空中分解2 #2778の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
畑家の人間の身長は、孝亮夫婦の経営するスポーツジムに記録があったので、 さほど不自然さなしに知ることができた。神尾留依や家政婦の朝原育美のもあ ったのは助かった。また、畑家によく出入りしている人物の身長は別口で調べ た。小室二郎のと合わせ、以下にそれらを示す。 年齢 身長(cm) 備考 畑洋二 58 169 学者。死亡(飛び降り自殺?) 畑恵美 63 155 その妻。資産家 畑菊子 28 171 長女。詩人 畑百合子 22 160 次女。美大生 畑孝亮 33 180 長男。スポーツインストラクター 畑昌枝 31 163 その妻 畑譲次 9 135 その長男。小学三年生 神尾留依 40 152 恵美とその前夫との娘。自閉症気味 朝原育美 20 159 家政婦 淵英造 23 180 大学院生。洋二の研究室所属。譲次の家庭教師 日熊一多 53 170 弁護士 石橋昭 47 164 医者 鳥部竜雄 63 166 洋二の友人 小室二郎 34 170 孝亮の友人。死亡 表中、説明を要するとしたら、鳥部竜雄なる人物についてであろう。この男 は畑屋敷のすぐ近所に家を構える独居老人。漁師だったが事故で足が不自由と なったため、隠退し年金生活を送っている。畑洋二が健在の頃は、よく屋敷に も出入りしていたのだ。 先の「被害者の小室よりも背が高い」条件を満たすのは、全く同じ日熊を筆 頭に畑菊子、畑孝亮、淵英造の四人となる。ほぼ同じ身長の持ち主まで列挙す れば、鳥部竜雄も入れていいかもしれない。同じ身長というのは境界が曖昧だ が、元々犯人の身長にしても推測なので、全面的に信頼する訳にはいかない。 次に各人のアリバイである。事件当日の午後六時以降、神尾や朝原を含む畑 家の人間は小室を屋敷で待ち、八時過ぎにあきらめて食事に出かけ、九時半に 揃って帰宅している。家政婦も合わせ身内の証言ばかりだが、食事をしたレス トランでは大家族の食事ということで記憶している者が大勢いた。要するに、 八時以後はまずアリバイがあると言えたが、肝心の五時から七時は何とも言え ないのである。 淵は七時に畑家に車で到着するまでは、大学で資料をあさっていたと言った。 大学を出た時刻が同じ日の五時五十分で、これは大学関係者の証言がある。自 宅に一度帰ってまた出たんだとすれば、ほとんど時間的余裕はない。しかし現 場のすぐ側を通っている訳であり、全くの不可能と言い切れない点もある。 日熊は同じ事務所の仲間の応援のため、裁判での証拠調べ等で色々な人々の 間を訪ねて回っていたと言うのだ。これには同行した者がおり、死亡推定時刻 に対するアリバイが成立した。 石橋の場合、三時半に病院を閉めてからずっと家にいたと言っているが、こ れは家族の証言しか得られていない。他人の証言としては、看護婦の一人が午 後五時四十分に病院を出るまで何度か石橋を目にしている。 鳥部は独居老人とあって他人と顔を会わせる機会が少ないためか、曖昧だっ た。多分、家で飯を食っていただろうというのが彼の申し立てだ。食事も前日 までの買い置きで事足りたので、買物に出かけてはいない。足が悪い鳥部は、 雨でなくてもあまり外出しないようだ。 遅くなったが被害者自身の行動である。これがまた不明瞭で、午後五時ちょ うどに退社した後がまるで分からない。当日の小室の言動に、別に不自然な点 はなかったそうである。 要するにアリバイが成立したのは日熊だけで、ほとんど容疑枠は絞れなかっ た。身長だけで枠を絞るのは早計というものであろう。 「まだ何とも言えんな。畑洋二の件を調べ直しを兼ねて、もう一度全員を訪ね てみるか」 吉田は書類を閉じた。 淵英造を訪ねた吉田刑事は、大学の施設のきれいさにちょっと驚かされてい た。これまでは他の者に行ってもらっていたのである。 「時間通りですね」 淵に言われて通された部屋も、研究一筋のむさくるしい場所を想像していた が、それは外れていた。きちんと整頓された室内に本棚。白い壁が見え、カー テンが陽光の中で翻っている。唯一、机の上で数冊の本が踊っていたが、これ は研究のためだろう。 「どうぞ」 お茶が差し出された。 「本来なら助手、それも美人女性がやってくれるんですが、あいにく、今は一 人でして」 軽く笑い声を上げる淵。大学院生などと聞いていたものだから、色の白い、 眼鏡をかけた気難し屋を考えていた吉田だったが、これも外れていた。額を隠 し加減の前髪、切れ長の目、通った鼻筋と今風の若者そのものだ。どこかで遊 ぶ暇もあるらしく日焼けしている。 「早速ですが淵さん、畑洋二さんの亡くなった日のことを思い出してもらいた いのです」 「またアリバイ調べですか? 教授は自殺だったと聞きましたが」 「いえいえ。当日の洋二さんの行動に、何か変わったところは見られなかった かということです」 「あの日は土曜日でしたね。土曜は不規則なことが多いですから、あまり覚え ていませんが……。何も目についた点はなかったと思いますね」 考える様子を見せた淵は、まもなくそんな判断をした。 「洋二さんと最後に会われたのは?」 「教授とは……」 淵は畑洋二のことを教授と呼んでいた。 「昼をご一緒しましたから、正午までは確実だ。ええっと、そうだ。午後一時 半に僕の方が調べ物があって学内の図書館に出向きました。だから、それ以後 は教授とは会っていません」 「あなたの方は、それからどうしました?」 「……やはり、アリバイですね」 「いや、そういう訳じゃ」 気付かれずに誘導尋問するには手ごわい相手だ。 「いいんですよ。それが刑事さん達の仕事ですから。これまで否定してちゃ、 思うように捜査できないでしょう? そうですねえ、図書館にいたことは周りの人や係の人が覚えてくれていると 思います。目当ての本を借りる手続きをして、図書館を出たのはいつだったか ……。小一時間もいたかな。二時半から六時までは研究室にいたと記憶してい ます。もちろん、研究仲間と一緒にです。で、帰宅したのが七時前だったかな。 独身なものですから、食料を買いに寄ることが多いんです」 「あ、もう結構です。畑洋二さんの個室と呼べるような物はあったんですか?」 洋二の死亡推定時刻を過ぎたため、吉田は淵の行動を聞くのは打ち切り、質 問の傾向を転じた。 「もちろん、ありました。教授・助教授に限らず、ここでは非常勤講師の方に まで個室が割り当たるようになっています」 「先日、うちの若い者がそちらを調べた折、何も出なかったんですが、淵さん から見て何かなくなった物や増えていた物はありませんかね」 「そう言われましても、自分は院生の一人に過ぎませんから。そんなに記憶に 残るまで部屋にお邪魔していた訳じゃ」 「ですが、あなたは洋二さんのお孫さんの家庭教師をされてるでしょう?」 「それはそうですが、研究の片手間程度です」 「畑の家に出入りするときに、小室さんに会われたことはありませんか?」 「この間、亡くなった方ですね。以前もお答えしましたが、何度かはあります。 でも、それほど詳しく知り合った訳でもないですから」 「そうですか。では、畑菊子さんについて、どう思われます?」 「質問の意味が測りかねますが……」 「懇意にしているという話を小耳に挟みましたんでね」 「ははん。そういう意味ですか。ううん、まあ、好意を持っているというのが 偽らざるとこですかね。菊子さんがどう思われているかは知りませんが。これ が何か?」 「ふむ。いや、どうも、時間を取らせました」 そう言い置いて、吉田は研究室を後にした。 石橋病院は閑散としていた。精神科の病院とはこんなものであろう。イメー ジは白。壁も塀も何もかもが白く、日差しをまぶしく返している。 「流行っていないのはいいことです」 言葉とは裏腹に面白くなさそうに言ったのは、院長の石橋昭。痩せた中背の 男で、神経質そうな顔をしている。だが、眼鏡の奥の二つの目は、優しげに笑 っている。 「畑洋二さん、ご存知ですね?」 「ええ。それが」 穏やかな声だ。見た目と声の優しさとのギャップで、患者の心を開かせるの か。吉田は素人考えを起こした。 「彼が亡くなったとき、神尾留依さんとご一緒だったそうで、そのときのこと を繰り返しになると思いますが、お話し願えませんか?」 「あの日は五時十分にお屋敷へお邪魔して、神尾さんを連れてすぐに出ました ね」 「何時ぐらいです、出たのは?」 「五時……二十分になっていたでしょうかね。とにかく、そんなに時間を置か ずに出ましたよ。それから彼女の行きたい場所を聞きまして、燈台を見たいと 言われたので慌てましたね。道路地図を広げて捜しましたら、案外近くにある もので、車で四十分ぐらいかかって到着しました」 そう説明しながら、医師は地図を引っ張り出してきて、海辺の燈台を指し示 した。 「すみませんが、そこに行った証はありますか?」 「心外ですなあ、そんな風に言われるのは。まあ、いいでしょう。スタンプが あります。燈台近くの記念館みたいな建物で、スタンプを押して来ましたから」 また説明しながら、石橋は空白にスタンプの押されたパンフレットを持ち出 してきた。スタンプには日付が入っており、当日のものに間違いなかった。 「言っておきますと、その日付は係の人が設定し、観光客が勝手にいじること はできませんよ」 「なるほど。燈台にはどれくらいいました?」 「一時間弱かな。あまり覚えてないが、その後に食事に行きましてね。そこに 着いたのが七時過ぎでしたから、そんなものでしょう」 「食事はどこで?」 「カトレヤとかいう名前の店だった。落ち着いた雰囲気の店で、他に客は二組 いただけだった。そこで食事をしつつ、神尾さんの精神をほぐすような会話を 心がけましたよ。これが八時半までです。時計を見て店を出ましたから、確か です」 「それからがちょっと理解できなかったんですが……。この間の質問では、神 尾留依さんが帰りたがらなかったので、病院の方に泊めたとなってますが」 「そのままの意味です。まだ彼女には不安定な部分がありまして、突如として 突拍子もないことを言うことがある。あの日もそれで、家に送ろうとしました ら、帰りたくないと言いました。これまで何度かこんなことがありましたから、 私はそのまま言葉を受け入れ、私の病院の方へ連れて行きました」 「畑さんの方で、それは認めてもらっているので?」 「はい。全面的に治療を任せてもらっておりますから」 「ふむ。分かりました。最後に、畑洋二さんの死について、何か」 「何かと言われましてもねえ。私が診ていたのは神尾留依さんだけですから、 洋二さんの精神分析まではできません。あまり顔を会わせたこともありません でしたしね。まあ、奥さんに押さえつけられていたみたいですからな。抑圧さ れた部分が悪い方向に作用してしまったんじゃないでしょうか」 石橋の意見を聞き終えると、吉田は挨拶をし、病院を離れた。 −続く
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