空中分解2 #2783の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
それから順に、昌枝、孝亮、譲次、神尾留依、朝原、百合子の部屋と見て回 ったが、これまた不発で、成果は全くなかった。考えてみれば、犯人には時間 的余裕があったのだから、どこかに隠すなり処分するなりしたことは、充分に 考えられる。 念のため、各部屋で目についたことを記すと、孝亮や昌枝の部屋は意外に荷 物が少なかったこと。これはスポーツジムの方にも置いているからだろう。ま たスポーツマンらしく、どちらにも室内で運動するための器具があった。 譲次の部屋は子供らしく、テレビゲームの機械や漫画の詰まった本棚があり、 またベッドの枕が変な形だと思ったら、睡眠学習機能の付いた物だった。家庭 教師の他にここまでするとは、嫌な世の中だ。 留依は四十という年齢からすると考えられぬ程、子供っぽい部屋だった。花 の柄を基調としたカーテンや壁紙、絨毯はピンク色である。壁には留依自身の 手による物らしい絵がいくつかあった。 朝原の部屋も、他の人と同じ広さであった。家政婦だと差別していないとい うことなのか、単に部屋がこれしかなかったのかは分からない。割に恵まれて いるらしく、化粧品なんかが豊富に揃っていた。 百合子の部屋は、あんな遊び歩いているようでも、やはり美大生だと思わさ れる絵が、何枚もあった。描きかけのもある。他には仲々いいオーディオ設備 一式があった。防音がしっかりしているから、ある程度の音でも大丈夫なそう だ。 さて、流の提案で、畑恵美や洋二の部屋も見ることになった。 「流さん、ここは散々、調べ尽くしましたよ」 吉田刑事が、恵美の部屋の前で言った。 「あなた方警察が調べた後で、この部屋に隠すというのは、うまい着想だと思 いませんか? 洋二の部屋だって同様です」 と、意気楊々とした歩調で、部屋に入る流。しばらく三人で捜してみたが、 ここもだめだった。にも関わらず、流は自信満々である。 「洋二の部屋は、期待できますよ」 学者の部屋は、ほこりを被ったようで、時間を感じさせられた。 「平野君、吉田刑事。あそこを見て」 流が指さしたのは、何冊もの専門書が並べられた本棚の一角。五段ある棚の 一番上に鍵があったのだ。犯人がなでたらしく、そこの板のほこりが一部、取 れている。 「これは、ひょとして……」 「そうです。ここのガラス戸棚の鍵に違いありません。犯人が隠したんですよ。 至急、鑑識の人に来てもらうといい」 吉田刑事は流に言われ、慌てて部屋を飛び出して行った。 「さあ、希望が湧いてきた。この調子だと、小室殺しの凶器も見つかるかもし れない。余計な箇所に触らずに、静かに、しかし注意深く捜すんだ」 言われるまでもない、私は興奮を押さえつつ、目を皿のようにしていた。 さっき鍵の見つかった本棚は、180センチほどの高さがあったので、最上 部を見るには流でもちょっと辛い。そのため、踏台を朝原家政婦に持ってきて もらい、見てみたが、ほこりがあるだけだった。 机の上にもうっすらとほこりが積もっているが、怪しい点はない。こうなる と、机の引出しぐらいしか見ていない箇所はなかった。が、そこを触ると指紋 が消えてしまうかもしれないので、やめておく。 それでも見張りのために立っていたら、吉田刑事が取って返して来た。 「いやあ、手間取ってしまいました。興奮して、説明の手際が悪くなっちまい ましたよ。もうすぐ、来ると思いますよ」 久々に事件の進展があったためか、上機嫌な刑事だった。 「最初から鑑識を連れて来ればよかったのに。僕らを信用してくれなかったん ですか?」 皮肉を込めて流が言うと、吉田刑事は黙って頭に手をやった。 鑑識到着後、自由に探索を進めた結果、大いなる収穫があった。 まず、問題の鍵は、ガラス戸棚の物に間違いないことが分かった。スペアで はなく、元のオリジナルだということも、家人によって証明された。が、指紋 は畑洋二以外のは採取されず、その指紋のかすれ具合いから、犯人が手袋を着 用していたと考えられた。 机の引出しからは、全く予想外の物が発見された。原稿用紙の束である。最 初、それは研究論文か何かだと考えられていたのだが、中身は違った。 「推理小説?」 畑屋敷で待たせてもらっていた私達に、吉田刑事が知らせてくれたのは、本 当に意外な報告であったと言えよう。 「ええ。ワープロ原稿で、書きかけみたいですが、まず、推理小説に違いあり ません。タイトルからして『畑屋敷の惨劇』でそれっぽいですし、冒頭、『私』 なる人物による殺人への決意が書かれています。畑洋二やら恵美やらが出てく る実名小説ですが、内容は空想でしょうな」 「その原稿、見せてもらえますか?」 「指紋なんかの調べが終われば、構いません」 原稿の内容は後で示すとして、他に洋二の部屋から発見された物として、空 のガラス瓶がある。空と言っても見た目だけで、検査の結果、毒物のヒ素が内 面に付着していた。 「恐らく、畑洋二が小説のためか、本気で毒殺するためかは知りませんが、大 学から持ち出したのでしょうな。今、調査中です」 それが吉田刑事の言葉であった。 ここで見せてもらった原稿の全部を、以下に記そう。この全てが事件解決に 必要だった訳ではないので、全てを読む必要はない。特に必要なのは「あらす じ」の部分である。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 畑屋敷の惨劇 畑洋二 49 老いたる学者 2畑恵美 54 その妻。資産家 畑菊子 19 長女。大学生 畑百合子 13 次女 4畑孝亮 24 長男。スポーツインストラクター 3畑昌枝 22 その妻 1神尾友康 64 恵美の先夫 神尾留依 31 恵美と友康との娘 鳥部竜雄 49 洋二の友人 日熊一多 44 弁護士 石橋昭 38 医者 畑屋敷の惨劇 不時綾人 −−−−この作品を、愛する孫に捧げる *********************************** 私は一つの決意をした。 彼らを殺すのだ。 このままでは、彼らは、私の愛するものを亡きものとしてしまうに違いない。 また、彼らは、私自身さえも脅かしかねない。私は私が愛するものを護るため、 彼らを殺す。何を迷うことがあろうか。 私は万全の計画を立てた。これを忠実に実行すれば、間違いなく彼らの命は この世から消え去り、そして私の身の平安も保たれる。 だが、この計画を始動させる前に、一人の男を殺さねばならない。彼が生き ている間は、私は殺人計画を実行に移すことはできない。殺人計画のための殺 人。奇妙な話だが、これを成し遂げない限り、私の計画は水泡に帰す恐れがあ る。彼さえいなくなれば、私の計画は、本当の意味で完全なものとなるのだ。 あの、よこしまな男さえいなくなれば。 彼と私の間には、何の関係もない。故に、単純な殺害方法でも、私が疑われ ることはない。私はただ、確実に彼の息の根を止めるだけでいいのだ。それは カミソリ一本でも、充分であろう。 そして今、私は彼を殺した。誰にも分からないように。これで、私の真の狙 い、彼らを殺す計画は安泰というものだ。完全犯罪となろう。 私は私が愛するものを護るため、彼らを殺すのだ、たった一人、全く無関係 とも言える犠牲者を出すことが、遺憾ではあるが−−。 「おじさん、ごめんなさいね」 31にもなるのに、まだ子どものような言葉遣いをする。そんな神尾留依の 声の質は、まだ声変わりしていないように聞こえた。 「父は齢を重ねる度に、いやらしい性格になってしまって」 「いやいや、恵美も悪いんだ。あれが私に飽きて、また友康さんに走ったとし ても、友康さん自身に責任はない。あるのは私や恵美の方だ」 畑洋二は自嘲するかのごとく、笑った。 「ですが、私を連れて来るというのは、少々、行き過ぎだと思います。父は私 を連れて来ることで、おじさんに嫌がらせをしているみたいで……」 「それはあるかもしれないな。友康さんに非があるとしたら、そこか。だが、 当の留依さん、あんたがちゃんとしておるから、こちらは何にも気にしていな いよ」 「そうおっしゃってくれますと、気が休まるのですが」 不安げと言うか、申し訳なさそうな表情をする留依。大きな瞳以外、これと いった特長のない顔で、器量もさほど良いとは言えないのだが、その瞳が醸す 彼女の心情が、美しく見えるときがある。 「おっと、誰か来たみたいだ」 不意にベルがなり、洋二は玄関に向かった。いつもなら娘の百合子や菊子が 帰ってきている時間だから、彼女達のどちらかが応対に出るのだが、今日はど ちらも遅い。仕方がないといった風情で、洋二は眼鏡をかけ直してから、ドア を開ける。 「お、竜さんか。何だ?」 「いや、別に何だってほどのもんじゃない。だが、昼間からまた、神尾の奴が 来てる見たいじゃねえか。奥さんと出かけちまったようだが、ちょっと、問題 だよ」 竜さんと呼ばれた男は、親しい仲らしく、洋二に言葉をかけた。えらの張っ た顔にある二つの眼が、好奇心と老婆心を持ち合わせて光っているみたいだ。 そんな無遠慮な口のきき方をする竜さん−−鳥部竜雄に対し、洋二はややき つい口調で応えた。 「ちょっと。今、留依さんもいるんだ。そういう話は」 「あの、私、もう失礼しますから。どうぞ、お話を。父が戻ってきましたら、 私は先に帰ったと言い渡して下さい」 「ああっと、別に」 そう洋二が言おうとしたときには、もう神尾留依は玄関で靴を履き、ドアの 外に出て行ってしまった。 洋二と鳥部はとりあえず、家の奥に移動した。洋二が黙ってウイスキーのボ トルを示すと、鳥部は「いや。コーヒー、もらえるかな?」と答えた。 やがて洋二がコーヒーを二つ持って来ると、鳥部に向かい合う格好で座る。 「……悪いことしたかな」 コーヒーカップを手にしたまま、鳥部の動きが止まった。先のことを思い出 したのか、さすがに気まずそうに彼が言うと、洋二は当り前だという顔をしな がら、自分でいれたコーヒーをまずそうに口に運んだ。そしてそれは言葉にも なって現れた。 「当り前だ、竜さん。もうちょっと気遣いというものをだな」 「待て。その前に、おまえさんの甘さは、端から見ていて歯がゆいぜ。いくら 婿養子だからってな、奥さんにあんなに奔放にされることはないんだ。別れた 亭主とよりを戻す気か何か知らないが、おまえには何のやましい点はないんだ ろ?」 「あ、ああ」 「じゃあ、もっと強く出ろよ。いくら資産家のお嬢さん育ちだからって、こい つはひどい。神尾の旦那も、どうかしているよな。どういうつもりで、こちら に通っているんだろうねえ」 「それは分からんが……。僕が恵美に強く出れないのは、君も知っているだろ う。向こうが、研究費を全面負担してくれているんだから」 洋二は力なく言った。凡庸な学者である彼にとって、研究費を出してくれる スポンサーには頭が上がらない。彼自身は心理学の教授として大学で教鞭を取 っており、それなりの収入はあるのだが、恵美の資産にかなうはずもない。 「おかげであくせく働かなくて、研究に打ち込める。唯一の仕事・講義がなけ れば、平日も休みになる」 「なんだい、それなら俺も同じだ。自営業ってやつだからな、こっちは」 高笑いしながら、鳥部は言った。高くもない背を折り曲げるようにして笑う。 もちろん、自営業だからといって、勝手に休めるわけではないのだが。 「冗談はともかく、本当に一度、がんと言わなきゃいけないや。いざとなりゃ あ、なんて名前だっけな、あの弁護士の先生と」 「日熊先生のことかね」 洋二は、畑家の顧問弁護士を務める男の名を口にした。 「そうそう、日熊先生と相談してだな、神尾に手を引かせるべきだ。それくら いしないと」 「ああ、考えておくよ」 「時に、娘はどうしたい?」 「唐突だな。あまりコミュニケーションがないんで、よくは知らないんだが、 学園祭か何だかの準備で、どっちも忙しいみたいだ」 「そうか、そんな時期か。大学も中学も、よくよく遊べる所だな。孝亮君はど うした?」 「あいつは、勝手にスポーツプラザとかを作って、ぼちぼちやっているんだろ う。知らない間に嫁まで見つけて来る奴だ。うまい具合いにやって当然かね」 孝亮は、洋二と恵美の間にできた最初の子供だった。洋二も恵美も持ち合わ せていない、運動神経の良さが彼の最大の武器で、スポーツはだいたい何でも こなした。 −続く
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「空中分解2」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE