヒ素が消えてました」 「なるほど。それだけですか? それじゃ、僕の推理を聞いてもらいたい。本 来、証拠もない内に推理を他言するのは気が進まないんだが、あまりに信じら れない結論なので、他の人の意見が聞きたいんだ」 それはこちらとしても、望むところである。 「まず、畑洋二の死。あれは何の疑問の余地もなく、自殺でしょう。小室殺し の方の動機のなさがクローズアップされてばかりだったが、畑洋二を殺す者に ついても、動機が見あたらないのは同様です。妻であり、実質的な畑家の主た る畑恵美に圧迫される毎日を過ごし、その歪んだ精神を妻と前の夫を殺す小説 を書くことで解消しようとしたが失敗した男が自殺したのです。遺書を書くの もためらわれるほどの自殺の動機でしょう」 「ま、一男児としては、恥ずかしいかもしれませんな」 年寄りらしい意見を吉田刑事が口にした。 「それからどのくらいの間があったかは分かりません。ある人物が、畑洋二の 部屋で問題のワープロ原稿を発見、それを読んだのです。読んだ人物が内容を 曖昧に理解しただけで、実行に移したんです」 「曖昧ったって、まともな人間なら、充分に理解できる内容だったぞ。それに、 あんな中途半端な計画を実行するとは思えない」 私が反論した。すると、吉田刑事も応援してくれた。 「平野さんの言う通りだ。いくらヒ素が用意されてあったとしても、殺人を実 行するとは……」 「まあ、聞いて下さい。犯人は、ヒ素を殺人に使用していない。それなのに瓶 は空っぽになっていた。これは何を意味しているんだろう?」 尋ねられても、私には分からなかったし、刑事にも分からなかったようだ。 「それは置いといて、小室殺しの凶器を考えてみよう。身発見の凶器だが、カ ッターナイフ状の物と考えられている。それなら、剃刀も当てはまるんじゃな いだろうか? ここでの剃刀は漢字じゃなく、カタカナだと思ってほしい」 カミソリ? つい最近、その言葉を目にしたような。 「次、小室氏はいつもどんな服を着ていたか? 警部、どうです?」 「あ、うん。そうだな、しましま模様だと聞いたが」 「そうです。横にしまの入った服。これを『よこしま』だと解釈する人がいた としたら?」 よこしまという言葉もどこかで見たぞ。そうだ−−。 「流! 君は原稿のことを言ってるんだな。剃刀にしてもよこしまにしても、 あの小説の冒頭に出てきた言葉だ」 「見事だ、平野君。ここのフレーズを思い浮かべてくれ」 流は警察からもらったコピー原稿の一部を示した。 「『……彼さえいなくなれば、私の計画は、本当の意味で完全なものとなるの だ。あの、よこしまな男さえいなくなれば。 彼と私の間には、何の関係もない。故に、単純な殺害方法でも、私が疑われ ることはない。私はただ、確実に彼の息の根を止めるだけでいいのだ。それは カミソリ一本でも、充分であろう……』とあるね。どうだろう? 見事に一致 している。これを読んだ犯人は、横にしま模様のある服を着た人物を、カミソ リで殺すことを決意したのだ。もし、続く原稿の第一の犠牲者が、現実にはい ない神尾友康氏でなかったなら、こうした間違いも起こらなかったかもしれな い。だが、犯人は小説と現実を混同し、訳が分からなくなった挙げ句に、小室 といういけにえを見い出したのだよ」 何ということだ。殺される動機がなかったはずだ、小室は。これも一種の巻 き込まれ型と言えようか。 「空の瓶はどんな意味があるんですかな?」 「同じですよ、吉田刑事。原稿のあらすじに、『毒を捨てて刃物』云々とある でしょう。これを素直に受け止めると、ヒ素を捨ててから剃刀を手にするとな りませんか?」 「なるほど。しかし」 刑事がまた口を挟んだ。 「どうですかな、流さん。そんな理解力のない人間がいるでしょうか? 私に は考えられない」 「どうしてどうして。いるものですよ。少なくとも三種類は考えられます。ま ず、日本語を習いたての外国人。間違える可能性はある」 なるほど。でも……。私が口を開こうとしたら、流が続けてくれた。 「でも、そんな外国人は事件の関係者にはいないから、これは除外だ。次に精 神に異常のある人。これは判断が難しいが、一人いる。神尾留依はどの程度の 理解力があるのか。精神状態によって理解力に変化が起こるのか。誰も正確に は知らない。でも、可能性はあります」 「では、君は神尾留依が犯人だと言うのか?」 「待ちたまえ、平野君。三つ目がある。三つ目は、まだ読解力が発展途上にあ る子供が読んだとしたら、だ」 「何だって?」 またも私と吉田刑事は、同じように大声を出していた。 「つまり、畑譲次……」 「そうなるね」 こともなげに答える流。 「しかし、あの子は勉強家のようだぜ。いくら小学校低学年だって、分かるん じゃないか?」 「勉強と言っても色々ある。あの子がしていたのは、暗記中心だと感じなかっ たか? 睡眠学習用の枕があったんだぜ」 ふむ、思い当たる。 「家庭教師がついてたんだから、暗記だけだとは言わないが、あの漫画とかゲ ームを見ていたら、それほどではないんじゃないかな、本を読む能力は」 「確かに……。小学三年生がよこしまの正確な意味を知らなくてもおかしくな いし、仮名書きのカミソリなら読めますなあ」 吉田刑事が、感心したように言った。 「さあ、以上から、犯人は神尾留依か畑譲次でないかと思えてくる。ここで僕 は、推理を放棄したくなったよ。どちらにしても、いい結果は待っていそうに ないからね」 流は疲れたような目をし、喋るのを休止した。そしてやがて、決心したかの ように口を開く。 「もう一つ、この二人のどちらかが犯人ではないかと思える傍証を出そうか。 畑恵美殺しにおいて、犯人はハーモニカを使った。どうしてだろう? ここで も原稿が役に立つんだ。ここを見て」 流はあらすじにあった「■器」の箇所を指で押さえた。 「分別のある者なら、これは『鈍器』ではないかと類推できると思う。物語は 推理小説なんだから。だが、そうでない者には何を考えるだろう? 『食器』 か『楽器』を真っ先に思い浮かべるんじゃないだろうか?」 そうか……。声も出なくなるぐらい、意味が通って行く感覚に酔う。 「食器は、人を殴り殺すにしては、すぐに割れてしまいそうだ。じゃあ、楽器 だろう。そう考えて洋二の部屋を見回してみると、ハーモニカがある。ああ、 これが凶器なんだ……と犯人は考えたんじゃないだろうか。鍵はうまいことに、 机の引出しからでも発見したのだと思う」 「ど、どちらが犯人だと考えているのだ、君は」 どもりながら、私は聞いた。吉田刑事も息を飲んで、答を持っている。 「状況だけ見ても、明かだろう。譲次だよ」 何という……。正しくこれは「Yの悲劇」ではないか。 「雨の日に限らず、どちらが自由に歩き回れるかとなると、譲次の方だ。留依 は常に見守られているはずだからね。小室を殺せるとしたら、譲次の方じゃな いか。そう思ってあの泥の謎を考えてみたんだ」 背中一面に塗られた泥。この謎も解いたと言うのか。 「あの日、『しましまのおじさん』が来ることをあらかじめ知っていた譲次は、 時を見計らって外に出、小室を待ち伏せした。彼の姿を見つけると、譲次は子 供らしく、『おんぶしてよ!』とねだったんじゃないかな。雨とは言え、子供 好きだったらしい小室はそれを拒まず、傘を片手に譲次を背負う。このときの 体勢を考えてみてほしい。譲次の手は小室の肩から首にかけてあるはずだ。小 室は無防備。子供の手でも、剃刀があれば簡単に殺せるとは思えないだろうか」 「そうか!」 「これなら返り血も付かない。全くもって、うまい方法を考えたものだ。いや、 考えたんじゃないのかもしれないが。 で、泥だ。雨の日に小さな子供をおんぶすると、どうしても泥が背中に付着 するんじゃないだろうか。それも靴の先だけが服に当たるだろうから、ちょん ちょんて感じで、二箇所、点のように泥の印ができると思う。これをそのまま にしておいたら、すぐに子供の犯行だと分かると気付いたんだ、あの子供は。 この辺、割に頭がいいね。そこで譲次は全面に泥を塗ることを考え、実行した」 簡単なことのように説明する流。だが、ここにたどり着くのは並み大抵じゃ ないと思う。思いたいのだ。 ここで、吉田刑事が発言した。 「一つ、疑問がありますぞ。指紋です。その程度の読解力の犯人が、どうして 指紋のことを知っていましょう」 「多分ね、潔癖性がなせるわざだと思うんです」 「潔癖性?」 「今の子供は極端なきれい好きというか、汚い物事を嫌うタイプがいる。それ に近かったんじゃないだろうか、譲次は。それならほこりまみれの部屋にあっ た原稿を盗み読むにしても、古びた鍵を手にするにしても、血が付いた凶器を 持つにしても、手袋をしてやったとしてもおかしくない」 これを聞いて、ふむ、とうなる刑事。 「あ、今、思い出したんだが、一つ、説明を忘れていたよ。譲次を犯人と考え るもう一つの理由だ。後になって鍵が見つかっただろう、洋二の部屋から。あ のときのことを覚えているかい? 鍵の見つかった場所のほこりは、かすれて たね。鍵のあった棚の高さは、本棚全体が180センチだからせいぜい150 センチぐらいだろう。大の大人が犯人だとしたら、そんな棚に鍵を置くのにほ こりに触れるだろうか? むしろ、鍵が前からあったと見せかけるためにも、 そっと置くはずだ。それなのにかすれているのは、犯人の身長が低く、手がや っと届く位置だったんじゃないか。そう考えたんだよ。この条件を満たすのも、 小学生の譲次しかいない」 「状況証拠としても弱いですが、筋道は通ってますなあ」 すっかり感心し切った様子の吉田刑事。 「警部も納得してしまいましたか。平野君はどう思う?」 「同じだよ」 「ううん、そうか。畑譲次が犯人。この子供がどうして原稿を実行に移したの かは分からないが、結論を受け入れざるを得ないようですね」 「いつか、菊子が言ってましたよ。『畑の血がこんな人間を』って。あれは百 合子のふざけた態度を説明したものでしたが、他の場合にも言えるんじゃない ですか。神尾留依に顕著なように、精神にやや欠陥のある人間が出やすい血筋。 そういうもんがあるんじゃないんですか」 「仲々、大胆な意見ですね。でも、ないとは言い切れない。とにかく、今はこ れ以上の犯行を重ねないようにすることです。まさかとは思うが、原稿に操ら れて自分の両親を殺すなんて悲劇だけは避けないと」 そうだ。このままでは不安である。すぐにでも畑屋敷に向かわないと! −続く
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