空中分解2 #2782の修正
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「どちらがプロポーズしたかなんて分かりませんが、相思相愛らしいです」 吉田刑事は説明を続けた。 「財産分与と関係があるようでしたか?」 「ははあ、そいつは我々の方でも考えましたよ。淵が財産目当てで結婚するっ て言い出した状況を。そんなことはないみたいで、たまたま時期が重なったん じゃないですか。それに、淵にはアリバイがある。財産をすぐに欲しくて女主 人を殺したなんてのも考えられない」 「すぐに独立することはないんでしょう?」 「そうみたいですね。相続税やら財産の処分やらで、簡単には行かんのでしょ うなあ」 「他の畑の人達は、どう思っているんですかね?」 「さてねえ。結果的に相続者の婚姻に無関係でしたからな、遺産分けは。平穏 なままじゃないですか?」 「そうですか。では、やはり神尾留依さんを誰が世話するかで、違ってくる訳 ですね。どうなってます?」 「孝亮は拒否の意向みたいですな。やはり家族がいますと、受け入れにくいも んでしょう。菊子は、畑の連中の内ではよくできた人間ですから、個人的には 引き受けたいみたいですが、淵とのこともありますから、迷っているようです。 百合子は最初から拒否。これだけははっきりしてました。財産も欲しいが世話 に拘束されるのはまっぴらって具合いで」 手振りをまじえて説明してくれる吉田刑事。熱心なものだ。 「全員が拒否となると、家政婦の朝原さんでしたっけ。彼女と医者の石橋さん とやらがいい目を見ますね」 「そうなりますか。いくら留依の世話を見るったって、元から石橋は世話を見 てきた。それどころか、留依に対して親身になっていましたから、子供を引き 取る感覚かもしれませんしな。もし、遺言書の内容を知っていたのだとしたら、 石橋への容疑は深まるんですがね」 「仲々面白い考えです。そう、遺言書の内容を知らなくても、おおよその見当 は付くと思いませんか? 全員が留依の世話を拒否する可能性は割に高いし、 その場合、留依は多額の財産を持ってどこかの世話になる。ここまで考えられ れば、石橋医師−−言いにくいですね、この言い方−−医者の石橋さんは自分 に世話役が回って来ることを想像できたかもしれない」 流の推理は、曲解だと言い切れない部分があると思えた。石橋なら、積極的 に畑恵美を殺す動機があるかもしれない。ひょっとしたら、日熊弁護士と裏で 通じているとか、家政婦の朝原といい仲になっているとか。 そんな考えを巡らせていると、流がまた別のことを言い出した。 「そうだ。小室二郎の畑洋二事件に関するアリバイ、どうでした?」 「ああ、それもありましたな。なにぶん、死んでしまった人間のアリバイを調 べるんですっきりしませんが。えっと、これだこれだ」 手帳を繰っていた吉田刑事の手が止まる。 「畑洋二が転落死した日、小室は午後五時半までは会社にいたというアリバイ がありました。証人もいくらでもいます。が、それ以後はないんで、結局はア リバイ不成立となりますな。畑洋二の死亡時刻は午後四時〜六時と推定されて いますから、ぎりぎりで間に合ってしまう」 「こんな推理はどうかな」 私は思い付きを口にすることにした。 「一連の事件が同一犯人の手によるものだとすれば、三つともにアリバイがな いのは鳥部老人だけになる。でも、この人は足の悪さとかを鑑みて、犯人では なさそうなんでしょう?」 「そうですな。特に今度の畑恵美殺しでは、二階から忍び込むのが一番無理な 人だ」 「ここで、自殺か他殺か不明な畑洋二氏の件は切り離して、二つの殺人事件に 限定します。小室氏の事件でアリバイが成立したのは日熊弁護士だけ、女主人 の事件では淵英造だけでした。 アリバイがない人達の中で犯行が不可能と思われるのは、さっきも言いまし たように鳥部老人。それに神尾留依さんも無理だと思う。誤解されると困るん だけど、精神不安定の彼女が何かの拍子で殺すことはあるかもしれない。でも、 そんな彼女が計画的に殺人を行えるかとなると、疑問でしょう?」 「そうですな」 吉田刑事が同意したのに対し、流は黙ったままだ。私はともかく、続ける。 「次は動機の点です。小室氏を殺すような人は見あたらないということでした が、それでは話が進みませんので、本当に彼を殺さないと断言できそうな者を 除外してみます。 まず、『しましまのおじさん』と言って小室になついていた畑譲次は除ける でしょう。元々、小学生が計画殺人をするとは思えませんからね。 譲次の両親はどうでしょう? 息子の相手をしてくれるのは好ましいと思う でしょうが、その他の面ではどうだったか? でも、逆に考えれば、嫌に思っ ているのなら子供に近付けさせないでしょう。となると、好ましく思っていた と考えていい」 「それには異論があるな」 流がやっと口を開いた。ずっと黙っていられたことが不安だった私は、彼に 反論されたことを不平に思うよりも、嬉しく思った。 「どういう点で?」 「例えばだが、何かをネタに小室が孝亮達を脅迫していたとする。それで手に した金の一部を譲次へのおみやげとしていたら、どうだろう? 夫婦にとって 実際は顔を見るのも嫌という状況になるね。事実はどうか知らないけれどね」 「……なるほど。警部、実際はどうなんでしょう?」 「そんなことが分かっていれば、とっくにお知らせしてますよ。まず、小室の 評判からして考えられないと思いますな」 「じゃあ、二人は除外できるとしたいなあ。この線で続けますよ」 二人の聞き手は、黙ってうなずいた。 「残る菊子、百合子、朝原、石橋の四人は何とも言えませんから、次の恵美殺 しの動機で考えます。恵美が死ねば財産が入ると分かっていたのは、菊子と百 合子です。朝原、石橋の二人は入るかどうか、想像の域に過ぎなかった。です が、これだけで後者二人を除外できません。もしかすると遺言書の内容を知っ ていたことも考えられますから。警部、菊子の書いていたという原稿は、どん な物なんですか?」 「手書きの原稿で、筆跡は本人の物に違いなかった」 「分量は?」 「原稿用紙三枚ですが、内容は濃いみたいですな。頼まれた二日後に上げるに は、あれぐらいの時間が必要だそうで」 「内容で、特徴的なことはありませんでした? 当日以後でないと書けないよ うな文章があったとか」 「いや、そんなものはなかったみたいですよ。そういったのに詳しい奴がいま してね、警察にも。そいつが言うには、今月に入ってからなら、いつでも書け た内容だと」 「そうですか。じゃ、この線ではアリバイ証明にならないと……。では、身長 を導入しましょう。警部、身長的に犯人の条件を満たしていそうなのは、誰で したか?」 「日熊、畑菊子、畑孝亮、淵英造の四人に、鳥部を入れるかどうか、ですな」 「その四人と今まで述べてきた推理で残った四人を比べ、重なっているのは唯 一人、畑菊子だけです」 これが私の結論だった。 「一番、まともそうな人間が残りましたな」 吉田刑事が言った。私は付け加える。 「まともだからこそ、計画殺人をしたとも言えませんか?」 「それはどうか、分かりませんが」 言葉を濁す刑事。 「流、君はどう感じてる?」 「うん……。意外にうまく、一人に絞り込めたね。推測だけでこうなるとは」 「そんなことは聞いてないぜ。菊子が犯人だという考えを、どう思うかって聞 いているんだ」 「それには何のコメントもしようがないが……。質問していいかな? 小室氏 が殺されたとき、彼の背中には泥が塗りたくられていたということだが、それ をどう解釈するんだ?」 そうだ、それがあった。 「……手形を残してしまったから、それを隠すために泥を塗ったんじゃないか」 「そうかね? それなら手形の部分だけを泥で汚せばいい。何も一面に塗りた くることはない。少しでも早く、犯人は現場から離れたがっているはずだろ?」 言われてみれば、その通りだ。 「次、ハーモニカを凶器とした理由を述べよ」 「それは……」 絶句してしまう。分からない。 「他にも疑問点がある。小室は何故殺されねばならなかったのか? 遺産の相 続者が犯人としても、急いで殺す必要があったのだろうか? 犯人は洋二氏の 部屋の戸の鍵をどうやって手に入れたのか? 等々……」 指摘されて、まだまだ謎があることを痛感した。 「吉田警部、僕ら、もう一度畑屋敷に乗り込んで、少し調べさせてもらいたい んですが」 「流さん達が単独で乗り込まれては、まずいでしょうな。わしがつき合いまし ょう」 「どうもすみません」 そういう訳で、再度、畑屋敷を訪れることになった。 「現在の屋敷の主人?」 流の質問を受けた畑家の人々は、考えても見なかったことに戸惑っている様 子だ。対象は畑孝亮、菊子、百合子の三人。 他の人はと言うと、小学生の譲次は学校、神尾留依は石橋医院へ行っており、 不在。弁護士は書類整理の関係か、ここのところ毎日の来訪らしい。淵も来て いた。 「一応、年齢から言うと、孝亮兄さんになります」 菊子は兄の方を向いた。孝亮としても、まんざらでもなさそうである。 「でもぉ」 鼻にかかった声は百合子。 「留依さんの養育義務の順序、菊子姉が先だったよね」 言われてみればそうだ。何故だか知らないが、あの順序は菊子の名が先にあ った。 「それは多分、母が家族のある兄さんのことを思って、そんな順序にしたんじ ゃないかしら」 菊子が言った。 「では、あなたには主としての自覚はないと」 流が聞くと、菊子は、 「それは、何か文書の形ではっきりとその旨が記されてあったとしたら、自覚 も持てますけど、今の状態では、孝亮兄さんを主にと考えるのが妥当でしょう」 と答えた。 「そうですか。では、次にお願いなんですが……。皆さんの部屋を見させてい ただきたいんです。もちろん、吉田刑事も同行の上です」 「それは……」 反論したそうなのは、畑恵美の子供らだけでなく、昌枝や朝原も同じだった。 しかし、警察の意向とあらば、どこか強制的な響きを持って聞こえるのか、面 と向かって拒む者はなかった。 刑事が厳しく言った。 「凶器の探索もしなくちゃならんですからな」 「どうです、主人となった孝亮さん?」 流は面白おかしい調子で、畑孝亮に聞く。 「……しょうがないでしょうな」 彼は、せいぜい威厳を保とうとするかのような答をした。 部屋は寝室を兼ねた場で、どこも同じ造りになっていた。例外は、孝亮家族 のための部屋で、そこは大きめなのだ。 部屋は、菊子の部屋から見ることになった。彼女から申し出があったのだ。 ドアの外では、部屋の主と淵英造が寄り添うようにして、こちらを伺っている。 詩人の部屋らしいと言うべきか、飾り気はあるものの派手ではない。くすん だ色調が多い。南の窓際にきれいに仕立てられたベッドが、その反対側に机が ある。机の上はきちんと整頓されているが、ほんの少し、雑誌の類が出ている。 吉田刑事から後に聞いたところ、婚約者と似ているそうである。 部屋の内装をくどくど描写してもしょうがない。流の考えはともかく、私に とって肝心なのは小室事件の凶器に例の鍵だ。実は警察が散々捜して行ったそ うなのだが、再捜査の名目で入れてもらった訳である。 私は菊子が犯人でないかと考えているのだから、ここが勝負だ。そう意気込 んだが、結果は不調。何の収穫もなかった。 「納得いただけました?」 「はい。ご迷惑を」 吉田刑事が言うと、 「いえ。それがそちらのお仕事ですもの。いいんです」 と、菊子は優しい言葉を返してくれた。先入観は禁物だが、彼女は犯人では ないだろう。私は考えを訂正し始めた。 −続く
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